王会議:要塞の姿焼き

 互いに似た形から始まった戦は、すぐさま別の形に変化していく。エルビラは王を左端に寄せた状態から周囲をガチガチに固めて鉄壁の要塞を築き上げた。ウィリアムは対照的に紐づいてこそいるもののまばらな印象。エルビラと同じように左端へ寄せていた王をわざわざ動かし、一見すると隙だらけな印象を持ってしまう。

「折角、強い盾を持っていたのに、どうして崩しちゃったんだろう?」

 守戦の名手などと巷で囁かれ始めたカールでさえ首を捻る立ち回り。明らかに堅いのはエルビラの方。それでいて、ウィリアムが自陣を広く、高く設けたがために接敵はほぼ同着。攻撃の準備にもほとんど差は無い。

「意図の無い動きはしないのでしょう。それでも――」

 エルビラは微笑む。互いに新手、新型、であるからこそ、手を進めないことには何も見えてこない。彼女は容易く未開の地へと踏み込んだ。恐れることなど何もない、とでも言うように。その手に淀みは無かった。

「私が臆する理由は無い」

 強気の一手。ウィリアムの盾にひびが入る。先に槍を突き入れたエルビラは多少の駒損など気に留めることなく、ガンガン上から圧力をかけていく。このまま圧し潰してやる、その手筋は明朗に彼女の意志を語る。

「苛烈だね」

 リディアーヌも舌を巻く攻めっぷり。エルビラの外見からは想像もつかないほど、彼女の気性は荒く勝気。あの怪物の血統であることを戦いで示していた。

「せやけど――」

「白騎士の陣も緻密」

 ダルタニアンともう一人、蛇のような男には見えていた。薄く紐づき、連動しながら相手の攻め足を軽減し、ゆるりと真綿で絞め殺すような動きが。

「だが――」

「当然計算の内やね」

 エルビラの攻めが途切れない。上手く凌がれながらも、それでもじわじわと炎の如く侵食する彼女の槍。何かあるのはわかっていた。連動して守る陣であることも理解している。それでも勝算があるから彼女は踏み込んだのだ。

「手厳しい」

「御冗談を。ここからです」

 さらにエルビラは踏み込む。怖気が走るほどの攻め気。

「踏み込み過ぎだ」

 この場にもう一人いる仮面の男、アポロニアの騎士メドラウトがこぼした。誰がどう見ても駒損でしかない一手。王で捌けば楽になる展開。取ってくださいと言わんばかりの一手。普通なら取る。苦しい局面だからこそ、相手のミスを見逃すわけには――

「…………」

 ここで初めて、ウィリアムの手が止まる。誰もが何故、と考えてしまうほど分かりやすい局面にも関わらず、此処で手が止まったのだ。手拍子で取りたくなる駒。

「タダより高い物はない。心得ておるな」

 ガイウスにはこの手の真意は見えていない。だが、それを取るのが危険だという直感は働いていた。そもそも――

「もう少し臭い消しをしておくべきだったな」

「……ッ!?」

 差し出された手を取るのは王道にあらず。

 王は駒を取らずに逃げ出す。折角手に入ったであろう戦力を奪うことなくあらぬ方向へ駆け出したのだ。だが、エルビラは其処で手を止めてしまう。

 否、止めざるを得なかったのだ。

「手堅く受けていたら潰されていた。貴女の攻めは強く読みも鋭い。鉄壁の守りで後顧の憂いを断ち、攻めにすべてを注ぐ。そのための槍と盾」

「……貴方も同じでしょうに」

「初期陣形だけは、ね。このストラチェスという遊戯で唯一気に食わない点を挙げるとすれば初期陣形を弄れるという点だ。これはとても遊戯を分かりやすくしている。狙いが透けて見えるからだ。攻めたい、守りたい、その時点でわかってしまう」

