北方戦線:北の国から

 ウィリアムが旧ラトルキアの地に降り立ったのは実に数年ぶりのことであった。ここで『白熊』と戦いそれを討ち果たし、期せずして国一つを落とすことになったのだ。ウィリアムが躍進を果たした地である。それゆえに感慨深い。

「まずは北方面軍を率いている軍団長、ヤン殿に会う必要があります」

「ああ、すぐに向かう」

 ウィリアムは変わり映えのしない白銀の地平を眺める。以前訪れた季節は夏であった。その時は今ほど北方であるという実感はなかったものである。この分厚い雪がウィリアムに知らせてくれる。この地域がアルカスより遥か北にあることを。

「ウィリアム様?」

 アンゼルムが動かないウィリアムを見る。

「いや、良い景色だと思ってな」

「そうでしょうか? 私にはいささか寂しげに感じますが」

 アンゼルムの返答にウィリアムは苦笑いを浮かべる。まさに同じことを思っていたのだ。寂しげであると。空虚な、何もなく、燃えるような火種もない。全てが白い雪に覆われてしまう。憎しみ、欲望すらも――

「此処に生まれていたら、俺はどう生きたのだろうな?」

 アルカスの底辺で生まれ育った。周りは比べるものだらけ。欲望渦巻く人の業が生み出した都。それに比べて此処の静謐さはどうだろう。もちろん格差はある。人が生きているのだ、平等などありえない。それでも、この人が生きるにはあまりに過酷な世界を眺めると、ウィリアムは思うのだ。

 この分厚い雪が、自分の欲望を押し潰してくれていたら、と。姉と二人でこの雪の下で眠れていたら、と。それもまた地獄だが、今よりよほど救いのある地獄であったのではないか、と。

(喚くなよ。少し、少し立ち止まっただけじゃないか。それすら許せないのか、お前たちは)

 ウィリアムの中身が、怨嗟が、憎しみが、業そのものがざわめく。忘れるな、もう貴様に立ち止まる暇も、立ち返る資格も、退く権利もないのだ、と。愛することも愛されることも、満たされることも満たすこともない。

 奪い殺し犯し、業を積み上げるしかないのだ。止まることは許されない。

「何かおっしゃられましたか?」

 小さな呟きだったのでアンゼルムには聞こえていなかった。ウィリアムが聞かせなかったというのが正しい。弱い自分を他者に見せるのは、やはりありえない。

「何も。そろそろ行こうか。我らの長に挨拶せねば」

 ウィリアムは立ち止まるのを止めた。最近では睡眠時だけでなくこうした日常のふとした瞬間でも膨らんだ中身が侵食してくる。戦いに勝ち続け、奪い続けた結果肥大した業の塔。その怨嗟の声が頭の奥で響き渡る。もはや立ち止まることすら出来ない状態になっていたのだ。

 ウィリアムは歩き続ける。その足を止めることなく。


     ○


「やあやあ、君たちが噂の二人組みか。優秀らしいじゃないか。期待しているよ」

 アルカディア第二軍軍団長、ヤン・フォン・ゼークトの第一印象は冴えないおっさんであった。中間管理職を体現したような冴えない面構え、見苦しい曲線を描く猫背、無精ひげを撫で付けるのが癖というどうしようもない見た目と所作。

 アンゼルムは拍子抜けしていた。事前に得ていた情報とかけ離れているがゆえに。

「南から取り寄せたお茶があるんだけど。どこにやったかなあ? あはは、すまないねえ散らかった部屋で。僕は北方地域担当を十年やっているからね。出不精にもなるのさ」

 散らかった部屋をあさる姿はもはやおっさんを通り越した何かである。

「あの、今日はご挨拶だけでも、と」

 アンゼルムが言い辛そうにヤンをやんわりと静止する。

「ん、そうかい? まあお茶はいつでも飲めるか。ちなみに軍将棋(ストラチェス)もあるんだけど……やらないよね」

 ヤンは頭をぽりぽり掻きながらウィリアムたちの方を見る。

「とりあえず北方へようこそ。第二軍らしい辺境だ。ゆっくりしていきたまえ。実はバルディアスのじい様に部下だった師団長を引き抜かれてしまってね。筆頭百人隊長であるアンゼルム君がここのナンバーツーだ。私は何もしないし好きにするといいよ」

