幕間:親子喧嘩勃発

 冬が来た。早朝の訓練を終えてかじかむ手を暖炉にかざしながら、ウィリアム・フォン・リウィウスは朝食を待つ。料理は出来なかったヴィクトーリアだが、幾度となく来訪したお目付け役(姉妹)によってある程度簡単な料理が出来るようになっていた。そもそもお菓子作りが趣味なのだ。料理が出来ないわけがない。まあ問題が在るとすれば――

「ぐう」

「料理を運びながら寝るな」

「はっ、ごめんなさい」

 朝の弱さである。元々朝が弱い点はあったが、ウィリアムの朝が早すぎることもあいまってこの点だけはなかなか克服できていない。それならばと、

「朝がきついなら俺が料理をしようか?」

 こういう提案をするのだが、

「私はウィリアムの奥様だから」

 の一点張り。ちなみに奥様と言う事実はなく、気付けば呼び捨てにされていたがウィリアムもすでに「わかったよヴィクトーリア」と気遣う気はゼロ。この娘に気遣っても意味がないのはとうの昔に理解できていた。

「今日は遅くなる」

「今日も遅くなる、だよ。明日は空いているの?」

「……何かあるのか?」

「エルネスタの誕生パーティ。暇だったら……一緒にどうかなって」

 ウィリアムは少し考える。明日も予定はある。しかしパーティとなれば話は別である。ヴラドも番いのいない娘のパーティには有力者を集めてくるだろう。エルネスタは優秀である。ヴィクトーリアほどではないが華もある。

「わかった。少し遅れるかもしれないが参加しよう」

「やった! マリアンネにも伝えておくね」

「……何故マリアンネに?」

「え? だってウィリアムと凄く仲がいいから」

 ウィリアムは内心頭を抱える。確かに最近マリアンネはよく此処を訪ねてくる。ウィリアムに空き時間が出来てこの家にいるときはかなりの確率で現れる始末。子供ゆえ遠慮を知らず、子供ゆえ手荒にも出来ない。結果として懐かれた。仲が良い訳ではない。そもそもウィリアムは子供が好きではないのだ。

「じゃあ仲が良いからマリアンネと結婚しようかな」

 少し意地悪なことを言うウィリアム。瞬間、ヴィクトーリアはスプーンを落とした。

「ひ、ひどい」

 顔を歪ませて今にも泣き出しそうなヴィクトーリア。

「冗談だよ」

 からかい半分あしらい半分でついた冗談を訂正する。だがヴィクトーリアの顔は歪んだままである。ウィリアムは「冗談だって」と繰り返すも変わらず。

「……冗談でも私には言ってくれたことない」

 やっと口を開けばわけのわからぬ戯言。ウィリアムはため息をついて食事を進めた。そのまま泣き出したヴィクトーリアは無視する。数分もすれば泣き止みぐすんとか言いながらスプーンを進めるのだ。もう慣れた物である。

「……ウィリアムのロリコン」

 ウィリアムは密かに青筋を浮かべる。もっているスプーンが多少歪んでいるが気のせいだろう。この程度の戯言慣れた物である。こんなことを気にしているようでは上にはいけない。自分は天を掴む男、動じるわけがないのだ。

「ばーかばーか」

 慣れた物であった。スプーンは買い換える必要がある。


     ○


 ウィリアムは自分の商会に顔を出していた。居並ぶ面々はどれも曲者揃い。中央にはアインハルトとディートヴァルト。その左右にアーベル商会の長、ヴィーラント・フォン・アーベル子爵、ゲーリング商会の長、ジギスヴァルト・フォン・ゲーリング男爵が並ぶ。八人の怪物の内、結局ウィリアムの傘下に入ったのはこの三名だけであった。

 これについてアインハルトはウィリアムに問うたことがある。これでいいのか、予定と異なるんじゃないか、と。

「これでいい。むしろこうなってくれてありがたいくらいだ」

 しかしウィリアムは平然とこう答えた。ディートヴァルトもヴィーラントもジギスヴァルトもその点に関しては不安視していない様子。むしろ若い二人は腰の重い彼らを嘲笑う。

「どうせ我らは八人の中で格下。がんじがらめの業界が動いてくれるだけでありがたい」

「利益はこっちで出す。貴方に私が期待するのは業界を荒らすこと、それだけだ」

 年若くされど思慮深い。自分の立ち位置を理解し、それが変貌することを切に望んでいる。野心に満ち満ちているのだ。この業界だけに留まらない点も彼らの興味をそそった。今扱っている薬品についても彼らは精力的に学んでいた。

「今、水面下で軍再編の話が進んでいる。第三軍の残り火共が抵抗しているが、再編が行われるのは時間の問題だ。第一軍の大将は今冬何故かブラウスタットで過ごすってのもこっちとしては好材料。鬼のいぬ間にって奴だ」

