王会議:再会

 ウィリアムは一人、ウルテリオルの市場調査に赴いていた。どんな品物がどういった価格帯で売られているのか、己が足で見て回っているのだ。今宵もお祭りが続くとは言え、市民にも生活がある。少し足を伸ばせば生活臭漂う内向きの空間が現れてくる。

「安ければ良いと言うモノでもないが、これでは差が大き過ぎる」

 勢いよく色々見て回ったはいいが、とにかくアルカスとはあまりにも違い過ぎる景色にウィリアムはげんなりしていた。嗜好品は高く、生活必需品は安い。良いモノは高く、安いものにはそれなりのわけがある。そこはアルカスと同じなのだが――

 されど、そのラインには大きな差異があった。

(あっちでは高級品に当たるものが、こっちでは市民の手にも届くような価格で売られている。平均値が高い。アルカディアだって一応七王国だってのに。様々な産業でこれだけ違えば、そりゃあ国力にも差が出るってもんだ)

 大きな差があった。埋めようも無いほどの差が。

(それに嗜好品も多種多様だ。国が豊かで余力のある証拠。こりゃあ埋めるには何十年かかることやら。戦争で勝てば良いという話でもない。その発想じゃこの差は埋まらない)

 ウィリアムはウルテリオルの、ガリアスの強さに惹かれていた。これを生み出したモノは、今の自分とは比較にもならないほど遠くを、未来を見据えていたのだろう。国家と言うのは一朝一夕では成らない。長く、様々なものを積み上げて、ようやく形に成る。

 遠大である。巨大である。壮麗である。

「開いた口が塞がらねえ」

 圧巻の一言。商に携わっていたからこそ分かる小さな、それでいて大きな差。銅貨一枚の差も、それが重なれば銀へ、金へと変貌する。

(お祭り騒ぎが終わってからの方が興味あるんだけどなあ)

 叶うなら一度、思いっきり時間を使ってウルテリオルを、其処を飛び出してガリアス全域を歩き回ってみたいとウィリアムは考えていた。それほどにこのウルテリオルは、ガリアスと言う国は魅力に満ち溢れていたのだ。

 もし、彼が本当にルシタニアのウィリアムであったなら、王の頭脳、左右どころか百将の地位すらなくとも移りたいと考えてしまうほどに。

「まあ、叶わぬ夢を浮かべても仕方ない。もう少し歩いて――」

 ウィリアムが立ち上がろうと腰を浮かせた瞬間、どこかで聞いたような声の悲鳴が上がった。幾度も、幾度も、既視感満点の音と共に、悲鳴が上がっていた。

「……まったく、下手糞が」

 ウィリアムは顔を歪めながらそちらに足を向ける。


     ○


「このクソガキ! 大事な商品に手つけやがって!」

 鞭打ちされながらも、抱きかかえるようにうずくまり、断固として手放すまいと歯を食いしばる少年がそこにいた。ウィリアムが想像した通りの光景であったが、唯一少年の眼だけは想像と異なる色を浮かべていたのだ。

「……しかし、これまた何の因果か。出来過ぎ、だな」

 あの眼に興味があった。いずれ己が為すべき事業のいちパーツとして、育てるに値する熱量を秘めた眼。探してまで手に入れたいわけでもなかったが、此処まで縁深いのならば出会いは必然であったということ。

 ウィリアム自身運命や宿命と言う考え方には懐疑的であったが――

「そこまでにしておけ。これ以上の折檻は死に繋がる」

 ウィリアムは少年に向かって鞭を打つ手を止める。商人が邪魔をしてくれるなと視線を寄越すも、答えは手を軽くねじることで示す。

「盗人のガキが死のうとあんたにゃ関係――」

「他国のガキだ。アルカディアのガキじゃない。この時期に、この場所で、お前たちが騒ぎを起こすこと自体、俺にとってもあいつにとっても迷惑だということがわからんか?」

 ウィリアムは商人の耳元で何事かを囁く。驚きにびくりと跳ねる商人。幾度か視線を巡らせ、ウィリアムのかつらから覗く地毛を確認し、幾度となく商人は頭を下げ始める。

「わかったなら構わん。この場は俺が預かる。いいな」

「もちろんです旦那。ではあっしは商談がありますのでここらで」

 ささっとこの場を後にする商人。

 残ったのはうずくまる少年と変装したウィリアムだけ。

「で、後生大事に何を抱えている?」

「……」

「……おい、ガキ」

「…………」

「まさか」

 ウィリアムが少年を引っ繰り返すと、痛みに耐えかねたのか少年は気を失っていた。

「……ハァ」

 ウィリアムは深くため息をつき、少年を小脇に抱えながらその場を去る。少年が気を失いながらも手放さなかった『モノ』を見て、何となく状況を察しながら――


     ○


 ざぶん。少年は急激な感覚の変化に飛び起きる。何故かずぶ濡れの状況に疑問符を浮かべながら、きょろきょろと辺りを見回す。すぐさま目に入ったのはバケツを抱える謎の男。怪しげな仮面と安っぽいかつらを被った男は「おはよう」と言いながら――

