王会議:宝玉の世代

 朝から昼にかけては祭りの雰囲気も落ち着きを見せ始めた街の、市場調査。昼からは教会へ顔を出し授業と課題を与える。同時に子供たちの性格、素養を推し量り、連れていく人材を厳選していた。全員を連れていく気はない。

 この中でも特に飢え、戦う意志を持ったモノに機会を与える。

「身体が楽な方に流れているぞ。力の効率的な出し方は抑圧と解放、そのギャップだ。もっと溜めろ。最初は窮屈で、動き辛いと思うくらいで良い。じきに慣れる」

「お、おう」

 クロードや他の子どもたちにも木の棒ではあるが実戦形式で戦いのイロハを教え込む。型稽古は重要であるが、それをするにも何故、が必要になってくる。その何故を気づかせるために、座学から一気に実戦へと飛んだ。

 何故を知った上で、明確なビジョンを持って型を作るために。

「……抑圧と解放、ねえ。ほんと、色々考えてんのなあ」

 シスター・アンヌと真昼間っから酒を酌み交わしているのは黒狼のヴォルフであった。ウィリアムと同様に王会議の性質上暇を持て余した彼が選んだ暇つぶしこそ、ウィリアムに対するストーキングであったのだ。付きまとわれている方にとっては良い気分ではないが、野生の嗅覚と化け物じみた身体能力を兼ね備えし男の追走からは逃れられない。

 なのでウィリアムは諦めて視界に入れないようにしていた。

「あんたも強いんだろ?」

 酒を飲み、紫煙を吐き出しながらシスターはヴォルフを推し量る。

「ああ、強いぜ。たぶん、あいつよりも強い。でもよ、今の俺じゃあ勝てる気がしねえ。俺はあいつより強いが、あいつは俺が持って無いもんを滅茶苦茶持っている。少しでもここであいつを吸収する。勘だけど、それが一番手っ取り早い」

 これもまた玉。シスターは苦笑する。ふざけた行動であるが、彼にとってはこれが最短のルートなのだろう。傑物と言うのは、とにかく溢れんばかりの才能に、凡人では躊躇してしまう行動を取って最善最短を往くものである。

 彼もまた傑物。恥も外聞も気にせず、自分に欠けているモノを埋めるため、ライバルの一挙手一投足を観察し続ける。夜はあまり行動を共にしないが、おそらくアポロニアとの稽古や日々の修練、そこに彼は重きを置いていない。否――

 それよりもこの場が、教える場こそが、彼の根幹を明確に浮き彫りとするもので、自分にとって必要な情報はすべてここにあると、彼は本能で察していたのだ。

 狼の嗅覚は感じ取っていた。個の修練、それはもはやこの男にとっては余暇活動に等しく、あくまでサブウェポンを高めているに過ぎないということを。

 重要なのは今、此処。

「昼間っから結構飲んでるけど、酔わないのかい?」

「ん? ああ、俺、酒つえーんだ。酔いたい時にしか酔わねえし、酔うべき時じゃねえ時は、何杯飲んでも酔えねえ。今、シラフってことは、そういうことなんだろ」

 彼の、独特の感性。シスターは戦慄する。そして同時に、もう一人の男、その器の大きさに慄くしかない。彼は気づいている。狼が、吸収している己の根を。だが、彼は気づいていながら惜しげもなくそれを狼にくれてやっていた。

(なぜ、かねえ。これも必要ってことかい、白髪の坊や)

 ウィリアムの真意は未だ、底知れぬ。

「俺もお前のパーツか? 白猿」

 すべては覇道のため。敵の成長すら、もしかすると彼の計算の内なのかもしれない。


     ○


 今日も市場調査に赴かんとウィリアムはトゥラーンを出ようとする。子供たちの見極めも済みつつあり、市場調査も目で見える分はある程度網羅できつつあった。探せば学ぶべきところなどいくらでもあるが、短い時間で最大効果を生み出すには、そろそろ別のアプローチを考えてみる必要がある。

 例えば――

 目の前にたなびくのぼり。エスタード文字でデカデカと挑戦者募集、と書かれていた。当の本人は恥ずかしそうに俯いているが、立会人である男は威勢よく客引きに精を出していた。何だかんだとモノ好きが集まり、それなりに盛況な様子。

