進化するネーデルクス:希望到来

 最初に崩れたのは意外にもこの男であった。

「お、れは、テイラーを、まもるん――」

「諦めろ、テメエの相手はこの俺だ。戦場で、テメエみたいな存在が――」

 剣の打ち合いに圧されて落馬したギルベルトを、自ら馬を下りたヴォルフが攻め立てる。一瞬で距離を詰める健脚と、一気に相手を押し潰す膂力、合わさった突進はギルベルトの骨をいくばくか砕き、肺の空気を余さず吐き出させる。同時に撒き散らかされる吐しゃ物と血がその破壊力を物語っていた。

「――しゃしゃるからこうなる。不完全が過ぎるぜ、剣聖くん」

 集中する間も与えなかった。入り込む隙もなかった。

 斬るでもなくギルベルトを粉砕したヴォルフ。壁に打ち付けられたギルベルトはゆっくりと地面に倒れ付す。息の吸い方も吐き方も忘れたかのように空気を求め、口をぱくつかせているギルベルトから視線を離す。

 そしてヴォルフは叫びながら盾を構えるカールの方を見た。

「万に一つはなかったな。カール・フォン・テイラー」

 ついでヴォルフは戦場の全体に目を移した。

 ギルベルトが崩れたのを境に、一気にアルカディア軍が崩れていく。

「ぐがァァァァアアアアアア!?」

 ユリシーズを相手に奇跡にも似た奮戦を見せていたイグナーツであったが、とうとうその均衡が崩れ去る。対峙するユリシーズはそれを呆然と眺めていた。つまりユリシーズの攻撃ではない。

「ぼさっとすんな新人! こりゃ戦争だぞ! そして俺たちゃ傭兵だ。正々堂々とか騎士道ってのが好きならちゃっちゃかやめちまえ!」

 黒の傭兵団古参の男が二人が打ち合っている隙をついて、イグナーツの足の腱を断ち切ったのだ。想像を絶する痛みがイグナーツを襲う。とどめを刺そうと敵に向きなおらんとする男にユリシーズは待てということが出来なかった。戦場で正しいのは男の方である。子供だったユリシーズもそのくらいの分別はついていた。

「ぼさっと、してんのはどっちっすか!?」

 その男の死に様を、ユリシーズは忘れることが出来なかった。男の背から伸びる紅い剣、それを用いるのは腱を切られて地獄の痛みが襲っているはずのイグナーツであった。イグナーツはそこから力任せに押したのだろう。男の倒れた先、血と臓物、糞尿にまみれた悪鬼の顔がそこにあった。

「ヒッ!?」

 ユリシーズは慄いてしまう。自分より弱いはずの男が、自分を心底震えさせているのだ。今にも死にそうな、立つことすらままならぬ弱者が、怖くて怖くて仕方がない。

 ユリシーズは改めて思い知らされる。戦場の恐ろしさを、人の怖さを。

 何もせずとも崩れ落ちる悪鬼の顔が、こびりついて離れない。

 ヒルダもまた獅子奮迅の働きを見せていた。アナトールとニーカの二人を相手取って大立ち回りである。これもまた限界を超えた動き、カールを守る最後の砦たらんと死力を尽くしていた。アナトールとニーカは本人に勝ち切れぬと判断、馬を潰すが落馬してなおカールを背に刃を構える。

「ヒルダ・フォン・ガードナーか。両極端な先祖の利点をしっかり受け継いでいる」

 隣国出身であるアナトールはカスパルやその初代である『暴風』の輝かしい戦歴を知っていた。国の盾であり、また激情の将である先祖を良く継いでいる。それゆえに殺すのが惜しいとさえ思ってしまう。

「まあそんな余裕はない。穿たせてもらうぞ、暴風の末裔よ」

 アナトールが槍を構える。それを凌いでもニーカの長物が襲う。ヒルダは静かに詰む。それでも剣は下ろさない。貫かれても一人は必ず道連れにする覚悟であった。

「これで詰んだな。下がってろアナトール」

 ヴォルフは無造作にヒルダの間合いに踏み込んだ。あまりにも容易く、あまりにも不用意に、ヒルダは反射的に剣を振るった。ヴォルフは逆手で剣を引き抜く過程、その途上で柄の尻をヒルダの手首にぶち当てた。剣を引き抜くこともせず、ヴォルフはヒルダを凌駕する。あまりの戦力差にヒルダは落とした剣を拾う気にもなれない。