「づめでええ!?」

 少年に井戸から汲んだばかりの水をぶっかける。

「目が覚めたか?」

「かける前に覚めてただろ!」

「寝惚けていると思ってな。眠気覚ましには丁度良いさ」

「今の季節考えろよ!」

「それは悪いことをした。すまん」

 冬を脱したばかり、暦の上では春かもしれないが、まだまだ肌寒い日が続いている。そんな天候で水浴びなどをしたならば、当然寒くて仕方がないのは道理。

「で、何を思ってこんなものを盗んだ?」

 少年は男が持つ『モノ』を見て血相を変える。

「返せよ!」

「盗人のセリフじゃないな。前提としてこれはお前のものじゃない。俺のものでもないが、実質俺のものと言っても差し支えないから、お前にはやらん」

「意味わかんねえし返せ!」

 少年は男に飛び掛かる。男はあっさりと少年を拘束してのけた。

「放せよ!」

「注文の多いガキだな。『水銀』なんてお前が持っていても何の役にも立たんぞ。こいつを万能の薬か何かだと思っているなら、大きな見当違いだ」

「嘘つけ! 知ってるんだぞ! ふろーちょーじゅの薬だって!」

「旧い知識の錬金術師か民間療法か、どちらにせよ水銀をそのまま薬として使うケースはほぼない。マーシアでの人体実験がそれを証明した。まあ、物質として不思議な性質を持っているところに、何かを見出すのはわからなくもないが……これは毒だ」

「……でも」

「お前みたいに無知な馬鹿が、こいつの値段を釣り上げているんだ。こんなに神秘的な見た目をしているのだから、何か特殊な、特別な効能があるに違いない、と。まだまだ世界には馬鹿な民間療法が蔓延っている。それに高い金を払う馬鹿がいるのも事実」

「……でも、俺――」

「ガキ、俺に借りを作る覚悟はあるか? 返済方法は俺が決める。お前が今すべきことは選択のみ、だ。胡散臭い俺の手を有償で借りるか。盗んで手に入れた無償の毒を持ち帰るか。二つに一つ、好きな方を選べ」

 男はじっと、少年の目を見つめる。真っ直ぐに、射抜くような視線。少年は何度も男と男の持つ銀色の神秘的な流体を眺める。

 そして――

「ん!」

 少年は、水銀を持っていない方の手を握った。男は微笑む。

「お前は今、高い買い物をした。そしてそれは、往々にして正しいものだ。安物買いの銭失い、タダより高い物はないってな。高ければ良いと言うモノでもないのが難しいところだが……ちなみに有償、無償の意味は分かるか?」

「わかんない」

「……だと思ったよ。まあいい。いつか返してもらうさ。嫌でも、な」

 男は少年の頭を少し強めに撫でまわす。表向きは嫌そうな顔をしている少年であったが、どことなく楽しそうな、嬉しそうな顔をしていたのは気のせいであろうか――

「それで? 不老長寿の薬を使いたい相手、病人の症状、っと、様子はどんなもんだ?」

 男の、ウィリアムの問いに少年はたどたどしく答え始める。


     ○


 女は『家族』に病人が出たと聞きつけ、すぐさま仕事の休みをもらい街に飛び出した。お祭り気分で浮かれる街並みを駆け抜け、寂れた郊外でかかりつけの闇医者を拘束し引き摺りながらも全力疾走。冬も怖いが季節の変わり目も怖い。

 人の死は決して遠いものではないのだ。特に、彼女たちにとっては――

 それにもう一つ懸念がある。急がねば、『家族』想いの弟分が馬鹿なことをしでかすかもしれない。その少年には前科があるのだ。たまたま、この前は上手くいった。今度もそうなるとは限らない。とにかく急ぐこと。急いで、解決して、安心させる。

 もう自分は何も出来ない無力な女の子ではないのだから。

「シスター! ヤブ医者連れてきた!」

「おいミーシャ。ヤブって言うなよ。ぼったくるぞ」

 女、ミーシャは寂れた教会の中に飛び込んだ。引き摺られている医者は諦め顔。

 そこで目にしたものは――

「こ、の!」

 鞭で打たれたのか幾重にも重なる蚯蚓腫れが痛々しい弟分の姿。そしてその隣にはシスターと話し込む怪しげな男。語るまでも無い。

 犯人は――

「弟に何てことしてくれたの!」

 お前だ。とばかりに会って早々、助走を存分に設けた張り手が男の頬に炸裂した。安っぽい仮面ごとかつらが飛んでいく。驚きに眼を見開いた男は、どこかで見たような顔つきであったが、怒り狂う彼女にとってはただの『敵』でしかない。

