王会議:大騒動の幕開け

「そう言えばどうしてヴォルフは俺の居場所わかったの?」

 クロードの唐突な質問にヴォルフは苦い笑みを浮かべる。

「いいか、ちんちくりんが抜き身の剣引き摺りながら走ってんだぜ? カラカラカラカラ音立ててよ。目立って仕方がねえよ。ま、俺もそっち向かってたし、タイミングが良かったってことかね。っと、一旦ストップだガキんちょ」

「ガキじゃない。クロードだ!」

「……んもー状況考えてよー」

 通りをたむろする一団の視線が一気に集まる。ヴォルフはため息をついてクロードのほっぺを強めに抓る。「いだい!?」と叫ぶクロードをぱしっと駄目押しに叩き、ヴォルフは一団の方へ視線を向ける。向けられている雰囲気に――

(普通は困惑だろ。そしてさっきの衛兵みたいに気づけば、俺を通すはずだ。腐っても七王国が一角、聖ローレンスの客人扱いだからな。だが、こいつらは初めから敵意を向けてきてる。つまり、どーいうことかねえ?)

 組織立った動き。人攫いを迎え撃つには少々大掛かりではないか。まるで集団が来ることを想定した動きに、ヴォルフは嫌なものを感じていた。自分の気づいていない、認識の外で世界が動き、自分はただ流れに乗っているだけ。

(気に食わねえが、まあ、良いぜ)

 ヴォルフは考えるのをやめた。自分がやりたいことは変わらない。ならば流れが背中を押そうが道を阻もうが、征してしまえば同じこと。

「止まれ、黒狼のヴォルフ! ここはガリアスでも一握りの――」

「おいガキんちょ。しっかり見とけよ」

「き、貴様、私を愚弄するか!?」

 話の腰を折られ、憤慨する騎士をよそにヴォルフは一歩、前へ踏み出す。

「あいつから学ぶのは一番早道だ。苦手から教えてくれるはずだからな、対極な分。ただ、お前はこっち側の人種だ。匂いで分かる。だから見とけ、俺の背中を」

 ヴォルフは一呼吸置き――

「我が家はガリアス建国前から代々連なる由緒ある――」

「おい、お前、あの時いた騎士の一人だな」

「家系、は? え、いつの間に?」

「抜かねえのか? 隙だらけだぜ?」

「きょ、ぐう、ほざけェ!」

 一瞬で接敵し、軽く挑発、反射で相手に抜かせ、刹那で断つ。

「けぇ! ええぇぇぇ――」

 刎ね飛ぶ首。噴き出す鮮血。嗤う狼。

「おい、どしたい? お前らのボス、死んじまったじゃねえか。このまま逃げるかよ?」

 激昂する群れ。狼の煽りをまともに取ってしまった。集団の利を過大に評価してしまった。彼らの過ちはただ一つ、狼の前で牙を向けてしまったこと、それだけである。

「いいのか? 俺は、つえーぞ」

 一冬越えて狼の傷は癒えた。以前よりも遥かに強靭と成って――


     ○


「急報! ウルテリオル貴人区にて黒狼のヴォルフが百将ジョスラン・デシャルダンを殺害。その部下を屠り現在移動中とのこと」

 王会議も佳境という最中、伝えられた報告の凄惨さに一同えもいわれぬ表情と成る。何事もなく終わるような面子ではなかった。何かが起きる、そんな予感はあったのだ。

「……客人が粗相をしておるようだな、ウェルキンゲトリクスよ」

 ガイウスの眼が英雄王に向けられる。しかし、ことのほか悠然と佇む三大巨星が一角。

「先に刃を抜いたのはどちらかな? 私は彼に制限を設けてある。私闘は禁ずる、と。自らの命が侵された場合にのみ、その剣を抜いてよい、と。彼は身命に懸けてそれを誓った。私は彼を信じるよ。その戦いは、正当防衛であったとね」

「馬鹿馬鹿しい。現に大勢が殺されている。普通に考えて――」

「今の彼なら出来るよ? 誰が鍛えていると思う、マーシアの王よ」

「ッ!?」

 ウェルキンゲトリクスの圧が会場を覆う。ただ目を合わせるだけで押し潰されそうな圧力。医療大国として名を馳せるマーシアの王であったが、その圧に耐える精神力は持ち合わせていなかった。意識が飛び、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

