復讐劇『序』:熱闘剣闘場
「覇ァ!」
ただのひと薙ぎで人が舞う。刃引きしていることにより、逆に破壊力を増してしまっている大剣を前にして、並みの者では吹き飛ぶことしか出来ない。闘技場の隅、壁を背に戦うことで攻め手は正面から攻めるしかなく、多勢の利を充分に生かせていなかった。
「こんな、こんなはずでは!」
各国から集まった腕自慢。それが見る見る数を減らしていく。攻めねば臆病と揶揄され、攻めれば王者の刃で吹き飛ばされる。桁外れの膂力、規格外の大剣のリーチは槍と比する。こんな鉄塊を振り回せる馬鹿力が存在していることに、人々は驚愕を禁じ得ない。
「そこなちびっ子二人。我と組まぬか?」
そんな惨劇とも呼べる嵐の中、一人平然としている者がいた。むしろ胸の高まりが抑えきれぬ様子である。声をかけられた二人もまた、人が減るのを待っていた。
「徒党を組む気はありませぬ」
「…………」
両腰に長短の剣を携える少年はそろそろ飛び出そうと構える。女性の剣士は戦う気自体があまりないようで、どうも投げやりの様子。
「我一人、一騎打ちでは厳しいなァ。我の知る中で間違いなく最強の相手。騎士王と呼ばれていながら、勝てぬと心から思ったのはこれが二度目よ。ん? 三度目であったかな?」
「世間話をする気もありませんよ」
「まあ聞け。どうせ正面から向かっても勝てぬ。そも、卿らでは力が足りぬ。刃届く前に弾かれるのがオチよ。だが速さはある。そして小回りも効く。剣を試すのはそこからでも遅くはあるまい」
アークはにかっと笑う。それを見てユーリは不承不承だが構えを解いた。やる気が感じられない女剣士も作戦には乗るらしい。
「我が一合刃を止める。その隙にあの小さき壁との間に入り込み、あやつを弾き出せ。さすれば数の利も使えよう」
あの怪物の刃を止める。もはやあの光景も前では夢想の領域。しかしこの男ならばやるだろうと二人は判断した。若輩である二人でも、このアークという男がどういう男なのかは見ずともわかる。
「もう少し間引きした後動く。雑魚は邪魔ぞ」
徒党を組んだ三名。静かに王の首を狙う。こうでもせねば取れぬと、彼らは肌で感じていたのだ。
○
ヒルダは絶句していた。すでに賭けのことなど頭にはない。ただ目の前で繰り広げられる異様に眼を奪われていた。
「すごいねえ。ぽんぽん人が飛んでくや」
のほほんとしたカールの感想に突っ込む気力もないヒルダ。圧倒的な力を前に、未熟で弱い自分が浮き彫りになっていく。少しくらい強くなった。そんな感慨などあれの前では紙切れ一枚ほどの厚さもない。
「凄いなんて、強いなんてレベルじゃないわよ。桁違い過ぎる」
剣闘士や闘技場に興味はあったが、よもやこれほどの傑物がいるとは思っていなかった。大衆娯楽である見世物としての英雄はいてもおかしくないが、どの戦場にもいなかった圧倒的強さを誇る戦士が見世物として扱われていることに理解が追いつかない。
「でもあの三人が何かやるみたいだよ」
カールの指摘する方に視線をやると、今まさに動き出そうとしている三人がいた。
「徒党を組んでる? 先頭はアーク、左右から……なるほどね」
動きに合点がいったヒルダ。当然の如くカールはよくわからずぼーっと眺めていた。
「でも、それをこなせるの?」
ヒルダの心配を他所に、動き始める三者。
○
カイルは大きく一振りし、詰めてきた未熟者を一掃する。百対一とて百人いっぺんに戦うわけではない。四方を囲まれたところで四人ずつ。壁を背にすればその半分と戦うだけでいい。机上の空論的な面もあるが、これだけ腕の差があれば空論も中身を得るだろう。
怖いのは――
「来たか」
腕の差が少ない者たち。明らかに突出していた三名。そのうち一人は滅多にお目にかかれない上玉中の上玉である。それを先頭に、続く二名。
「憤ッ!」
先頭を吹き飛ばしてそのまま後ろの二人も蹴散らす。それくらいの勢いで大剣を振るった。唸りをあげて迫る鋼鉄の塊。
「ずァ!」
カイルの大剣とアークの大剣が触れ合う。一瞬の空白――
「うぉあ!?」
会場に響き渡るのは耳を劈くような轟音。音として認識できないほどの破壊の衝撃が闘技場に迸る。大きく後退したのはアーク。幾多の戦場を駆け抜けた騎士王をして、今のカイル相手には不足。だが――
