フランデレン攻防戦:急報

 カール十人隊改めカール百人隊は破竹の勢いで勝利を重ねていた。十人隊であった時よりも、より広範囲に戦場を位を効かせられるゆえ、戦果も当然大きくなる。ウィリアムの策と武で相手を蹴散らし、カールの人徳で味方を掌握していく。

 もちろん同僚や上に賄賂を送ることも欠かせない。金で相手を意のままに操れるならば安いもの。それで勝利を得て、武功を重ねれば、そこにかけた金などでは買えない価値を手にすることができる。金は稼げばいいが、地位や名誉は金では買えないのだ。

「ぐ、白仮面!?」

「遅い」

 ひゅるん。あっさりと敵軍を切り開き、ウィリアムの十人隊が敵の急所をついた。横陣の背後からの奇襲。相手は想像すらしていなかっただろう。夜のうちにウィリアムたち十人隊だけが移動し背後に隠れ潜んでいたことなど。

「そ、んな、ありえない!?」

 前ではカール百人隊に編成されているフランク、イグナーツ、両十人隊長らが奮戦している。それがフェイクだと誰が思おうか。

「く、そがァ!」

 破れかぶれで突貫してくるおそらく相手側の百人隊長クラス。騎馬対歩兵。本来ならば絶対的に騎馬が優勢なはず。思いっきり大上段から振り下ろす槍。その斬撃にあわせてウィリアムも剣を振るった。重なる剣撃。

「はへ?」

 槍が断ち切られ――

「ヒン!?」

 その流れで馬の首を綺麗に両断してのけた。くるりとひと回転し、

「これが、白仮面か!?」

 男もまた両断される。ウィリアムの武はあれからさらに磨かれていた。戦場でも経験を積み、商売も始めたばかりだが順調そのもの。そこで得た自信が、さらにウィリアムを高めてくれていた。

 新たに新調した仮面と共に、ウィリアム・リウィウスが戦場に立つ。

「敵将、この『白仮面』ウィリアム・リウィウスが討ち取った!」

 敵将が討ち取られたこともそうだが、そこにいる男が白仮面であることを知って心が折れる敵軍。各々が散り散りに敗走していく。ウィリアムはそれを追おうとはしなかった。

「きつかったっすよウィリアムさん」

「へとへとですね」

 イグナーツとフランクが疲れてへたり込んでいた。周囲の雑兵たちは死体から武器や鎧を剥ぎ取ることで忙しい。あれで結構武器は金になるのだ。

(まとまった金が出来たら武器も取り扱ってみようかな)

 ローランが武器を取り扱えなかったのは、軍部にコネをもたなかったことが大きな要因である。今はまだウィリアムも軍部に影響力を持つとは言えない。名は知られつつあるが、所詮は十人隊長でしかないのだ。しかし、今後もそうだとは限らない。そうなった時、武器を扱っているメリットは計り知れないものになる。

(俺は全てを統べる。そのためには……宝石関係だけじゃなく、もっと多くの商材を扱えるようにならないとな)

 ウィリアムの考えは商社そのものである。メーカーでも、専門商社でもなく、総合商社的な思考。いずれは全ての商品がウィリアムを通してしか、買えない売れないことが目標。そんなことが出来たらある意味王よりも上の存在になるだろうが。

「おっと、あまり先のことばかり考えても仕方がないな」

 さすがに遠くを見据えすぎても今が疎かになる。これ以上の夢想は止めて、次の戦を見据えねばならない。

「さて、戻るとしよう。カール様が首を長くして待ってる」

「ですね」

「容易に想像できるっす」


     ○


「遅いよ! どれだけ待たせるのさ!」

 ぷりぷり怒っている我らが騎士様は、まったくもって想像通りの顔をしていた。これにはフランクやイグナーツのみならず、ウィリアムでさえ噴き出してしまう。それを見てカールはまたぷりぷりと怒るのだ。

「怒るなよカール様。敵は討ち取った。これでここらは制圧したことになる」

 小さいとはいえ土地一つを制圧した。これは大きい。百人隊の武功は討った敵将の数もそうだが、奪った土地の価値など、より大局的な部分も見られ始める。そういう意味では今回の遠征には大きな価値があった。

「これでアルカスから見て南西のここ、アルニカもかなり拓けてきたね。ただちょっとばかり突出しすぎじゃない? 小国相手とはいえさ」

 最近はカールも少しばかり意見を言うようになってきた。これはカールとしては良い傾向である。ウィリアムにしても、ただ作戦を鵜呑みにするのではなく、ちゃんと内容を精査し疑問を持つようになったことはありがたい。もちろんあまり知恵をつけられすぎると困り者ではあるが――