 全てをほっぽり投げて満足したのか、ヤンは特注のロッキングチェア、揺り椅子に背中を預け自身が淹れたであろうお茶を楽しむ。その一挙手一投足がだらしなさと覇気のなさに溢れていた。

 これが軍団長というのだから世も末である。

「それでは失礼しますヤン軍団長。おっと、その前に一つだけお尋ねしたいことが」

 ウィリアムは芝居がかった言葉で問う。ヤンはウィリアムに視線を向けた。

「好きにしろ、とおっしゃられましたが、勝つことで都合の悪いことはありますか?」

 ウィリアムの顔には笑み、ヤンの顔にもまた笑みが浮かぶ。

「ないよ。負けなければ何をしても良い。なんならサインしようか?」

「必要ないでしょう。それではまた後日。お茶を飲みながら軍将棋でもご教授願います」

「いいねえ。君は強くなりそうだ。僕なんかよりずっとね」

「御謙遜を」

 ウィリアムはアンゼルムに目配せする。もう一度会釈をしてヤンの部屋から退出していった。

 ヤンは一人まったりとお茶をたしなむ。

「じい様の仰られていたとおり、か。おー怖い怖い」

 ゆらりと揺らぐ湯気の奥にある瞳が薄く引き延ばされた。それは警戒の色か、はたまた密やかな笑みか、それを知るのはこの男のみ。


     ○


「噂から受ける印象とは異なりますね。あれほど自堕落な軍団長はアルカディア全土を見渡しても彼くらいのものでしょう」

 アンゼルムは自身が受けた所見を述べる。ウィリアムは前を行く。その表情をアンゼルムがうかがい知ることは出来ない。

「そうか? 俺は噂通りに感じたがな。『不動』のバルディアスの右腕、実にらしいじゃないか。頭は切れるし、俺たちを測るためにわざわざ部下を飛ばした点も面白い。やる気は一切ないようだが、それは嬉しい誤算。あれにやる気を出されたら厄介だ」

 アンゼルムは驚いていた。確かに、軍団長がいるのに師団長がいないというのは変な話である。北方というある程度広域の担当地全体で筆頭百人隊長が次点というのもおかしな話。もちろん偶然の可能性もある。しかしウィリアムはそう捉えなかった。

「言質は取った。とりあえず好きにやれるよう土台を作るぞ」

 ウィリアムは前に進む。当面、『上』はウィリアムたちの味方らしい。ウィリアムたちにとって上は何もしないのが一番の援護。実権をアンゼルムに、つまりウィリアムに握らせてくれるのならありがたい。存分に力を振るうだけである。

 北方とウィリアムは相性が良い。本人はふとそのような戯言を頭に浮かべた。


     ○


 ウィリアムとアンゼルムは向かい合ったまま黙していた。どちらも浮かべているのは渋面。先日まで見せていた笑顔はなりを潜めている。

「当たり前だが、旧ラトルキアの人間はこちらの味方ではないらしい」

「仕方ないでしょう。元は違う国ですし、勝った側と負けた側では温度差もあります」

 ウィリアムはため息をつく。

「加えて俺個人の因縁もある。この国の英雄、『白熊』を討ち果たした仇敵。しかもやり口はかなり汚いときた。奴らは並大抵では俺を認めないだろうよ」

 ウィリアムが討ち果たした相手は並みの百人隊長ではなかった。ラトルキアが誇る英雄『白熊』のシュルベステルなのだ。加えて当時のウィリアムでは力不足であったこともあり、かなり色々と『手』を打った。シュルベステルの遺体を見ればわかる。あれは戦士の遺体ではない。最後こそ一騎打ちでの決着であったが、そこに至るまでの過程は陰惨の一言。それを知る者はウィリアムが憎くて憎くて仕方がないのも理解できる。

「面倒だが俺が動くしかない。憎しみを利用する形でいくか」

 ウィリアムは雪解けを待たずに動く所存であった。今年最初の第一功、まずはそれを得てヴラドや懇意になった貴族たちにアピールせねばならない。出会った『白騎士』は有為な存在であると。ウィリアムの側につけば間違いはないと。

