王会議:邂逅せし白と紅

 ウルテリオルの王宮、世界最大の建造物である『トゥラーン』。その前にはほとんどの百将が集結していた。ガリアスが誇る百人の将軍、もちろんこの席に入れない将もたくさんいる。人口一位、国土面積二位、経済文化の発信地、そこを守護する最大の武力。

「リディ、あとでじい様の説教が待ってるよ」

「ほほう、バレてしまったか。それは難儀なことだ」

 まったく反省していない中性的な女性は大きく伸びをする。

「しかし面白かっただろう? やはり祭りはこうでなくてはな」

「ただの祭りじゃないというのに……運営の不手際が各国から寄せられるよ」

「あれを楽しめぬ二流国に何を言われても知らんよ。それこそどうでも良い」

 リディアーヌとダルタニアンが百将の中心に立っている。片方は血筋、もう片方は実績で上り詰めた百将上位の席。居並ぶ将軍も並々ならぬ気配を漂わせている。

「とはいえ不手際は不手際、しかと我輩の説教を受けていただきますぞ」

 リディアーヌやダルタニアンよりも中心に近い人物から声がかかる。その声を聞きげんなりとするリディアーヌ。

「私の興奮に水を差してくれるなサロモン」

「これも仕事の内ゆえに」

 ぶすっとした表情になるリディアーヌ。サロモンはいたって平静に場を眺めている。ざわつくウルテリオル。世界最大の都市が揺らいでいる。しばし待てばこの白亜の王宮にまで熱情が伝わってくるだろう。それを放つ各国の精鋭が集うのだから。

「そろそろ来ますな。皆々様方、ご準備なされよ」

 第一陣がくる。リディアーヌがにやりと微笑んだ。リディアーヌの組んだ行程表、多くをぶつけて祭りを盛り上げた中、唯一どこともぶつけず最短距離にて歩ませた国がある。リディアーヌが公私共に楽しみにしていた国家。

 全員が立ち上がりぴしりと居並ぶ。まるで威嚇するような構え。ガリアスの威信をかけた百人の整列。この場を通るものはすべて彼らの重圧にさらされる。ひとりひとりは巨星に劣るも全員が徒党を組めば巨星とて手出しできぬ、この世界最大戦力の重圧。

「あらあら……随分と、大きく見えますわね」

 白き旗がたなびいた。その集団を先導する男を見て、百将たちの顔色が変化する。

「なんや、めっちゃ雰囲気あるね。ええ感性しとる。そしてちゃんと引き出しとるわ」

「でかいな。広さだけなら巨星に近いぞ。あれで師団長なのだからあの国は鈍重が過ぎる」

 白き国を先導する真白なる男。純白をまとい、清冽な雰囲気をかもし出す。されどその重厚感は黒にも勝る重みを背負う。白き衣、白き鋼、そして赤き血色が彼を彩る。男は己が代名詞である仮面をしていた。この都市を己が戦場であるかのように闊歩する。

「バルディアスは超えてるんじゃないか? 成長の速度が尋常じゃない。名が聞こえてきたのはここ数年だろう? 逸材だよ、ここガリアスの尺度でさえ」

 白き騎士に率いられしアルカディア王国。白き騎士が彼ら全体を引き上げている。

「どちらが主従かわからないわね。暢気に行進しているけど、もう結構食べられちゃってるんじゃない? 身の丈に合わない子を飼ってるって感じ」

 王侯貴族も白馬にまたがり行進しているが、徒歩である白の騎士に比べまるで目立たない。もちろん馬車の中に王が控えているものの、今のアルカディア王程度、もはや王冠以外に白の騎士に勝る面はないだろう。

