王会議:異例尽くしの裁判

 王会議の期間中、異例中の異例である裁判が執り行われようとしていた。

 各国の王侯貴族が見守る中、中心に立つのは白騎士ウィリアム・リウィウス。悠然と臆することなく立つ姿に、誰が罪人を想起しようか。

 ガリアスの騎士、百将の中でもヴァレリーに近しい者たちはすでに殺意に近い視線を送っていた。ガリアスとしても必ず極刑に処す必要がある。これだけのことをしでかして、無罪放免などありえない。首を断ち、ガリアスの威信を示すべき、それがガリアスの立場。

 つらつらと罪状を読み上げていくガリアスの司法を司る文官。その眼にも必ず仕留めてみせると熱い覚悟が燃えていた。ただでさえ、ネーデルクスは若き王の覚悟ある一言「ガリアスがそうすると言うのなら、戦争をするしかありません」、それに同調し同盟まで組みそうになったアークランドともども不問。ヴォルフは正当防衛であると主張し、ウェルキンゲトリクスが全面的に支持、それを押し通させた。

 英雄王がこれほど誰かに肩入れすることなど一度としてなく、何よりも四方を七王国に囲まれている立地上、彼を敵に回したくないと言うのはガリアスでさえ本音としてあった。彼の立場次第で容易く世界の均衡が崩れ去ってしまうことなど、誰もが知っていることである。結果として、残すところ彼一人なのだ。

 アルカディアは沈黙を守り、ガリアスがしがらみなく手を出せる相手は――

「――これらの蛮行を、王会議の期間中にいち国家の代表が行った罪は極めて重いものである。すでに何を語れども結果は見えているが、我が国ガリアスは法を、ルールを貴ぶ。罪人にも発言は許されている。存分に語るがいい、ウィリアム・リウィウス」

 趨勢は決まっている。これは見せしめ、各国の王たちが見守る中、無様に許しを乞う様を見せつけるためのショーでしかない。

「思慮に欠ける行為であったこと、自らが犯した罪について、抗弁する気はございません」

 だが――

「ただし、何故、私とヴァレリー卿が剣を交えることと成ったか、その経緯が抜けているため補足させて頂きます」

 この男は初手で罪を認めた。その上で余裕は崩れない。

「まず、敵対するに至った経緯ですが、私は王会議中、空いた時間を使ってガリアスを学んでおりました。巨大な市場、活気ある街並み、まさに超大国。圧倒される毎日でした。そこで私は考えたのです。どうすれば、ガリアスに追いつけるのかを。私一人では手に余る大き過ぎるこの巨人を、どう倒すか、を」

「……喧嘩を売っているのかね?」

「いいえ、褒めているのです。実はかねてより私は個人の限界を感じておりました。私一人では三大巨星のお歴々、新たに台頭し始めた新星たち、そして何より、これほど優れたる国家を担う百将の皆様には、太刀打ちできないと。ゆえに、私は自分を増やす、自分を一から作ろうと考えました。私自身、それほど才溢れる身ではないので、やる気ある人材さえあればいくらでも作ることが出来る。私は私の作り方を、熟知しているのですから」

 白騎士を、作る。そんな発想、この場にいる者たちの中にはなかった。

「活力ある子供たちを求めて、私はインビジブルを訪れました。今現在、学など不要。下手な知識は邪魔になる。白紙が望ましい。やる気ある、野心ある白紙さえあれば、私などいくらでも増やせる。未来への投資です。まあ、ビジネスの一環でしょうか。その拠点を、私はようやく見つけることが出来た。私は相場よりも遥かに高く、彼らを買った。すでに契約は交わしており、あそこは私のモノと成っております。土地の権利書も、ご覧の通り」

 シスター・アンヌを通して手に入れた切り札が一つ。時系列こそ逆転しているのだが、すでにそれはウィリアムのものとして手元にある。それはこの場にいる誰もが知らなかったこと。まさか他国の土地を王会議の期間中にやってきただけの者が手にしているなど誰が思おうか。

「皆様ご存じの通り、此度亡くなられたお二人の貴族、ヴァレリー殿とドミニク殿は共存関係にありました。インビジブルを統御し、かの地の安定に貢献していたのです」

 反論しようとした百将たちの言葉が詰まる。悪口が始まると思いきや、まさかの持ち上げ。しかしこれによって周知の事実と化したヴァレリーとドミニクの関係性。ガリアスでそれなりに事情通であれば皆知っていることであるが――

