ゴールドラッシュ:想定外

 ウィリアムのもとには続々と金が集まってきた。今までの実績が多くの者に融資する価値ありと判断させたのだ。金貨一枚から金貨数百枚まで、小さな融資も集まれば大きなものとなる。白騎士というブランドの力はこのようなところでも現れてくるのだ。

「充分、充分ではある」

 金貨の山を前にして、ウィリアムは難しい顔をしていた。金はある程度集まった。自分だけなら足りぬかもしれないが、他の三人も動いているのだ。決して戦えない数字ではないだろう。結局は見せ金、これが決定打となるわけではない。

「アインハルト次第なところは変わらない、か」

 アインハルトの力を信じていないわけではない。しかし今まで自分の力の及ばぬところで運命が動いたことはなかった。予想外に己が動きの中で変化が生じたことはあっても、完全に人任せというのは初めての状況。

「……落ち着かないな」

 本を読んでも稽古をしても、仕事中でさえついて回る焦燥感。何かせねば、何か見落としはないか、何かほかに決定打となるものはないか、気づけばそんなことばかりを考えてしまう。

 ウィリアム・フォン・リウィウスと言う男は初めて己が命運を他者に背負わせるという重圧を受けていた。己が力の及ばぬところで運命が変化するという恐怖。いずれは克服せねばならない。もしくはすべてを己が手に入れて、すべてを己の影響下に収めねばならない。

「おい、ぼーっとしてるな」

 部下とはいえ他者の接近に気付かぬようでは末期。ウィリアムは己が未熟を恥じて頭を振った。切り替えねばならない。少なくとも他者と接するときには――

「何用だ、シュルヴィア? 人の私邸にまで入り込んで」

 シュルヴィアはものすごく不快げな顔をする。そんな顔をしながら、

「融資を受け付けているのだろう? 一応私からも、だ!」

 背後にあって見えていなかった大袋を眼前の机に叩き付ける。けたたましい音を響かせて着地する袋に、ウィリアムは驚きの目でシュルヴィアを見た。

「俺に利するのか? お前が? シュルヴィア・ニクライネンが?」

 シュルヴィアはさらに不快げな顔を深める。

「勘違いするな愚か者。私は貴様に利するのではない。北方の民に利するのだ」

「同時に俺にも利するぞ。良いのか? 俺は貴様の仇だろう」

 シュルヴィアはウィリアムの眼を睨みつける。じっと、一言一句を発し揺れる目から何かをくみ取ろうとするかのように。

「うるさい。黙って受け取れ」

 全部わかっていてそれでもウィリアムに利する。確かに今回の案件は北方の民の暮らしを多少なりとも改善するだろう。しかし同時に彼らの暮らしを破壊することにも繋がる。競争の海に落ちるのだ。狩猟ばかりで経済のけの字も知らない者たちが。

 豊かになる、それが幸福とは限らない。

「中を見てもいいか?」

「それはもう貴様のものだ。好きにしろ」

 ウィリアムは袋の中身を見る。案の定銀貨や銅貨ばかり。気持ちはありがたいが正直これでは焼け石に水でしかないだろう。たまに金貨が紛れていることに驚いてしまうほど、それは多大な赤褐色と幾ばくかの銀色、僅かばかりの金色に埋め尽くされていた。

「条件を聞こう」

「……何のことだ? 貴様にやると言っているだろう」

 ウィリアムはぽかんとした顔でシュルヴィアを見た。金利の話を持ち出してこない。ということは無利子と言うことなのだろうか。まさか――

「一応聞くが、まさかこれを俺に貸すのではなくくれるというのか?」

「何故まさかなのか意味がわからん。やると言っているだろうに」

 シュルヴィアと言う人間は底抜けの馬鹿であったらしい。まさか無利子で金を集めるどころか無償で金を集めてきたのだ。そう考えたならばこの色合いと額は納得できるというもの。むしろそう考えたときこれだけ集めてきたシュルヴィアは大したものである。

