巨星対新星:加熱する戦場

 ストラクレスの雰囲気が一変する。この感覚をカールたちはこの戦の中幾度も感じていた。そしてその度に敗北を喫してきたのだ。

「第二射用意! 手を休めるな!」

 しかし雰囲気に飲まれなければ、『アーバレスト』の無機質な破壊によって『黒金』を粉砕することは叶う。ストラクレスも人である以上、過剰に殺傷する兵器には勝てない。

「ふむ、二発は……避けたいのう」

 ストラクレスは考える前に飛び出した。如何にリロードが遅いとはいえまだ距離に開きがある。客観的に見てストラクレスの突貫は無謀以外の何物でもなかった。

「ストラクレス様に続けェェェエエ!」

 一拍遅れで動き出すオストベルグ軍。しかし足は遅い。アーバレストに対する恐怖が彼らの足を緩めさせていた。その瞬間、カールたちは勝利を確信する。

「みんな、落ち着くんだ。充分距離はある。これを当てて……終わらせよう」

 無謀の対価を、犠牲の対価を、払わせる時がきたのだ。

「……よし」

 彼我の距離は未だ縮まらず、アーバレストにとっては絶好の距離。

「石弓構え!」

 突出しているストラクレスを討ち取る。この距離、この数の石弓、当てられないわけがない。そして当たれば肉と骨で出来たモノである以上確実に絶命する。

「終わりだ。ストラクレス!」

 巨星を落とす。落とさねばならない。

「打ち方――」

 刹那、膨れ上がる重圧。

「熱の無い戦場に、火種をくれてやるわい!」

 ストラクレスの眼が光った。圧倒的な輝き、圧倒的な戦意、そして圧倒的な――

「燃えよ戦場ァ!」

 膂力。英傑の選択は賢さと合理の対極にあった。

 ストラクレスは己の武器である大剣を放り投げた。もちろん投擲用ではない。そもそも重量からして扱うことすら難しい代物、それを投げるということ自体充分狂っている。

 それを投げた。しかもそれは放物線ではなく、限りなく水平に飛翔する。その軌道の異常さ、それを為した者の条理を逸した膂力――

「ぁ」

 最前線で石弓を構えていた兵隊が小さくつぶやく。しばし遅れて、

 彼は肉塊に成り果てた。その後ろも、そのまた後ろも、冗談のような光景が巻き起こる。戦場の中心に降り注いだ惨劇。たった一人が作り上げた光景を、包囲陣形を取らんとするために生まれたアーチ状の戦列、ゆえにアルカディア兵のほとんどが見てしまった。

「ッ!?」

 英傑の豪剣を前に、蒼の盾にひびが入るところを。

 絶句する。広大な戦場で、たった数人死んだ程度。本来なら誤差みたいなものである。冷静に考えれば、冷静に考えることが出来たのなら、この行動に意味など無いことはすぐにわかる。石弓に抗す術を欠き、悪あがきにも似た行動を取った。それだけのこと。

 だが、人とはそこまで賢くないのだ。

 そこに空白が生まれる。

「駆けろ王馬、ベルガー! 雷光の如く!」

 生まれた空白。そこをストラクレスの愛馬、ベルシュロンの王ベルガーが駆ける。今まで集団行動のため抑えていた単騎最速最強の力を存分に見せ付ける。

 合理的でない。机上ならば論ずる必要すらない明白な結論が覆る。英傑の行動一つで、その威容に、人々は錯覚してしまう。戦場の隅にいるものですら、自分もあのように殺されてしまうのではないかと。

「さあ、燃え上がろうぞ! アルカディアの諸君!」

 ストラクレスに喰らいつかれてしまった。悠々と敵の懐に入り込み、血が滴る己が武器を取り戻す。それを二、三振るいさらなる返り血と共に血のりを吹き飛ばした。

「そして我が同胞よ! 臆すな! 退くな! 敵は前にあり! 我が軍の進路は前である! わしに続けィ! その先には常に勝利が輝く!」

 ストラクレスの檄が飛ぶ。そして轟く咆哮。ケダモノもかくやという声量と獣性。何よりも満ち溢れる狂気と殺意。石弓によって刻まれた恐怖は上書きされた。もはや彼らの足を止めるものは何も無い。