 他国の者たちは知る術などなかった。此処に至る前は。

「しかし、再開発によって狭まったインビジブル。人が溢れ、混乱が起きる可能性を危惧すれば、当然、手垢のついていない新しい土地を求めるでしょう。たまたま、私の投資先である場所と、彼らの狙っていた場所が合致し、争いに至った。それが最初の経緯です」

 言葉を挟もうにも、見た目上持ち上げられている以上、否定の言葉はかけ辛い。結果として何の妨害も無くウィリアムは敵対関係に至った経緯を、両陣営の構図を話し切ってしまった。客観的に見ると双方に利があるように見えるが――

「あほか。策士に口回らせてどないすんねん」

 上げてみせたことで薄れているが、この時系列に従ってしまえば、ウィリアムのものに彼らが手を出してしまったことに成る。ヴァレリー側の大義が薄れてしまうのだ。

 とはいえ、まだまだ状況はガリアス優位。未だ勝ちの目はゼロに近い。

「教会には一人の女性がいました。子供たちから慕われ、いずれ教会の、私のビジネス、その拠点の後継者として、役割を与えようと思っていた人材でした。残念ながら、不幸にも亡くなってしまいましたが、彼女を巡っても、私とヴァレリー卿の間には確執がありました。彼もまた彼女を狙っていたです」

 今度の発言にはきっちりと怒号が飛ぶ。嘘つき、ふざけるな、底辺の女に貴族が手を出すはずがない、と様々な罵詈雑言が飛び交う。

「無論、彼の中にも、私の中にも、恋慕があったわけではありません」

 その発言に収まりかけた熱。だが――

「彼の高貴なる趣味、その素材としてヴァレリー卿は彼女を求めた」

 一瞬で消し飛ぶ。怒号でかき消すべきか、罵詈雑言で塗り潰すべきか、されどすでに言葉は投げられており、それを知らぬ他国の者たちは一様に首を傾げる。あとで聞いて回るだろう。そして知ることになるだろう。彼の趣味を。

 理解する者もいるかもしれないが、高貴なる趣味とは秘するもの。表沙汰に成った時点で、それは趣味の範疇を超えてしまう。

「ゆえの決闘です。まさか、道中にあれだけの兵力があるとは思いませんでしたが、私にとっても彼女は必要な人材でした。ゆえに、何としてでも取り戻したかった。話し合いでも良かった。取引でも良かった。しかし、答えは戦い、でした。ならば、私も武官として受けぬわけにはいきません。道中、部下の方々にはささやかながら手心を加えさせて頂きました」

 またも飛び交う罵詈雑言。これに関してはヴァレリーに近しい者でなくとも叫んでいる。何しろ手心を加えたとのたまった男の生んだ惨状は、ちょっとした戦場よりも悲惨なものであったのだから。二度と剣が、槍が、弓が戦えなくなった者たち。

 その悲哀に満ちた姿を生み出した者が、それを手心と言い切ったのだ。

「あれが手心かね?」

「相手は命を狙ってきた。それに私は命だけは見逃した。手心以外の何でありましょうか」

 堂々と開き直るウィリアム。ガリアスからは怒りの言葉が降り注ぐ。

「手加減が足りぬと言う話でしたら、申し訳ございません。我が未熟の致すところ」

 まさに火に油。この場を取り仕切る文官でさえ抑え切れぬ怒りの爆発。

 だが、ガリアス以外の視線は冷ややかなものであった。それに気づかない怒れる群れ。ガイウスの後ろに並び立つ百将上位の者たちは、この光景に苦虫を噛み潰したような貌と成っていた。これでは負け犬の遠吠えにしか映らない。毅然とした態度で粛々と進めるべきなのだ。それをここまで思う通りに遊ばれたのでは――

「ようやく彼女の下へ辿り着き、ヴァレリー卿との交渉も決裂。剣にて雌雄を決することと相成りました。立会人は、誰もいなかったので彼女に、これが大きな間違いでしたが、頼んでしまいました。結果はご存じの通り、私が勝利し、ヴァレリー卿は狂奔、彼女を斬って逃走。私が確認した頃には、自室にて焼死。非常に残念です」

