世界・歴史・幻想:大掃除

「情報を封殺するだけの力を……抜かった。完全に余の手抜かり。存分に評価しておったつもりだが、これでもなお過小であったか」

 闇の王の寵愛はウラノスを通してガイウスも知っていた。しかしこれほど密に動けるとは思っていなかったのである。そもそもこれだけ動かせるならば、国内での立場も容易くより良い方向へ導けるだろう。悪評は付きまとうだろうが。

「まあそろそろ頃合。今、陛下が手を打っても情報が届く頃には、初夏、下手をすると夏季本番。年度内の方向転換は難しいでしょう」

 ウィリアムは手を広げる。

「これでネーデルクスは動けない。どれだけ訝しんだところで、確実な情報がなければエスタードを背に戦うリスクなど取れないからです。残りはオストベルグ。こちらには陛下の思惑通り踊ってもらいます。我らの思惑ともそぐうので」

 ガイウスは足元に手がかかる感覚を覚えた。自分が生きている間には感じることの出来ない、そう思っていた何かが迫る。足元で哂う、一人の王。

「オストベルグ対策は如何に?」

「単純ですよ。あまりに単純明快で、笑ってしまうほどに」

 ウィリアムは北の方に顔を向ける。そろそろ始まっていてもおかしくない。オストベルグ対策のため用意した単純な策、それは――


     ○


 ストラクレス、キモン、エィヴィング、レスター、他にも大勢の主要戦力がラコニアの前に集結していた。オストベルグの総戦力、アルカディアを滅ぼすために巨星が死の軍勢を引き連れてきた。止められるものならば止めてみよ。

 これが七王国オストベルグの全戦力である。対するは――

「いやー、ぴりぴりしてるねえ。紅茶でもどうだい?」

「ふざけるなヤン。貴様はもう少し緊張感を持て」

「まあまあ二人とも落ち着いてください」

 ヤン、ヘルベルト、カール、新大将の三人が並ぶ。眼前から威嚇のような殺気が飛んでくるが、三人がまとまっている中ではそよ風と同じ。第二軍のみならず第一軍、第三軍の総戦力が集結する。

「さーて、ウィリアム君の狙いは的中したかな?」

「してなければ滅ぶだけだ。まったく、ブラウスタットをロルフ殿だけに守らせるなど正気の沙汰ではない。兵の数も足りん。本気でこられたら一日も持たんぞ」

「だからさっさとストラクレスを、巨星を倒しましょう。それで済む話です」

「でかい口を……大口に見合う力はつけたかカール・フォン・テイラー?」

「僕『ら』はやれますよ。充実しています。ヒルダも、ギルベルトも」

 リスク承知の三軍集結。オストベルグの全霊を受け止めようと此方も総戦力を出してきたカタチ。勝つか負けるか、生きるか死ぬか、二つに一つの大勝負。

 これが七王国アルカディアの全戦力であった。

 この勝負に勝ったほうが時代の流れを掴む。勝ち残るのは、どちらか――


     ○


「ネーデルクスには情報が届かず、オストベルグは力勝負……綱渡りであるな」

「ラコニアも良い砦になりました。あれだけの戦力で固めれば抜けませんよ。たとえ巨星であっても」

「それは巨星を過小に見ておる」

「陛下は新鋭を軽んじておられる」

 両者の間に散るは火花。ネーデルクスがどう動くかはわからないが、情報が届いていないと仮定した場合、エスタードへ注力する形は変わらないはず。趨勢を決めるのはラコニアでの決戦、これを白騎士抜きで凌げば次の年への弾みとなるだろう。

 ウィリアムの目論見が通るか、ガイウスの目論見が通るか、全てはその局地戦にかかっているのだ。

「それよりも気になるのはエスタードです。昨年からアークランドに負けなし、ネーデルクスには後れを取っていますが、地合いで見れば決して悪い負け方はしていない」

『自国よりも他国の心配?』

「面白いのはそちらの方ですから。あの女王を手玉に取っている将、気にならないと言えば嘘になる」

「余の軍もアークランドには負けなしぞ」

「ガリアスの物量には脱帽するしかない。まさに超大国です」

(……質では勝てんと申すか。いや、その通りだがもう少し老体を労ってだな、包んだ言い方をして欲しいものだ。目をそらしたい事実ばかりを突きつけてきよる)

 ウィリアムはガイウスとの境界線をわきまえた上で、一歩踏み込んでくる。まるで挑発のような行為、革新王をたきつけて勝負を仕掛けてきているような。

(余と戦いたいか。否、強き者と戦い、全力を尽くし敗れる。終わりを探しているのだな。その年で、その境地へと至るか。なれば他を当たれ。余は救わぬ。救えぬのだ)

 ガイウスの時間がもう少し残っていればこの仕掛け、乗るのも面白かったかもしれない。しかし今この勝負に乗れば戦う頃に自分はいないのだ。せめて、オストベルグの位置にアルカディアがあったなら。せめて、もうあと五年天命が延びたならば――