「お金なら私が払うから出て行って! よくもクロードにこんなことを――」

 怒りに震えるミーシャであったが、その周囲は何とも言えない空気が流れていた。シスターは頭を抱えため息をつき、周りの子供たちも「あーあ、ミーシャやっちゃった」とばかりにニヤニヤ笑みを浮かべていた。

「少しは大人に成ったと思ったらこれかい? あんた成長しないねえ」

 独特な形状のパイプを燻らせ、シスターはミーシャに煙を吹きかける。奇襲に「ごほごほ」と咳き込むミーシャ。そして煙が晴れた後に彼女の前に立っていたのは――

「この兄ちゃん。俺のこと助けてくれた」

 ボロボロの弟分であった。そしてその発言を噛み砕き、ばつが悪そうに紅く染まった頬を掻く男を見て、ミーシャはようやく状況を理解する。

「ごめんなさい!」

 猛スピードで駆け抜けた先で、

「いや、構わない。と言うか君は――」

「……あ、童貞の、ッ!? す、すいません重ね重ね!」

「……あ、ああ。別に構わんよ。事実だし」

「すいませんすいませんすいません!」

 二人は再会する。

「なあなあ兄ちゃん。何でミーシャのこと知ってんの?」

「……たまたま、な」

 クロードの頭を撫でつけ誤魔化すウィリアム。それで気を良くしたのか問いかけたことすら忘れたクロード。ちょろいもんである。


     ○


「ほお、大したもんだ。よく勉強しているなあ」

 闇医者もといヤブ医者が処方された薬の種類、用法、用量に唸る。

「薬を扱う商会を営んでいるので。職業柄、多少の知識は」

「多少なんてもんかね。ま、何にせよ命拾いしたね。決して難病ではないが、長引けば命に係わる病だ。この御仁が関わったことを感謝すべきだなミーシャ。俺なら、悪いがこれらの薬を処方はせん。と言うか出来ん」

「そんなに高価なのかい?」

 シスターが紫煙を吐き出しながら問う。どうでも良いが神に仕える修道士でありながら、この女性は、パイプを嗜むわ、修道服は着崩すわ、しまいには服にスリットを入れるわ、で好き放題である。神に祈るそぶりは今のところ一度として見せていない。

「高いし希少だ。少量だが、俺の仕入先では用意できんものも混じっている」

「へえ、そりゃあ凄いねぇ。大したもんだ。ちなみにあたしゃあ払う気ないよ」

「シスターには期待していません。私が払います!」

「だから無理だって。ぽんと自分の身請け金ぐらい出せるなら話は別だが、そんなに持ち合わせは無いだろう? 末端価格で考えると、それでも足りんよ」

「……う、うそ」

 ミーシャはウィリアムを見る。すやすや眠る妹分の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、今度はある意味で最も大きな問題が其処に横たわっていた。

「払うのはあいつだ。クロードと言ったか、このガキに返済させる」

「そ、そんなの無理に決まってる! この子は子供なのよ!」

「それを決めるのは君じゃない。あと、顔が近い」

「私はクロードの姉です!」

 ずいとさらに近寄ってくるミーシャ。ウィリアムは困り顔で視線を逸らす。もう二度と会うことは無いと思っていた姉と似た女性。まさか、翌日には再会し、こうして顔を合わせることに成ろうとは思わなかった。

「姉でも母でも関係ない。クロードが選択したことだ。あいつ自身で払うのが筋だろう」

「家族が借金の肩代わりをするなんてよくあることでしょ!」

「良いじゃないか。そいつ、結構稼ぐよ。クロードなんてちんくしゃよりもねえ」

「愛人としては最高だな。俺も金があればなあ」

「じじいが色ボケてんじゃないよ。さっさと帰りなヤブ医者」

 勝手なことをのたまう周囲を無視してウィリアムはクロードに視線を合わせる。

「お前の重荷を姉に背負わせるのか?」

 その言葉に首を幾度も横に振るクロード。ウィリアムは微笑む。

「なら良い。アルカディアという国は知っているか?」

「知らない」

「お前は俺と一緒に其処へ行く。そして、お前は俺に成るんだ、クロード」

「ちょ、それどういうこと!?」

「それが返済方法だ。今日はここらでお暇するが、少し考えておくと良い。『家族』と離れ離れに成ることを。住み慣れた場所を離れることを。だが、悪いことばかりじゃない」

「だから勝手に話を――」

「俺と来ればお前は強く成る。今、お前を蔑んでいる連中をぶち抜いて、そいつらを見下すことが出来る。爽快だぞ、高みからの景色は。見たくはないか?」

 ウィリアムはそう言い残してその場を去って行った。憤慨するミーシャを残して。

 クロードにとってこの地を、家族から離れて生きることに実感はない。だが、あの人の言葉は不思議と胸に刺さる。難しい言葉はわからないけれど、でも、言っている意味は理解した。理解できてしまう。それが何故なのかは、クロードには分からないが――

「……白髪で、アルカディア、まさか、ねえ」

 シスターの眼が男の後姿を追っていた。

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