「戯れにしても過ぎるぞ、英雄王」

「戯れ? アルカディアの王、これが戯れに収まると思うか? 私はそう思わんよ。一つの出来事がさらなる事件を呼ぶ。終わらんさ、此処にはどれだけの星が蠢いていると思っている? 小さな星、巨大な星、昇る星、墜ちる星。一所で押さえ込むこと自体、不可能」

 英雄王らしからぬ熱。ガイウスはかすかに眼を見開く。ただ一つを守るために全てを削ぎ落とした男が、かすかに見せたエゴ。それは時代の変わり目を予感させ――

「急報であります」

 今度は伝令ではなく王の頭脳サロモン自らが参上する。

「……英雄王の言う通り、か」

 アクィタニアのガレリウスは笑みをこぼす。

「今度は何だサロモン?」

 ガイウスは自分の腹心と目を合わせ、事態の厄介さを認識する。

「ルドルフ・レ・ハースブルクが貧民区画にて乱闘騒ぎを起こしており、これの鎮圧に『疾風』を向かわせました。まもなく状況は収まる模様であります」

 さほど大事には聞こえない報告。諸国の王は聞き流すも、幾人かは其処に込められた機微に気づいた。大したことがない報告であればサロモンが出てくるはずもない。嘘はついていないが、ごまかしはいくつか散りばめられている。

 それを嗅ぎつけた者の中で――

「私は中座させてもらう」

「なりませぬぞアークランドの女王。今は緊急時、勝手な行動は――」

「緊急? 私の耳には些事にしか聞こえなかったが? それとも思った以上に大事なのかな、王の頭脳殿」

 サロモンは押し黙る。ガイウスには話を通さねばならぬ以上、目配せと自分が報告に来た、この二点のみで事態の火急性を伝えに来たのだが――

「王会議のホスト国として、卿の勝手を認めることは出来ぬ、女王よ」

「私は中座すると言ったのだ。卿らに許可を求めた覚えはない」

「ぶ、無礼な、王にも格の差があるのだぞ!」

 アポロニアとガイウスが睨み合う中で、他国の王が口を挟むも、二人の間に言葉は無かった。どちらも自らの立場は理解している。相手の立場も。

 だからこそ――

「所詮我らは極西の蛮族、貴様らの理を解するほどの教養は持ち合わせておらぬのだ」

 アポロニアはあくまで我が道を往く。ガイウスはそれを止める言葉を持たなかった。

「許せ、大陸の覇者よ」

「真に覇王であったなら、これほど苦悩はしておらぬよ、騎士女王」

 アポロニアの出陣。ガロ・ロマネスに激震が走る。この時間に出てくるはずがない王がこの場に現れ、外に足を向けているという珍事。行動だけでも目を引くというのに、女王の瞳、其処に映る炎の猛々しさに誰もが息を飲む。

 美しさと強さが共存した騎士女王。その苛烈さに、鮮烈さに、自然と目が行ってしまう。

「征くぞ。戦場の匂いがする。二つだ! どちらも、悪くないぞ」

 疑問の欠片も無く騎士たちは付き従う。

 彼女の往く道が彼らの道なのだから。


     ○


 ルドルフは鼻歌交じりで見物していた。

 たまたま道を歩いていたら、たまたま成らず者たちの集団と遭遇し、たまたま彼らの一人が投げた石が額にぶつかり、たまたま打ちどころが悪く出血、たまたま倒れ込んだところをラインベルカたちが発見し、今に至る。

「痛いよお。血が出てるよお」

「貴様ら全員八つ裂きだァ!」

 激昂するラインベルカ。フルフェイスでない彼女がこれほど苛烈に、残酷な所業に手を染めることは稀であった。だが、それは仕方がないのだ。彼女にとって、ネーデルクスにとって、最も大事な至宝が傷つけられてしまった。

