王会議:王の勧誘
「そ、それは困りますガイウス王。白騎士はアルカディアの宝、バルディアスが後継と目している男です。いずれアルカディアを背負って立つ身、ご容赦を」
エアハルトが抗弁する。エアハルトがしなければエードゥアルトがしていたかもしれない。それほどにウィリアムはアルカディアにとって大きな存在になっていた。若手の優秀な人材が欠如し、バルディアスも高齢、オスヴァルトの系譜も優秀な人材を多く失い力を弱めている。その中で、これだけ輝きを見せつけている男を、くれと言われてやれるわけがない。
「しかしこの男はアルカディアのウィリアム・リウィウスではない。ルシタニアのウィリアム・リウィウスであろう? アルカディアからガリアスに移るが難いこととは思わぬがな。要は条件次第よ。そちらが未来の大将を約束するならば――」
ガイウスは自分の懐刀であるサロモンの方を見る。頷くサロモン。
「こちらは『王の頭脳』の席を用意する準備がある! しかも移るならば即座に、だ」
今度は他の百将が驚き目を見張った。
王の頭脳とはガリアスにおける百将の頂点である。王の身体を構成する二つ名を持つものは他の百将よりも一つ上の存在だが、頭脳はそれよりもさらに上に君臨する。王に対して意見する権利も持ち、もう一人の王と呼ぶものすら居るのだ。
「それでも足りぬならばリディをやろう。別の姫でも良い。要は余の死後、玉座をくれてやるということだ。旨い条件だぞ、何しろ余は後数年で死ぬからのお」
サロモン以外の百将全員が動き出した。あまりにも現実離れしている会話、乱心と呼ぶしかない。こんなふざけた取引があってなるものか。
「動くな小僧ども! 陛下が交渉中である。手出し口出し無用!」
サロモンの一喝に動きを止める百将。しかしその顔に浮かぶのは大きな動揺であった。現『王の頭脳』たるサロモンが納得している。つまり二人が話し合った結果この状況が生まれているということ。異国のものに姫と王座を渡す王を、この国の軍と政の頂点が認めた結果が今である。こんなことがありうるのだろうか。
「随分と、過大な評価をいただいているようで」
ガイウスは首をかしげる。
「過大か? 余は決して過大とは思わぬ。その若さでこれだけの広さを備えておる人間はそうおるまい。戦場を切っ掛けに、されどそれは手段でしかなく、商売もまた一つの手段、すべては成り上がるための……手段でしかないのだ。その類稀なる野心と向上心、そして勤勉さは、王座に値すると余は考える」
ウィリアムはちらりと自分の主の方を見た。其処に浮かぶ顔を見てウィリアムは焦りを覚える。まだ、その『牙』を見せるときではない。そしてガイウスはそれをわかった上で煽っているのだ。退路を失わせる言葉はいくらでも用意しているぞ、と。
「余の個人的な思惑もある。ガリアスは経済、文化の面で世界の頂点を極めたが、未だ軍事面では小憎らしいことに三つの星が飛び回り余の邪魔をする。量は揃えど質が追いつかんのだ。余はガリアスを完璧なカタチで後世に引き継ぎたいと考えておる。そのためには彼奴ら三人を追い落とし、軍事面でも頂点を極めねばならぬ」
ガイウスは燃える瞳で三つの巨星を睨みつけた。エル・シドはつまらなそうに無視をし、ストラクレスはエルンストから会議の様子を聞いており、ウェルキンゲトリクスは相変わらずといった風に苦笑して目をそらした。
「ほれ、小憎らしいであろう? だが卿が此方に来れば連中も余を無視できぬ。未だ力は足りぬとも、ガリアスの物量と平均高き兵力と組めば、今の卿でさえ巨星は落とせる。成長すれば巨星三人が組んでさえ届かぬ超新星となろう。そして余を継いだ卿は白の王として世界に君臨するのだ。そうなれば半世紀、ガリアスは盤石たるであろうよ」