「ほお」

 ウィリアムも興味を引く好カード。

 エルビラ対リディアーヌの激戦が盤上にて繰り広げられていた。すでに戦いは佳境を迎え、優勢なのは若干エルビラであった。盤上と双方の持ち駒を見て、ウィリアムは思案する。ここまでの道のりを、此処までの手順を、死闘を逆算していく。

「頑張ってリディ!」

 エレオノーラの応援を背に受け、リディアーヌは決死の一撃を放り込んだ。起死回生を狙った強襲。かつ咎めづらい良い手であった。

「……惜しいな」

 ウィリアムは微笑む。この一手は、前の彼女では指せなかった手である。火中に飛び込むリスクの高い手。着実に駒得を重ね、リードを広げて、勝つべくして勝つのが現行の競技としての主流である中、一手違えれば一気に形勢が傾きかねない手は邪道である。

 それでも彼女は指した。リスクを恐れつつも腹をくくって――

「相手の態勢が整う前に、これを指せていたならば、あるいは」

 リスク上等の手は王のすぐそばまで、喉元に届きつつあった。されど、届いているのと届いていないのでは天地の差であり――

「王手」

「……ぐっ」

 不可避の王手。逃げるしかない。エルビラは容赦なく攻めたてる。同じくリスク無用の王手連打。包囲している駒と持ち駒を使い切ってでも止めを刺さんとする強い意志があった。いや、そうせねばリディアーヌに詰まされてしまう。そう思ったからこそ、

「……くそっ!」

 エルビラもまた己が読みを信じて捌き切った。

「良い勝負だったな。だが、勝者は一人だ。さすが智のカンペアドールだぜ」

「自画自賛はやめてくださいディノ様。国の恥です」

 勝者はエルビラ。悔しそうに歯噛みするリディアーヌは下を向きうな垂れていた。こんなつもりではなかった。そう彼女は思っているのだろう。超大国ガリアスの中で、同世代には負け無し、相手に成るのはダルタニアンなどの百将程度。

 そんな彼女が僅かに年上とは言えほぼ同世代であるエルビラに敗北する。初めての経験であろう。ここ数日で彼女は深さを知り、敗北を知り、またそれを重ねた。国内で積み上げてきた自信は粉々に砕け、もはや原形を留めていない。

「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。世紀の一戦、三本勝負、七王国の威信をかけた決戦だ! 片やエスタードが隠し続けていた女のカンペアドール。片やアルカディアで名を上げし新鋭、白騎士。さあ張った張った!」

「お坊ちゃまおやめくださ――」

「わりいな暴走おっぱいちゃん。これも、遊ぶ金欲しさなんだ。許せ!」

 手刀一閃。哀れ、死神に成る隙すら与えず、ヴォルフの一撃が彼女の意識を断った。遊び過ぎて手持ちのお金が心もとない。ならば増やせば良いじゃないと二人の下衆は結託する。声高に喧伝し、胴元として稼ごうという腹積もり。

「さあさあ!」

「おい、俺はやるとは一言も」

「さあさあ!」

 がしっとヴォルフに拘束され、無理やり椅子に座らされるウィリアム。この王会議期間中だけで何度同じ手を喰らっただろうか。考えたくも無いとウィリアムは天を仰いだ。

「はぁ、良いのか?」

「……もちろん」

 だが、それも束の間の事。目の前で闘志を燃やすエルビラを見れば、この勝負は避けがたいものであったことがわかる。彼女もまた試してみたかったのだろう。自分の力を。実戦経験の少なさと言う意味では、隠されていた彼女もリディアーヌとほとんど変わらない。

 変わるとすれば――

(先ほどの様子を見るに、こいつに戦い方を教えたやつは、相当出来るな)

 師匠の差。蝶よ花よと綺麗な戦いばかりを仕込まれたリディアーヌと、実戦に近い戦場を叩き込まれたエルビラ。模擬戦では限界があったろうに、どう仕込んだかのやり口も含めてウィリアムは気になっていた。

(まあいい。エスタードの、あの怪物を是とする国家が産んだ異端児。とくと拝見させてもらおう。がっかりさせてくれるなよ)