 たかだか貧民区画、インビジブルにたむろするクズの手で。

「悪いな。ネーデルクスでは子供でも知っている。青貴子には手を出すな、と」

 紅き青年が剛剣を振るう。薙ぎ払われ、藻屑と散る成らず者ども。

「弱い者いじめは好きではありませんが……運がなかったと諦めを」

 白き少女が長短二つの槍を振るう。鮮やかに、華麗に命を穿つ槍。

「八つ裂きターイム! ひゃっはー! たーのしー!」

 黒き少女は嬉々として戦意を喪失した者たちを処刑していた。あらゆる方法で、あらゆる手段で、血を、臓物を、屍を飾り付けていく。ラインベルカの、死神の直属である彼女たちは業務として同じことを、その後処理を行っていた。

 その過程で、彼女たちは染まっていた。死神の狂気に。

「な、んだ、これ?」

 インビジブルに吹き荒れる殺戮の嵐。

「や、やめろ、私を、私を誰だと、私はドミニク・ド・リェェェェエエエエエッ!?」

 死神の模倣が一人に臓腑を引きずり出され、ドミニク・ド・リエーブルは絶命した。他の者たちと、屑と蔑んだ者たちと同様の死にざま。フィクサーを気取るならば、彼は現場に出ることを避けるべきだった。目立つようなポジションに立った時点で――

 彼は黒幕足り得ないのだから。

「さーて、存在しないはず不可視の区画、インビジブル。ここがさ、目立っちゃったらどうするー? ちょくちょく混じってる、正規兵がさぁ、何故こんなとこでクズどもとつるんでるのか、とか、色々見えて、勘ぐっちゃうよねえ」

 ルドルフは垂れる血を舐める。

「お、手ごろな首あるぞ」

「あ、いいなあそのサイズ感。投げやすそう」

「的当てやろうぜ。丁度、あっちの連中が的ぶら下げてくれたし」

 首吊り、今にも絶命せんとじたばた足掻く人間に首を投げつけ遊び始める『黒』。それを不愉快気に眺めながら、咎めようとはしない『白』、『赤』。いつものことなのだ。戦場ではいつもの事。死を最大限利用する邪道こそが『黒』の役目ゆえ。

「今日は全力で目立っちゃおう! 僕の奢りだ、景気よく行こうぜ皆ァ!」

 ルドルフの発破に呼応し、さらに残虐行為に精を出す者たち。獣の方がまだマシ。こういった殺し方は、弄ぶようなやり口は、インテリジェンス溢れる人間のみの習性。

「坊ちゃま、お加減は――」

「ぅぅ、痛いよお」

「……許さんぞクズども!」

「アネさんチョロいなあ」

「眼がついていらっしゃるのか疑うほどですね」

「……だが、彼女がネーデルクス最強だ。それを超えねば、俺たちの言葉など何の意味も無い。我を通したいなら強く在れ、父上の教えだ」

「何の話だよボンボン」

 若き三色の騎士たちは各々が役割を全うする。先ほども言い放っていたように、ルドルフの命は目立つこと。この不可視の領域に全ての視線を向けさせるのが目的。その理由までは彼らは知らぬが、自分たちのトップがそう指示するならば従うまで。

「ヴォルフっちは置いといてさ、一応、あの場にはアルカディアの白騎士とネーデルクスの青貴子がいたわけよ。それがさ、王会議中にも関わらず派手に動いた。傲慢だよね、超大国の。驕ってるよね、ガリアスはさ。ほんと、底が知れるぜ」

 ルドルフは舌なめずりをする。彼の眼にはこの超大国が丸々と肥え太った愚鈍な豚にしか見えなかった。この鈍重さを彼は知っている。今も嫌と言うほど痛感している。かつて超大国であった国ゆえに――彼らは自分たちの過去なのだ。

 最大を、最新を、誇りとした昔のネーデルクスと同じ道を辿っている。

「盛者必衰、怖い相手はいつだって下から出てくるんだよ」

 ルドルフは手慰みにコインを投げた。だが、裏表は見ない。見る必要がない。賽を投げずとも、結果は見えているのだ。どう転んでも勝つのはガイウス。それが面白くないからルドルフは『こっち』を選んだ。醜い恥部を目立たせるために。

「それが分からない国が引き摺り落とされる。歴史は繰り返すのさ」

 虚仮にされた意趣返し。神の子は凄絶に嗤う。

 彼の狙いは真実に近づけ、ガリアスと言う看板そのものに泥を塗る行為であった。

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