ゴールドラッシュ:それぞれの立場Ⅰ
ウィリアムの奔走は続いていた。
エアハルト王子に対し働きかけ国庫から幾分引き出す約定を交わした。今期はブラウスタットの大橋、ラコニアの再興に注力するため予算に余裕はないが、来期のエアハルトが持つ国庫の予算枠に製鉄所の設置の項目を設けることが出来た。それでもまだ足りぬゆえ、ウィリアムは新たなる手を講じる。
○
「ようこそウィリアム君。まさか君から訪ねてくるとは思わなかったよ」
レオデガー・フォン・アルトハウザーの邸宅へ押しかけたウィリアム。その堂々とした参上にレオデガーは苦笑する。
「先日手紙でお伝えさせて頂いた件で参りました」
レオデガーはわかっていると頷いて、ウィリアムから送られてきた資料を机に並べる。それはアインハルトが遅れてアルカスに届けた資料の写しであった。
「ガリアスの技術を用いた新型の設備か。資料を見る限りでは確かに効率的だね。技術の出所は?」
「私の部下であるアインハルトの友人に流れ者の技術者がいまして、そこからの情報になります。今回の件に関しても技術的な部分のバックアップとして協力頂いているところです」
「なるほど、信頼性には欠ける、かな?」
「実績がないのは事実ですね。しかしガリアスでその手の職業についていたのは身分証からも見て取れます。ガリアスの身分証は書式が細かいですから」
レオデガーは「うん」と頷いて使用人を手招く。袋を持った使用人が机の上にそれを置いた。レオデガーは袋を開けて中身を少しばかりこぼす。
「今回の件、君じゃなければ一顧だにしない案件だ。だが、白騎士の仕事と言う点で僕は君に乗りたいと思う。今までのほとんどを勝ち続けている男に対する信頼と思ってくれ」
あっさりと金を引き出せたことに驚きを見せるウィリアム。
「金貨二百枚、これが僕の出せる精一杯だ。僕はまだアルトハウザー家の当主ではないのでね。利率に関しては先日の手紙に書かれていた通りでいい。低過ぎず、高過ぎず、絶妙な設定だと思うよ」
「ありがとうございます。まさかこれだけを用意していただけるとは。てっきり断られるものと思っていましたから」
レオデガーは苦笑する。
「恋路と仕事は別さ。これはあくまで仕事の範疇。君もヴィクトーリアさんの婚約者としてここに来たわけじゃないだろ? 同様に僕も恋敵としてここにいるわけじゃない。それだけのことさ。無論、彼女のことは諦めていないけどね」
最後の最後で本音がぽろり。レオデガーは本音をこぼした自分に対し嗤う。
「君の強さを知った。と、同時に僕の弱さも知った。悔しいけど、男として僕は君の上に立つことはないだろう。僕の方が彼女を幸せにする自信だけはあるけれど、彼女を想う強さには自信があるけれど、彼女はきっと君だけを見つめているんだろうね」
レオデガーは「ふー」と深呼吸をする。そしていつもの調子に戻った。
「先ほども言ったが、仕事に私情は持ち込まない主義だ。君ならばこの金を増やして僕に還元してくれる。そう信じるからこそ僕は君に金を出す。期待しているよ、白騎士ウィリアム・フォン・リウィウス君」
レオデガーは内心はさておき最後まで好青年を貫き通した。それが彼なりの矜持なのだろう。ウィリアムとしては自分の知らないところで、もう少し頑張ってヴィクトーリアをたぶらかして欲しいところではあるが、そんなことを言えばお金を返してもらうとか言われそうなので言わなかった。
「お任せください。レオデガー・フォン・アルトハウザー様」
金貨二百枚獲得。
○
ラコニアでは急ピッチで砦の再建が行われていた。朝一の訓練を終えた兵士まで手伝わねば間に合わないほどの無茶な工程。ヤンは何度も無理だと上に掛け合ったが何とかしろの一点張りであった。結局そのしわ寄せが部下にきている形である。
「悩ましいねえ……僕も手伝うべきか否か。まあ手伝おうとしてもグスタフに止められるのだろうけど。誰も見てないんだから手伝っても良いと思うんだけどねえ」