「くそ、第二射撃て!」

 先ほどまで良く通ったカールの声も怒号にかき消される。

 個人判断で石弓を撃った者は多い。だが、元々前線全てを網羅できるほどの数は無いのだ。そして連射性能に欠けるという致命的な欠陥。もとより奇襲、奇策の類。前線を支える力も数も無い。

「ようやく熱くなってきたわい。これでこそ戦場じゃろうが」

 ストラクレスは乱戦の中全てを睥睨する。天に輝く巨星。抗うことは出来ない。

 雪崩れ込むオストベルグ軍。石弓によって相応の痛手は負ったが、喰らいついてしまえばもはや石弓に力は無い。周到に用意した秘策がひとつ潰されたのだ。

 巨星が本陣に迫る。


     ○


「くそっ! 包囲をしている時間はないか」

 ギルベルトは歯噛みする。第二射で完全に勢いを殺し、正面からの戦いを優位に運ぶ。その隙に敵を包囲し殲滅するのがこの作戦の肝。その一つが早速潰された。

「作戦変更! 縦に伸びる敵軍中央を分断する!」

 もし敵の動きが速かった場合の次善の策。敵軍の中央を分離し、ストラクレスと敵軍本隊を分離してしまうという作戦。

「俺に続け!」

 ギルベルトは急に進路を変える。それに付き従うものたち。勢いでは勝る。しかも側面からの攻撃、この突貫は防げない。

「陣形を組み替えよ。予定通り……側面から来るぞ」

 突如変容する隊列。側面が盾に覆われる。

「ちぃ!? 読まれてたか!」

 まるでこの展開を予測していたかのような配置。そう、中央の繋ぎ役をしているのは――

「キモン・フォン・ギュンター!」

 オストベルグ第二位、知勇に優れた万能の将、『黒羊』のキモンであった。

「閣下がこの戦を終わらせるまで持たせよ」

 キモンの静謐な声が戦場に染み渡る。必要なことを必要な分完遂する男。サポート役としてこれほど便利で優秀な存在もいない。

「どうされますかギルベルト様?」

 完全に読み切られていた。磐石の構え。すでに曇りつつある勝機。

「ふん、決まっている」

 ギルベルトは一顧だにしなかった。考える必要はない。やるべきことなど決まっている。

「叩き潰すぞ!」

 ギルベルトの騎馬が接敵した。構えられる槍。その槍衾ともいえる空間の手前で馬を止めた。そして跳躍する。重厚な鎧をまといながら、蝶の如く軽やかに舞い――

「俺はただ一己の剣だ。貴様らの主の如き輝きはない。されど、純粋なる剣を妨げるもの無し」

 槍を構えるものたちの背後にひらりと降り立つ。まるで物語の中、御伽噺の英雄のような所作。そして動き出す。

「覚えておけ。そして胸に刻め。これがブラウスタットの、アルカディアの剣だ」

 一掃。華麗に、苛烈に、踊るよう、狂ったよう、ギルベルトは奔る。誰も見切ることの出来ない白銀の剣。白き閃光が煌き、紅蓮の鮮血が舞う。

「……け、剣聖」

 オストベルグにとって忌まわしき英雄、『剣聖』。彼は巨星のように無敗の将ではなかった。全体として負けることは多々あった。将としてならばベルンハルトの方が上かもしれない。しかし、やはり剣聖の存在は特別なのだ。

 生涯単独戦闘無敗。ただの一度も一騎打ちで負けたことがなく、今より戦場に浪漫が満ち溢れていた時代においても一騎打ちを忌避された存在であった。世界の戦史にも刻まれており、当時における巨星のごとき綺羅星。それら数々の英雄を切り捨てた英雄殺しの英雄。それが『剣聖』、その血を継ぐ者たちはオスヴァルトと名乗る。