 嘘をつけ、卑怯者、降り注ぐ罵声を一身に受け、それでもウィリアムは不動であった。どれだけ騒ぎ立てたところで、一切の揺らぎ無し、と全身が示している。

「それを証明する者は?」

「それを証明させぬためにヴァレリー卿は彼女を断ったのです。当然、私以外おりません」

 凄まじい罵声。割れんばかりの声。声の暴力。

「されど事実は一つ。私が彼の利き手を断ち、一騎打ちに勝利した。そして彼は、自室で死んだ。たった一人、隠し通路から逃げ出そうとして、無様にも。それが、事実です」

 ここまでやるかと傍観者たちでさえ思った。もはやガリアスの怒りは収まらない。火勢を煽るだけ煽り、収拾がつかなくなっている。剣を引き抜き、今にも飛び掛からんとする者まで出る始末。

「私は何一つ自身に恥じることはしていない! 誰一人殺すことなく戦った。戦ったこと自体が間違っていると言うのならば、私の所有物に手を出すべきではなかったのだ! 私に過ちがあるとすればただ一つ、偉大なるガリアス、その頂点に輝く百将が上位、ひとかどの人物であろうと考えてしまったこと!」

 ウィリアムの言葉が会場を裂く。堂々と、吠えてみせた。

「まさか部下を用いて言葉を阻み、剣での決闘においてすら敗北を受け入れる度量も無い、あの部屋で見たいくつかの名前、其処に媚びへつらう権力の走狗が、愚かなる小人が要職についていようなどと、誰が考えようか! 私に誤算があったとすれば、その一点のみ。裁くなら好きに裁くと良い! 私は逃げも隠れもしない!」

 堂々と言い放った言葉の中に散りばめられた毒。明らかに武官以外のところも妙なざわめきを見せた。ほんの一瞬であったが、それを見逃すような布陣ではない。権力を操り、その頂点に立つ者がこの場に集っているのだ。

 武に関することは門外漢であっても、自分の領域での揺らぎ、この場のほとんど全員が見逃しはしなかった。何かがある、白騎士は何かを知っている。ガリアスの、文官たちが揺らぐ何かを。いくつかの名前、それは決してブラフではないのだと。

 殺せ、殺せと罵声が浴びせられる。その中にあって何と男の堂々としたことか。加熱したガリアスは気づかなかった。今、自分たちに向けられている視線を。この会場の半分はガリアスではないのだ。いつもの状況ではない。

 今は王会議の最中、此処には各国の様々な考えを、多岐にわたる思惑が交錯する。

 やはり白騎士、転んでもタダでは起きない。何かガリアスの急所を握っているのだとすれば、彼の価値はぐんと上がる。そうでなくとも欲しいと思う国は枚挙にいとまがない。大きい国、小さい国、誰もが彼を欲していた。

 さらに彼は自分の作り方を知っていると最初に述べた。そのノウハウ、時間はかかるが白騎士を大量に獲得出来るかもしれない。その機会が目の前に転がっているのだ。彼は自分を釣り上げた。見せつけるはガリアスの外。盛った己の価値、叩いて下げたガリアスの価値、その落差が感覚的に購買意欲を促進する。

(何とかして我が国に)

(出し抜けんか、この状況)

 それが価値を示すと言うこと。いつだってそうして彼は這い上がってきた。

(動け、世界。俺を救え。出来るのは此処までだ。最善は尽くした)

 だが、同時にウィリアム自身打つ手を喪失した。全てを指し切って、この状況を形成するも、自分を拾い上げると言うことはこの怒れるガリアスを敵に回しかねないと言うこと。そのリスクを取れる国は多くない。この場で発言すること自体、力なき者には難しい。

 欲している。喉から手が出るほど。されど、リスクを秤にかけると――

(……駄目か)

 微動だにしないアポロニア。見に徹するルドルフ。この辺りは動くかもしれないと期待していたが、それもご破算と成ればいよいよもって窮地である。怒りの赴くまま極刑を言い渡されるであろう。

(まあ、死ぬまで何があるかわからんさ。めいいっぱい高く釣り上げた、欲しけりゃ動くだろ。あとは受け入れるだけだ。人の選択を)

 刑に処される瞬間まで、何があるか分からない。この場はしのいで、どこかのタイミングで奪取、そう考えている者もいるかもしれない。むしろ、他国を出し抜くならばそこしかないだろう。ならば、あとはどしっと構えて待つだけ。