「さすがガルニアスの騎士王! 未だ腕に陰り無し!」
「……デキル」
その間隙を縫って、両サイドから裏を取ろうとユーリとナナシの二人が駆ける。その速度は両者ともかなり速い。かつ機動性に富む。
「甘い」
しかしカイルもまた思いっきり打ち込んだ後の復帰が早かった。体勢を立て直すこともせず、無理やり腕の力だけで大剣の軌道を変える。それだけで人外。
「っ!?」
大剣の攻撃範囲には二人。内一人、ナナシは体勢を崩しながらも上体を逸らし避け切る。間一髪の回避であったが速度も消えてしまう。
この時点でカイルとしては目的を果たす。一人を一手、もしくは二手分遅らせたなら、もう片方にその分の手数を使える。カイルならば一人一手で充分。
「このまま、だ」
ナナシを止めた攻撃そのまま、つまり半手でもお釣りが来る。
迫る鉄塊。ユーリの若い顔が歪んだ。
(くそ、ブレイカーじゃ無理か。仕方ない、得意じゃないけど……お借りします姉上!)
右腰に揺れる二振りの剣。左腰にある本筋には手を伸ばさず、右のサブウェポンを手に取る。それは攻撃のための剣ではなく、護るための剣。
「亡国なれど獅子の剣は健在。克目せよ!」
ユーリの左腕が煌く。その軌道とカイルの軌道が重なり、逸れた。
「|雌獅子の守護剣(マインゴーシュ)!」
一攻一守の双剣術。その源流こそかの一族にあり。
「やるな」
一手を空振りさせられたカイル。だが二手目に移るのは早かった。いきなり逸らしづらい足元から浮き上がってくる攻撃に切り替える辺り、カイルの戦い方には粗暴なようでインテリジェンスを感じさせる。だが――
『ルシタニアの剣は負けない。知らなかった?』
背後で異国の言葉がカイルの耳に入る。
まさかそれ以上の速さで、一手分潰したはずの相手が背後に回ってくるとはカイルとて想像できなかった。加えてカイルは三人から策の気配を察した時点で、背後の空間を大剣を振り回す邪魔にならない程度に潰していたはずなのだ。しかし――
『足場があれば剣は抜ける。壁でも、ね』
ルシタニアのナナシが利用していたのは闘技場の壁。それを足場にカイルの背後に潜り込んだ。狙いは明確、カイルもナナシを止めるべく対処の動き出すも――
『一手半遅いのよチャンピオンさん』
ナナシが柄に触れた瞬間、カイルは大きく壁から距離を取る。というよりも取らされた。
「お見事!」
ユーリがほめたのはナナシの剣。その圧倒的早さであった。観客にとってはカイルが自発的に距離を取ったかに見えるが、カイルはとてつもない速さの居合い斬を防いだだけであり、それを止めたカイルも凄いが、そのカイルを後退させたナナシも凄い。もちろんそのお膳立てをした二人も素晴らしい。
「さて、三対一である。我らに敵うかな? この闘技場での王よ」
「獅子はいつ何時も全力であります」
『……防がれた。むかつく』
実力者三名の奮闘により、王者を壁から引きはがすことに成功した。これでこの戦いはわからなくなってきた。
○
「凄い!」
観客が沸いていた。剣闘王と呼ばれて久しいカイルが苦戦している。これだけで常連にとっても珍しい光景。しかも人間相手となればいったいいつぶりか――
「やば、鳥肌立ってきた」
震えるヒルダ。カイルの凄さは充分承知している。桁外れの膂力、並外れた瞬発力、速く強い。シンプルに最強。それが現状のカイルである。
それを相手取る三人は即席ながら阿吽の呼吸を求められる。指揮しているのは騎士王と呼ばれたアーク。彼が中核となって三人が動いている。
「何で私はこっち側にいるのよ!」
カールの襟元を掴みぶん回すヒルダ。それを見てルトガルドがおろおろしているが、ヒルダも興奮しているのか気付かない。カールは振り回された勢いで失神していた。
武人ならあの場に割って入りたいと思うのは当然である。それほどカイルはずば抜けているし、それを相手取る三人も凄まじい手練れ。人間離れした怪物に、人間を極めた者たちが向かう構図。たぎらないわけがない。
戦士の饗宴、さらに激しさを増す。
○
(この御仁。後ろにも目がついているのか!?)
