幕間:転がる狼、燃ゆる女王、笑う白騎士

「ぎゃふん!?」

 素っ頓狂な声を上げて転がるヴォルフ。ころころと転がった先で倒れこんでいた自身の部下たちにぶつかる。反撃どころか反論も出ないほど疲れ切っている男たち。アナトールは汗で水溜りを作りながらぐったり倒れ、ユリシーズとニーカは他人の目を気にする余裕もなく吐いていた。

 ヴォルフは団長の意地で立ち上がり、そして吐いた。何とも汚い絵面である。

「ば、ばけもんが。そろそろ疲れた様子でも見せやがれ」

「疲れていないのに疲れた様子は見せられないな。いやはや、君たちは根本的に体力がなさ過ぎる。そして配分も下手糞だ」

 おそらく世間一般ではヴォルフたちは無尽蔵のスタミナと言われるほどの体力を持つはずである。だが、英雄王たるウェルキンゲトリクスから見ると全くもって足りないらしい。息一つしていないのはさすがに反則じみているが――

「まだヴォルフ君で五割弱、アナトール君で三割、後の二人は好調を維持するので精一杯と言うところか。先は長いな」

 好調の維持とはつまり、日常の限界二割程度を引き出すということ。

「しゅ、瞬間的にならもう少し行けるわい!」

「一対一でならそれでもいいが、戦争ではどんな状況であっても継戦が求められる。大将同士が一騎打ちしたとしても、次の可能性を捨てるわけにはいかないからだ。私とてそれを度外視すれば、その『先』をも引き出すことすら出来る。それは英雄の、王の道ではなく、狂戦士の道だがね」

 ぐうの音も出ず口を真一文字に結ぶヴォルフ。それを見てウェルキンゲトリクスは苦笑していた。他は悔しがるそぶりすら見せられず下を向いている。

「まずは長時間、維持できる土台作りから、だ。呼吸をするようにリミッターを外し、その状態をキープする。身体を慣らし、限界は先にあると頭に錯覚させよ。その繰り返しこそが限界を引き延ばし、真の『限界』へと近づけていく」

 そもそも肉体を見てもヴォルフやアナトールは完熟を迎えているが、ニーカとユリシーズはまだまだ鍛えも足りていない。まだまだ伸び盛りといえば聞こえはいいが、要は未熟であるということ。先は長い。

「さて、どうせならひとつニンジンをくれてやろう。まだ先の話だが、冬が明けてすぐの王会議、私にひざをつかせた者に帯同する権利を与えよう」

 ヴォルフたちの目がぎらりと輝く。傭兵の身分で参加することなどないと思っていた世界最大の祭り。そこに参加する権利を与えてくれるというのだ。

「おそらく、アルカディアは白騎士を出してくるはずだ。ネーデルクスは当然青貴子、エスタードは予想できぬが、サンバルトもといアークランドはアポロニアと選ばれし騎士を出してくる。実に興味深いだろう? 世界を動かす人材が一手に集うのだ」

 ヴォルフは震えていた。これに乗り遅れたら、この機を逃したら、おそらく自分は世界の速度についていけない存在と化す。ウェルキンゲトリクスはヴォルフに試練を与えているのだ。これを超えねば世界を目指す資格などない、と。

「あ、アークランドも参加する、というのか」

 もぞもぞと這いずりながらアナトールが疑問を呈する。

「すでに各国への召集状は配られている。その中にはサンバルトの名もあった。つまりはアークランドだ。その名をアークランドとして訂正したければ七王国が集う王会議に顔を出せ、ということだろう。顔を出す胆力が女王に備わっていれば出てくる」

 ならば疑問の余地はない。アークランドは、アポロニアは出てくるに決まっている。予感ではなく確信が彼らの胸に宿る。直接会っていないが、イメージの中のアポロニアはそれすら楽しんで飲み込んでしまう、そういう印象を持っていた。

「さあこのニンジンを生かすも殺すも君たち次第だ。この私に土をつけてみろ」

 全員が震える足で立ち上がった。疲労は極限に達している。それでも、到達せねばならぬ場所がある。ひとつの目標が出来た。あとは――

「往くぞオラァ!」

 前に進むだけである。


     ○


 アポロニアは上機嫌であった。先日届いた手紙もそうだが、そもそも冬であるというのにこの土地はそこまで寒くないのだ。ガルニアでも寒い地域に住んでいたアポロニアにとってサンバルトの土地はまさに天国。楽土よ此処にありと言った風である。

