王会議:色んな視点

「……連中よりもあいつらを追い払う方が難儀だったな」

「仲、良いんですね」

「やめてくれ。あと、その言葉遣いも、だ」

「貴族、なんですよね」

「ああ。だが、それは後から手に入れた力だ。血は、君たちと同じ赤色だし、髪の毛は白いが、元は君と同じ黒だ。何も変わらないさ」

「…………はい」

 口で言ってもなかなか軟化しない態度。仕方がないことだが、打たれた時のような勢いが欲しいとウィリアムは思ってしまう。敵を追い払うために名乗りこそすれ、彼女たちまで威圧する気など毛頭なかったのだ。

「皆を、お願いします」

「お願いされるのは一部だ。そのお金で今まで通りやれば良い。人は減るが、また増える。減って、増えて、そういう契約だ。君は無理をしなくていい。もう、自由だ」

 ウィリアムは破格の代金で幾人かの子供たちを引き取ることを決めていた。シスターが「相場って知ってるかい坊や」とあきれるも、「俺が価値を決める。俺の分身を作るんだ。安く作ってどうする?」と切り返しさらに呆れさせたのはついさっきのこと。

「……自由かあ。何して良いかわかんないや」

「何でも好きにして良い。重荷はもうないんだ。職業も、好きに出来る」

 ウィリアムは遠い目で世界を見ていた。赤色の夕焼け、その先に姉の幻影を見た。彼女が自由を得たからと言って、姉が救われるわけではない。もういない者に執着して、それを通して彼女を見るのは失礼にあたるだろう。それでも彼は――

「あの子たちを重荷と思ったことは無い、よ。大事な『家族』だから。それに今の職だって大変だけど、別に嫌いじゃないし」

「え?」

 心底驚いた眼で見つめるウィリアムを見て、ミーシャは苦笑いを浮かべる。

「男の人ってみんな、可哀そうって目で見るけど、私は私の武器を使って全力で戦っているつもり。ほら、結構美人でしょ、私。自分でも言うのも何だけど……だから、やめるつもりはないんだ。こんな割のいい仕事、他にないし」

「……武器、か」

「そう、女の武器。そりゃあ中にはさ、哀しいお話はあるよ。辛いこともたくさんある。でも、そんなのきっと、どんな職業でも一緒で、別にこの仕事だけが特別に辛いわけじゃない。まあ変な目で見られるのはわかっているけど。私は私の仕事にプライドを持っているから。これでも、ナンバーワンなんだからね、私」

 どんと胸を張るミーシャを見て、ウィリアムの中にあるアルレット像が揺らぐ。もしかすると、姉も同じ気持ちで戦っていたのではないのだろうか。自分の持てる武器を使って這い上がろうとしていたのではないだろうか。知ることは無い。知る術はない。

 だが、今日、ウィリアムは知った。女性の強さを、したたかさを。

「そうか。ありがとうミーシャ。君の在り方に、そう言う考え方もあるのだと知って、少し、ほんの少しだけ、救われた。君のおかげだ」

「……感謝するのはこっちじゃん」

「本当にな。くく、やはり君はそっちの口調の方が良い。大分砕けて良い感じだ」

「し、しまった! お、お客さん相手なら絶対に揺らがないからね、私」

「ナンバーワンだから?」

「その通り!」

 ミーシャに亡き姉の面影を見るウィリアム。人にはいろんな一面がある。この女性もまた様々な顔を使い分けている。それら全てを知ろうとするのは傲慢なのだろう。

「あと、稼いだお金で、その、勉強、しようかなあって。今更だけど」

「……もし疲れてなければ昼過ぎからでも俺が教えようか? 丁度暇をしていたし、子供たちにもある程度は教えるつもりだった。適性も見てみたいからな。最初の世代だから、良い事例を残したいだろう」

「本当に!? ……じゃあ、お言葉に甘える」

「ついでだ。気にしないで良い」

「うん、じゃあ気にしない」

 かか、と笑い合う二人。

「クロードたちの様子、いつか見に行くから」

「甘やかさなければいつでも歓迎だ」

「アルカスの美味しいご飯屋さん連れてってよ」

「アルカスで一番まずいシチューを出す店なら連れてってやる」

「何それ」

「本当にな。何であの店、潰れてないのか不思議でしょうがない」

 二人の距離は近い。だから、互いに錯覚してしまう。姉の幻影を少女に見る男。どうしようもない状況から救ってくれた近い世代の男の子を見る乙女。近いのに遠い。それに一方が気付くのはそれほど遠くない未来。そしてもう一方が気付く日は――