「この羊皮紙は金をくれたやつのリストだ。いつか飯でもおごってやれ」

 ウィリアムはシュルヴィアが渡してきた羊皮紙に目を落とす。一枚ではない。何枚もあるそれは、とてつもない数の人の名が列ねられていた。しかも全てが北方の民なのであろう。特徴のある名前が並んでいる。アルカディア国内はもとより、おそらく北方にいるものにも集めたであろうカンパのリスト。

「私の部下や知人にも集めさせた。まあ大した足しにもならんだろうがな。後ろの金貨の山を見れば馬鹿な私でも無駄足だったと想像がつく」

 後ろの金貨を見て不貞腐れるシュルヴィア。自分の持ってきた金など大した足しにもならない。北方のためを思い動いたが自分の動きにさしたる意味はなかった。ない頭を必死に働かせての行動だったのだが――

「いや、これは、これはでかいぞ」

 ウィリアムの言葉を慰めと思いシュルヴィアの機嫌はさらに悪化する。

「うるさい黙れ。私は帰るぞ!」

 苛々と踵を返して去ろうとするシュルヴィアを、

「お前は馬鹿だが天才だ! これほど女を愛おしく思ったことはない!」

 思いっきり後ろから抱きついた。途端、さまざまな感情が蠢き爆発するシュルヴィア。赤くなったり青くなったり、しばしの硬直の後全力でウィリアムを振りほどく。

「き、貴様は馬鹿か! ころ、殺してやる。今すぐにだ!」

「あっはっはっは。よしいいぞ、かかってこい。良い子のシュルヴィアに褒美をやろう。好きなだけ切りかかっていいぞ。全部避けるけどな」

 何か他意のある抱擁ではなかった。本当に今己が望む以上のことをしてくれる部下は少ない。否、一番優秀なアンゼルムでさえ想定の範囲内での動きのみ。優秀だが、こうやって感情を爆発させるような動きはなかった。先回りどころか自身すら想定していない動きで大きく役立つ行動を成した。シュルヴィアにしか出来ない最善を成したのだ。

「き、気持ち悪いぞ貴様。にやにやするな。私をからかっているのか!?」

 理解できていないシュルヴィア。理解していないにもかかわらず最善を成せるのは馬鹿の特権。凡人ならば動かない。秀才ならば少しの足しになるよう金を集めてくる。馬鹿と天才は、それ以上の何かを見つけてくるのだ。もちろん何の足しにもならない場合の方が多いだろうが。

「このリストは金貨千枚にも値する。製鉄所の設置、鉱山の取得、それらに対する明確な肯定意見になるんだ。わかるか、少ない金額とはいえタダで金を差し出す行為がどれほど大きい意味を持つか。わかるか、これを成せる人間は俺の部下ではお前しかいないということが。わかるか、シュルヴィア・ニクライネン」

 シュルヴィアは憮然とした態度で腕組みをする。無言で仁王立つその姿は言外にひとつの意味を表していた。わからない、と。

「相変わらず、か。いや、いい。お前はそれで良いのかもしれないな」

 ウィリアムは苦笑する。それを見て顔をしかめるシュルヴィア。

「良い働きだった。今後ともよろしく頼むぞ」

 ウィリアムの素直な褒め言葉にシュルヴィアはしかめっ面を強めた。まるでそうせねば破顔してしまうような、緩めてしまいそうな、それだけの力をこめて。

「北方の民には報いよう。後は任せろ」

「あ、ああ。失敗したら殺すからな。絶対に成功させろ」

 そう言ってさっさと退出していくシュルヴィア。残ったウィリアムは羊皮紙と無償で得た金、二つを見てほくそ笑む。先ほどまで抱いていたじれったさなど完全に消失した。これを使ってどう動くか、うまく使えば見せ金と同様大きな力となる。

