幕間:果てしなく遠い天頂

 ウィリアムは突如振って湧いた事案に頭を悩ませていた。今日の予定はすべてキャンセルし、本日の予定はそれだけに絞っていた。ただ、それが重い、あまりにも重い。それを聞いたアンゼルムもまた驚き、体が震えたほどである。

「これで粗相のない服装になったはずです」

 高貴な身分の服飾に詳しいルトガルドに完璧なコーディネイトを依頼した。以前の昇進式と似た格好、マントだけは大きく意匠を変えていたが――

「すみませんルトガルド様。急な頼みを聞き入れてもらって」

「いえ、御用件が御用件ですし。それにウィリアム様の頼みならばいつであっても」

 後半、声が小さくなっていたが聞こえないほどではなかった。

 どうにもむずがゆい空気が漂う。その空気を引き裂いたのは――

「ウィリアム! 聞いたよ! 王子様に会いに行くんだって!?」

 カール・フォン・テイラーその人であった。笑い出しそうなタイミング。ウィリアムにとっては間が良い登場に、思わず苦笑してしまう。それを見て嬉しそうなカールはぽかんと首をかしげていた。

「ああ、エアハルト殿下に招待された。悪い用事ではないだろうが、それでも相手は一国の王子。流石に緊張するな」

 顔は笑みを形作っているが、手が震えているウィリアム。昇進式と今日では意味合いが大きく異なってくる。前は大衆の目があった。だからこそ、相手がどれほど大きな力を持っていようと、ある意味でそれは制限されていたのだ。だが今回は違う。相手の巣穴に招待されてしまった。どんな理不尽も制限する理はない。相手は理を作る一族なのだから。

「大丈夫だよ! もし失敗したら僕が暴れてあげるから」

 カールが百人隊長に任命された日、ウィリアムがかけた言葉をカールは言い放った。ウィリアムもすぐにそれを察し、かすかに微笑む。

「……カールに暴れてもらってもな」

「ひ、ひどいよ。僕は本気だからね」

 ウィリアムは笑う。もしかしたら、いずれ本当にカールはそういった力を持つに至るかもしれない。その『土壌』は、もう手に入れているのだ。あとは雪解けを待つばかり。

「わかっているよ。不服じゃない、充分さ」

 カールは驚いたような顔をする。最後の言葉はウィリアムに励ましてもらった際、覚悟を決めたカールが放った言葉である。それを覚えていたことにカールは驚いていた。

「それでは行って参ります」

 ウィリアムはマントを翻して赴く。

 アルカディア王国第二王子、エアハルト・フォン・アルカディアの下へ。

「覚えててくれたんだ。ウィリアム」

 ウィリアムが出て行った扉を見つめて嬉しそうに笑うカール。それを横目にルトガルドは――

「あいてっ、いてて、何をするんだよルトガルド」

 とりあえず兄を蹴った。下手糞極まる蹴りはテイラーの血か。あまり見せないぶすっとした表情のルトガルド。ルトガルドとしては良い雰囲気をぶち壊された上に良い所まで取られた形。機嫌が良いはずもない。

「…………」

 無言でぷいとそっぽをむくルトガルド。兄であるカールは困ったような顔をしながら蹴られたお尻を撫でていた。


     ○


 テイラー家の前に停められていた馬車に乗り込むウィリアム。その中には水先案内人として見知った顔がいた。

「…………」

「…………」

 と言っても会話になるわけではない。何しろ相手はウィリアムを毛嫌いしているのだ。彼女の名はヒルダ・フォン・ガードナー。カールの幼馴染であり、アルカディア軍に所属している軍人である。

「何故、この馬車に?」

 沈黙を破ったのはウィリアム。うろんげにウィリアムを見るヒルダ。

「私がアルカディア軍第三軍に所属しているから」

 簡潔に答えるヒルダ。なるほどと無言で頷くウィリアム。そのまま、またも無言の時間が訪れる。

 ちなみに第三軍とは王都防衛が主務。自警団の役割もかねている。というよりも一般庶民の認識は第三軍イコール自警団という具合であった。その中でも選りすぐられた精鋭は政界の重鎮である貴族や王族の護衛の任を受ける。つまり――

(エアハルト殿下の護衛、か。さすがはガードナーと言ったところだな)