「この辺りの部隊を集めさせろ。特に旧ラトルキア軍の連中をな」

 ウィリアムの思考は固まった。力技だが、やるしかない。それに――

(久しぶりだな、本気を出すのは)

 今の自分がどれほど強くなっているのか、ウィリアム自身も興味があった。


     ○


 そこは異様な熱気に包まれていた。白き雪すらも溶かす情念。憎しみの奔流が殺意の津波となってウィリアム一人に向けられていた。くすぶっていた炎を煽るにはうってつけの男。英雄を殺し国を殺した男を旧ラトルキア軍人が許せるわけもない。

 古くからあるコロシアムであった場所。

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。お初にお目にかかる方も多いでしょう。私の名はウィリアム・リウィウス、此処にいる半分の方にとって、仇敵とも言える存在です」

 その中央で笑みを浮かべて立つ男、『白騎士』ウィリアム・リウィウス。彼が煽ることによってさらに殺意が増す。今にも武器を握り締め突貫しようと前のめりになっているものもいた。

 アルカディア側も急に現れた新参者に対して歓迎ムードではない。この場に味方はアンゼルムしかいない状況。良い状況であるとはいえない。

「今日は皆さんと仲良くなるため、こうして集まっていただいた次第。アルカディア北方方面の皆様はこのウィリアムというか弱い新人を手助けください。旧ラトルキアの皆様は、全てを水に流して私と共に戦ってはいただけませんか?」

 殺意が極限まで高まる。国を滅ぼされた。英雄を殺された。そんなことをした張本人が水に流せと言っている。流石にそれは彼らの許容量を超えていた。

「死ねクソ野郎!」

 一部の者が我慢しきれず手に持っていた斧を投擲する。それは回転しながらウィリアムの後頭部に向かう。視界の外、背後を襲う攻撃。

「北方の人間は元気があって良い」

 それを振り返りもせずウィリアムは首を傾けてかわす。それだけでなく顔を過ぎ去り眼前を通り過ぎていく斧をいとも容易く手に取った。まるでふわりと手渡されたかのような優しい手つき。そしてその柔らかな手つきで反動を利用し――

「しかし思慮が足りない」

 そのまま平然とウィリアムは斧を投げ返した。怒りに任せて投げた男の速度よりも遥かに速く、遥かに正確に、そして一瞬だが莫大な殺意を凝縮した一撃は――

「へ?」

 男の頭部を縦に思いっ切り断ち割った。あまりの勢いに男の体が後方へ飛ぶ。それと同時に鮮血が舞った。絶句する旧ラトルキア軍人とアルカディア軍人。アンゼルムだけが笑みを浮かべている。

「私は皆さんと仲良くなりに来ました。お分かりですか? 上官に手を上げる無作法者とは仲良く出来ませんよね? 皆さんにはご理解いただけると嬉しいのですが」

 慇懃無礼。煽るような口調は変わらない。しかし先ほどまでとは受ける印象が違い過ぎた。馬鹿なことを言っているうつけ者から、馬鹿をあっさり屠った上官へと変化した。

 恐怖がこの場を支配する。

「わからんな。卑怯者の白猿」

 ウィリアムは声のした方に視線を向ける。そこには流れるような銀の髪を持つ女性が、屈強な男たちを引き連れて立っていた。明らかに他のものとは違う雰囲気。周囲を囲む男たちだけでもかなりの猛者だが、その女はそれらより明らかに強い。

「脅しのつもりか? 安っぽい芸風だ。底が知れるというもの」

 女がさらに前に進み出る。ウィリアムは仮面の下で目を細めた。

「お初にお目にかかります。失礼ですが貴女の名は?」

「名乗る必要を感じない」

 女が背負った持ち手の長い大斧を持つ。それに付き従うものたちも各々武器を取り出した。雰囲気が、変わる。

「皆、もはや限界であろう。祖国を失い、矜持は踏み躙られ、今目の前の仇敵に嘲笑われている。ラトルキアは小国だ。それでも七王国であるアルカディアと接し百年以上の歴史を誇る国であった。その国の一員であった我々が、このような男に頭を垂れていいのか?」