「ずいぶん楽しませてくれたな。その頑張りに免じてすぐ終わらせてやる」

 ヴォルフはカールに対し剣を抜く。その戦力差は狼と兎。カールは叫びすぎて声を失っていた。足掻くことさえ出来ないのだ。無情の狼が眼前に至った。

「お前の全部、喰らって俺は前に進む。楽しかったぜ、カール・フォン・テイラー」

 ヴォルフは剣を振り上げる。カールはせめて最後まで見届けようと目をしっかり開けていた。自分の死を前にしても、こうやって凛と生きられる強さにヴォルフは少しだけ嬉しくなった。嗚呼、自分を追い詰めたこの男はやはり強かったと。

 そう――微笑んで、


 振り上げた剣、それは、ヴォルフの横っ腹めがけて飛翔する矢を叩き砕いた。ヴォルフは微笑む。悔しそうに笑みを浮かべていた。

「うげ、この人横に目でもついてるんですか? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。その人殺されたら僕が殺されちゃいますって」

 ヴォルフは剣を納める。矢を放ってきたのは音もなく忍び寄ってきた軽装の部隊。手に持っている武器をヴォルフは見たことがないが、それが弓に相当することは雰囲気で判断できた。その数五十、蹂躙できない数ではない。

「こいつら、何処からわいて出てきた?」

 驚嘆すべきは彼らの動き。気取らせず接敵を可能にする存在感の薄さは、彼ら全員が弱兵であること、弱者であることから生まれている。弱者の動きを極めた集団。アルカディアでも異質な弱くて強い彼らは――

 その部隊の指揮官のような男が前に進み出る。人を小ばかにしたような笑みが顔に浮かんでいる。ヴォルフの好きな顔ではなかった。

「あのー、取引しませんか? 山犬さん。結構気前いいですよー、何せ命懸かっていますから」

 声も好きではない。有り体に言えば目の前の男が嫌いだった。

「随分、クソなめた面してやがるな。ウィリアムの手の者か?」

 ヴォルフは彼らを通して自身最大の好敵手の姿を見た。才能に乏しく、されど強い男の影響が彼らに見て取れるのだ。もちろんモノはあまりにも異なるが。

「たはは、何でわかっちゃうかなあ? その通りです。アルカディア第二軍、バルディアス直轄ウィリアム師団所属のユリアンです。一応こんなのでも十人隊長させていただいてます。まあ、便利屋ですね、はい」

 ウィリアムの名を聞いてヴォルフは笑みを作った。

「誰だってわかるだろうよ。最短の道でもなく、最善のルートでもないこの道に、足音の消せる軽装の部隊、後ろにゃごっつい重装歩兵の軍勢、配置できるのはカール・フォン・テイラーと『俺』を知っている奴だけだ。つまりはテメエらの大将だよ」

 ユリアンは苦笑する。自分たちを看過したこともそうだが、この状況で余裕があることに動揺が隠せない。少なくとも見せている兵で白騎士から預かった五十の弩兵がいるのだ。誰もが扱えるカラクリ仕掛けの弓、特別な力も必要とせず鎧をぶち抜くその武器はクロスボウと言った。五十のクロスボウが向けられている状況で悠然と笑うのは常軌を逸している。まあ、相手はそのクロスボウの不意打ちをいとも容易く砕く化け物なのだが。

「ストラクレスはガリアスか。ひよった手を打ちやがって」

「そこまでお見通しですか。やっぱ半端ねえなあ。僕ら凡人とは見えてる世界が違うや」

 ヴォルフの身に戦意はなかった。その姿を見てカールは腰を落とす。力が抜けたのだ。ヒルダもひざをつく。他の生き残った兵も皆、全ての思考を放り投げて地面に倒れこんだ。

「あいつァ何処にいる? まさかブラウスタットに引きこもっているわけじゃねえだろ?」

 ユリアンは極上の笑みを浮かべて指をさした。その方向は――

「やっぱりな。あんにゃろう、業突く張りの強欲野郎め」

 ヴォルフたちが置いてきた足の遅いネーデルクス本隊がいるはずの場所であった。最短ルートの途上で別のルートに向かったカールを追ったヴォルフたち足の速い騎兵。そして最短ルートをゆっくり前進しカール撃破後合流しようと思っていた本隊、それが存在しているであろう場所に、あいつ、ウィリアムがいるというのだ。つまりそれは――