 ヒルダは選りすぐりの精鋭ということなのだろう。

 そのまま王宮に入るまで、ウィリアムとヒルダの間に会話はなかった。


     ○


 そこは冬とは思えぬ別世界であった。世界各国の花々が咲き乱れる空間。それを維持するために床下には温水が常時流されており、部屋を地面から暖めていた。ウィリアムは維持費という言葉が頭によぎったが無意味と考え切り捨てた。目の前の人間はそういうことを考えるようなものではない。欲しいものを欲しい時に欲する。それだけである。

「やあウィリアム君。会いたかったよ」

 黄金の輝きをまとう男、第二王子エアハルト。その輝きは、未だウィリアムの目を焼いてはばからない。悠然と花園の中心で椅子に座りくつろいでいる。

 ウィリアムは膝を折り頭を下げる。

「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」

「あはは。かしこまる必要はないよ。ここに世間の目はない。私と君、それだけでこの場は完結している。無駄な礼儀は必要ない。頭を上げてこちらに来るんだ」

「御意」

 そう言ってウィリアムは立ち上がる。エアハルトの眼前にまで歩み寄るウィリアム。手を伸ばせば届く。やろうと思えば今すぐにでもエアハルトを殺すことが出来る。そういう距離である。

「仮面は外した方がよろしいでしょうか?」

「構わないよ好きにしたら良い。ああ、ただ後でもう一人この場に来る。そのときはリクエストに応じてやってくれないか? まあ、たぶん仮面の君のほうが好きだろうから」

 くすくすと笑うエアハルト。ウィリアムは気が抜けそうになる自分を戒める。エアハルトの所作は確かに軽い。しかし、それに乗って軽率な言葉を吐けば、それが火種となって自分を焼く可能性もある。

 エアハルトの気分次第で自分は死ぬ。騎士位、百人隊長、ある程度の地位は手に入れた。だが、エアハルトにとってそれらは吹けば飛ぶゴミのようなもの。この男は王族なのだから。

「今日君を呼んだのに他意はない。ただ会って話したかっただけだ。当初はパーティのつもりだったけど、最近の君の動きを見て考えが変わった。サシで話がしたいと思ったんだ」

 ウィリアムの動きを良しと取るか、悪しと取るか。

「今の君の動きはただの軍人の動きとは大きく異なる。戦功を第一に考え、戦のない冬を無為に過ごす武人どもとは違う。この時期こそ精力的に動き回っている君を見ているとね……正直怖いと思う自分がいるんだよ」

 ウィリアムの背筋が凍る。目の前の怪物のどろどろした笑みが恐ろしい。大口を開けて、今にもウィリアムを喰らわんとする貌つき。

「君の真意が知りたいな。君の目的を聞かせておくれよ」

「この国の一助に――」

「そーいうのは要らないって。建前なんて聞き飽きているんだ。君が何故文官まがいの動きをしているのか、そもそも何故この国を選んだのか。知りたいことだらけでね。今日という日を凄く楽しみにしていたんだ。だから、あまり察しが悪いと……殺すよ?」

 エアハルトの眼は笑っていない。次、問答を違えればウィリアムは死ぬ。

(ローランに語った理由では不足。あの時点なら理由としてそこまで不自然ではなかった。しかし今の俺を飾る上であの時の理由では、目の前の怪物を満足させられない。正直を求めているんじゃない。満足のいく答えを求めているんだ。それは、嘘でも構わない)

 ウィリアムは一瞬のうちに頭をフル回転させる。求められている答えを頭の中で導き出す。ウィリアムの真なる目的は『天』に昇ること。それを包み隠さず言えばすぐにでも処刑されるだろう。真実は話せない。それでも『近い』作り話は必須。

 ウィリアムは息を吐く。安易な答えは求められていない。求められた答えの十二分に達してこそ浮かぶ瀬もある。此処を切り抜けるだけならすれすれを行く必要はない。しかし此処で何かを得たいなら、すれすれでなければ意味がない。

 覚悟は決まった。

「私は、歴史に名を残したいと思っています」

 エアハルトの目が薄く光る。ウィリアムの変化に気付き見定めているのだ。

「そのために、アルカディアの筆頭将軍、大将の地位が欲しいのです。現在七王国の中でも特別優位でなく、秀でた武人もおらず、特色に欠ける国、アルカディアの軍事を握る力が欲しいのです」