すでに半世紀先を見通す男。その遠大な視野ゆえに凡人は彼を理解できない。しかしウィリアムは男の真意を理解した。未来、己が国家最大の障害を取り除きつつ、その障害を味方として取り込んでしまおうという腹積もり。つまりガイウスの中では、三大巨星も己ですら過去のもの、ガリアスを脅かす最大の障害はウィリアムだと認識していたのである。
「つまらぬ戯言だ! 私を失望させてくれるなよ白騎士!」
ウィリアムの無言を揺れていると考えたのか、アポロニアがウィリアムに剣を向けていた。それを見て包囲を敷く百将。混乱の中でも己が職務は忘れない。
「紅蓮の女王よ、抗弁は構わぬがつまらぬとは聞き捨てならぬ。これほど夢のある誘い、何を持ってつまらぬと斬り捨てる?」
アポロニアの瞳が燃えていた。
「全てだ! 与えられた地位に何の意味がある。与えられた頂点に何の価値がある。作られたものだ。それは掴み取ったものではない! 其処どまりの男を私は軽蔑する!」
ガイウスは真白の口ひげを撫で付ける。
「地位は与えられるものだよ女王陛下。卿とてアークから国を授かっている。本当に一から積み上げたものなどこの場にはおるまい。それを言っていいのは……奴隷から王になったものだけよ。余は、それだけには成れなかったがなァ」
ガイウスの目に宿るほの暗い炎にアポロニアは気圧されてしまう。全てを欲する欲望の王。ウィリアムは目の前の男にはじめて親近感を抱いた。そしてその分、己とは対極であるとも感じる。
「でもつまらないのは事実だ。お膳立てされた乱世なんてやっぱりつまらないね。僕らとしては白騎士が消えてくれるのはありがたいけど、それでもガリアスにってのはありえない。それならネーデルクスの玉座をくれてやった方がましさ」
ルドルフの言葉にネーデルクスの若き王はびっくりして腰を抜かした。ルドルフはそこに一瞥すらせずガイウスを睨みつける。
「俺なら、アルカディアのままでガリアスをぶちのめすぜ。そっちのがカッコいい。理由なんて男ならそれで充分だろう?」
ヴォルフもまた抗弁に加わる。自身の言葉に力は無いが、それでもかっこつけしいを煽るくらい自分でも出来る。ヴォルフにとってウィリアムがガリアスにつこうがどこにつこうが構わない。それでも自分が好敵手と見定めた相手なら、格好良い方がいい。
「若造どもが吼えるのお。まあすべては本人次第よ。して、答えを聞こう」
全ての視線がウィリアムに集まった。この回答次第で世界のパワーバランスが大きく動くことになる。白騎士とガリアスの組み合わ せはおそらくとてつもないシナジーを生むだろう。桁外れの物量を最適に運用できる才覚、そして三大巨星にも匹敵する広さと深さ。何よりも新しいものを双方共に好んで運用してくる。組ませてはならぬ食い合わせであった。
「答えははじめから出ています、ガリアスの王」
ガイウスの目が薄く細まる。
「私はアルカディアを選んだ。ガリアスでも、オストベルグでも、ネーデルクスでもエスタードでもない。私がアルカディアを選んだ のです。当時と今では何もかもが異なる。されど、私がアルカディアを選び、そしてアルカディアに取り立ててもらった恩は消えません。私をルシタニアのウィリアムとおっしゃいましたが……私はアルカディアに足を踏み入れた瞬間から、アルカディアのウィリアム・リウィウスでございます」
エレオノーラとカールの目がきらきらと輝いた。ヴォルフは「よく言うぜ」と茶化す。ルドルフはやれやれと頭を振り、アポロニアは「うむ」と頷いた。百将たちもほっとしたかのように力を抜く。
唯一、
「これほどつまらぬ解はないな。まさにつまらぬ、だ」
ガイウスだけは顔を険しくしていた。期待していた返しではなかった。もし断られるにしてもこういうおべんちゃらではなく、もっと生の、真に迫った回答を期待していたのだ。これでは凡百のものにでも言えること。これではあまりにつまらない。