「戻らねばならないな。どれだけの手勢を率いているのかは知らんが、あの男が率いる以上勝てる目算はあるのだろう。どうする、団長」

 アナトールがヴォルフに決断を迫る。隣のニーカは事態が良く飲み込めていない。

「ちなみにカールたちは殺すって言ったら?」

「だからーそれは困るんですって。ウィリアム様からの命令はカール様とギルベルト様の確保なんですから。他は好きにしてもいいですけど」

(私がいないんだけど)

 ヒルダの内心は穏やかではない。やはり好きになれぬと改めて理解した。

「俺が手を引く理由にゃならねえな」

「僕らの後ろに主力が、上に白熊ちゃんがいます」

 ヴォルフは壁の上に目をやった。そこには燦然とたなびく白い旗が、それを持つ乙女が憮然とヴォルフを見下ろす。そこは問題じゃないとヴォルフは別の場所に視線をやる。耳を澄ませば聞こえる馬蹄、鉄の音、厚みが違う。明らかに、これを相手にするには手勢が足りないとヴォルフは判断した。

「あとついでにヒルダ様も手は出さないほうがいいですよ。ウィリアム様は何も言わないですけど、後ろから来る人はヒルダ様を守りにきたようなものなので」

 アナトールは顔をしかめる。心当たりがあったのだろう。この先に待つ主力を率いるものに。ガードナーを守るための存在、ならば一人しかいない。

「僕らも後ろから撃つとかそういう真似はしません。どうか、ここで手打ちということで」

 ユリアンが頭を下げた。殊勝な態度だが、これだけの算段、退くのも仕方がない。そういう状況、雰囲気を作られたことに悔しさがあった。決定打は運であるが、それを引き寄せたのは二人の実力。ほんの少しだけ、遊んでみようとヴォルフは意地の悪い笑みを浮かべる。

「やっぱ手を引く理由はねえ。主力ったってちびっと離れてるだろ? 到着前に、目の前のカールとかは食えると思うんだが……どう思う? ウィリアムの犬っころ」

 ヴォルフの問いは意地の悪いものであった。実際、動けてしまうところに性質の悪さがある。その選択肢はナシではないのだ。もちろん、カールらにこだわれば正面の主力と背後にいるというウィリアムに挟まれる形になる。それはそれで詰み形ではあるが――

 ヴォルフはこんなところでリスクを取らない。本来なら切る必要のなかった駒を先ほど失ったばかり。生き延びた十二の内、残り十一人。此処は仕事の場だが、其処まで重要な戦場ではない。初めから退く気、これは遊びの問答である。

「その時は僕らが死んでも貴方を殺します。僕らは死にたくない。でも、ウィリアム様に失望されるようなことは死ぬよりも重いんです」

 ユリアン、そして背後の兵士たちの目に揺らぎはなかった。ヴォルフはウィリアムの作った軍の強さを知る。弱者をカリスマと畏怖で縛り付ける。彼らに思考はないのだ。ただ絶対の崇拝のみが其処にある。ウィリアムの言葉は死よりも重い。強者の忠誠とは違う、弱者の依存体質を上手く利用した崇拝は、ある意味鉄の忠義よりも硬いのかもしれない。

 問答の意味はあった。おかげでウィリアムの一部を知れたのだ。

「怖い怖い。なるほどね。其処までの覚悟なら充分引く理由に値する。撤退だお前ら!」

 ヴォルフは部下たちに退くという合図を出した。

「ありがとうございます。あと、うちのボスからのご伝言です。まだ攻めてくるなら俺が相手だ。あの丘での借りを早々にお返ししよう」

 ヴォルフはユリアンを通して語るウィリアムの得意げな顔に唾を吐きかけたい気持ちであった。今回の敗因は見立ての甘さもあったが、根本的には運でしかない。めぐり合わせの結果、ウィリアムの方が勝った。それだけのこと。山が動かねば順当にヴォルフが勝っていた戦いである。そもそもウィリアムが出てくることもなかった。