「否!」

 女のまとい持つ雰囲気は間違いなく将のそれ。周りを囲むつわものたちもその空気感を演出している。ラトルキアの雰囲気が完全に変じた。その中心がこの女――

「我が名はシュルヴィア・ニクライネン。『白熊』の系譜に連なるものだ!」

 シュルベステルの娘、シュルヴィア・ニクライネンがいた。

「ウォォォォォォォオオオ!」

 場を狂騒で満たす。

「今この場で白猿を断ち、もう一度ラトルキアを独立させる。皆、私に続け!」

 叫びが迸る。アルカディアの兵士たちは戦々恐々とするしかない。暴走する狂気がいつ自分たちに向けられてもおかしくないのだ。兵数は半々だが、士気の高い精強な北方の兵士と士気のさほど高くない辺境に飛ばされた兵では勝負にならない。

「アァァンゼルム!」

 その叫びを引き裂くようにウィリアムの声が走った。一瞬の静寂、アンゼルムの顔には笑みが浮かんでいる。

「全隊、構え!」

 アンゼルムの号令。その瞬間観客席に人影が現れた。全員完全武装、手にはウィリアムが作らせたエッカルト発案の改良型クロスボウ。軽量化の真逆を行く大型化、明らかに人に向けていいものではない。備えられているのは矢ではなく石。手巻きのハンドルがついており、人の手で生み出す力を遥かに超える代物である。

 無機質な恐怖。

「そ、そんなものハッタリだ!」

 北方の兵士の誰かが叫んだ。それを聞いてアンゼルムは笑みを深める。

「では試してみましょう。アルノー、試し打ちだ」

「御意」

 自身の兵に命令するアンゼルム。アンゼルムの私兵であるアルノーという男に躊躇いはない。クルーガー家に代々仕える忠実なしもべゆえ――

 人間を超える力で放たれた石。それは幾人かまとめて粉砕するほどの威力を持っていた。撃った本人、命じた当人でさえ眼を丸くするほどの威力。いわんや撃たれた方はその一瞬の惨劇にまたも意志を挫かれた。

「ハッタリだ。まさにハッタリ。本命は軽い方だが、派手なのはこっちだ。連射性に劣り重量から扱える人間も限られてくる。兵器としては欠陥品。それでも……この破壊力は恐ろしいだろう?」

 死んだばかりの遺体が雄弁に語る。どうしようもない圧倒的力の差で蹂躙される姿を。当たれば死ぬ。盾で防ごうが鎧を着込もうが、直撃したら終わり。その恐怖は容易く戦意をへし折る。弓や剣では演出できない無慈悲なる惨劇。人を超えた兵器。

「別に恐怖で纏め上げようとしているわけじゃない。本当に俺は仲良くしたいんだよ。だが出来ないなら仕方ない。命令違反で殺すしかないだろ? ん?」

 ウィリアムは笑っていた。その惨劇を見て、エッカルトの狂気が生んだ狂った兵器を用いて、それでもなお愉快げに笑う。

「次は一斉射だ。そしたらたくさん死ぬなぁ。どうしようかシュルヴィア? 俺はどうしたら良い? 少々面倒くさくて、掃除を命じてしまいそうなのだが」

「くっ、外道が!」

「戦場とは非情なものだ。あと少しばかり勘違いしているようだが、ラトルキア如き七王国であるアルカディアならいつでも滅ぼせた。滅ぼさなかったのはその価値がなかったから。手間隙をかけてこの北方の地を得るメリットがなかったからだ。そして滅びたのはそちらの過失。大して価値のあるわけでもない英雄が死んで、それを口実にこれ幸いと沈み行く泥舟からアルカディアの軍門に下った。その程度の国だ」

「ウィリアム・リウィウス!」

 シュルヴィアとその取り巻きたちが一斉にウィリアムの下に殺到した。怒りを力に換え、憎しみを推進力に変える。アンゼルムがクロスボウを撃たせようとしたが、ウィリアムがそれを視線で静止する。