 エアハルトは黙ったままである。もし大臣クラスが居合わせればこの時点で、不敬ゆえウィリアムは首を断たれている。だがウィリアムはさらに踏み込んだ。

「そのアルカディアの将軍として巨星が率いるオストベルグを滅ぼし、三貴士抱えしネーデルクスを下し、超大国ガリアスから勝利をもぎ取る。私と共にアルカディアは七王国最高の覇国となり、私は戦史に名を残す。覇者の剣として、世界に名を馳せる。それが私の野心でございます」

 不敬此処に極まる。地の底に蠢く有象無象が夢見るにはあまりに大きな大望。だが、ウィリアムはもはや有象無象ではない。野心の一つも持たぬモノを演じることは不可能、不自然。成り上がる意志を表明せねば、周囲は動かない。

「なるほど。確かに、ルシタニアの規模では成り上がったところで高が知れている。生涯懸けたところでエスタードに飲まれるのがオチ。巨星のいる国家ではその巨星は倒せぬし、サンバルトはガリアスの犬。必然としてアルカディアとネーデルクスが候補に残る。そしてネーデルクスは異人が軍に入ることを良しとしない。必然としてアルカディアを選ぶわけか」

 エアハルトはウィリアムの答えを咀嚼する。

「ただの武人ではどれだけ強くても将軍止まり、特に異人の君ならなおさらだ。大将を目指す君が今の動きをしていることも理解できる。『上』に上がる近道は『上』に気に入られることだからね。うん、納得できた」

 すっきりした顔のエアハルトは椅子にゆっくりともたれかかる。

「歴史に名を残すためかぁ。そのためにアルカディアを利用する。良いね、実に良い。その業の深さが実に素晴らしい。ちなみに君という剣を使う覇者、私がなっても良いのかな?」

「無論、そのつもりで今日此処に赴きました」

「私は第二王子だよ?」

「私を重用してくだされば、必ずや御身を玉座にお運びいたしましょう。度重なる勝利をすべて殿下に捧ぎますれば、陛下とて序列を変えざるを得ないかと」

「オストベルグに、ストラクレスに勝てるか?」

「五年いただければ。国ごと屠って見せます」

「ガリアスにも勝つと?」

「超大国ガリアスに勝ってこそ、我が望みは果たされますれば」

 エアハルトは天を仰ぐ。その眼に何が映っているのかわからない。その胸中を測り取ることはウィリアムには出来ない。しばしの沈黙。破ったのは――

「良いだろう。私の期待に応えているうちは、君が私の剣だ」

 エアハルト。

「私は君が好きになったよ。それと同時に怖くもなった。我が剣ウィリアム。いつまでも従順な君でいておくれよ。間違っても、玉座に興味を持つことなきように」

 おそらくエアハルトはウィリアムのことを一切信頼していない。それどころか今回の問答で懸念を強めた恐れもある。しかし、それ以上に利用した時の価値が勝った。ウィリアムを利用すれば玉座が近づくと判断した。だからこそウィリアムという毒を腹に抱え込む気になったのだろう。

 最後の時点でどちらが強いか。今はまだ天はウィリアムの手の届かないところにある。


     ○


「さて、早速だが来期の君の配置は北方だ。もちろんそこは私の一存で変えることは可能。必要なことがあれば今聞いておこう。あと出来る限りは援助するが、それに見合った戦功は欲しいかな」

 北方。ウィリアムの頭に『白熊』との激戦が浮かぶ。北方は小国が多い。ラトルキアはその一つでしかなかった。多くの小国、北方ゆえやせた土地も多く、住人は好戦的。戦略的うまみに欠けるが、功を上げるにはもってこいである。

「配置はそのままで問題ございません。一つお願いがあるとすれば、我が隊と来期から第二軍に移るアンゼルム・フォン・クルーガーの百人隊、この二隊の予算を増やして欲しいという点です」