「そんだけかい? なら――」

「最後にひとつ、今、笑えているか? 山犬君、だそうです」

 ヴォルフは痛恨の一言に言葉を失った。ヴォルフのことをウィリアムはヴォルフが思う以上に理解していた。ヴォルフを知り、カールを知り、今の状況を算出したのだろう。あの王会議で学んだのは自分だけではない。ウィリアムもまたこちらを観察していたのだ。

 ウィリアムは自分がカールに苦戦をすることを知っていた。ヴォルフは知らなかった。その差が今、だからヴォルフの顔に笑みはない。昨日消え去った。

「笑えねーよボケ。こっちからも伝言だ。一言一句違えず伝えろ便利屋ァ。カールは強かった。だがその強さはもう学んだ。そして俺はテメエをテメエの思うよりも理解している。勝負はこっからだ。首洗って待ってろ白猿、俺は強いぞ」

 ユリアンは一言一句違えず覚えることを早々に諦めた。要件だけ伝えようと心に決める。

「承りました。ヴォルフ、さ、ま」

 おそらくヴォルフ自身も気づいてはいないだろう。今、ヴォルフは心底この状況を楽しんでいた。窮地である。後ろには数不明のライバル率いる部隊が展開し、眼前には謎の将が率いる軍が展開している。決して優位ではない。むしろ不利。

(こいつ、ストラクレスと同種の怪物かよ)

 異様に膨れ上がる気配。ヴォルフが纏い持つ雰囲気が変化する。カール相手では出なかった。あらゆる策を弄して、あらゆる知恵を尽くして逃げ切った、それだけの男でさえ本質は兎。好敵手ではない。同じ地平に立つ男はアルカディアに一人だけ。

 強く、敏く、本気でじゃれ合える怪物との戦いこそヴォルフが求めていたもの。それを得るためにヴォルフはルドルフの軍門に下ったのだ。対アルカディア、自分が最も成長したあの戦を求めて。あの戦を超えんがために――

「戻るぞテメエら。今は腹空かせとけ。メインディッシュまでなァ」

 たぶん、現時点でこの男より『強い』将はアルカディアにはいない。正面からぶつかればバルディアスでさえ粉砕するだろう。逃げるだけが戦術目標であったがゆえにカールは対抗できた。しかし、それはシチュエーションに恵まれていただけだと知る。

 ヴォルフの雰囲気の変化が、戦の変化を告げていた。黒の傭兵団の雰囲気も主と同様に変わる。あくまで獲物を狩る捕食者のそれから、実戦を見据えた戦士のそれへと――

 本当の戦は此処からである。


     ○


 ウィリアムは背後に迫るヴォルフの雰囲気を感じ取った。これ以上攻め立てれば背後に喰らいつかれる。『本隊』はあちらに置いてきたのだ。あくまでこれは奇襲要員。ヴォルフとぶつけるには心もとない。というよりも勝てる要因がない。

「退くぞ、充分だ」

 ウィリアムの命令ひとつで部隊が下がり始める。勝勢である、圧倒的有利な状況である。なのに文句も言わず、不満ひとつ無く彼らは撤退の構えを取った。これが北方で鍛えたウィリアムの中核部隊、弱兵ゆえ隙はなく慢心もない。そして絶対であるウィリアムへの崇拝が彼らをひとつの生き物としていた。

「それに、正面から来るのは援軍か? 良い雰囲気の将だ」

 どちらにしろこれ以上はなかった。背後からはヴォルフが、正面からはネーデルクスの本営から送られてきた援軍、もといブラウスタット攻略の主力。戦いにもならない。

 ウィリアムの部隊は静かに撤退を開始した。一切の躊躇なく、すばやく、乱れなく撤退していくさまは一種の美意識すら感じさせられた。

 残されたのは――


     ○


「ヒルダお嬢様、良くぞご無事で」

 傷だらけのヒルダたちを救ったのはウィリアムの小勢と、この男が率いる『本隊』であった。男の名は――

「ロルフ!? どうしてここに?」

 鋼鉄のロルフ。短く刈り上げた黒の髪と綺麗に切り揃えた口ひげが似合う、アルカディア第三軍の副将であった。

「色々と込み入った事情がございます。詳しい説明は後ほど」

 ロルフは階級こそ上であるが、己が主と見定めた男の娘に対しては忠臣であるつもりであった。主であるカスパルを失って、それでも忠を尽くさんと鉄の意志でガードナーに仕えている。ガードナーが国の盾であるならば、ロルフはガードナーの盾であるのだ。