ヤンは書類整理をさっさと終えていつものごとく紅茶をすすっていた。外は深夜に降り注いだ大雪によって除雪から作業が始まっている。どんな名将も天気には勝てない。それでも上は作業が遅れているとヤンを叩く。ヤンだけならばともかく部下も叩かれるのでヤンとしても辛いところがあるのだ。
「中間管理職はつらいねえ」
ずずずと紅茶をすすり、昨日届くはずだった手紙を手に取った。大雪の影響で足が遅れているのだろう。郵便屋さんも大変である。
「おやおや、これはまた珍しい。いったいどんな内容なのかなあ」
ヤンはにこにこと一通の手紙を手に取った。ヤン宛のものとアンゼルム宛のもの、明らかについでに出したのだろうがグレゴール宛ものもあった。
「融資の願い……ほう、むむむ、ほへー、いやはや――」
これは頭を使うぞと思いヤンはキセルをくわえた。こうすると頭が冴えるのだ。一時的に、だが。
「――はてさて、これは困ったなあ。困った、困った」
ヤンは胸元から小さなロケットを取り出してくるくると玩ぶ。
「現地での製鉄所の設置を武器にして商権獲得に動く、か。随分大胆な手だ。と、同時にウィリアム君らしくない手でもある。彼ならもっと根幹を押さえに行くと思うんだけどなあ。はてさて、これは彼に必要なことか、それとも過分か」
くるくる、くるくる、ヤンはロケットをいじるだけで中を見ようとしない。顎鬚をさすったり、髪の毛をいじったり、そういう無造作な挙動とは少し異なる動作。手癖ではない。やさしい手つきで無造作に見えるよう弄っているが、中は開かないという鉄も意志も感じられた。
「そもそも今僕の家って資産どれくらいだったっけ? もうゼークト家も姉や妹は全部出て行っちゃったし、兄弟は全部戦死もしくは家を出たわけだから……アルカスにある屋敷を売って、北方の入り口にある土地を売ればいいのか。っていうか北方に使われていない鉱山があった気が……あれ、僕結構持ってるのか?」
ヤンはあまり考えたことのなかった自分の『持ち物』について頭を働かせる。正直浮世にはまったく興味のないヤンにとって、それらに頭のリソースを割くのは馬鹿らしいことであったが、ことがウィリアムの願いとあれば状況は変わってくる。
「紅茶と茶菓子があれば生きていけるからねえ。考えたこともなかったよ」
自嘲気味に哂うヤン。その手がぎゅっとロケットを掴む。
「まあ、君が僕に乞うってのなら必要なことなんだろうね。君らしいとは思わないけど、それでも必要ってなら良いんじゃないかなあ、うん。めんどくさいから全部あげちゃおう」
その旨を羊皮紙に書き始めようとするヤン。その瞬間、ヤンの部屋の扉が開いた。
「どうしてテメエはそう極端なんだよっと。入るぜ馬鹿野郎」
「ああ、グスタフか。後ろにいるのはグレゴールとアンゼルムだね。ささ、入って入って。外は寒かったろう? 南なのに王都よりここらは寒いからねえ。盆地だからかな?」
グスタフに続いてグレゴールとアンゼルムが入室する。寒い冬にグレゴールの坊主頭は見た目にもあまりよろしくなかった。別にどうでもいいことであるが。
「なーんか、バルディアスのじいさんにしてもテメエにしてもあいつに甘くねえか? まあそれ以前にテメエは戦以外に対して淡白過ぎんだよっと」
「甘いかなあ? たぶん誰よりもじい様は彼に厳しいと思うけど。少なくともあの年齢に課す仕事量じゃない。仕事の質もね。僕が甘甘なのは認めるよ、うん」
ヤンは自身の愛用であるロッキングチェアに全てをあずける。
「僕が淡白な理由は君だって知ってるだろう? 僕には何もない。ゼークト家も風前の灯。僕が死ねばあとは消え去るのみさ。使わない土地なら彼にあげてもいいと思うけどねえ」
ヤンの態度にむっとするグスタフ。自分という矛を振るう主にしてはあまりにも空虚であった。『理由』を知っているとはいえこの体たらくはそろそろ許容しがたいものである。
だから、ほんの少し踏み込んでみる。ヤンの――
「いい加減嫁の一人や二人取れよ」
触れてはならぬ領域に。
グスタフの言葉にヤンの目が薄く細まる。
「それを僕に言うのかい? いくら君でも踏み込みすぎ、かなあ」