「愛しているぞシュルヴィア。これは、いいものだ」

 愛用している道具にかけるようなニュアンス。ウィリアムにとっての愛はやはり歪んでいた。使える駒、今回はそれ以上の働き。今までにない感覚が膨れ上がる。

「さて、どう使うか?」

 ウィリアムの顔には歪んだ笑みが張り付いていた。


     ○


 王宮内にて王族の許可なしでは立ち入れぬ領域、天蓋の花園。そこには三名の人間がいた。二人は王族、一人は貴族。一人の少女は花に囲まれて本を読んでいる。二人の男は顔を突き合わして話し込んでいた。ここはこの国でもトップレベルに機密が保たれる場所なのだ。密会にはもってこいである。

「なるほど。随分と面白いものを集めてきたね。北方で悪名を轟かせた残虐非道の白騎士様がこういうのを集めてきたのは正直言って面白すぎるよ」

 残虐非道と言われて苦笑するしかないウィリアム。対するエアハルトは腹を抱えて笑っていた。遠くではエレオノーラがちょっとだけ羨ましそうに二人を見つめている。

「良いだろう。これは上手く使わせてもらう。君がこれを集めてきた、このことに意味があるよね。北方を最速最短で蹂躙した男が、今、北方に産業を与えようとしている。それに同意するものがこれだけいるんだ。これは武器になる」

 エアハルトはしっかり意図を汲み取ってくれていた。これで大きくウィリアム陣営は前進するだろう。ウィリアムが金六千、ディートヴァルトが三千、ジギスヴァルトが千五百、ヴィーラントは千三百、あわせて一万を超える金貨。これで見せ金は充分。国庫に頼らずとも二つ三つは製鉄所を作ることが出来るだろう。実行出来る力も示した。

 そして北方の意思もこちらに味方している。実情はどうであれシュルヴィアが集めてきたリストは物的証拠としてその意を示していた。あとはそれらを活かしてアインハルトがどう戦うか。かなり優位に動けるであろうことは予想が出来る。

「だが、兄の陣営がようやく動き始めたようだ。幾ばくかは喰われるよ。兄の味方はあれでかなりの権力を握っているからね」

「重々理解しております。私たちがありつける部分は喰い残しですから」

「ふっ、もちろん私の陣営は抑えておいたよ。喰い残しは増えるはずだ」

「ありがたく。必ずやこの件、殿下と私の力として見せます」

 エアハルトは密会に満足したのかちょいちょいと自身の妹を手招く。それを見て嬉々としてこちらへ向かってくるエレオノーラ。随分と好かれたものである。

「お話は終わったのですか?」

「ああ、あとはウィリアム君にあの件を頼もうかな、と思ってね」

「あの件……じゃあ御父様からのお許しが頂けたの?」

 とても嬉しそうな笑みを浮かべるエレオノーラ。さすが王族、歴代でもこの姉妹は別格とされている美貌を持つ。その笑みは下界の者が見るには少々輝きが強すぎた。

「そうだよ。あとは聞くだけさ。エレオノーラが聞いてみるかい?」

「え、あ、でも、私じゃ」

 途端にしょんぼりとするエレオノーラ。何のことかわからないウィリアムはとりあえず待ちの姿勢を貫く構え。

「私よりエレオノーラが頼んだ方が効果的だよ。彼は君のことが好きだからね」

「お、お兄様! 何を言って……もう知りません! エレオノーラが勝手に聞きます!」

「ははは、どうぞどうぞ」

 そのようなやり取りを終え、エレオノーラがごほんと一息ついてウィリアムに目を向ける。ウィリアムも極力優しく見えるように視線をやわらかくしていた。

「あの、ええと、実は、ひとつ頼みごとがあるのです」

「なんなりと、私に出来ることであれば」

 頭を下げるウィリアム。その所作で勇気が出たのかエレオノーラは言葉を続ける。

「四年に一度、冬が明けて春に到りし時、二週の休戦期間があるのはご承知の通りだと思います。その間は七王国ならびにこの大陸に居を構える王国全ての交戦が禁止され、破った国はガリアスを初めとする七王国全てから攻撃を受けることになる、そういう期間です」