 その面影を、敵味方問わずギルベルト・フォン・オスヴァルトという男に見た。敵は向かってくる様を、味方はその背を見て――

「……突撃」

 アルカディアが最も強かった時代を思い出す。

 ギルベルトの空けた穴に雪崩れ込むアルカディア軍。どれほどの備えを持ってしても、所詮は側面。穴さえ空けば喰らいつくのは容易。

「……なるほど、オスヴァルトの名は伊達ではない、か」

 舐めていたわけではない。侮りも無かった。ギルベルトという男が想定よりも強かったというだけ。しかしそれは致命ではない。

「左方は喰らいつかれた。しかし右方に……お前はいないぞオスヴァルト」

 剣聖と同じ道を行くならば、そこ以外で勝利を掴めばいい。剣聖最大の対策がそれである。局所的に負けても、全体が勝利すればそれは徒労となる。

「それでは勝てんぞ。剣の持ち手が死ねば、どんな名剣も恐れる必要はなくなる。お前の戦はそういう類のものだ。ゆえに――」

「サー・キモン! 右方にて」

「なに!?」

 此処に来て初めてキモンの顔色が変わった。


     ○


 それは暴風であった。血と粉塵、馬蹄と咆哮、断末魔が奏でる交響曲。その中心で誰よりも凶暴に、誰よりも猛り狂い、誰よりも屍を積み上げる怪物がいた。人を脱ぎ捨てた獣、それこそがアルカディアの双翼と謳われる武家の名門――

「くそっ!? こいつ、ガードナーか!」

 ヒルダ・フォン・ガードナー。首都防衛の任を授かる彼ら一族の、戦場での姿はこれである。彼らは生来気性が荒い。第三軍はある意味で彼らを繋ぐ鎖でもあった。剣聖と時を同じくして現れた暴虐の将、『暴風』の末裔。

「死ィィィィィィねェェェェェッ!」

 相手を縦に裂き、左半身のはらわたを引き摺り出して振り回す。まき散る血風、吹き荒れる糞尿。それを笑顔でヒルダは敵のまとまりに投げつけた。

 先ほどまで生きて共に戦っていた仲間の変わり果てた姿、それを見て肌で感じて、慄いたなら運の尽き。

「ギハッ!」

 残った半身、その死体の手首を断つ。その手に握られているのは槍。

「ず、亜亜亜亜ッ!」

 それを投擲して敵をぶち抜く。その血潮が噴き出る前に――

「死、ね」

 一歩で距離を詰め残った敵を両断した。縦に、横に、斜めに、暴風が吹き荒れる。

 敵軍を睨みつけるヒルダ。その顔に張り付いているのは凶暴極まる笑みであった。口の端からこぼれるのは血か涎か、その血とて己が血とは限らない。アクセントとして顔に刻まれた傷も、ヒルダの戦士としての箔となっていた。

 その怪物の後ろに控えるはヒルダの部下である彼らはガードナーに仕える血縁たち。遠縁とてガードナーの血を継いでいる。こういう戦はお手の物であった。無論、頭がヒルダだからこそこういう戦が出来るのだが――

「痛い痛い痛イイタいイタイイタイイタイいタイイタァァァイ!」

 ヒルダは傷をなぞる。ガリ、ガリ、と削るよう、刻むよう。

「傷も許さない。お父様を殺したのも許さない。そもそも敵国はぜーんぶ許さない」

 吹き荒れる。吹き荒ぶ。

「あんたたちの全てを滅ぼしてあげる。家族も、友人も、恋人も、何もかも全部、全て殺し尽くしてあげる。絶望しろ、私の全てを賭して奪い尽くしてやる!」

 絶望が対峙する者たちに広がった。応戦するも逆に屍を積み上げるだけ。当の昔に側面の盾と槍の陣など喰い散らかしている。相応の犠牲は強いた。ギルベルトのように器用に潰したわけではない。血と屍、敵も味方も死んだ先、当たり前のようにヒルダたちは相手に喰らいついたのだ。

「だから死になさい。私がスカッとするために」

 気晴らしに殺される。その不条理で間抜けな死に様。それを生み出した張本人は悠々とその屍を踏み越えていく。味方の犠牲を強いる分、勢いはアルカディア側から見て左翼(ヒルダら)の方が勝る。速く、強い。