「カール『軍団長』、これ以上こちらへ長居は無用。即時皆をまとめて撤退するぞ。幾度か小勢だが奇襲を受けている。ネーデルクスの搦め手は、黒狼だけとは限らん。安堵するには早すぎる」

 ロルフの言葉には気になる点がいくつかあった。しかし今はそれを問う場合ではない。カールは立ち上がる。折れかけていた瞳はさらに力強く、部下をひきつける引力を纏っていた。まだ死んでいない。むしろ――

「全軍撤退を再開する! 今、生きているものは全員、必ず生き延びよ。これは僕の、今日、昨日、死んでいった者たち全員の願いだ。ブラウスタットはあと少しだぞ!」

 カールの号令に満身創痍の兵士たちが立ち上がった。精根尽き果てもはや気力だけで立っているようなもの。立てぬものには肩を貸し、支えあい、歩む。

「手伝ってやれ。軍は違えど、貴族でなくとも、彼らは英雄ぞ」

 ロルフたち第三軍の手を借りて、カールたちは撤退を再開した。遮るものは何もない。後は生き延びるだけである。


     ○


 ヴォルフが、ウィリアムが強襲したであろう戦場に着いた頃にはすでに敵の影も形もなかった。残されていたのは多大なる味方の屍、死山血河である。生き延びたものも多くは心が折れていた。抵抗することもなく、逃げるでもなく、ただ怯え、震えているさまで相手の『強さ』がわかってしまう。

「こりゃあひでーな。想像通りの光景だわ」

 ヴォルフは敗戦の痕を歩く。未だ蠢く死にゆく死体の上に立つ。

「団長! 丘の先に白の……なんだ、あいつは」

 絶句する団員。アナトールも、ユリシーズも、ニーカも絶句する。丘の先に立つ男の立ち姿、旗持ちの隣で悠然とヴォルフたちを見下ろすその男が纏い持つ雰囲気に。

「良い趣向だぜ白騎士。背中ぐらいは見せてくれると思っていたが、まさか堂々とお披露目してくれるたァ豪気な話だ」

 ヴォルフもまた負けていない。地の底で、血濡れで立つ男の顔には猛禽の笑みが宿っていた。こちらもまた桁外れの雰囲気、絶望に折れていたものたちが視線を上げる。

 二人には引力があった。引かれ合い、反発しあう運命に彼らは生きている。生まれも育ちも、何もかもが異なる二人であったが、『力』を得たことだけは共通していた。戦う力、生き抜く力、成り上がる力、世界を変える力。

「追うか?」

 アナトールが問う。しかしその顔はそうしたくないように見えた。

「馬鹿言え。この時間帯から追ってみろ。視界ナシであれとやれるか?」

 時間は日暮れ。紅い陽光を反射する白の騎士。その陽光が生み出す影が黒の狼をカタチ取る。二人は視線にて挨拶を交わす。ウィリアムとヴォルフは同時に笑った。何もかもが伝わったのだ。ただそれだけの所作で。

 今までの苦戦も、ここからの戦いも、今の鍔迫り合いで互いが理解した。

「俺ァ運が良い。復帰緒戦で『蒼の盾』の持ち味を味わえた。そしてこっからはあんにゃろうだぜ。加速する、ああ、とびきりにだ。強くなれる未来しか見えねえよ」

 ヴォルフはこれまでの戦で、これからの戦で、自分がさらに加速するであろう確信を得た。もちろん好敵手であるウィリアムも同じ感覚を得ただろう。この戦を超えた先に急激な成長がある。

「存外、早く挑戦できそうだぜ」

 ヴォルフの視線の先には、ウィリアムという星を超え、巨大な烈日があった。まだ届かない。しかし此処でそのきっかけを得る。充分それが適う戦になるとヴォルフは踏んでいた。

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