 ウィリアムら武官も当然知っている世界の常識。四年に一度存在する休戦期間。これを破った国は過去一度だけ存在した。そしてその国はそれからひと月も経たずして滅びたのだ。ガリアスを初めとする七王国の総戦力をぶつけられて――

「その期間を何故休戦とするのか、それもまた常識、今更語るまでもございません」

 ウィリアムどころかこの国の奴隷や無知蒙昧な山奥の農民でさえ知っている。四年に一度、絶対に動かないという約定が必要な理由。それは――

「王会議が開催されます。今回のホスト国はガリアス。私も初めて参加することが許されました。エアハルトお兄様も参加、クラウディアお姉さまも、フェリクスお兄様も、みんなで参加する初めての王会議です」

 王会議。七王国が七王国と呼ばれる所以となった会議である。当時最高戦力を誇ったネーデルクスが発起国となって生まれた会議。四年に一度開催されるそれは、各国の王族が集まり意見交換を交わす世界最大の外交の場であった。そこで影響力を持つのが七つの国。当時はサンバルト、聖ローレンスはなく別の国であったが、それらの国々が力を見せる場としてもこの会議は存在した。世界中を呼びつけて自国の国力を示す場でもあるのだ。

 今回は超大国ガリアス。昨今負け戦がかさんでいるかの国はここで本気を出してくるだろう。全力でやればどこの国も手出しできない国力を見せ付けてくるに違いない。最強最大の国威を示す場、ウィリアムとしても興味がある。

「そこに、ウィリアム様も帯同して欲しいのです。これは王命ではございません。本来ならば大将であるバルディアスやベルンハルトが赴く場、重責に押し潰されるかもしれません。それでも、私とエアハルトお兄様はウィリアム様を推挙しました。個人的感情を差し引いても、今回は貴方が出るべきと思います。バルディアスも、賛成してくださいました」

 ウィリアムは震えていた。手には汗がぐっしょりである。武者震い、そして自分が王会議に赴くという事実。これはあまりにも現実離れしていた。大将やそれに次ぐ次代の大将候補、国を担う者が、国家の顔となりえる者が参加する会議。ここに帯同することすなわち国がウィリアムをこの国の顔として見定めたことに他ならない。ウィリアムとしてもこの件を打診するわけには行かなかった。いくらなんでも時期尚早と思っていたからだ。

「私が、王会議に参加しても良いと言うのですか?」

「君の帯同に賛成したのは私とエレオノーラ、そしてバルディアスとヤンのみ。大臣や他の軍団長連中は軒並み反対だね。ベルンハルトとオスヴァルトの系譜に感謝することだ。彼らが黙認の姿勢を取らなきゃさすがに推し切ることは出来なかった」

 ウィリアムの心臓がどくんと跳ねた。自分の知らないところで自分の価値が測られていた。そして適ったのだ。ギリギリと言えども底辺から這い上がった男が国家の顔として世界最大の外交の場に現れても良いと。

「どうでしょうか。今ならまだ取り消すことも出来ます」

「断る理由などございません。全身全霊を持って勤めさせていただきます」

 ウィリアムはひざを折り深々と頭を垂れた。エレオノーラが嬉しそうに破顔させる。エアハルトはウィリアムの様子を見て笑った。やはり野心家、この帯同がどういう意味を持つか一瞬で弾き出している。その野心、いったいどこを見定めているのか――

 エアハルトはウィリアムの耳元に口を寄せた。エレオノーラには聞かれないように、

「貸し一つ、だよ」

 ぞくりとするウィリアム。エアハルトはまだ自分に対して全幅の信頼を持っていない。否、この男は誰も信頼していないのであろう。あくまで自分の利になるうちは泳がせておく、が、ほんの少しでも牙を見せたが最後、エアハルトは全身全霊を持って潰しにくるだろう。それに耐えうる力を得るのはまだ遥か先である。

「何を話されたのお兄様?」

「内緒だよエレオノーラ。男同士の内緒話さ」

「いじわるなお兄様。エレオノーラをのけ者にして」

 天上での会話。此処に至ってもまだ遠い。黄金の世界は遥か彼方であった。

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