「なんてね。市民は殺さないわよ。そんなことしたらお父様にも、カールにも怒られちゃうし」

 小さな声でこぼす。当然敵には聞こえない。

 カスパルは戦場では苛烈な男であった。しかし平時では己を律する立派なリーダーであったのだ。『暴風』の血を継いでいるからと言って、相手から過剰に奪うべきではない。生来の凶暴性を律せず何が貴族か。カスパルが一族によく言っていた言葉である。

「でも教えない。戦場では絶望して死になさい」

 小さな声でつぶやくヒルダ。

 そのまま屍を生み出すために敵に飛び込むヒルダ。内心とは裏腹に、冴え渡る剣技。そして高まる凶暴性。狙うは中央の将、『黒羊』のキモン。

 討たねばカールが殺される。なれば彼女は修羅になる。


     ○


 アルカディア本陣は大混戦となっていた。ストラクレスの猛攻は別格ながら、本陣を守護するアルカディア兵も各軍選りすぐりの優秀なものが集う。総合力では決して劣っていない。ストラクレスという一点のみはどうしようもないものの、現状はよく凌いでいた。

 カールもまたその中の一人である。

 生き残った石弓隊を呼び戻し、弓兵と交えて遠距離から巨星を狙い打つ。その結果、圧倒しているもののストラクレスの足は上がらないままでいた。それが今の均衡状態に繋がっているといっても過言ではない。

「要はやはりそこじゃな」

 ストラクレスとカールの視線が一瞬絡み合う。巨星の重圧を受け心が折れそうになるカール。戦場における絶対者の眼光は容易に人の心を砕く。まさに蛇に睨まれた蛙が如し。

「――ル様! カール様!」

 放心状態であったカールを呼び戻したのは部下の声であった。

「僕たち、勝てますよね?」

 弱々しい一言。カールが首を振れば途端に折れてしまいそうなほど、弱さを感じてしまう。その弱さに、カールは救われた。

「もちろんだよ。僕らがしっかり守ればギルベルトたち攻撃組が決めてくれる。今までだってそうしてきた。そうやって勝ってきたじゃないか」

 カールは笑う。その笑みを周囲に見せ付ける。

「絶対に距離を詰めさせるな! 相手も人間だ、必ず勝てる!」

 この戦場で、おそらく最も弱き男。彼の言葉は弱者に力を与える。弱き群れの王、君臨という言葉には少し弱いが、弱きモノたちの精神的支柱となっていた。

「砕けぬか。強き心じゃな。なれば正攻法で往くぞ!」

 ターゲットをカールに絞ったのか進路をずらすストラクレス。この戦場で最も価値のある首はバルディアスである。しかし未来を考えたなら、その価値は少し変動する。オスヴァルトの剣の冴え、ガードナーの復活、この空気の発露はどこか。

「討たせてもらうぞ! 未来のオストベルグのために!」

 ある理由により、見た目ほど余裕のないオストベルグ軍。それでもカールを討たねばならぬと巨星は判断した。

「近づけるな! 矢を集中させるんだ!」

 矢の雨が巨星を阻む。混戦状態に持っていかれたならば勝てない。絶対に近づけてはいけないのだ。最強の力を阻む、最弱の群れの戦いが始動する。


     ○


「……此処までか」

 バルディアスは重い腰を上げた。ストラクレスの攻め方、未来の芽を摘む余裕があるとバルディアスは見た。想定より此処までの戦、明らかに攻め急いでいるため、何か事情があるのではと勘繰っていたがそれも思い違いであったとバルディアスは考える。

「我が出る。討たれたならばオルデンガルドを放棄せよ」

 覚悟の出陣。

「ちょっと待てよじいさん。その役目は俺だろうが。今更俺を温存してどうするんだよっと」

 それを制止するのはアルカディア第二軍師団長グスタフ・フォン・アイブリンガーであった。何故かこの戦場で温存されている強力な戦力。

「……もし勝てるとするならば、此処から巨星を弾き返すとするならば、絶対に必要な男がいる。そして貴様はその男の槍だ。時が来るまでしばし待て。もし時が来ずとも、我が討たれた後、貴様が率いて軍を撤退させるのだ」