 突如始まった三本勝負。これが二人の名をさらに高めることと成る。


     ○


 互いに流行の戦型を用いた一戦目。中央でがっぷりぶつかった戦場は中盤戦を飛ばして一気に決着。あっさりとウィリアムが一本先取する。此処まで負け無しであったエルビラに土を付けた形。歓声がこだまする。

(互いにダルタニアン・ストラディオットを避けつつも、流行である攻め重視の戦型。初期陣形の時点で、俺が少し有利を取っていた。短期決戦ゆえそのまま勝ったってとこ。ここは単純に戦型選択での差だな。さて、次はどうしたものか)

 相手も初期陣形の時点で負けを悟っていたのか、思った以上に素直な手で指し、素直に負けてきた。逆に不穏な気もするが――

(最優を誘われている気が……とはいえ深読みしてドツボに嵌るのも馬鹿らしい、か)

 ウィリアムは二本目をダルタニアン・ストラディオットで迎えた。確実に勝つための戦型はすでにリディアーヌによって破壊されていたが、あれは『まだ』リディアーヌだけのもの。模倣するには研究が足りていない。

 ゆえに今をもってこの戦型が最優。だが――

「取らせてもらいます。最善殺し」

「……亀の盾、なるほど……さすが伝統のエスタードか」

 かのニュクスが用いたスクトゥム・テストゥドとほぼ同型の初期陣形を用いてエルビラが二戦目を勝利した。ウィリアムの攻め手はほとんど盾の前に阻まれ、ゆったりと優位を活かされて、勝敗は決する。

 ニュクスとの戦いで感じた差。新旧が入れ替わり、流行が切り替わる瞬間と成る。

「……随分と、旧い、そうか、旧いものにも使えるものがあるのだね」

 リディアーヌとは全く別の手で、最優を攻略してみせたエルビラ。こうなってくると途端に分からなくなる。ウィリアムがどんな戦型をチョイスするのか、エルビラがどうするのか、まるで見えなくなる。

 丁度御昼休憩に入ったのか、ズドドド、とアポロニアらがやってくる。その中になぜかガイウス王も混じっていたが――

「祖国のために、勝たせて頂きます」

「同じ気持ちだよ、レディ・カンペアドール」

 運命の三戦目。開帳された初期陣形に、それが並べられていく様を見て、それなりに指せる全員がごくりとつばを飲んだ。完全な新型、それなのに二つは酷似していたのだ。

 まるで示し合わせたような模様に、当の本人たちが一番驚いていた。

「槍と盾、両端どちらかに王の陣を敷き、逆サイドには攻め手を固めて槍とする」

「守るだけでも、攻めるだけでも、勝てない。守りながら攻め、攻めながら守り、入り乱れても勝つには、こういう形が良いかと」

「ああ、壁と言う天然の要害、利用しない手はないだろう。背後と片面、断崖絶壁を表しているのか知らんが、通れぬ以上、其処から攻め手がくることは無い」

 まるで同じ戦士が向かい合っているかのような構図。互いに盾と槍を構え、互いの盾に槍を、槍の前に盾がある構図。

「分かり辛い戦に成りそうですね」

「それがご所望なのだろう?」

「ええ、そうですね」

 ギラリと眼鏡の奥で光る闘争本能。そこにウィリアムはカンペアドールを見る。間違いなく彼女はあの怪物の血を引いていた。暴力が知力に代わっただけ。それを用いて戦うことに変わりはない。彼女もまた血に飢えた獣であった。

(なるほど。これが、エルビラ・カンペアドールと言う娘か。あのジェドが、ロス家が鍛えた異端の才。隠れてこそこそと何を育てておったか。異端の、持たざる者の力、しかと見せてもらおうぞ)

 革新王ガイウスもまた、この一戦は見物であると思っていた。己が孫が劣るとは考えたくなかったが、残念ながらこの二人相手では一枚落ちる。将来性なら負けてはいないのだろうが。現状では――

(この世代では、この二人がトップやね)

 勝つのはどちらの才か。ギャラリーがさらに増える。

「さあ張った張った! 泣いても笑っても最後の三本目だよ!」

 胴元であるルドルフたちはほくほく顔で賭け金を集めていた。

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