「ではもう一つ、面白い方の理由も出しておきましょう」
ウィリアムは騎士の駒を手に取る。それをくるくると回して、ガイウスの座る方の陣、つまりはリディアーヌとの勝負でそのままになっていた盤面に、騎士の駒を打ち込む。まるで挑発するかのような所作。
「先ほどから飛び交うつまらぬという言葉、まさにそれです。私がガリアスを選ばなかった理由はそこにあります。ガリアスの側では、ガリアスを討つという最も壮大で面白い戦が出来ないではないですか」
ガイウスはウィリアムの目を見る。仮面の下から覗く瞳の色を見通す。
「私は頂点の陣営に与したいわけではない。私の陣営を頂点としたいのです」
その言葉の大きさに、多くの者は息を呑んだ。
そして王は静かに微笑む。これは落とせぬと欲望の王が諦めた瞬間であった。
「余の誘いを断った愚か者がこの場に四人おる。一人は忠義、一人は余が嫌いだと断った。もう一人については余の口から放つことが 出来ぬ盟約でな……それでも、面白くないというのはたまげたのう。頂点では頂点を得ることは出来ぬ、か。わからなくも無いというのがつらいところだなァ」
ガイウスは羨ましそうにウィリアムを見る。
「余が真に求めるものはいつも遠い」
ガイウスもまたくるくると王の駒をもてあそぶ。そして騎士の前に打ちつけた。
「余の目の黒い内は、この座は明け渡さぬよ。その上で、楽しみにしておるぞ」
その瞳の熱情は若き獅子たちと同様のものであった。年を経ても変わらぬ情念、おそらく満たされぬまま此処まで辿り着いたがゆえのもの。彼が欲しかったのは三大巨星でもウィリアムでもない。それを超える己なのだから。その代替である彼らすら得られなかったのだ。渇きもす る。
「すまぬな、エードゥアルト。悪ふざけが過ぎたわ」
まったく済まないと思っていない謝罪。エードゥアルトは頷きで答える。
「皆も騒がせたな。今宵から数日はウルテリオル全域での祭りである。このような瑣末なことは忘れ大いに楽しんでくれ。何しろ世界最大の祭りだからなあ」
大笑いしながら去っていく背中の大きさは、誰が追従できるものでもない。世界最大の都市はまぎれも無くこの男一人が支えているのだ。ガイウスの後任は頭を悩ませることになるだろう。比較対象がこの怪物なのだから。
それほどにこの男は一人先を往く。頂点は孤高なり。
○
多くが注視した舞台に幕が閉じ、ただ一人盤上を眺めるはエスタードの才女。
「……会議も終わって皆どっか行っちまったぞ、エルビラ」
ディノの言葉にエルビラは頷きだけで答えた。まるで、返事をするリソースすらもったいないとでも言うように――
「そんなに面白かったか?」
「……ええ。丁度、咀嚼を終えました。待たせて申し訳ございませんディノ様」
「だからその様付けやめろって。カンペアドールは横並びだって言ってるだろうが。それを認めなかったチェのおっさんはもういねえわけで」
エルビラは静かに手じまいを始めた。戦いの余韻に浸りながら。
「序盤、私は彼女があまりにも上手く捌いたため、その実力を過大に評価してしまいました。対最優破り、確かに見事でしたが、それゆえに彼我の戦力差を測り違えた。まだまだ私は未熟です」
「そういやお前の兄弟子に聞いたことがあったな。序盤戦はほぼ定跡ってやつが出来上がっていてそれなりの指し手同士がやり合っても差は生まれ辛いって」
「まあ、あの人にとっての『それなり』は、世に広まっている兵法書くらいはほぼ読破して自分のものにしている、という極々一部を指しますが」
「さっすがジェド・カンペアドールの秘蔵っ子ってか」
「結局、私は一度も勝てませんでした。おそらく、戦術家としてなら白騎士とあの人は互角に近い。ストラチェスなら五分五分、ないしかすかにあの人が勝る」
「はっ、改めて思うな。もったいねえ生き方だって」