「静粛に、静粛に!」

 消えぬ叫び。断罪の声。その慣れ親しんだ言葉の応酬に、ほおが緩んでしまう。

 これはいつもの光景。ならば恐れることなど何もない。

「これ以上述べることが無いと言うのならば裁定を下す。咎人、ウィリアム――」

「要らぬと言うならエスタードがもらう」

 裁定を遮り、声を上げたのは、この場の誰も予想していない人物であった。意図的にそれを誘った当の本人でさえ候補から外していた人物。

「え、あ、そ、それは――」

 この場を取り仕切る者がちらりとガイウスへと視線を向けた。如何に彼が文官として力を持つ者であっても、相手は純然たる武力の象徴。手に余るのは見え透いている。

「エル・シド・カンペアドール。この場はオークション会場ではない。咎人を裁く場である。この者は王会議の最中、争いを引き起こした張本人。我が国の法が裁くのだ。本来、卿らは列席する立場でもあるまい」

「であれば、その法とやらで俺様を縛ってみろ、ガイウス」

 烈日はゆっくりと立ち上がった。そして揺らめく烈日の雰囲気。立ち上るは頂点の気配。ただ、一人の男が立っただけ。立っただけなのに、その圧は、余人の言葉を封じる力を持っていた。これが英雄、これぞ怪物。

「そもそもが見るに堪えぬ茶番。敗者が理屈を囀り、勝者が抗弁する図式が気に食わん。貴様らは負けたのだろうが。そこな小僧どもに。何が超大国、平均高き精鋭たち、か。ガキどもの首一つとれずに、恥知らず共が雁首並べて遠間から吠えたてる。実に醜い」

 エル・シドの言葉に反論しようと立ち上がった百将の一人。だが、彼は声を上げることすら出来なかった。目が合ったのだ。あの怪物と。くだらない茶番を見せられて烈怒する巨星、その怒気を真っ直ぐに受けて、崩れ落ちる。虚勢を張ることすら出来なかった。

「俺様の求める姿ではないが、ガイウス、貴様と言う男にはそれなりの敬意も持ち合わせているつもりだ。だが、貴様が半世紀、積み上げたこのごみ溜めを見ておると、それすら消え失せる」

 ダルタニアンたちの額に青筋が走る。自分たちのことは良い。だが、敬愛する革新王ガイウスに対する不敬は如何に烈日とて許容できるものではない。

「卿が余に敬意を持っていたとは、初耳であるな」

「このカスどもを見るまではな」

 誰も反論できない。ただ一人の暴言を咎めることが出来ない。この男でさえ、三大巨星でさえなければ、ガリアスは胸を張って抗弁できる。だが、現実としてエル・シドをこの場で押さえつけられる者は同じ巨星のみ。ガリアスにはいないのだ。

 百将上位で総がかり、それだけ恥知らずな行動を取って、幾人もの犠牲を払い何とか倒せるか、と言ったところ。それすらこの怪物の前ではビジョンが歪む。烈日が倒れるところなど想像すら出来ないのだ。ガリアスに関わらず。

「それにしても随分大人しいな、黒金の。本来の貴様であればいの一番に止めておろう? 嗚呼、怖れを成したか? この程度のガキ一匹に」

「……何じゃア? 売っとるんかァア!?」

 大気がひりつく。凄まじい圧力が議場を分断し、二つの巨星の睨み合いに震え上がった。どちらも本来の気性は荒い。一皮剥けば獣と変わりないのだ。そこまで引き出せる者はとうの昔にいなくなったが――

「怖れを成したのはエル・シド、君自身だろうに。でなければ何故この場で手を上げた?」

「ほざけウェルキン。全ては俺様の戦場を邪魔させんために、だ。そこの小娘にでもぶつけて自由にさせ、俺様は余生を戦場に費やす。誰にも邪魔はさせん。俺様の戦場は純然たる闘争の場であるべきだ」

「ならばなおのこと、この場は黙っておくべきであったろうに」

「雄弁で出しゃばりな貴様が黙っているのは、くだらん考えがあっての事であろうが。大方、殺したことにして生殺与奪を盾に引き抜く気であったのだろう」

 ピクリとガイウスの眉が跳ねる。

「そうでなくとも本当に、そこな赤髪の小娘が、神憑きの小僧が、黙って引き下がると思うか? 今宵にでも牢に兵を向け、奪取するつもりであったのだろう。奪取したならそのまま消えればいい。どうせ王会議に意味は無い。次があるかもわからん。ゆえに俺様は茶番だと言っているのだ」

 普段、このような場で発言しない男が、これほどに多弁なのは珍しいこと。

 それほどに脅威と感じたのだ。白騎士と言う駒が浮き、どこか別の国に行ってしまう可能性が。エル・シドに言われてようやく全員がこの場の意図を理解する。不自然に黙っていた連中ほど、実は本気で奪うことを目論んでいたのだ。