ヤンから発せられるのは凍土のような揺らぐことなき冷たさ。グスタフは理解して踏み込んだからこそ耐えられたが、後ろの二人はあまりの圧にたじろいでしまう。
「君が僕を心配してくれるのは感謝している。それでも其処は君が踏み込んでいい領域じゃない。誰にも踏み込まれたくないんだ。其処は、たった一人の場所だから」
くるくるとロケットを弄る手。それを見てグスタフは諦めをこめたため息をついた。
「わーったよ。謝る。悪かった」
「良いんだ。悪いのは僕の方だからね。おっと、すまない二人とも。とりあえず座って紅茶でも飲もうか。身体を温めなきゃだ」
ヤンはいつもの雰囲気に戻ってロケットをすっと胸元に仕舞いこんだ。そして顎鬚をさすり始めるのだからどうしようもない。アンゼルムとグレゴールは勧められたとおり椅子に座る。グスタフは立ちながら紅茶のカップをすすり始めた。
「さて、実は君たち宛ての書物がある。差出人はウィリアム・フォン・リウィウス師団長。内容は僕と同じく融資の案件だろう。今度は製鉄所を作るらしいよ」
「……は、はあ。それは何と言うか……スケールのでかい話ですね」
グレゴールは話のでかさにいまいち飲み込めていない様子。アンゼルムはすでに今の自分がどれだけ出せるのかを頭の中で試算していた。
「うん、スケールのでかい話だ。規模もかなり大きな設備にするらしい。冬場はまあどこも同じだけど止めるんだろうね。北方だしなおのことさ。その操業期間の短さを埋めて余りある規模だ。莫大な金と期間が必要になるだろう」
ヤンはゆらゆらと椅子を揺らす。
「だから、僕は君たち、第二軍の指揮官格である者たち全員に今回の話、乗って欲しいと考えている」
グスタフはすっとヤンを睨む。それは度が過ぎた甘やかしだと目で訴えていた。
「理由はあるよグスタフ。これは第二軍準大将……なんて冠だけの呼び名は置いといて、第二軍軍団長としての考えだ」
ヤンはグスタフの訴えを一蹴して二人に向き直った。
「この製鉄所は技術的に新しい点はあるが、それらは全て効率化の部分。つまり鉄の質自体は既存の製鉄所と変わらない。ではなぜこの案件に融資する必要があるのか――」
ヤンの視線の先には地図があった。そこに描かれている世界は七王国の世界。その中でアルカディアは決して大きい国ではなかった。しかしそこに北方を足せば一気にガリアス、エスタード、ネーデルクスに次ぐ大国となる。
「それは現状アルカディア国内での鉄不足、鉄が高過ぎる点を解消できるからだ。この製鉄所で作られる鉄は決して良質な鉄ではない。しかし高効率化した設備は短い操業期間で莫大な鉄を精製することが出来る。規模も大きい。そして今、職を失い手持ち無沙汰な北方の民を活かすことも出来るんだ。これから先を戦い抜く上で、アルカディアが大国としてこの世界に覇を唱える上で、これはやらねばならないことだと僕は考えている」
大国になっても人やモノのリソースを無駄にしていては意味がない。北方の民に与えられる仕事は限られてくる。北方は土地がやせており、農業には向かない。牧畜だけで生活させるのは至難の業だし、国家としては人材を活かしきれていないだろう。今回の製鉄所はそれらをある程度解消する策として有用なのだ。
「だが、それを為すのがウィリアム・リウィウスである必要はない」
アンゼルムがグスタフをぎろりと睨む。半仮面の奥から溢れる殺気。
「いやいや、それがウィリアム・フォン・リウィウスであるという点こそ、我ら武官が投資する価値のある要因なんだよ」
ヤンは殺気を気にすることもなく、グスタフの反論をよく言ってくれたとばかりに利用した。グスタフは反論を利用されてしかめっ面になる。
「彼が鉱山を手に入れるということは、我が第二軍が安く武器を入れることが可能になるということだ。彼が鉱山を手に入れた時点で市場は激変する。いいかい、間違いなく鉄の値段は下がるよ。つまり武器の値段も下がるんだ。製鉄所の着工を前にして、ね」
グスタフとグレゴールは頭にはてなを浮かべた。アンゼルムはヤンの頭の切れに驚きを隠せない。この男はウィリアムと同じ視点を持っているのだ。自分にはいまだ見えていないところまで見えている。