「そう不機嫌な顔をするな元姫君よ。別にこの国を取って喰うわけではない」

「もうすでに喰われているじゃないですか」

「王家は、な。民には傷をつけていない。土地も荒らさず国は保たれている。頭がすげ変わっただけのこと。まさか自分たちこそ国だと勘違いしておるのか?」

 サンバルトの姫君は押し黙る。反抗的な将軍や大臣は斬り捨てたが、反抗的でない者たちは基本的に野放しにしてあった。姫君がこうして好きに動き回れるのもアポロニアがそうすると言ったからである。国を治めることに興味はない。あくまで此処は大陸で暴れ回るための橋頭堡でしかないのだから。

 この気候であっても肌寒いのかアポロニアは愛用の毛皮を纏っている。もこもこした格好だが不思議と威厳はきちんと備わっていた。

「理解せよ、サンバルトの姫君。これからは強者の時代だ。弱者が強者の威を借りて君臨する時代は終わりを告げる。サンバルトは弱かった。ゆえに私に喰われたのだ」

 姫君は唇をかんだ。もしかしたら、もしかしたら守れていたかもしれない。

「ヴォルフがいれば、貴女たちなど」

「それを斬り捨てたのは己らだ。私はむしろそうであって欲しかった。あの男との戦は甘美なものであっただろうに……つまらぬ差配、滅びるのは必定だ」

 ばっさりとその蒙昧な考えを斬り捨てるアポロニア。ヴォルフが残っていれば、それを彼女たちが口にするのは反則である。自らの手で斬り捨て、彼らを地獄へ追いやった。その因果に従いこの国は滅びたのだ。手を取り合えば、アポロニアを弾き返すことも出来たかもしれないというのに。

「王会議には共に来てもらうぞ姫君。そこで高らかに宣言せよ、己が王家の断絶を。そしてアークランドの傘下に下ると。それで姫君の仕事は完了する」

 アポロニアの目にはすでに姫君のことは映っていなかった。映るは未来、王会議で出会うであろう世界を動かす綺羅星たち。そこにはきっと自分が焦がれ出会うことを待ち望んだ怪物がいる。白き髪の――

「私が参るぞ、このアポロニア・オブ・アークランドがな!」

 紅蓮もゆる。


     ○


 ウィリアムの王宮での仕事はひと段落し、商会に関してもあとはアインハルトの報告を待つばかり、もちろん各貴族へのあいさつ回りなどを欠かすことはないが、それを差し引いても家にいる時間が長くなりつつあった。

「ねえねえにいちゃん。あそぼうよぉ」

 かといって安息の日々があるわけではない。知識を深めようと本を読んでいても気づけば小さな怪物が襲来して平穏をぶち壊していくのだ。ちょっと甘やかすとすぐに付け上がる。ウィリアムの致命的な欠点があらわになっていた。

(ガキに怒るのはどうすりゃ良いんだ?)

 子供の扱いが下手糞だったのである。というよりも適当にあしらえばいいのに生真面目に考えてしまい、結果相手にしてしまう負の連鎖が続いていた。されど激怒するのは大人気なく、理論立てて説明しようにもマリアンネは理解できない。

「今日は服を見に行く。遊ぶのはまた今度だ」

「あ、そうだった! マリアンネのふくを買いにいくんだった」

「エルネスタのを買うついで、な」

 結局こうして相手をしてしまうから駄目なのだが――

「すいません。お忙しいのに」

「大丈夫だよエルネスタ。最近ウィリアム暇だもん」

 間違った発言ではないが、ヴィクトーリアに言われると腹が立つのは何故なのだろうか。とりあえずウィリアムはヴィクトーリアのおでこにデコピンをして鬱憤を晴らす。「ふぎゃ」と倒れこむヴィクトーリアを見て、マリアンネも「マリアンネにも!」催促するので憮然とした表情でデコピンをしてやる。「ふぎゃ」とヴィクトーリアの真似をして倒れこむマリアンネに一瞥することもなくウィリアムはため息をついた。

(仕事なくても王宮に行った方が良いのかな?)