「唯一、エアハルトが対抗できているって感じかー。ただ、それも王族のラベルってとこが大部分だけどさ」

「だねー」

「いや、もう一人いますよ。対抗、というと語弊がありますが」

 百将の一人がウィリアムのすぐ後ろで、てくてくと歩く男に視線を向ける。金色の髪、白を基調とした衣装をまとう。白の、銀の男とは対照的な柔らかさを持った男。

「武人の秤で見極めて良い手合いではないな。あれが、『蒼の盾』カール・フォン・テイラーか。噂以上によくわからん」

 良くも悪くも鮮烈な印象を残すウィリアムと、強烈な印象はないが頭の隅には残るカール。対照的ゆえに混じり合わない。混じり合わないからこそ浮かんでくる。

「どちらにしろアルカディアは白騎士だろう。あの若さで七王国の先頭を歩む時点で別格。加えてかの騎士は異人で平民上がり……それだけのマイナスを背負ってなおあの位置。異質ぶりが際立つというもの」

 されど飲まれていないだけでウィリアムが圧倒的なのは見て取れる。カールはまとい持つ雰囲気に力がなさ過ぎる。王侯貴族は、アルカディアの中ならばまだしも外側、己が領域外では勝負にもなっていない。エアハルトでさえ――

 そのエアハルトの表情は――

「ようこそガリアス・ウルテリオルへ! そして我らが宮、トゥラーンへ! 貴国が栄えある一番槍、王会議のために新造されたトゥラーン初めての客である」

 百人が並ぶ長大な上り階段の中心に立つのは『王の左腕』ダルタニアンであった。ダルタニアンの口上を耳にし、ウィリアムは無言で先頭中央から左にずれる。背後のカールもまたニコニコしながら右にずれた。そして空いた中央には――

 豪奢な馬車が止まった。それを見て左右の二人は膝をつき頭を下げる。ぴたりと息の合った所作、ちょっとした動きだが見るものを唸らせる動きである。

「新造されたり最大最高、最麗なるトゥラーン。見事すぎて声も出ぬ」

 馬車から現れたのはアルカディア王エードゥアルト。さらに後ろから二人の美姫が付き添う。その輝きを見て「おお」と感嘆の声が湧き出てきた。噂に名高いアルカディアの王女姉妹。姉のクラウディアは妖艶に麗しく、妖しく輝く銀の月。妹のエレオノーラは快活に燦々と、大地を照らす黄金の太陽。眩しく、しとやかに、降り立ったは二人の女神。

 そして並ぶはアルカディアの王族。エードゥアルトの横には騎馬から降り立つ二人の王子。左にてフェリクス、右にてエアハルト。その後ろにクラウディアとエレオノーラが控える。さらに背後には大臣たちが――

 まさに勢揃い。アルカディアの最高権力が集っていた。

「お招き頂き感謝する。初めての栄誉、預からせて頂こう」

 エードゥアルトを先頭に大階段を歩む一団。黄金の刺繍が入った赤いカーペットの上を歩む。全員が通り過ぎて初めてウィリアムたちは顔を上げた。守るは背、頭はすでに世界一安全な空間に飲み込まれているのだから。

「さて、と……俺たちも行くか」

「うん、緊張したねえ。僕まだ手が震えちゃってるよ」

「……いや、まだ終わってないからな。ちゃんと締めまで緊張感をだな――」

 緊張が抜けたカールをたしなめている最中――

「……ねえ、ウィリアム。これは?」

「さあな。ただ、熱い視線は嫌でも感じるよ」

 肌を焼き尽くす熱量。怖気ではない、圧力でもない、ただ巨大な熱量が二人のいる場所に注がれていた。桁外れの、規格外の、あまりにも常識はずれな雰囲気。

「嗚呼、ようやく会えたなウィリアム・リウィウス! 会いたかった、会いたかったぞ! 私の予感は正しかった。貴様こそ私の運命の人、紅き炎で結ばれし最愛の男だ!」

 居並ぶガリアスの百将、すでに階段を登り切りかけたアルカディアの最高権力、世界最大のトゥラーン、すべてを歯牙にもかけず熱情の女王はウィリアムにすべてを注いでいた。背後に立つ騎士たちがどのような表情をしているのか、読み取ることは出来ない。そもそもどうやっても視線が紅蓮の女王から外せないのだ。

