王会議:英雄の背中

「相変わらずピリっとしない顔だね、ドミニク」

「あの男の女、それだけが価値であった貴様に何を言われてもな」

 シスターと一団の長と思しき男が言葉を交わす。知り合いではあるがあまり良好な関係ではないのだろう。誰も彼もが敵意に近い視線を向けている。

「単刀直入に言う。この土地を明け渡せ。王会議に向けた浄化政策がために、我らの領域はかなり限られてしまった。こんな場末であっても、有効活用すべきであろう」

「は、食い扶持に困窮したから助けてくださいとでも頭を下げれば可愛げもあるってのに……所詮、あんたにあの男の真似は無理だったのさ。ゴミクズどもをまとめて、あの革新王とすら渡り合った怪物とはね」

「くだらん。先祖代々の家名に、あの男の首で得た騎士位。俺はあの男すら持ち得なかったモノを持っている。さらに得た。立っているステージが違うんだよ、アンヌ」

「お前如きがあたしの名を口にする、か。時代の流れとは言え、腹立たしいことさね」

 シスター・アンヌ。すでに目の前の男が喰った組織の長、立場違えど革新王ですら御し切れなかった市井の怪物。その男が晩年、唯一そばに置いた女こそ彼女であった。

「抵抗は無駄だ。くだらん縁も、今日、此処で断つ」

 ずいと前に出てくるは二人の騎士。そこらの武人とは明らかに違う。

 彼らの肩に輝く徽章は――

「百将かい。随分と豪気なことだね」

 ガリアスに百席ある将軍の座に至りし者が備えるもの。

「そんなチンピラに与すること、革新王はご存じなのかねぇ」

「陛下がこのような場末に興味を示されるはずも無し。貴様らの命運程度、我らの裁量で充分事足りる。力なき己を呪うがいい。時代の残り火よ」

「ガキが。表側と裏側が交わるってことがどういうことか、何も理解してねえから易々と、そんな馬鹿と仲良く並び立てるのさ。コインの表裏が混じわりゃ、形を保てなくなるのは馬鹿でもわかるだろうにね」

「そのような時代ではないのですレディ。我々は表裏、手と手を取り合って前に進む。ここはその橋頭保。我らとてこの剣、抜きたくはございません。御英断を」

 騎士たちの、この場に三人いる百将でもひときわ目立つ男が前に進み出た。百将には権限としての明確な差は無い。しかし、序列はある。三人の中で、彼は最も高い序列なのだろう。自信満々の雰囲気がそれを示していた。

(此処までだね)

 シスターは一人諦めた。ひらひらとかわしてきたが、とうとう相手が本気を出してきた。そうなればどうしようもないのだ。自分には力はなく、力を持った味方もいない。全部目の前の男が喰らってしまった。それが結果、これが結末。

「……ちくしょう」

 子供たちはその光景を見ていた。傍目から見てもどうしようもない。子供だって学は無くとも状況くらい察することは出来る。

「ミシェル、君の美しさには価値がある。君の面倒は私が見よう。他の子どもたちもドミニクが面倒を見てくれるそうだ。全て私の計らいでね」

 店での名前で呼ばれたミーシャは歯噛みする。この騎士が色街で自分を見初め、たびたび店に訪れていた男だとようやく理解した。たまたま、騎士は共存関係であるドミニクの計画を知った。たまたま、其処に欲しいモノがあったから協力した。

 たまたま、たまたま――

 神はどこまで自分たちを苦しめるのか。折角、一筋の光明が見えたと思ったのに。

「子供はどうするつもりだい?」

「……貴様が知る必要はない」

 そんなことは火を見るより明らか。彼らは慈善家ではない。そしてあの男のように遠大なビジョンを持つ者でもない。売れるモノは売り、売れないモノは処分する。それだけのこと。そこに情を期待するほど、彼女たちは世の中を甘く見ていない。

 全てが崩れ去る。否、とっくの昔に崩れていた。今日行われたのはただの確認作業。

「さあ――」

 力ある者が正義。力無き者は喰われるだけ。

 ならば――

「王会議の最中、あまり波風を立てる気も無かったが……俺の覇道を邪魔するというのなら、話は別だ」

 正義は我にあり。

「何者だ? 貴様」

「ただの商売人ですよ。今日はそこのガキどもを買い付けに来た」

「なら俺を通して売ってやる。失せろ。木っ端商人風情が」

「それは無理だ。貴殿の目利きではフェアな取引に成らない。まともに値付けも出来んだろうに。それではあまりに私が勝ち過ぎる。ああ、まさに、つまらん、だ」

 大言壮語。突如現れた男が吐いた言葉。それを許すほど彼らは寛容ではない。

「駄目! その人たちは百将よ!」

「見ればわかるさ、ミーシャ。彼らは百将だ。偉大なる超大国ガリアスに百しかない席次に着くもの。ああ、違うな。違うんだよ。やはり、やはりそうだった。あの列を見た時、俺もそう思ってしまった。百は、多過ぎる。ガリアスをしても――」

 ウィリアムは嗤った。アポロニアが言っていたこと、それを表す者たちが此処にいる。あの時はダルタニアンやボルトースら、輝けるモノたちがいたから薄まっていたが――

「やれ」

 剣を抜き駆け出す二人の騎士。リーダー格の男は様子見とばかりに腕を組む。そこには余裕があった。自分たちが負けるはずがないという余裕が。

「なるほど。勉強に成った」

 あったのだ。ここに来てから圧倒され続けてきた超大国ガリアス。そこに、付け入る隙があった。経済、文化、国家を形成するほとんどすべてにおいて頂点を極めた国が、唯一到達できなかった武力の頂点。飛び回る三つの星が革新王から勝利を奪った。