 ウィリアムは嗤う。同じ形に成った時点で、ウィリアムは初志を捨てた。槍を受けるための盾を捨て、槍を削りつつもそれをかわし上へと駆け上がる道を選んだ。

「リディアーヌの欠点が美しさにあるように、貴女の欠点はその真っ直ぐさにある。確かに貴女の攻めは苛烈だった。受け切る自信は毛頭ない。ならばどうするか――」

 ウィリアムはさらに王を上げる。槍を打ち出し、ぽっかりと空いた穴に王を滑り込ませた。丸裸の王、されどその性能は駒の中でも随一。それをゴールと捉えず、一つの戦力と考えた時、王の存在は敵に対して厄介なものと化すのだ。

「かわせばいい。戦う必要などない。互いに槍を打ち出している。その空間を有効活用するなら、俺はこうする。貴女も王に駒を取らせ、横っ腹に生まれた隙を、空いた空間に交換した戦車を打ち込み咎めようとしたのだろうが……真っ直ぐ過ぎた」

 エルビラは王を討ち取らんと駒を打ち込むが、槍を削り取った際、ウィリアムも相当持ち駒を稼いでいたために、攻防一体の壁を張る。王の利きによって相手の駒を防ぎつつも敵陣に対して睨みも効かせられる一石二鳥の手。

「まだ私には鉄壁の囲いがあります。勝った気になるのはいささか早いかと」

「君だってわかっているのだろう?」

「…………」

「私は此処から攻めもせず、守りもせず、ただ態勢を整えるだけで、勝ってしまう、と」

 ウィリアムは丁寧に駒を打ち込んでいく。王の後背に気を遣いながら、下段の端と攻め手側から見て右側の端。そちらに戦力を投じ、槍を偏らせ、攻めの体勢が出来上がる。

 後ろに反転できる駒は限られており、攻めに手数をかけたエルビラには残された手がほとんどなかった。苛烈なる攻めは途切れてしまうと全てを失う。それを覚悟で突貫したのだが、結局王は捉えられずに逃がしてしまった。その時点で――

「薄氷の勝利が英雄のそれなら、これはさしづめ、王の勝ち方、か」

 エルビラの敗北は確定していたのだ。

 ウィリアムの手には潤沢は戦力と強力な布陣があり、対するエルビラの手にはほとんど何もない。攻めにも守りにも有効な手が打てぬ以上、もはや彼女に成す術はなかった。

「……私との勝負とは別の勝ち方、か。一々様に成る男だね、君は」

 強固なる要塞を無傷で残しながら、彼女が勝つ道は完全に消え去ったのだ。

「……ありませんッ」

 エルビラは悔しげに俯く。あの手を取ってくれたなら、王を逃がすことは無かった。あの餌が露骨過ぎたがために、あの男は其処で手を止めて冷静に思考した。させてしまった。もっと上手く出来たはずなのだ。あの餌を上手く食らいつかせてこその策士。

 策烈の、カンペアドールの名に泥を塗ってしまった。

「ありがとうございました」

 ウィリアムは悠然と片付けるも、その背には汗がにじんでいた。決して容易い相手ではなかった。それほど知力に、この遊戯への理解度に差があったわけではない。あったのは経験、ほんのわずかな年の差が、実戦経験の差が、あそこの臭いを見抜き、勝利を呼び寄せた。しかし、裏を返せば、嗅ぎ取れぬほど上手くやられていた場合、気づかなかった可能性もある。そして自分は確実に詰まされていた。

(これがカンペアドールか。まったく、七王国はどこも人材豊富だな)

 年の功で掴んだ勝利。つまるところ――

(今の俺ではおそらく、こいつの背後にいる者には勝てないな)

 そこを埋められてしまえば、埋めるどころか水をあけられたなら、勝てる要素が無くなるということ。歳や実戦経験から鑑みても、彼女は相当仕込まれてきたのだろう。裏にいる師は、相当な経験と知識を兼ね備えている。

 ウィリアムは戦慄していた。彼女とその後ろにいる存在に。これはエスタードだけとは限らないのだ。どの国も隠し玉がある。果たしてこの先、勝ち続けることが出来るのだろうか。自問自答するウィリアムは、やはり一つの結論に辿り着いた。

(やはり、俺だけでは無理だ。届かん)

 自身の限界を知るがゆえ、非才なる身を知るがゆえ、彼は無理だと改めて結論付ける。

 そのための『準備』は間違っていなかったとほくそ笑みながら――

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