「可能だが、その分戦功は求められるよ」

「ご満足の行く結果を残して見せましょう」

 ウィリアムにとって必要であった予算の拡充。私費を投じることは検討していたが、これで色々と先に進める。本格的に武器関係の事業をスタートできるのはありがたい。

「君は勝つことしか考えてないんだねえ」

「もちろんです。勝利は前提条件、それが出来なくばどうして歴史に名を残せましょうか」

「くく、私はどうやら恐ろしいものを引き入れてしまったみたいだ」

「殿下に後悔はさせません」

 エアハルトに対して卑屈に振舞うことはマイナス。これまでの短い接触でウィリアムは理解していた。エアハルトは優秀な駒を求めている。自身が王になるために役に立つ駒を求めているのだ。隠れた駒ではない。煌く綺羅星、己が剣となれる華と実力を兼ね備えた人材。王道を往く為の剣を求めているのだ。

 だからこそウィリアムは自信を覗かせる。自分に力があると誇示する。実際今年いっぱい蓄えた力ならそれが出来ると踏んでいる。現段階ですら来期の躍進は約束されているようなもの。しかし、最近の出会いは今日も含めてウィリアムを加速させるものばかりであった。これなら、さらに先を目指せる。

(ようやく、流れを引き寄せたか)

 なかなか思うように行かなかった下半期。それでも、その『ため』があったからこそ、来期の躍進がより鮮明に彩られるというもの。此処から先手抜かりはない。この冬の地盤固めを終えればようやくウィリアムの絵図通りことが進む。苦しい時期は越えた。もうカールを立てる必要はない。表立って輝ける立場に立ったのだ。

「おっと。長々と話しすぎてしまった。これでは怒られてしまうな。もういいよ、お入りエレオノーラ」

 エアハルトが声をかけた方向、温室の扉が開かれる。そこには緊張して立ちすくんでいる少女がいた。手には本を持っており、ぎゅっと抱きしめている。

 ウィリアムは目を見開く。その少女が帯びる輝き、眼を焼くほどの光量。エアハルトにも備わっている生まれながらのオーラ。それがあまりにも桁外れなのだ。

 ウィリアムが努力して得た華をやすやすと踏み越えて存在する、高嶺の花。

「…………ぁの」

 ちょこちょこと歩いてくるエレオノーラは、背の小ささもあいまってリスのように見えた。ちょっと挙動不審である。動きがそわそわしていた。

「お初にお目にかかりますエレオノーラ王女殿下」

 ウィリアムが頭を下げるとびくりと反応して、てててと走りエアハルトの後ろに隠れる。ウィリアムはどういった反応をすれば良いのかわからず、向けた笑顔のまま固まっていた。一連の様子を見てエアハルトは心底面白そうに笑った。

「ははは。すまない。エレオノーラは王宮の外に出たことがないんだ。当然知らない人と絡んだこともない。ようは人見知りなのさ」

 後ろでしゅんとするエレオノーラ。ルトガルドに続く二人目の人見知り女性。しかしルトガルドと違うのは根っから大人しいわけではないということ。本来の気質は明るいものなのだろう。それは雰囲気を見ればわかる。だからこそ対処に困るのだが――

(ん? あの本は――)

 ウィリアムはエレオノーラが持っている本に目を向けた。それはウィリアムも良く知る本であり、アルカディアの国民なら誰もが知っているお話をまとめたもの。

「アレクシスの冒険ですか。懐かしいですね。私もこの国に来たばかりの頃、友人に勧められて読みました」

 エレオノーラはウィリアムの前で本を広げた。頬を染めて緊張しているのが手に取るようにわかる。それでも、誰もが知っている本を持ってきたのはエレオノーラなりのコミュニケーション手段なのだろう。ウィリアムは後ろから覗き込む形のポジションを取った。

「そこは第三章、黒の森で凶悪な大熊と対峙する場面ですね。アレクシスの騎士としての覚悟が試される場面。強大な相手に立ち向かう勇気、仲間を守る力、此処で彼は騎士として大事なものを得る」

 エレオノーラは嬉しそうに頷いた。ぱらぱらと別のページをめくる。

「わ、私が好きなのは此処です。アレクシスが百人の兵士に囲まれて絶体絶命の窮地に、捕らえられているお姫様の声を聞いて頑張るところ」

「ボロボロになりながらも最後は百人を退け、敵の大将と一騎打ちをして勝利、見事お姫様を救出するところですか。私も好きな場面ですね。痛快です」

「そうでしょう! アレクシスは騎士の鏡です。彼の冒険は多くの者を勇気付けますし、彼の勇気は多くの者を奮い立たせます。それにアレクシスにはモデルがいるんですよ」

「アルカディア建国王、アルカス・レイ・アルカディアですね」

「まあ、そんなことまで知っているのね」

 饒舌になってきたエレオノーラ。素の表情は此方なのだろう。朗らかな笑顔で輝きが増してきていた。つくづく人は平等ではない。それほどにエレオノーラの器量は突出している。