 結果として、軍への影響力は他の分野に比べると数段落ちるのだろう。

「上はそれなりだが、下はこんなものか」

 ゆえに百席という悪習をここまで引き摺ってしまった。

 無手でウィリアムは制圧する。あっさりと、まるで赤子の手をひねるかのように。驚きに眼を見開く騎士たち。ドミニクも信じ難いモノを見る目で、ウィリアムを見つめていた。

「それとも、俺が強く成り過ぎてしまったのか?」

 一冬越えて、さらに加速した成長。あの怪物と隙あらば本気で打ち合ってきた。それに比べれば何と弱く儚い手合いか。これでは秤にもならない。

「武王の時代、ハッタリを効かせるために設けた百席。それがこの程度の輩を将軍に押し上げてしまった。王の頭脳が編纂した軍のマニュアル、それが無能に間違った自負を植え付けてしまった。お前たちが強いんじゃねえよ。ガリアスが強いんだ。くく――」

 ウィリアムは嗤う。勝てると思った。

「ありがとうクソ雑魚ども。お前らのおかげで勝ちの目が見えてきた。あの男も人だ。王は絶対者ではない。それがわかっただけでお前らは十分役に立ったよ。ご苦労さん。もう消えて良いぞ」

 歓喜が押し寄せていた。オストベルグは柱たるストラクレスを折れば良い。其処が難しいのだが、道は見えている。だが、ガリアスと言う国を折る道は今の今まで見つからなかった。今、彼らと言う足手まといを見つけることで、男は勝機を得た。

「……ロジェ。あの男を殺せ。ガリアスの、百将である我々を侮辱した罪、万死に値する」

「……承知」

 一番後方にいた男。徽章も何も身に着けていないが――

「ほう、少しはマシなのがいたか」

 ウィリアムに剣を抜かせる程度には強い。力強く、速く、荒い。

「傭兵上がりか?」

「だったらどうした!?」

「いや、俺の部下に欲しいと思ってな」

「部下だと。貴様、何者だ!?」

 ロジェのように力ある者が上に行けていない、百将という地位にも至れていない。其処で転がって言い訳をつぶやく愚か者どもですら、その座に至れているというのに。そこもまた大国ゆえの鈍重さ。無論、アルカディアとて同じ問題は抱えているが。

 それは自らが変えれば良いだけの話。

 この場にいる全員が、ロジェと同じ疑問を浮かべていた。

「ふわぁあ。ウィリアム・リウィウスだよ。あ、そこ良い」

 切り株の上に腰掛ける美女に耳かきをされている男、ルドルフ・レ・ハースブルクが言い放つ。ロジェは得心する。ああ、そういうことか、と。

 剣が舞う。一人の騎士が立つ。

「お前らじゃ力不足だ。ったく、探したぜ。今回の王会議はテメエをストーキングしてべんきょーするのが目的なんだよ。俺から逃げてんじゃねえ」

 背後からずいと現れた巨躯の男。ドミニクは「ひっ」と悲鳴を上げて腰を抜かす。迫力と言う意味ではすでに巨星のひざ下くらいまでは来たか、黒狼のヴォルフもまたその場に現れた。燦然と輝く星々がこの場に集う。その中心に――

「気持ち悪いんだよ犬っころ」

 ウィリアムが君臨する。ヴォルフ、ルドルフ、三つの星が揃う。

「テメエこそかつらも仮面も似合ってねえよ!」

「お前らも変装の一つや二つしろよ。目立つだろうが」

「「目立っちゃダメなの?」」

「……ハァ」

 ウィリアムがため息を吐くも、二人はよく分からないとばかりに首を傾げる。かつらと仮面を取ったウィリアムと耳かきを終えたルドルフ、どこまでも追いかけるとばかりに準備体操をするヴォルフ。三人の星が集い、そして輝く。

 凡夫の眼を焼くほどの光量、全ての視線を惹きつける引力。

「き、貴様ら、ガリアスに逆らったらどうなるか――」

「どうなるのかな? 僕に教えてよ」

 じっと騎士の目を見つめるルドルフ。相手を測るかのような視線、騎士は、そらしてしまう。その視線が持つ圧に耐え切れなくなったから。

「白騎士、かい。なるほど、予想はしていたけど、想像の倍はでかいねぇ。参ったね、そこで腰抜かしている偽物どもの時代が来ると思えば、あの人すら超える怪物がうじゃうじゃ、かい。参った、本当に参ったよ。あの人に、見せてやりたいねえ」

 シスター・アンヌはまばゆい英傑たちが放つオーラに微笑む。革新王やあの人たちが築いた時代、老いや時が流してつまらぬ時代がやってきたと思えば、すぐさま何処からかこういう怪物どもが現れる。いつだって同時に、彼らは輝くのだ。

 そしてその競い合いによって時代が出来る。

「先に剣を抜いたのはそちらだ。その上で無様な醜態を喧伝したいなら好きにすればいい。俺はどちらでも構わんよ。百将下位程度、勝ったと持て囃されても嬉しくない」

 ここに本当の時代がいる。その背を見て心躍らぬ者がいるだろうか。

「これが力だ、クロード。俺が手に入れた、お前たちがいずれ手にするであろう力だ。力ある者が正義、ならば強く成れ。強く在れ。俺が、やり方を教えてやる」

 輝ける英雄。その背に彼らは惹かれる。強く、強く――

「かっけえ!」

 一人の少年の未来が今、決まった。

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