「ウィリアム、知っている人? すごい勢いで告白されているけど」

「いや、直接の面識はない。だが、こんな雰囲気を持つのはこの世で一人だけだろ」

 アポロニア・オブ・アークランドはニコニコとウィリアムの言葉を待っていた。互いの運命を確信しているのだ。きっとウィリアムも自分と同じ思いを抱いている、そんな確信を。問題は――

「ねえウィリアム……すごくわくわくした顔でこっちを見ているよ」

「無視しろ。このままさっさとトゥラーンに入るぞ。陛下たちも気になさっている。馬鹿に巻き込まれて評価を落としてたまるか」

 ウィリアム本人は一度としてアポロニアに特別な思いを抱いたことがない、ということであった。そもそも会ったこともないのにそのような感情を抱けるわけがない。自分の道の邪魔をした男の娘、世間でいろいろと騒がれている傑物、その程度の認識。この二人の齟齬を瞬時に見抜いたカールは、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 そのまま無視してトゥラーンへ足を向けるウィリアムとカール。それを見てアポロニアはうんうんと頷いた。満面の笑みで、

「シャイだな、奥ゆかしさがある。うむ、やはりいいぞ」

 たぶん今ならどんな行動をとっても良い方にしか取らないだろう。女王は完全に浮かれていた。背後にいるベイリンは不満げに、メドラウトは心底興味なく居並ぶ百将を品定めしていた。

「だが、運命の出会いは――」

 浮かれ過ぎて――

「――劇的であるべきだ!」

 とてつもない熱量が互いの刃の間で蠢いていた。一足飛びで間をつめてきたアポロニア。瞬時に対応し剣を引き抜いたウィリアム。その横でカールが驚きの表情を浮かべている。

「そう思うだろう? 白騎士よ!」

「知るか! 貴様は馬鹿か!? ここをどこだと思っている?」

 そう、ここはトゥラーンの目と鼻の先。ここで剣を引き抜くことはガリアスに対する明確な敵意と取られても仕方がないだろう。此度は王会議ゆえ帯剣を許されているが、本来ならばこの場の時点で衛兵や百将以外の者はすべての装備を解かれている。

 そこで剣を抜き刃を合わせる暴挙。

「アポロニア・オブ・アークランド! これ以上トゥラーンの膝元を汚すのならば我らにも相応の用意があるぞ!」

 ダルタニアンの一喝。噴き出る雰囲気を感じてアポロニアは鼻で笑う。

「どう思う白騎士、あれがガリアスの筆頭であるようだ。他の者も見ろ、どれもこれも粒揃いと言えば聞こえはいいが、ただの半端ものの集まり。これで超大国だ。喰えるぞ」

 さすがに分別はあるのかウィリアムの耳元でささやくアポロニア。ウィリアムは目を細める。決してなめているわけではない。今の自分でも勝てるかわからない相手もいる。しかし、思ったことは一緒であった。

「また会おう。我が愛しの好敵手よ」

 そう言ってアポロニアはウィリアムに口づけをする。

 その動作もまた場を賑わせた。特に、階段の上にいる――

「すまぬな、ガリアスの将軍たちよ。いささか祭りの熱に浮かされてしまったらしい。非礼を詫びよう」

 心にもない謝罪であると誰もが理解しているが、これから各国が怒涛として押し寄せてくる状況で問題は起こせない。アポロニアが引くと言うのならばそれでとりあえずは幕引きである。ただ、アポロニアの視線は今をもってウィリアムのみに注がれていたが。