「先の話は良い。必要なのは今の話じゃ。利益、上がっとらんのう」

 ディートヴァルトの一言にウィリアムは困ったような顔をする。第二軍のシェアに関しては少しずつ奪っているが、第一軍第三軍はゼロに等しい。影響力を持つはずの第二軍ですら全てを奪えぬどころか、残った五人に上手く守られている状況。

「アルカディアにある鉄鉱山を持つ貴族や豪商がこちらにモノを回してくれない。商談が進んでも武器を供給できないのが現状だ」

 アインハルトは皆がわかっていると知った上で説明する。ウィリアム側についた三名も特に懇意としていた鉄山以外からはすべて商いを切られた。鉄がなければ武器は作れない。武器がなければ商売にならない。必要なのは解決策なのだ。

「解決策は一つだ。そもそもアルカディアの鉄は高過ぎる。他国とも競争させているガリアスに比べて輸送コストで勝るはずの自国産ですら倍近い」

 いきなり一次資源の業界に対する不平をぶちまけるウィリアム。それを胡乱げな目で見る三名、アインハルトもどうしたんだと言う目で彼を見ていた。

「業界が硬直している。これでは他国に勝てない。これは短期的な面、長期的な面からも必要な仕事になる。我が商会は鉱山を取得するぞ」

 ディートヴァルトはひげを撫で付ける。ウィリアムを見定めるような目。

「今、山を持つものは何があっても手放さんぞ。金を積んでも無理じゃ。それで動くならわしらがとうに鉱山を所有しておるでな」

 武器を扱うもの、そして同じように金属を、宝石を扱っていたアインハルトも頷く。土地は最強の資産である。よっぽど困窮しない限り彼らは手放さない。そして土地がある限り彼らは困窮しないのだ。ゆえに不動。

「今、誰の手にもない鉱山がある、となったらどうだ?」

 一同は目を見開く。長くアルカディアにいると、安定していた七王国という土地にいると嫌がおうにも鈍る感性。土地と言うのは増減するのだ。敵国を滅ぼせば、そのままその土地は己のものになる。逆も然り。

「北方か! なるほど、確かにその発想は欠けていた。動かぬものを動かそうとしても時間の無駄。動くものを探したほうが建設的というもの」

 ジギスヴァルトは膝を打つ。同様に若い二人も頷いた。

「じゃが、今は国の管轄じゃろう? 個人がどうこう出来る状況ではなかろう」

 ディートヴァルトの言葉は正しかった。一気に何カ国もの鉱山がアルカディアに入ってきたのだ。現状、すべて国が簡易的に管理しており、いずれ国が見定めたものに少しずつ分け与えていく流れ。今、動けるのは国家中枢にいる大貴族のみ。一商会の長でしかない彼らでは入り込めない世界であった。侯爵であるディートヴァルトでようやく話になる程度。

「すでにエアハルト殿下には話を通してある。国家からじきに通達があると思うが、今回は入札案件だ。一番条件の良い札を出したものが所有権を得る」

 彼らの全身に衝撃が奔った。大規模な鉱山などの土地が自由競争になることなどアルカディアではまずありえない。大貴族がさらに占有、おこぼれを普段彼らに尽くしている貴族や商人が得るという形、それしかありえなかったのだ。

「条件は鉱山を採掘できる人員を揃えること、近隣住民との信頼関係、もちろん出せる金も大きな要素となる。様々な条件を殿下らが吟味し、最後は総合的に国王陛下が御判断されるそうだ。まあ実質は各王子と大臣たちの判断なのだろうが。エアハルト殿下は俺が押さえる。後は現地に――」

 ウィリアムはアインハルトに目を向けた。

「お前を派遣する。出来るな、アインハルト」

 これは大きな仕事になる。それこそこの商会の運命を左右するほど、生き死にをかけた商談となるだろう。アインハルトはその双肩にいまだかつてない重圧を感じていた。

「ある程度金を持った連中は皆参戦してくるだろうが、王族大貴族を抑えている連中は限られる。限られた連中の中でも厄介なのが――」

 ウィリアムは皮肉げな笑みを浮かべる。

「ローラン・フォン・テイラー。元テイラー家当主にして、今は商会の長としてテイラー家を支えている事実上の大黒柱だ」

 アインハルトの顔が蒼白になった。

「ローランはフェリクス王子をバックにつけている。最近弟に差をつけられてご立腹の第一王子は、オスヴァルト経由で最強の駒を得たらしい。商売に携わるものならば誰もが知っているローランという怪物を。さて、お前に倒せるかアインハルト?」

 ローラン・フォン・テイラーをこの場で知らぬものはいない。商の世界では有名な男である。たまたま所持していた山から宝石が産出して貴族になっただけの地方貴族。商売を始めようにも初代は無知であり当然の如く事業に失敗。先々代が息子であるローランの手伝いもあり何とか形にするもシェア六位、その上は遥か彼方。そこから一代で本国最大の宝石商にのし上がった稀代の商人。それがローランなのだ。