 グスタフが反論しようとするも、バルディアスの眼によって反論は封じられた。その眼には覚悟を決めた歴戦の武人、バルディアスという男の生き様があったゆえに。

「死ぬ気かよ!」

「ただでは死なぬ。未来を守るのだ」

 アルカディア第二軍の長、『不動』がとうとう動き出した。

 それはこの戦の収束を意味する。


     ○


 キモンの左右が同時に開けた。血風と共に現れたのはギルベルトとヒルダ。示し合わせたかのような状況に、キモンは苦笑する。自分が討たれたならば確かに戦局は傾くだろう。それでもなお――

「だが、貴殿らの思惑通りにはならぬぞ」

 彼らは巨星をまだ舐めている。まだ理解できていない。キモンの苦笑は彼らの浅はかさへの嘲笑も含まれていた。

「私を討って、中継地点を潰し、中途にて包囲を完成させる。確かにそれしかない。私でもこの状況ならそれを目指す」

 ギルベルトが剣を構えた。

「しかし無駄だ。貴様らの敵は巨星、『黒金』のストラクレスなのだ。たとえ後背を突かれても負けることは無い。そういう次元にあの方はいない」

 白馬が駆ける。問答は無用。

「理解できぬか。それも良かろう。後一点、付け加えるとするならば――」

 ギルベルトの剣が輝く。白銀が奔る。すれ違い様――

「貴様らでは、この私、キモン・フォン・ギュンターを討つこと叶わぬということだ」

 ギルベルトのわき腹に血が滲む。渾身の一撃をかわされ、その流れでわき腹を切られた。深い傷ではないが、ギルベルトの誇りを、慢心を砕くには充分であった。

「此処はこの戦場の分水嶺。重要な要所を守る私は普段より強い。万能の私にもブレがあるのだ。今の私は、強いぞ」

 オストベルグ第二位、弱いわけが無い。容易いはずもない。

「理解した。それでも俺は抜かねばならぬ」

 ギルベルトもまた覚悟を決めた。どちらにせよ討たねば勝機はない。此処で退くなどありえないのだ。自身の盾が今もなお戦っているのだから。

「じゃあ死ね!」

 そこに割って入ろうとしたのはヒルダであった。凶暴性を孕んだ一撃はキモンの首を――

「女、貴様の相手は僕だ」

 その一撃を止めたのは、『戦槍』に一撃を浴びせたことにより、この戦争で一躍名を上げた若き新鋭、レスターであった。

「あの時仕留めたと思っていたのだがな。戦場は女の来る場所ではない!」

 槍を器用に振り回し威嚇するレスター。

「……ああ、あの時の奴か。乱戦にまぎれて、顔だけ傷つけてそのまま逃げたへたれ」

「き、貴様のような女に慄いたわけではない! あの時はそちらの大将が」

「牙も生え揃ってないガキが、男だ女だ吼えてんじゃないわよ!」

 言い訳を遮り、ヒルダの剣がレスターを吹き飛ばす。咄嗟のことでギリギリ落馬は免れたものの、体勢が崩れる。そこに――

「少し箔を付けてあげる」

 ヒルダの追撃、レスターが防ごうと槍を動かすも間に合わない。

「ぐ、ぐあああああああ!」

 レスターの顔に走る真一文字の傷。その荒々しい太刀筋はおそらくあえてそうしたのだろう。ヒルダの顔に斜めに走る傷跡と似た下手糞の傷が刻まれた。

「レスター!」

 キモンがサポートしようとするも、相手はギルベルト。当然道を塞いでくる。

「少しは男前が上がったんじゃない? 男の子くん」

 ヒルダの挑発に激昂するレスター。真紅の傷と同様に顔を紅潮させる。

「許さんぞ女ァ! き、貴様はこの私が、レスター・フォン・ファルケが必ず討つ!」

「ハン。ひよっこが粋がってんじゃないわよ。あんたじゃ名乗る必要も感じないわ」

 あまりの怒りにレスターの顔に走る傷から血が噴き出る。

「こ、ろしてやるッ!」

 黒き槍が旋回する。ヒルダもまた鼻を鳴らして、

「さっさと押し通るわ。あいにく暇じゃないの」

 ギルベルトに視線を送った。無言で頷くギルベルト。

 此処を落とすのが最低条件。無駄な問答は必要ない。勝たねばならぬのだ。

 双方とも――

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