先ほどから動き回り死角からの攻撃を敢行しているユーリ。同じく死角狙いのナナシ。連動した動きかつ速い。本来ならば人ひとりが対処できるキャパシティは超えているはず。だが、カイルは対応している。
「素晴らしい力です。しかし、此方も護剣を繰り出した以上負けられません」
ユーリは幾度も攻撃をそらす。左手で相手の攻撃のベクトルをずらすことで、攻撃を無力化する術理。すでに亡国となった国の一族に伝わる秘剣、マインゴーシュ。防御に特化した剣技であり、ユーリの一族の女系に伝わるものであった。
「キル!」
ナナシの居合いがまたしても防がれる。幾重にも重ねられた斬撃。一回一回剣を納める非合理も、条理を超えた居合い術の前にはかすむ。居合いとはルーティーンを極めた先、合理を超えて達した武の極地であるのに――
(何故、ルシタニアの剣が届かない!?)
もちろんナナシはその域まで達していない。それでも国で有数の使い手であった。わけあってここまで来たが、ルシタニアの剣に対する誇りを汚すわけにはいかない。
(当たるまで斬ってやる!)
ナナシの猛攻が続く。
「どっせい!」
鉄と鉄の奏でる音色は戦場の音楽。轟けとばかりに剣を振るうアーク。素早い二人が自由に動けているのも、正面で何とか踏ん張るアークの存在があればこそ。もちろんそれゆえに消耗は激しい。刃引きしてあるにも関わらず、互いの膂力が桁外れなので剣のあちこちが欠けたり、潰れたり、酷い有様であった。
「ぐおっ!? ぐぬぅ。ま、だまだァ!」
ギリギリで踏ん張っている。今にも後退しそうだが、幾度の窮地も乗り越えてきた歴戦のつわものはここからが強い。王であった者の意地があるのだ。
(よく動く。よく凌ぐ。よく堪える。今日の相手は厄介だな)
カイルは目の前で交戦している三人に大きなリスペクトを抱いていた。剣闘士として闘技場を駆け上がり、王となったのはすでに昔。それ以来退屈な闘いばかりであった。雑魚をいくら揃えようと、無尽蔵の体力と長大なリーチ、そして闘いの中で培った五感の冴えを持つカイルにとって数頼みは無意味であった。相手が弓でも使えば話は変わってくるが、弓使いで囲ませたなら、それはもう闘いではなく処刑となってしまう。見世物であるが故、カイルを倒すことは難しい現状があった。
(ありがたい。今日という日に……俺も全開で戦える!)
ウィリアムが見せた輝き。それにカイルも影響を受けていた。色々やりすぎてとっちらかっていたウィリアムの進む先。強欲に様々なものを取り込んで、収拾がつかなくなると思いきや、それら全ての道が今日重なった。今はまだ一本一本決して大きな道ではない。しかしこの先、それが大きくなれば――
カイルにはわかる。ウィリアムの、アルの進む先が。
「さあ、俺を楽しませてみろ!」
もしそれを阻むとするならば、やはり自分しかいない。天を目指し、それに届いたウィリアムを止める資格を持つのは、同じく天に生きるものだけ。ならば――
「来い!」
自分が最強として天に君臨し続けよう。
それがカイルの覚悟である。
○
最初に限界が来たのはユーリであった。左手から剣が零れ落ちる。完全にいなす技術はなく負荷が大き過ぎたため、感覚を失った手のひらは剣が落ちたことにすら気付かせなかった。
「小僧!」
アークの叫びの意味もわからず、左手で受けようとするユーリ。その手は無手であり、そこに至って初めてユーリは自身の異常事態に気づいた。
「ぬん!」
カイルは躊躇いなく全力で打ち込む。隙を作ったのはユーリの責任。闘技場という場所に甘えは許されない。ユーリは右腕の剣で受けようとするも、カイルの全力を受け止めるような力は備えていない。
「そのまま振り切れィ!」
アークの命令にも近い怒号。咄嗟に右の長剣でカイルの剣を迎え撃つ。無謀にもほどがある。しかしそれは――
「キレロ!」
ユーリの窮地を救う唯一の道であったのだ。
カイルは驚きに眼を見開く。
ユーリの剣とナナシの居合い、ナナシが合わせた形だが二つの軌道が重なり、一瞬一つの斬撃となる。その一瞬に、カイルの一撃が入った。相乗の斬撃。子獅子と美しき剣の協演。