「……もちろんだ。機会をくれて感謝する」

 とうとう挑戦する時がやってきた。同じ土俵で戦い勝つ。勝たねば商方面でウィリアムの先が拓けない。前に進めない。自分もまた前に進むことが出来なくなる。

「あのローランか……わしなら戦わんのお。ヴァイヤーシュトラスの半分を喰らい半分を殺した男じゃ。今でも怖気が走るわい、あの男のやり口は」

 王都で起きた凄惨な争い。当時アルカディアで最も金を持っていると言われたシェア一位の宝石商にして伯爵家のヴァイヤーシュトラス家。対するはすでに多くの敵対商会を喰らい潰してきたシェア二位のテイラー家。王都で舞った血と金の嵐は国家が介入するまで続いた。そして介入した頃にはヴァイヤーシュトラス家は商会の体を為しておらず、後に当主含め直系の一族ほとんどが自害。テイラー家もボロボロであったが、残った死に体の業界をまとめて相対的にシェア一位となった。

「その男のやり口を一番知っているのがアインハルトだ。この中で勝てる可能性があるのはアインハルトのみ。任せるしかない」

 業界を縮小してでも、他人を殺してでも、むしろそれらを率先して行い勝つのがあの男のやり口。そこからどう継続させていくのかは勝ってから考えればいい。商人として恐ろしい相手である。狂った、『狂犬』のような男と彼は呼ばれていた。

「任せろ。良い報告をしてみせる」

 アインハルトは挑戦的な笑みを浮かべていた。

 とうとう男は、目標であり、超えるべき壁であり、仇である男に敵としてまみえる。


     ○


 吹き荒ぶ吹雪、豪雪の中をアインハルトは立ち尽くす。吹雪の先には北方でも有数の鉱脈があるとされ、アインハルトも勢い勇んでこの場にやってきた。しかし住民の対応が明らかにおかしい。まるで敵に対するかのようにアインハルトを拒むのだ。

「やあ、久しぶりだね我が息子。こんな寒い中どうしたんだい?」

 答えは唯一つであった。

「ご無沙汰しております父上」

 ローランはいつものようにニコニコと笑みを浮かべていた。

「ほんとだよ。まさか自分の家の商会も継がずに他人の商会を手伝いしているなんてねぇ。私はショックだよアインハルト。そして……哀しいなあ」

 ローランは泣き真似をする。その仕草にアインハルトは眉をひそめた。

「まあウィリアム君は実質的にまだ我々の傘下だ。テイラー家の物流に乗せなきゃ主力の薬品の利益はがくんと落ちる。目論見としては今回鉱山の争いに勝ち、武器防具の分野で商売を確立、そして完全に独立しようとしている。そんなところかな? でもそれは叶わない」

「流石の読みですね父上。でも叶わないってのは早計じゃないでしょうか?」

 アインハルトの返しにローランは嗤う。

「早計? 本当にお前は……いつまでたっても遅いんだよクソガキィ」

 ローランは獰猛な獣の顔になる。その変化にアインハルトは後ずさりしてしまった。

「お前がウィリアムから情報を得たのはいつだ? それを得てから北方に来るまで何日を要した? 私がこっちに着てからお前がこっちに来るまで一日と半分、その差がお前と私の差、そのままを表しているんだよ」

 アインハルトははっとして周囲を見渡した。住民の対応、その答え――

「私が先んじてこの村に金をばら撒いた。住民に話を通して、テイラー商会の味方になっていただくよう『お願い』したんだ。いつも言っていたろう? こういうのは先んじた方が強いんだ。お前が後から積もうとしても二番目以降ってのは印象が悪い。ニアで金を出してもしぶい相手という印象が残る。なら大きく積む? それがそちらに出来るならやってみれば良い。金で殴り合い、それで私に勝てると思うならどうぞご自由に」

 アインハルトは出足の遅かった自分をぶん殴りたくなった。話を聞いて翌朝北方に向かったアインハルト。しかしローランは話を聞いてすぐ動いたのだろう。部下に準備をさせ自身は単身北方に乗り込む。最速の行動を取れなかった己の甘さを嘆く。

「いつまでたっても甘さが抜けない。お前は賢いかもしれんが商人としては弱い。あの頃から変わらず弱いまま。ウィリアム君も人を見る目がない。この弱い男に商会の命運を託すなど馬鹿げている」

 アインハルトは拳を握りこんだ。悔しさを滲ませる。

「今回だけだ。この場だけ、この場だけ勝ちを譲ってやる」

「これからも勝ち続ける。北方はすべて私が平らげさせてもらう」

「ほざけ。俺だって覚悟してこの地に来たんだ。お前を同じ地平で、商人としての俺がぶちのめすために! 此処から先すべて俺が勝つ!」

「やってみろ小僧」

 睨み合う親子。此処北方にて親子での骨肉の争いが幕を開けた。

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