 騎士女王と白騎士、青貴子と白騎士、革新王と白騎士、どの組み合わせであってもその実、世界の脅威と成りかねない。烈日と白騎士などもってのほか。異能の、武人に収まらない器、それはタレント不足のアルカディアだからこそ許容出来ていた。

 野心ある国が高い評価で引き抜き、大きな地位を与えた場合、世界に与える影響は計り知れないモノと成る。だからこそエル・シドは自らの戦場を荒らされる前に、自らの腹の中へと収めてしまおうと考えていたのだ。ただ、彼に関しては別の意図もあり得るが。

「ふむ、言われたい放題よな。バシッと言って黙らせたいのだが、誰か抗弁できる者はおらんか? ガリアスの誇りに懸けて、身命を賭して咎人が収容されている牢を守り抜く、と。堂々言える者はおらんのか? おるのであれば極刑に処す。おらんのであれば、ガリアスと言う国に小僧一人殺す力が無いと、余が宣言するしかあるまい」

 文官の一人が立ち上がる。

「陛下、それはあまりにも短慮な判断でございます。超大国の威信にかけて、この裁判は、裁定は厳しく在らねばなりませぬ。どうか――」

「で、あれば卿が守るか? 烈日を、騎士女王を、死神を、卿が止めるか?」

「い、いえ、それは文官の領分では。ですが、ガリアスの武官を、ウルテリオルの総戦力を集めれば、誇りを維持することは可能であると」

「随分必死であるな、ボワデフル卿。こういう時、余が知る卿ならば沈黙を守る。何を慌てる? 小僧が握っておる名前に心当たりでもあるのか? 本当に、余が何も知らぬと思っておるのか? のお、ナタナエル・ド・ボワデフル」

 ガイウスの眼に浮かぶ炎。それは決して生易しいものではなかった。

「些事は捨て置く。余は出来るか、出来ぬか、それだけしか問うておらん。そうであろうが、ダルタニアン、ボルトース、卿らが出来ると胸を張って言えば、何の苦慮無く小僧の首を刎ねることが出来た。何か変なことを言っておるか?」

「「いいえ」」

 先だって死神と交戦をし、激戦を繰り広げた彼らだからこそ、敵と成る可能性全てを今のウルテリオルが止めることは不可能に近いと考える。ガリアスと言う巨人、されど喉元にこれだけの人材のいるのであればその大きさは関係ない。

 質がものを言う以上、新星だけでなく巨星をも相手にするのは自害も同然。

「先ほどまでやんややんやと騒いでおった者たちも、随分と静かに成ったものよ。まったく、寂しい話ではないか。咎人の話には大騒ぎ、余の話には沈黙、これではどちらが王かわからん。余の人気って実は……などと考え泣き出しそうであるわ」

 この場で、最も荒れているのは、エル・シドではなかった。ずっと意見を言わず必要なことしか話さなかった、この男こそが、革新王ガイウスこそが怒っていたのだ。自らが築き上げてきた作品、一部が腐り始めていることに。結局、自分が切除すると決めるまで誰も動こうとはしなかった。それどころか迎合する動きまであった。

「誰も手を上げぬ。これもまた今のガリアス。客人たちよ、とんだ茶番を見せてしまった。皆に代わり謝罪しよう。そしてエードゥアルトよ、この小僧は卿に返す。でなければ収まりがつかん。しかし、収まりがつくと言うことも考え物であるがな」

 チクリと嫌味を含めるガイウス。エル・シドに引っ繰り返されなければ手に入っていたかもしれない欲しいモノを返さねばならないのだ。何もせずにあの男は得た。自分ならもっと上手く使う、他国でもそうする。

 だが、アルカディアはそうしない。内と外では見える景色が違うから。彼らは自分がどれだけ大きな宝物を手にしているのか、何一つ理解していないのだから。

「だが、何の咎も無し、ではさすがに問題があろう。如何に誰も殺しておらんとは言え、な。余としては期限付きのレンタルでしばらくガリアスに、と言いたいところだが、またしても収まりがつかなくなるのでやめておこう。それは次の機会に、だ。ゆえに、そうさな――」

 ガイウスはぽんと手を打った。そしてニコニコ笑顔で――

「ッ!?」

 ウィリアムが想定もしてなかった罰を与える。罰と言って良いのかもわからないモノであったが、ある意味でそれは先見に満ちたものであった。

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