「ですが、実戦であれば、勝つのは白騎士です。執念の中盤戦、勝利を見出すや否や一気に詰め切った終盤戦。自らの進路という大きなものがかかってなお、彼は平常で指し切った。自分の読みを、違えぬと信じて薄氷を渡り切った。それが当たり前であるかのように」
エルビラの脳裏には泥臭く這いずり回り、活路を見出さんとする姿が焼き付いていた。苦しい局面であったはず。貫かれた陣形、逃げ惑う王。断たれていく駒の数々。それをあの男は当たり前のように指した。そこが何よりも恐ろしい。
「彼はきっと実戦でも同じように指す。味方を切り捨ててでも泥臭く活路を見出し、勝機とあらば全てを投げ打ってでもそれを捥ぎ取る。騎士の飛び込みから一手も無駄なく味方を使い切り、寄せ切った。しびれました」
いずれ敵と成るかもしれない他国の将に尊敬の念を抱いてしまった。自らの進路と言う大きなものを背負ってなお、平常で指し切る胆力に慄いてしまった。
「使われる方としては、ちと怖いがな」
「ええ、ゆえの白騎士。純白の英雄。そのイメージが、彼の本性を包むことで非情の英雄は完成する。エル・シド様が矜持を曲げてでも私を、ジェド様の系譜をカンペアドールに組み込んだのは、彼のような英雄の登場を予期したからやもしれません」
「ま、奴一人ってわけでもねえさ。似たような奴なら同期に一人、それこそアルカディアにいたぜ。神算鬼謀の天才ってな。だが、その時は時代の壁に阻まれた」
ディノの目は遠くを、それでいて近くを見据えていた。
「今度もそうとは限らねえ、か」
エスタードの将来を担う二人。新たな英雄の姿を目の当たりにして彼らは予感する。ネーデルクスと言う壁ですら、いずれかの英雄は食い破り自らの喉元にまでその剣を突き立てるかもしれない。その時自分たちはどう戦うか――
エルビラは静かに考えを巡らせる。いつか来る時のために。
○
「君の失態やで、ダルタニアン」
蛇のような男がガリアス最優と謳われる男、ダルタニアンの前に立つ。
「優しゅう育てすぎや。綺麗な戦ばっかりやらせとるから勝てん将が生まれてまう。互いが思い通りいく実戦なんてあらへんやろ。最善手なんてポカポカ指せるんは盤上だけや。それかて、今日みたいに乱されたらあのザマ。実戦なら姫さん、今日死んどるんやぞ。わかっとるんか教育係ィ」
男の眼にはダルタニアンへの非難の色が浮かんでいた。そしてそれは間違っていない。大事に、大事に育てすぎた。
「粗削りが過ぎるオストベルグの年下にも勝ち切れん。あれはまだ格下相手やったから、乱されても余裕があったんや。同等の相手やったら、やっぱ死んどる。いつまで猫被っとるつもりや。君がそうやから弟子もそうなんねん」
ダルタニアンが歯噛みする。
「血騎士言われとった男がお高く留まってどないするん?」
「私を、俺を、その名で呼ぶな、蛇が!」
胸倉を掴まれてなお、男の眼には冷たい光が揺蕩う。
「やっすいプライドやな、自分。それで大事なもん殺してまうなら世話ないわ。きつく出来ひんなら僕に預ければええよ。死んでまうかもしれんけど、でかいもん背負わす前に白黒つけたるわ。君には、出来ひんやろからねぇ」
ダルタニアンの手を払い男は襟元を正しながら背を向ける。
「甘い時代ちゃうぞ。自分らが作ったガリアスらしさが首を絞め始めとること、そろそろ気づかせなあかんで。僕がいつも言うとるやろ。百将なんて半分も要らん。盆暗を並べて何の意味があんねんって。カタチにこだわって、大事なもん見落とし始めたら仕舞いや。前の超大国があっさり凋落したんと同じ道が待っとるで」
男は言いたいことをぶちまけて歩き去る。
「まあ、僕にはどーでもええことやけどね」
言われたい放題。されどダルタニアンには言い返す言葉がなかった。
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