「な、に?」
逆に押し返されたカイル。出来すぎなくらい完璧であった二人の剣。闘技場の王であるカイルをして、後退させられるという結果に繋がった。
「隙ありよォ!」
アークの咆哮。ユーリ、ナナシも即座に理解する。この場で決めねば負ける。
勝機は今。
「ずあァ!」
後退し体勢を崩しているカイルをアークが攻め立てる。多少無理筋でも全戦力を持って打ち込むことにより体勢を立て直す暇を与えない。崩れはしないが直せもしない。この状態でさえアーク一人では倒せないのは流石の一言。されど――
「キッ!」
ナナシが背後に回りこみ、足元を狙った居合いを決める。これが当たれば刃引き有りとて足が断たれる可能性があった。よしんば断たれずとも腱がつぶれることになりかねない。それほどにナナシの居合いは女人の、人の域を超えていた。
「くっ!?」
カイルは無理な体勢から跳躍してかわす。その顔は苦渋そのもの。それもそのはず――
「もらったぞ!」
アークが上段から打ち込まんと振り被っていたのだ。地に足が着いておらず、その一撃を受けることは不可能。逆転の一手がカイルに突き刺さっていた。もはやこれまで、観客の誰もが、足元をすくったナナシでさえ勝ったと思っていた。対峙する二人を除いては――
「小僧ッ!」
アークの必殺。戦場で受け止めたものは片手で数えられるほど。それも万全の体勢である。かの巨星、エル・シドでさえ完全に受け切ったとはいえない。巨星を一歩退かせた一撃。ガルニア最強と謳われた騎士王が乾坤一擲を――
「噴ッ!」
カイルは片手で、しかも純粋な腕の力だけで弾き飛ばした。まさに怪物としか言いようがない。これを同じ人間にカテゴライズしてよいのか、もはや判断不能。
しかしアークの顔には笑み。
「やれィ!」
後ろにのけぞりながら、アークは叫んだ。その背を飛び越え、小さな獅子が咆哮する。
「ウォォォォォォォォォォオオオオオオオオアアアアアアアア!」
獅子は剣を振り上げる。もはやこの場で小細工は必要ない。必要なのは思いっきり打ち込む度胸と胆力。そして覚悟。そんなものを備えていない獅子ではない。小さきとて、獅子は獅子。爪牙の鋭さは一族譲りである。
「……ッ!」
観客は総立ちになって見守っていた。誰一人声を発しない。発する間もなければ発する余裕もない。何よりも発する気がしなかった。固唾を呑んでこの激闘の終わりを見る。
「ぐは」
獅子の後ろで笑みを浮かべるアーク。
勝負は決した。
○
観客も、闘技者も、対峙している者でさえ絶句する。
勝負は決まったのだ。
「そ、んな」
王者の意地が勝った。
カイルは手足を封じられ、必死の状態。ユーリの一撃も勢いに乗った最高の一撃。それでもなお、王者は負けない。負けないから王者なのだ。
「ぐは、意地でも負けぬか。王者の鑑よ」
アークをして笑うしかなかった。
手足を封じられ、最後の最後で王者が頼ったのは己が牙、口であった。頭に向かって打ち下ろされた一撃。相手を殺すためには最善の一撃だった。小さきとて獅子、闘争の中に生きる者ならば、ここを狙うはず。
ゆえに、王者は己が牙で、顎の膂力で受け止める予想と覚悟が出来たのだ。
「ぬん!」
そのまま片腕で着地。そこを基点に剣をくわえたまま首を振る。茫然自失のユーリはそのまま剣ごと飛ばされる。向かう先は同じく茫然自失のナナシ。勢いに乗ったユーリの体とナナシが衝突する。そのままカイルは剣を空に放り、無手で一気に距離を詰める。
「見事だった」
呆然とする二人の頭を撫でるように振り回し、二人の意識を飛ばした。優しく、しかし確実に。あれほど精強を誇った二人だが、意志を挫けばこんなもの。
二人が崩れ落ち、ひとりが残る。
(我一人。この勝負、勝てぬか)
未だ手練は闘技場に残っている。しかしこの怪物と渡り合い、勝機を見出せる存在はもういない。僅かばかりの可能性は失われた。
「まだやるか?」
「無論。此処よりは、見世物であるがな」
アークは手を振り上げる。それは背後にいる者たちに対するもの。