 こうしてワーカーホリックが生まれるのかもしれない。家庭が安息の場所とは限らないのだ。

 そんなこんなで本日はエルネスタとの約束、服を見に行く日であった。


     ○


 ウィリアムにとって初めて訪れるテイラー商会傘下の服飾店。商工街の中でとびっきりの一等地にその店はあった。軒を連ねる店はどこもかしこも貴族が長を務める商会ばかり。商品も相応のものが並ぶ。あまりウィリアムが来ることのない場所。

「マリアンネ、駄目よ、お菓子はまた今度だから」

「エルネスタのけちんぼ!」

「あー、バルシュミーデが新作出してる!? どんな味がするんだろ? また作り方教えてもらいに行かなきゃ!」

「ヴィクトーリア姉様まで……すいませんウィリアム様」

 彼女たちはよく来ているのだろう。勝手知ったる己が庭のように歩き回っていた。ウィリアムがこの区画に足を踏み入れないのは、彼女たちのように生まれながらこの場所が似合う存在ではないと、自分が思ってしまうから。劣等感が彼の足を止めていたのだ。

「いや、別にいいさ。置いていこう」

「な、ウィリアムのいじわる! 断固付いていくんだよ!」

「だんこだよ!」

 途端にほっつき歩いていたヴィクトーリアとマリアンネが戻ってくる。耳ざとい連中である。今日はエルネスタとの約束と自身の用向きを果たすために此処にきた。つまりヴィクトーリアとマリアンネをケアする理由がない。

「勝手に動く方が悪い。ってかどこにあるんだ? 地図じゃこの辺のはずだが」

「私はわかんない」

「マリアンネもわかんない」

「お前らには期待してない。エルネスタは……知ってる、みたいだな」

 目を輝かせているエルネスタの視線の先、そこには門外漢のウィリアムが見ても美しく上品、格別のドレスが並んでいた。小さな店構えだが、だからこそ際立つ存在感。店自体が発している。ここは他とは違う店だ、と。

「客はそこまで入っていないみたいだな」

「違います。入れないんです。このお店、『ローザリンデ』は一見様お断り、誰かの紹介がないと立ち入ることすら出来ないのです」

「そ、そんな商売が成り立つのか?」

「それは私たちにはわかりかねます。高位の貴族御用達、オーダーメイドの服飾の値段は全て当人同士しか知りえない情報なんです」

 エルネスタは目をきらきらと輝かせる。

「嗚呼、夢みたい。私がこのお店に入れるなんて」

 意外と服が好きだったエルネスタ。まったく服に興味のないヴィクトーリア。それでいてヴィクトーリアの方が華があり女性としての魅力に満ち溢れているのだ。劣等感も生まれるというもの。本人にその気がないのがさらにきつい。

「さて、入るか」

 ローザリンデに足を踏み入れるそぶりを見せると周囲にどよめきが走った。ウィリアムにとっては懇意の知人に会いに来た程度の感覚だが、この街においてローザリンデに入るということは相応の価値があるらしい。

「マリアンネがいちばん!」

「あ、ずっこいよマリアンネ!」

 この辺りにはいまいち価値が通じていないようだが――

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

 仮面をつけたルトガルドが一行を出迎える。仮面のルトガルドというのを初めて見るウィリアムは少し新鮮な気持ちであった。そもそも外でルトガルドを見た回数が少ない。何故かウィリアムにはテイラー家でずっと誰かを待つイメージが定着していた。

「き、今日はよろしくお願い致します!」

「こちらこそよろしくお願いしますね」

 いつもより気合の入った声を出すエルネスタ。それに驚いた目を向けているのは末妹のマリアンネであった。おいしいお菓子を食べているときでさえ、落ち着いていたエルネスタが何故こうまで取り乱すのか。花より団子のマリアンネには理解不能であった。

「御注文の品は用意させていただいておりますので、どうぞ奥へ」

 ルトガルドに連れ立ってエルネスタは店の奥へ向かう。

 その間手持ち無沙汰なので各々好きに店内を散策する。散策と言うほどの広さはないが、ひとつひとつの服に目を奪われるので時間つぶしには持って来いであった。

「ねえねえウィリアム。これ私に似合うかな?」

 ドレスを指差すヴィクトーリア。よりにもよってこの中で一番ヴィクトーリアという娘に似合わなそうな紫の大人っぽいドレス。

「いや、似合う気がしないな」

「えへへ。私もそう思う」

 あえて似合わないドレスをチョイスして嫌味とはいえ感想を引き出す作戦。ウィリアムの傾向を掴み策を弄し始めたヴィクトーリア。馬鹿の癖にこの手のことに関しては頭が回るようである。

