王会議:考えること

 勉強が終われば武の修行、キラキラした眼のクロードを待っていたのは――

「――ゆえに対人戦の基本は駆け引きと成るわけだ」

 座学。

「なんでさ!?」

 クロードの叫び。皆も素振りとかそれっぽいものを想像していたので疑問符を浮かべていた。ヴォルフだけは真面目な顔で――寝ていたが。

「さっきも言っただろう。要点を理解していなければただの点だ、と。闇雲に素振りをしても素振りが上手くなるだけで、剣は上手く成らん。大事なのはその修練が何に繋がるかを知ること。俺はただ頑張るってやつが嫌いでな。努力の質を上げようとしないのは怠慢で、それで上手くいかないと嘆くやつは馬鹿って言うんだ。覚えておけ」

 クロードが「ぐぬ」と押し黙ったところでウィリアムは授業を続ける。

「駆け引きの基本は騙すことにある。自分の狙いを相手に悟らせず、逆に相手の狙いを看破し、自分の狙いを達成すること、だ。そのために必要なのは、これだ」

 ウィリアムは地面から小さな石を取り出し、皆の前に見せる。

 それを皆に見せながら右手に持ち替える。

「石はどっちにある?」

「そっち!」

 皆がウィリアムの右手に指差す。

「正解だ。では、お次はどうだ?」

 ウィリアムは素早く石を右、左と持ち替える。子供たちは必死になって目で追う。いつの間にか起きていたのかヴォルフも片目で追っていた。ミーシャは夜に備えてお昼寝をしている。武には興味なし、と言ったところだろう。

「どっちだ?」

 かなりのスピードと手捌きゆえに、ここで子供たちの意見が割れた。ほぼ半数。おそらく大半は見えていない。ヤマ勘での回答だろう。

「ん!」

 唯一、クロードは自力で辿り着いた。

「正解だぜ坊主」

 後ろで見ていたヴォルフがクロードを褒める。ウィリアムも「こちらが正解」とクロードが指した方の手を開いた。鼻息荒く「どうだ!」と吼えるクロード。

「なら、次は、こうだ」

 ウィリアムは石を高く放り投げ、それを背中でキャッチした。正面で見ていた子供たちは当然の如くどちらの手で取ったのか見えない。

「どっちだ?」

「わ、わかるわけないじゃん!」

 大人って理不尽だ、と子供たちは憤る。

「そうか? 動いて視点を変えれば、簡単に見えたと思うがな」

 ヴォルフは「くっく」と苦笑する。ようやくこの石を用いた遊びの持つ意味を察したのだ。確かにこれは、戦闘の本質を突いている。自分たちが経験で得たモノを、彼は遊びと言う皮を被せて、彼らに分かりやすく説明しているのだ。

「それじゃあ、これが最後だ」

 もう一度、ウィリアムは宙に石を放り投げる。そしてそれを子供たちの目の前でキャッチした。全員、同じ手を指さす。ヴォルフだけは笑っていた。

「残念。どちらの手にもありません」

「え!?」

 子供たちが驚く中、ウィリアムは腕を下に向け、袖の中から石を取り出す。

「正解はどちらでもない、だ」

 大人って卑怯だ、と子供たちは憤慨した。

「素直に、分かりやすく、持ち替えただけであれば全員見極められる。素早く移動させると、追える者だけが当てられる。見えなければ、誰も当てられない。騙せば、相手に嘘の選択肢を与え、自分の思う通りに動かすことが出来る。剣でも同じだ」

 ウィリアムは子供たちの前で剣を抜く。「おお!」とそれを凝視する子供たち。

「ただ振れば、最初からこう来ると構えることが出来る。素早く振れば、相手によってはわかっていても避けられない。そして、此処からが重要だが――」

 速度を変えて二度振った後、ウィリアムは半身に成って構えた。剣は、子供たちの視点からは見えていない。見えないところから、振る。

「隠せば、同じ速度でも、さらに相手から選択肢奪うことが出来る」

 そして、もう一度半身になって構え、再度振る。来ると思った左手は、空。いつの間にか右手だけで剣を振っていた。ずれたタイミングによって受けるポイントが変わる。

「小細工一つで、相手の狙いをずらすことが出来る。其処から主導権を握ることも可能だ。何が言いたいかと言うとな、何故そうするのかを先に知って欲しいんだ」

 ウィリアムは剣を納める。決してこれで全てが伝わるとは思わない。彼らはまだ剣に触れたことすらないのだ。それでも、取っ掛かりの一つくらいにはなる。気づくであろういつかが、一日早く成れば、その差で生存することだってあるだろう。

「なぜ半身に成るのか、なぜ出先を隠すのか。基本には多くの意味が込められている。そこを先に知っておけば、何故、が理解できるようになる。考える取っ掛かりに成ることもある。とにかく、考えることだ。何故そうするのか、どうした方が良いのか、考えた上での努力は、必ず良い結果を生む。最善を尽くせば、自ずと道は拓ける」

 ウィリアムは一呼吸おいて――

「じゃあ、それを念頭に置いて、軽く木の棒でも振ってみようか」

 みんな大好き実践の練習に入った。


     ○


「凡人ってのは色々考えているんだな。勉強に成ったぜ」

 教会からの帰り道、ヴォルフは今日を思い返し言葉をこぼす。

「ふん。お前ら天才は考えずとも辿り着く。忌々しい話だが、お前は全部出来ている上に俺よりも速い。本当に腹立たしい」

「……だがよ、俺はそれをさっきみたいに説明できねえ。出来て、同じ天才連中に戦いながら感じさせるだけだ。いずれよ、そーいうとこで差が出るんじゃねえか、って最近思う」

「弱気だな天才」

「強気に戻るのは、あのでかぶつを墜としてからにすると決めたんでね」

「……そうか」

「おう。ちなみに今からルドルフと飲もうって話なんだけど来る?」

「行くと思うか?」

「思わねえ。一応聞いておいただけ。それに――」

 ヴォルフはウィリアムから背を向ける。

「会議で煮詰まってるっぽいやつに絡まれるのは御免だ」

「何の話――」

 すたこらさっさと逃げ出すヴォルフ。疑問符を浮かべていたのもつかの間の事。

「しまっ――」

 気づいた時には騎士たちによる包囲陣が敷かれており、遠方からでもわかる紅蓮のオーラがずんずんとこちらに向かって来ていた。野生の嗅覚と人工の感性、その差がここで出た。飲みに行けばよかったと後悔すれど時すでに遅し。

「白騎士! 退屈である! 私が直々に稽古をつけてやろう!」

「……くそったれ」

 逃げるには、まだ何もかもが足りない。

 結局ウィリアムは夜ご飯にありつく前に騎士女王に掴まり、彼女が満足するまで稽古に付き合わされてしまった。終わった頃には祭りの音すらしなくなっており、まともな飯処は開いていない。

「あの、お菓子食べます?」

 捨てる神あれば拾う神あり。

「……エルンスト陛下。ありがたく、頂戴いたします」

 翡翠の王、エルンストが救いの手を差し伸べてくれた。

「あ、ウィリアムだ。何処に行ってたんだよもう、探してたんだよ」

 エィヴィングにまとわりつかれながら、カールがにょきっと現れた。いつの間にあの野生児を手懐けていたのか、時折ぺろぺろと頬を舐められている。動物に好かれる性質なのだ。カール・フォン・テイラーと言う男は。

「がるる!」

「……ハァ」

 自分とは違って――

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