「鉱山を手に入れた時点で、製鉄所の完成ってのはそこの住民との約束だけじゃなく、その先の、国家との約束と言うことになる。国もリソースが増えるならば力を貸してくるだろう。つまり動き出した時点で製鉄所の完成っていうのはある程度確実性のあるものになるんだ。そうするとどうなると思う……アンゼルム君」
「アルカディア本国の鉱山所有者がウィリアムさ、に、自分のところの鉄を使って欲しいと売り込みに来ます。数年後、北方の製鉄所が完成すれば彼らは価格面で対抗するすべを失う。その前にウィリアムと関係を深め、鉄の値段を少し下げてでも取引をしておく。あの時力を貸したのだから、今後ともお付き合い頼むよ、という形になります」
「その通りだ。たぶんウィリアム君はその先、アルカディア本国の鉱山も押さえに行くだろう。今度は新型の、品質面で優位な製鉄所の設置を打診するはずだ。そこまでいって初めて彼の思惑は達成される。彼はアルカディアの鉄を支配し、アルカディアは大量の鉄と質の良い鉄、両方を得ることになる。誰もが勝利を得る。今、彼の敵である同業他社以外はね」
アンゼルムの額に浮かぶのは大粒の汗であった。ヤンの語った後半の部分をアンゼルムはウィリアムから聞いていなかった。しかしウィリアムは間違いなくここまで見通しているだろう。まだアンゼルムに語る必要を感じなかっただけ。
ウィリアムの話を聞いていながら、アンゼルムはヤンよりも浅い次元でしか物事を見通せなかった。ヤンは、ウィリアムと語ることなくそこまで辿り着いた。その差に震える。
「彼の話に乗る方が軍にしろ国にしろ利益を享受できるんだ。乗らない手はない」
ヤンは語り終わって満足したのか、ただでさえ細い目をさらに細めて、というよりも完全に閉じていた。話しすぎて疲れたという雰囲気を全身でかもし出すぐうたらな男。
「ヤン軍団長は乗るべきとお思いですか?」
グレゴールが問う。ヤンは片目を開いて、
「僕はそう思うよ。後は君たちの判断さ」
すぐさま閉じた。グレゴールは「うん」と立ち上がる。
「どうせアンゼルムも金を出すんだろ? 金を捻出する方法を考えるぞ!」
「あ、ああ。だがグレゴール、君はいったいどれだけ金を出すつもりなんだ?」
「ん? 出せる分全部出すさ。トゥンダー家も俺以外妹がいるだけ、あれを嫁入りまで食わせてやれたならそれでいい。俺の師匠たるグスタフさんの頭脳、ヤン軍団長の考えなら信じるまでだ」
「……こっちに着てから驚いていますが、君はいつの間にそこまで馬鹿になったんだ?」
グレゴールはにやりと笑う。
「馬鹿が賢いふりをしてもダサいだけだろ。とりあえず俺は考えない。考えるのは自分の信頼する人に任せようと思う。どうだ?」
アンゼルムは苦笑した。
「大馬鹿ですね。まったく……まあ私も出せるだけ出すつもりですが」
若い二人のやり取りを聞いて、ヤンとグスタフは顔を見合わせた。
(それで、貴方はどうしますか? ん?)
とヤンが目で問いかける。
(うるせい馬鹿野郎。テメエの考えなら俺はそれに沿うまでだよっと)
そう言い放つグスタフの目を見てヤンは笑った。これから忙しくなってくる。冬を過ぎれば反撃に燃えるオストベルグ軍を相手取りこのラコニアを死守する戦いが始まる。ストラクレスも顔を出してくるかもしれない。十年以上前に喰らった手痛い敗北。勝利に執着していた自分でさえ届かなかった高き壁。
(いや、執着していたからこそ勝てなかったんだろうねえ。今は、どうかな?)
ヤンは十年間ほぼ動くことはなかった。バルディアスの右腕であるということが風化しかけるほど、大将の席が確約されていた男は戦うことを放棄していた。しかし今、もう一度立ち上がろうとしている。きっかけはウィリアム・リウィウス。その理由を知るものはいない。それは全てヤンの胸の内へ――
(はてさて、どうなることやら)
ヤンは楽しそうに未来を見つめていた。
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