     ○


「――このようにアルカディアでの文字とオストベルグの文字、ガリアスの文字では同じ意味の文字を並べても大きく異なる。だが、似ている部分もあるので、二つ、三つと文字を習得するとローレンシアの中だけであれば、おおよその意味が分かってくる」

 先ほどまでは簡単な算術を、今は様々な文字を並べて、まずは文字に親しみを持たせようという意図の授業を行っていた。子供たちはもとより、ミーシャも混じっての授業。何故かヴォルフも「ふむふむ」と言いながら参加していた。

「そもそも文字の成り立ちについては諸説あるが、個人的に面白いと思ったものを紹介しておこう。少し話は脱線するがな」

 勉強と言うのは点であり、線であり、図形である。

「むかーしむかしのことだ。この世界には魔術と言う技術体系があり、人の営みにおいてなくてはならないものであったそうだ。言葉すらそれを介して行っていたほどに」

「うっそだー」

 ヴォルフ生徒が茶々を入れるも無視。

「簡単な魔術は誰でも使えるものであったそうだが、難しい魔術、軍用であったり研究用であったり、そういうものは様々な国に固有の術式、積み上げてきた形があり、全然別物だったらしい。国が違えば根っこが違うなどと言う言葉があったそうだ」

「まじゅつ使いたい」

「火とかぼーって出来たのかな」

「なあなあ、しゅぎょーつけてくれよ兄ちゃん!」

 雑談とは言え勉学。集中していないクロードの頭をぺしっと叩くウィリアム。

「色々あって魔術を失った人々は、会話すらままならなくなった。既存の文字や言葉は魔術を介して意味を与えていただけで、それを失えばてんでバラバラ、ただの落書き、体系化もされていない。そこで人々が目を付けたのが、魔術の術式で使われていた記号、だ。規則的であり、共通認識もあった。これを改変すれば、その国だけとは言えある程度の知識層までだが、意図を伝達する術を手に入れることが出来る。そうして生まれたのが、各国固有の文字。最初は言葉も国ごとに文字と同じよう固有であった。今でも、俺の故郷であるルシタニアと他の七王国では言葉が通じないように、そう言う国も残っている。いずれは統一されるだろう。それと同じで、文字もいずれ統一されることになると思う」

「どうして?」

「言葉が通じないと不便だろう?」

「うん」

「同じことだ。文字が通じないのも不便。なら、皆で同じモノを使いましょう、となる。統一の手間はかかるが、その先で便利になるなら、やるのが人間だ」

「ほへえ、成り立ちなんて考えたことも無かった」

「ヴォルフ君は本当に頭が悪いなあ」

「殺すぞカス」

「やってみろボケ」

 一瞬で一触即発の雰囲気と化す二人。ミーシャは頭を抱え、慣れていない子供たちはびっくりし、クロードはキラキラした眼で二人を見る。

「いいか。さっきのはあくまで一俗説でしかないが、俺は最も有力だと思っている。その理由は、各国の火、水、風、土、雷、これらを並べると浮かんでくる」

「あ、ほとんどいっしょだ!」

「魔術の五大要素、基本のキ、だ。それがほぼ同じ、本当の根っこが同じであるという点が、ぶっ飛んだ話にも聞こえる俗説を俺が支持する理由であり、これを基本と考えると、それらの派生である各国の文字にも共通項が見えてくる。根を押さえるということはそういうことだ。どんな物事もそう、先端だけでは見えぬことも、根っこを見ればわかるようになる。逆もまたしかり、根っこだけ見ていても今が見えない」

 ヴォルフは真剣な顔でウィリアムの言葉に耳を傾けていた。先ほどまで茶々を入れていた男とは思えないほどに。

「それがテメエの根っこってわけか」

「そういうことだ。ただガリアスの文字を覚えるだけじゃ点でしかない。他の国でも応用するには、色んな視点が必要になる。様々な角度に対応した点、要点を押さえれば自然と他の点も結びついてくれるだろ? それが根だ」

 考え方の基本。勉学に限らず、ウィリアムはこういう風に物事を考え、捉えてきた。点の収集は大事だが、同じような点を、同じ角度のものを、同じ並びのものばかりを集めてもただの線にしかならない。別の分野の、別の角度の、別の方向性の、様々な点を集めて繋ぎ合わせ、初めて新しいモノは生まれ出でる。

「今日のこれをただの雑談とするか身とするかは各人の自由だ。まあ、折角だし最後は五大要素のガリアス文字を書けるようにして授業を終わろうか」

「「はーい」」

 一番元気よく返事をしたのが大人二人と言うのが何とも寂しいものであったが、ウィリアムは授業の締めに入った。

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