「私、本が好きなの。お外に出たことない私でも外に出た気分になれるし、色んな世界を見ることが出来るから。冒険して、悪い人をやっつけて、かっこいい騎士様に守られて」

 夢見る少女。しかし彼女には夢見る資格があった。彼女は物語の中心になれる引力を持っている。幻想の中でしか存在しなかった『お姫様』という存在。彼女ほどその幻想に近い人間はいないだろう。

「他にはどんな本を読んでいるのですか?」

 ウィリアムが問う。自身の領域を問われて嬉しそうに語り出すエレオノーラ。様々な本のタイトルを挙げその内容を話していく。大半はウィリアムも知っている作品であり、ウィリアムが知っていることを知るといちいち嬉しそうにはにかんでいた。

 本の内訳は大体が騎士や勇者、お姫様の出てくる冒険活劇。戦記ものも多い。

 本はウィリアムにとっても造詣の深い領域。この部分なら相手に合わせることは容易であるし、話の引き出しは誰よりも多いだろう。冒険活劇を好んで読むことはなかったが、よく売れるジャンルであり、他国の作品を多く訳した経験を持つ。

「今気になっているのはガリアスの本なの。お誕生日に本はいただけたのだけれど、文字が難しくて全然読めていないのです」

「ガリアスの口語はこちらとほとんど変わりませんが、文字はかなり違いますからね。良かったら私が訳しましょうか?」

「ほんとですか!? お願いしてもいいのかしら?」

 ちらりとエアハルトを見るエレオノーラ。エアハルトは苦笑するだけで何を言わなかった。その反応に結局どうしていいか決めかねるエレオノーラ。

「私は別に構いませんよ。訳した本は後日私が王宮にお持ちいたします」

「ご迷惑じゃないですか?」

「大した手間ではないですよ」

 エレオノーラは考えていた。今まで自身の了見で物事を決めたこと自体ほとんどない。この花園のような究極の温室育ち。誰かの決定に従って生きてきた。

「お願い、します」

 初めて、エレオノーラは自分の意志で物事を選択した。小さい一歩だが、踏み出したことが肝要。

「お任せください」

 にっこりと了承するウィリアムを見て、エレオノーラは笑顔をほころばせた。

「さて、私も会話に交ぜていただけるかな? 流石に手持ち無沙汰だ」

「でも、お兄様は本に詳しくないから」

 ちょっと嫌がるエレオノーラ。初めて出来た本友達を渡したくない様子。

「……本以外の会話もしようよ」

「それでは私が最近出会った変わり者の小話を一つ」

「「面白そう!」」

 意外とこの兄妹、似ているのかもしれない。生まれながらの華を持ち、アルカディアという国の頂点に生まれ出でた。不足のない生活、むしろ過分に与えられる日常。退屈と倦怠、だからこそ彼らは本や政治に身を没頭させるのかもしれない。見知らぬ地の底に這い蹲る人間が珍しくて仕方がないのかもしれない。

(王まで来ると、小さな差別とは無縁なのかもな。何故なら、彼らにとって貴族も平民も奴隷すら等しく絶対的下位存在なのだから)

 面白おかしく話をつなげていくウィリアム。それを聞く二人はいちいち驚いたり笑ったり、感情表現豊かに意思を表す。

(今は笑ってろ。いずれ笑えなくしてやる)

 今はまだ遠い天上。しかし前よりは近づいている。少しずつ、されど着実に、ウィリアムの牙はこの国に食い込みつつある。来期の目処は立った。今日のおかげでかなり楽になった。ウィリアムは加速する。溜め込んだ力、膨らむ欲望。まだ溜め込むとき、出来るだけ膨らませて雪解けを待つ。その時こそ――

(まだ、足りない)

 世界が本当の意味でウィリアム・リウィウスを知るときである。

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