「マリアンネはねえ。これほしい」

 こちらは何も考えていないマリアンネ。カラフルなドレスは確かにマリアンネに似合うかもしれない。致命的に身長が足りなかったが。

「いつかな」

「やくそくだよ。マリアンネおぼえてるからね」

 はにかむマリアンネはたぶん明日には忘れているだろう。根に持つタイプではあるが、根本的に服飾よりもお菓子やご飯に興味があるのだ。とりあえず甘いものを渡しておけば良い。マリアンネの攻略法である。

「しかしどれもこれも高そうだな」

「売り物じゃなくて飾り物ですけどね」

 いつの間にか背後に立っていたルトガルド。

「エルネスタは?」

「メイクは私の専門外なのでお任せしてきました」

 この小さな店には他にも何人かの店員がいるらしい。こういう商売に疎いウィリアムとしてはそれで商売が成り立つのかと不安になってしまう。

「あ、ウィリアムが浮気してる!」

「うわきだうわきだ!」

 騒がしい二人に対してルトガルドは笑顔で振り返った。

「お二方にもご用意してありますので是非試着ください」

 そうルトガルドが言い放った瞬間、奥から店員が湧き出してきてヴィクトーリアたちを拘束、そのまま有無を言わせず奥へと引っ張り込んでいった。

「……ヴィクトーリアの分まで用意してくれているのか」

「本気を出したのはエルネスタさんのものだけですけどね。だってあの二人は着飾らなくても美しいから。どんな服だって関係ない。元の器量がずば抜けているもの」

 羨望の入り混じった言葉。確かにヴィクトーリアはあの美人揃いの姉妹の中でも頭一つ抜けている。それに似ているマリアンネもまたいずれは貴公子たちを騒がせる魅力を兼ね備えるだろう。ちゃんと教養を得れば、の話だが。

「俺は知らなかったよ。長いこと君と一緒に暮らして、この店の存在すら知らなかった」

 ルトガルドは微笑む。

「この店はテイラー商会の中でも異端ですから。もともと母の趣味で始めたお店で、母の作りたいものを作って、母の知人にそれを着せたりして、遊び半分の場所だったんです」

 テイラーの人間から滅多に飛び出ることのない『母』。名をローザリンデと言う。この店の名と同じ、否、この店の名は彼女の名から取ったのだろう。

「今は此処が私の遊び場です。此処で服を作ってヒルダたちに着せてあげる。別にお高く留まっているわけじゃなくて、私の服作りがそこまで早くないので知人限定にしているだけ。お店っぽくするために服を飾っているのが誤解を招く原因なのですけど」

 遊びで金貨百枚も貯めていたなら逆に恐ろしい話である。本気を出せばもっと利益率を上げられるし、売り上げを桁外れに伸ばすことも出来るだろう。まあそんなことを考えていない、考えないようにしているからあえて遊び場と言っているのだろうが。

 沈黙が二人の間に下りる。気まずいものではない。いつだって二人の間には静けさがあった。今も変わらず、会話よりも静けさの方が二人には似合いであった。

 それを裂いたのはルトガルド。

「依頼されているウィリアムの服は製作途中です」

 ルトガルドの雰囲気が変わった。この店ではおそらく此方が本当の顔。

「王会議に纏う服となるとなかなかイメージがまとまらなくて。期日には必ず間に合わせます。だからもう少し時間をください」

「ああ、期日に間に合うなら何の問題もない。全て君に任せる」

「全力を持って当たらせていただきます」

 そしてまた降りる沈黙の帳。破るは――

「じゃじゃーんマリアンネです!」

 一番簡素な服であったのか圧倒的早さで着替え終わったマリアンネ。動きやすそうな格好はこの店に不釣合いな白のワンピース。どこか未来感漂うそれは、パーティで纏うには簡素すぎるが、普段使いの服としては優秀であることが見て取れる。動きやすさと品のよさを併せ持つルトガルド会心の作であった。