「紅の王を手玉にとっている男、余に心当たりがある」

 ウィリアムが意外そうな表情をした後、少し寂しげに笑った。ガイウスは乗らない、乗れない理由などひとつしかなく、それは生き物である限りどうしようもないことなのだ。

「ジェド・カンペアドール。シド・カンペアドールの兄にして稀代の才人であった」

 ウィリアムは怪訝な顔をする。過去形の部分に引っ掛かりを覚えたのだろう。それにエル・シドのことをシドと呼ぶのも妙である。

「過去形であるのは、あの男が歴史の流れから逸れてしまったためよ。個人での武は多少劣れども、戦術戦略ではエスタード最優とまで言われておった男、野心がないはずもない。王になろうとしたジェドは一年間にも及ぶ死闘の果てシドの前に敗れた。余がまだ若かりし頃、シドがエル・シドと名乗る前、巨星が卿らと同じ新鋭であった時代の話だ」

 ガイウスは悠久に思いを馳せる。

「ジェドは危険人物としてどこぞの孤島に追いやられ、今の今まで歴史から消えておった。ジェドを殺せなかった理由はシドの機嫌取りであろう。当時、隣国ネーデルクスには時代を支配する三貴士がおった。ジェドを失いシドまで失う手は打てぬ。最大限の温情よ」

 そして今、歴史の裏に消えていた男が現代によみがえった。さぞ面白そうな顔で話を待っているだろうとガイウスはウィリアムを見る。そして拍子抜けした。

「過去の人、ですか。長くはなさそうですね」

 ウィリアムは興味を失いかけていた。すでに古書の解読に戻りたそうにもしている。

「……当時の世論はジェドをシドよりも高く評価しておったぞ」

「所詮時代の敗者、老体に鞭打てど高が知れています。私たちは巨星を追い落とそうと言うのです。そこで躓くわけにはいかんでしょう」

(私たち、か。誰と誰が其処に含まれておる?)

 ウィリアムの口から自然と出た言葉、その中に含まれる英傑は誰と誰か。同世代であるウィリアムがいったい誰に期待しているのか、その期待に果てに己が終わりは見えているのか、ウィリアムの表情からは何も読み取れない。

『ガイウス、そろそろ時間だよ。問答が楽しいのはわかるけどね』

 王の手足が帰還したことで開かれる会食。元々それの誘いで此処に参ったのだ。

「卿は出席せぬのか?」

「しても構いませんが、その際にはここに書かれた名前、消えると思っていただきたい」

 ウィリアムは先ほど書き連ねた間者のリストをちらつかせる。ガイウスは逡巡する。彼らを泳がせていた理由は利用するのともうひとつ、大きな理由があったのだ。

「私に甘い陛下ですが、身内には辛い。彼らへの試練のつもりでしょうが、私ならそうはしない。未来には未来の問題があり、過去の問題は過去が片付けるべきだからです」

 ガイウスは「ううむ」と唸りながらあごひげをさする。革新王は超大国を築き上げた。圧倒的カリスマと力によって膨らましたガリアスと言う器は巨大にてカオス。あえてそのまま繋ぎ渡し、それらを解決させる中で若者たちを鍛えさせようという親心があった。それはあまりにも厳しい教育方針である。確かにそれは彼らを鍛えるだろう。綺麗に解決できたなら、若者たちの治世は盤石となる。だが、失敗したならば――

「ただ引き継ぐだけでも重いガリアスの玉座。それ以上は過大でしょう。陛下が引き継がれたときを思い出してください。陛下ほどの傑物であっても当時は力が足りなかったはず、現状を整理する力はなかったはず。自分以上を求めるのは、求め過ぎです、革新王」

 ウラノスはにっこりと微笑んでいる。

「陛下の余生は、御自身の後片付けをされては如何でしょうか」

 ガイウスの顔から険が取れた。ウラノスは嬉しそうに、寂しそうにその顔を見ていた。ウィリアムはそのまま古書に顔を移す。ガイウスは息を吐いた。憑き物の落ちたような顔つきとなる。いつもよりもさらに若々しく。

「余と共に来い。掃除に付き合え」

 ウィリアムは古書から目を離した。そして恭しく頭を下げる。

「喜んでお供いたします、陛下」

 新たな目的と共に革新王は戦いに身を投じる。革新王と呼ばれ世界に名を馳せた名君最後の戦は内側での戦いとなった。ガイウスとウィリアム、二人がかりでの大掃除。覇王が本気になって動いた。隣には次代の覇王候補。

 ガリアスの膿は急速に消し飛ばされていく。王の手慰みによって――

 あえてガイウスは残すつもりであったが、すでに昨年の一件で膿の出どころは大まかに把握できていた。あとはどう捌くか、根から根絶すべき流れとそうでない流れ、必要悪と言うのはどの分野にも存在する。

 ここから先、やるべきは剪定。国をより良くするために残すべきものは残し、断つべきは断つ。その分別を線引きするためにも、腰を入れて調査する必要がある。これより始まるは王の戦い。王の敵、その大半は外敵ではなく内側に潜むモノなのだから――

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