「我と共に続けィ! 我が名はアーク・オブ・ガルニアス! 王であるッ!」
計り知れぬ圧力が闘技場を覆う。王として生きてきた生涯、その人生の重み。生き様と戦歴が人知を超えた力を引き出す。一兵卒から始まり、隊の長、軍の長、将軍へと成り上がり、王にまでなった男の重み。
「オオオオオオオオオオオオオ!」
それが人を惹き付ける。引力のように、人を拘束する。意志すらも支配する、支配者の御姿。
「感謝する。王よ」
「なに、娯楽は最後まで楽しめねばな。華々しく散るのもまた、騎士道よ!」
王が率いた軍勢。即席であるがそのカリスマは本物、桁外れの求心力は見知らぬ他人すら魅了し死地へと赴かせる。王の力、王の業。これが王であった者の、全盛期を過ぎてなお溢れる王の雰囲気。
「往くぞォォォォォオ!」
「オオオオオオオ!」
王の軍勢が攻め立てる。
○
「いやはや。良き戦いであった! 久方ぶりにたぎったぞ!」
薄汚れた場末の酒場に大きな男二人と小さい男女二人の計四人がいた。大きな男二人は酒を片手に肉を喰らい、小さい二人の内女性のほうは酒を飲むも、男のほうはミルクをちびちび飲んでいる。
「まさかあそこで防がれるとは思ってもいませんでした。未熟であります」
「俺だって防ぎきれるか自信はなかったよ。見事だった」
大きな男と小さな男、カイルとユーリは笑い合う。活路と呼ぶにはお互い薄氷にもほどがある戦い。どちらが勝ってもおかしくなかった。特に最後の一撃はカイルをして肝を冷やしたほどであった。
「しかしなァ。驚いたのはそこな娘に言葉が通じぬことよ」
「…………」
無言で酒をぐびぐび飲むナナシ。彼女はルシタニア出身でこちらとはまったく違う言語であった。最近はどの言語もガリアスに影響を受けその流れを汲む分、何処に行ってもある程度会話は可能。とはいえそれは七王国のような大国だけの話。ルシタニアのような孤立した小国では昔ながらのご当地言語が未だ使われている。
よってナナシはほとんど此方の言語を理解していなかった。
「勝手に通じたと思い戦っていました」
「それでよくあんな連携が取れたものだ」
カイルは感心する。三人の連携は流れるような流動性のあるものであった。三人で死角を潰し、隙を極力減らしながら戦う姿は即席とは思えないほどであった。
「まあ結局は我らの負け。大敗ぞ」
そう、アークたちはカイル一人に負けた。二人を欠いた闘技者たちはその後善戦して散ったが、あくまで善戦したように見えただけ。内実は一度としてまともなチャンスはなく、勝てる見込みもほとんど存在し得なかった。百対一、字面にすれば笑えるほどである。これを見て一が勝つとは誰も思えない。
「勝負は時の運だ。今日はたまたま俺が勝っただけのこと」
「運といえば此方もツキがありました。完敗であります」
二つの斬撃が重なりカイルを打ち返したあの一撃。再現しろといわれてもおそらく出来ない。実戦の流れで生み出された奇跡の一撃なのだ。そして奇跡を持ってしても王者には勝てなかった。それがすべてである。
「ところで卿よ。我と共に来ぬか?」
いきなりの発言にカイルは酒を噴き出しそうになる。
「驚くことはあるまい。卿は強い。我の知る誰よりも……かの巨星エル・シド、ウェルキン、二人と比べても遜色のない実力、否、一歩抜けておるやもしれぬ。そんな傑物がこのような場末で埋もれて良いわけがない。そうは思わぬか?」
カイルは苦笑い。ユーリはそれに大きく頷いていた。
「思わない。俺は大事なものを守れればそれでいい。それ以上は望まない」
ばっさりと言い切るカイル。アークは眼を細め「ほう」と漏らしそれ以降勧誘をしなかった。ユーリだけは空気を読まず共に旅に出ようとか師匠になってくれとか色々言っていたが、カイルは全てをやんわり断っていた。ナナシはその間止まることなく酒を飲み続けていた。
ゆっくりと武人たちの夜は更けていく。
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