「冬に着るものではないですけど……夏に白い帽子とあわせていただくとなお良いかと」

 薄手の生地に安っぽさはないが、どちらにしろ冬に着るものではないだろう。マリアンネはその着心地のよさを気に入った様子で店内を駆け回っている。そろそろ止めなければ勢いあまって何かを起こしそうである。

「止まれちび。夏になったら自分の家で好きなだけ走り回るが良い」

「うん。にいちゃんのいえではしるね」

「話を――」

 ウィリアムの視界に一人の女性が入り込んだ。

「うわああ。びっくりしたあああ」

 正直、以前パーティで言った言葉はお世辞も入っていた。どれだけ着飾ったところで姉たちに太刀打ちできるほどになるとは思いもしなかったのだ。しかし、今の姿ならば太刀打ちできる。何人かの姉にならば勝っているほどである。

「すっごいきれいだよエルネスタ! いいなあ、マリアンネはまだにあわないだろうなあ」

「とても似合っているよ。他の姉君たちにも見せてやりたいくらいだ」

 エルネスタの纏うドレスは黒を基調としたものであった。ドレス自体は主張を抑え目に、肌を極力隠しながらもふとした拍子に見える白い肌が強烈に主張する。アクセサリーに高価なものはないが、真珠やムーンストーンなどが黒から浮き出て嫌でも目を引いてしまう。そして一目見たが最後、華のなさに隠れていた美貌の虜となってしまうのだ。深く、深く――

「これをいただいても良いのでしょうか?」

「大した額じゃないさ。気に入ったなら大事に使ってやってくれ」

「はい。大事に、一生の宝にします」

 ドレスやアクセサリーはきっかけに過ぎない。あくまでエルネスタの魅力を引き出すことに念頭を置いた作り。さすがはルトガルド、良い仕事である。

「あとはあの馬鹿か。あれの服は買わんぞ」

 ウィリアムは頑として財布を開かぬ構え。実はエルネスタの服をルトガルドに依頼する際、最高のものを頼むと軽く言ったせいで結構良い値段になってしまったのだ。そもそも鉱山の件で金欠もいいところ、ウィリアムとしてはたとえ似合っていても、それこそエレオノーラを超える魅力を見せても買う気はなかった。

 だが――

「う、嘘だろおい。そんな、そんな……くそが、買うぞこれは!」

 その固い決意が一瞬にして崩れ去った。エルネスタはあまりの状況に顔を覆う。マリアンネはあまりの光景に倒れこんだ。そしてルトガルドは――

「お似合いですよ、とても」

 意地の悪い笑みを浮かべていた。

「どこがだあああああ! こんな面白い服初めて着たもん!」

 倒れこんだマリアンネは腹をよじりながら爆笑していた。エルネスタも笑いをこらえるので精一杯。ウィリアムは財布を紐解き硬貨と相談していた。絶対買おうという硬い決意が芽生えていた。それほどにこれは面白い。

「ルトガルド、いくらだ?」

「……いえ、売り物じゃなくて、ちょっとした冗談のつもりだったのですが」

「いや、買う。いくらだ? 今手持ちが少なくてな、金貨一枚と銀貨五枚程度しか持ち合わせがない。買えるか?」

「無駄遣いは駄目ぇぇぇぇえええ!」

「銀貨一枚で充分です。さすがにこれを手元に置いておくだけでこの店の品位が下がるので」

「そんなものなんで作ったの!?」

「すまんなルトガルド。俺の財布の中身にまで気を使わせて。この借りはいずれしっかり返すからな。はい銀貨一枚」

「ねえ、何でそんな前向きに購入してるの? 私要らないよ?」

「俺が疲れているときにお前がそれを着て俺の前で踊る。そういうときに俺は幸せを感じるんだ」

「幸せを感じるなら……い、いや騙されないもん! マリアンネ笑いすぎ! あとエルネスタ凄く綺麗だね。交換しよう、ね。お菓子もつけてあげるから」

 エルネスタが高速で首を横に振り、マリアンネが笑いすぎて苦しそうに咳き込む。ヴィクトーリアが心配して動くとさらに逆効果。泥沼の光景が、高位の貴族でさえ簡単には立ち入ることの出来ぬローザリンデの店内で繰り広げられていた。

 その後、ホクホク顔で面白服を購入したウィリアムは、何かあるたびにヴィクトーリアにそれを振りかざして彼女を撃退するようになった。良いヴィクトーリア除けになっているのであった。

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