「覚悟しろ! おじきの仇!」

「悪漢討つべし!」

 大柄な男二人が先んじてウィリアムの下に到達した。その勢いのまま長柄の斧を振るう。

「そうか。それほどに憎いか。だがな――」

 ウィリアムは嗤う。

「よえーよ雑魚が!」

 剣を抜き放ち二つの長柄ごと相手を吹き飛ばす。轟音と共に大男二人は目を見開いた。

「力が足りない。なのに努力の跡も見えない。そんなテメエらが何をくっちゃべろうと何一つ心に響かねえんだよ!」

 ウィリアムの中身が噴き出す。彼らの比ではない殺意と憎しみ、絶望がこの場を支配する。その桁外れの負は、人の心を容易に萎縮させた。

「シュルベステルが死んで何年経った!? その間、俺は一度として北方の連中に命を狙われたことがねえ。普通殺すだろ? 復讐するだろ? 何でそれをしない? 何で目標があるのに動かない? 俺にはそれが理解できねえ。最善を尽くさない奴の気が知れねえ!」

 ウィリアムは北方の精強な兵たちを文字通り薙ぎ倒していく。本来力で押し通るタイプではないウィリアム。しかし毎日の修練、そして積み上げた業がそれを可能とする。一秒たりとも無駄にせず、立ち止まることすら許さないウィリアムの中身。絶望が彼らを焼く。

「今の俺すら殺せねえお前らに、一国が背負えるか? 面子を潰され本気になったアルカディアを止められるか? 笑わせるなよお嬢様」

 すべてをなぎ倒し、息一つ切らせずウィリアムはシュルヴィアの前に立った。

「目の前に餌をぶら下げられてから動くのなら馬にも出来る。お前らは馬か? もう少し頭を働かせろ。俺を殺すにはどうしたらいいか頭を捻れ」

 シュルヴィアが破れかぶれに大斧を振るう。それをあっさり片手で握った剣で受けるウィリアム。力の差に、シュルヴィアは愕然とする。シュルヴィアの力を知る北方の者たちも愕然としていた。シュルヴィアは全盛期のシュルベステルと比べれば弱いが、老いた後のシュルベステルには稽古だが勝ち越していた。なのにこれでは、

「俺なら、仇を殺すなら、相手の懐に入る。じわじわ侵食して、相手の全てを奪って『上』に立つ。その上で殺す。俺ならそうする」

 これでは、

 ウィリアムは片手一本でシュルヴィアを押し込む。膝を屈するシュルヴィア。

「今のお前らじゃ、俺に勝つどころか傷一つ残せない。体にも、心にもな」

 これでは、ウィリアム・リウィウスが、卑怯者でなければならなかった相手が、圧倒的強者に見えてしまうではないか。実際、この場の誰もが思う。もはや見るまでもない。この男は強い、と。下手をすれば全盛期のシュルベステルと比較しても勝るかもしれない、と。

「選べ。この場で無意味に殺されるか、俺に仕えていずれ俺を殺すために雌伏し時を待つか、好きな方をな」

 ウィリアムは剣を引く。シュルヴィアは泣いていた。悔しさのあまり、無力さのあまり、不甲斐なさのあまりに泣いていた。ウィリアムを卑怯者だと蔑んでいた。卑怯な手を使われなければ父は死ななかったと考えていた。だが心のどこかでわかっていたのだ。あの『白熊』が、ただの卑怯者に負けるわけがないと。

「他のものも選べ。俺に仕えて生き長らえるか、俺に逆らい死ぬか、二つに一つだ」

 わかっていたのに、理解を拒んだ。感情に逃げた。その結果が今。

「ウィリアム・リウィウス」

 ならば答えは決まっている。感情ではなく、実利を取る。

「私は貴様を許さない。必ず、『いつか』貴様を殺してやる!」

 ウィリアムは微笑んだ。その憎しみに彩られた眼を、懐かしむかのように。

「結構。俺は優秀な人材であれば厚遇する。しっかり励め。この俺の首、安くはないぞ」

 この場の代表であるシュルヴィアが折れた。他の者もとっくに心は折れていた。この場の全員にウィリアムに対する恐怖と畏怖が刻まれる。逆らう気など微塵も残っていない。ちっぽけな復讐心や憎しみなど掻き消えてしまうほど、今のウィリアム・リウィウスは強大に見えたのだ。

「さあ、仲良くなろうか。とりあえず、今後の方針を語り合おう」

 逆らう者は――いなかった。

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