「もてもてだね」

「……マーキングだ。愛情なんてものを、あの女は持ち合わせてねえよ」

 ウィリアムは唇をぬぐう。その手は利き腕である右腕、そして剣を合わせた方の腕であった。その腕の震えを、カールは心配そうな目で見つめる。

「あの若さで、女がこんな剣を振るうのか……そりゃああのじじいも玉座を譲るだろうよ」

 おそらく今一番巨星に近いのはアポロニアであろう。一手だけで理解できた。これは選ばれし怪物の力。溢れる才能を発散する相手を求めている孤独の王。強すぎる才能の発露を探しているのだ。そしてウィリアムは知らぬ間にアポロニアの相手と認識されていたらしい。はた迷惑な話である。

「初めてだな、純粋な才能の塊に出会うってのは」

 カイルでさえ日々の努力によって今がある。ウィリアムなど努力に努力を重ねてようやくここなのだ。誰もが辛酸の日々を送って頂点を目指す。対してアポロニアからそういう泥臭い匂いは漂ってこないのだ。好きな闘争を好きなようにやっていたら強くなった、生まれた瞬間から勝利を約束された女。才能、ただ一言が彼女の強さ。勝利、それこそが彼女の歩む道。

「世界は広いね」

「まだまだいるぞ。しっかり目に刻んでおけ。そしてギルベルトやヒルダにアウトプットしろ。俺の考えている以上にこの世界、難儀な状況のようだ」

 大階段を歩む中で、ウィリアムを好奇の目で見る視線、そこからも才能の匂いがする。そもそもこのウルテリオルの中だけでどれほどの才能、どれほどの英傑が集っているのだろうか。トゥラーンの大階段から見える景色は、強大な雰囲気の坩堝であった。


     ○


「練磨した剣だ。恐ろしく密度があり、とてつもなく強固。私にないものがずんと伝わってきた。うむ、私の予感は正しかったのだ」

 アポロニアは嬉々として語る。それを冷めた目で見つめているのはメドラウトであった。

「相手にはされてないようでしたけどね」

 それを聞いてもアポロニアの笑顔に揺らぎはない。

「いずれ私のみを見るようになる。戦場で会えば否応もなくそうなるのだ。今日は初顔合わせ、それだけのことだ」

 アポロニアの根拠なき自信、メドラウトは鼻で笑いたくなった。随分と己が主はロマンチストなのだと、そういうものが過ぎると思う。

「貴様にとってあの男は参考になるぞ。何しろ体躯は鍛え上げられているが芯は平凡、むしろ凡よりひとつ落ちる。剣才も凡より多少ましな程度。つまりは凡人だ。そして、凡人があれほどの剣を使う。その意味を考えよ」

 アポロニアは己が手を見せる。そこに生まれたかすかな震え、それはかの白騎士が残したわずかな印象。メドラウトは驚きに目を見開く。自分も肉体的な才能があった方ではない。体も小さく、武人向きではなかった。しかし、剣才は並ではない。それゆえの騎士王。

「努力を積み上げただけっての? いくらなんでもありえない」

「さあ、私にはわからぬ領域だ。しかし、才は貴様のほうが上、いや、この高みにいるものの中では最下層に近いだろう。それゆえに惹かれるのだ。違いすぎてな」

 アポロニアと鍔競り合うことの出来る使い手が、この世界にいったい何人いるというのだ。その中の一人が、非才な男であるといったい誰が信じられようか。メドラウトが疑いのまなざしを向けると同時に、ベイリンもまた信じられない思いであった。それほどに本来才能というものは絶対であるはずなのだ。それを超える努力などありえない。

 才能の上に乗るのが努力である。才能の大きさで努力が乗る量も決まる。つまりは人の限界は生まれた瞬間から決まっているのだ。ほとんどのものは限界に到達せぬまま死を迎える。されどアポロニアの高みはもはや限界に限りなく近いところ。凡人が昇れる頂ではない。だが、現に白騎士は上り詰めつつある。もしそれが非才なる者の努力によって至ったとするならば、それは尋常ならざる修羅の道であっただろうことは想像に難くない。

「これからの二週間、幾度も交じり合う機会はあるだろう。嗚呼、楽しみである」

 アポロニアは手に残る心地よい痺れを存分に感じ悦に浸っていた。

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