「そうだな。だからこれ以上攻めるのはなしだ。ここが限界」

 むしろ限界地点はとうに越えている。カール百人隊を無理やり急がせてこの電光石火の進軍を可能にした。反撃が来るとしたらここから。そしてその頃にはウィリアムたちはここにいない。

「それじゃあ久しぶりにアルカスに帰れるのですね」

 フランクはうれしそうに表情を緩める。イグナーツもほっと一息。約半年、ウィリアムたちはアルカスに帰還していなかった。ウィリアムとしても帰って商売の色々な微調整をしていきたいところ。

 しかし――

「伝令! ここより北西部、かの七王国ネーデルクスとの国境沿いで両陣営衝突を開始。カール百人隊はすぐさま現地に赴き、現地軍の合流するように!」

 うまくいかないのが世の常である。ため息をつくフランクとイグナーツ。カールも渋い顔をする。ウィリアムだって仮面の下ではげんなりとした顔をしていた。

「残念ながら休暇はお預けだ。さっさと準備しよう」

 それでもカールたちは軍人である。命令が下れば無理を押してでもそれをこなす必要がある。

「命令承りました。カール百人隊はこれよりネーデルクスとの国境、アルバスに急行します」

 ただこういう無茶振りも、彼らにとってなれたものであるが。


     ○


 アルカディア西部、アルバスとの国境に面した城塞都市『フランデレン』。ネーデルクスの主要都市であり、七王国アルカディアとの交易の拠点であった。現在、そこには青い軍勢がひしめき合っている。

 その中央広場にはひと際目立つどでかい馬車が止まっていた。馬が何十頭も繋がれた規格外の大馬車、中におわすのは――

「おっぱいがいっぱいだー!」

 青の貴子、ネーデルクスの王族より権力があるといわれている大公家の嫡男、ルドルフ・レ・ハースブルク。稀代の遊び人であり、気分屋でもあるネーデルクスきっての問題児であった。

「坊ちゃま。これはどういう状況ですか?」

 おっきいおっぱい、ちっちゃいおっぱい、大小さまざまなおっぱいに囲まれているルドルフ。色も白かったり黒かったり褐色だったり黄色だったりさまざま『コレクション』を取り揃えていた。

「ふごふごー。おっぱいにうずめちゃうぞー。もみもみ攻撃だー」

「きゃー、ルドルフ様のエッチー」

「はいルドルフちゃんエッチでーす!」

 その様子を呆れた目で見ているのはネーデルクスが誇る三貴士の一人、ラインベルカ・リ・パリツィーダ。三貴士唯一の女性であり、青を基調とするネーデルクス軍の中で数少ない『色』の自由を与えられている者である。

「何故、アルカディアに手を出したのかと聞いております。現状我が国がアルカディアと事を構える理由はなく、むしろ南方の聖ローレンス、その先の超大国ガリアス、我が国と接している七王国エスタードなどに無用の隙を与えることにもなりかねません」

 ルドルフは無心におっぱいをもみまくる。もはやラインベルカの言葉など一切耳に入っていない。ラインベルカの額に青筋がぴきりと、

「今、何処に勢いがあるかっつー話っしょ。それは代替わりしたオストベルグでも、引きこもりの聖ローレンス、超大国ガリアスでも、ましてや安定しかとりえのない保守的なネーデルクスやエスタードでもない。若手に勢いのあるアルカディアだってことよ。今叩いとかないと、後々大きな障害になりかねない。お坊ちゃまはそう読んだんだろ?」

 加えてもう一つ青筋が重なった。振り向きざまに剣を一閃――

「おいおい。呼ばれたから来てやったんだぜ。この扱いはひでーよ」

 黒い男が鞘から引き抜きざまにそれを受け止めていた。ラインベルカの剣はこの国でも有数の剣技。それを軽々と受ける男は並の戦士ではない。

「黙れ。下賤の出。坊ちゃまや私と本来ならば視線を合わせることすら不敬だというのに、差し出がましい口を利くとは言語道断。今この場で首を断たれても文句は言えんぞ」

「おーこわいこわい。やーれるもんならやってみなって。俺はそういうくそったれみたいな格差が嫌いだから傭兵になったんだ。あくまで対等。じゃなけりゃあ仕事は請けねえ」

 黒い男の背後には殺気に充満した二人の姿もある。いずれもかなりの使い手。戦えば、無傷で済む相手でもない。

「……そいつ僕の客人なんだけどさー。あんまり調子に乗ってると殺すよ?」

 いつの間にかおっぱいの玉座に座り込み、その場を睥睨するルドルフ。ラインベルカの顔がさっと青くなる。

「も、申し訳ございません坊ちゃま。出過ぎた真似をしてしまいました」

 ルドルフの目は先ほどまでおっぱいと戯れていた温かい目ではなく、一切の温かみを排除した冷たく蒼い瞳になっていた。ルドルフは気分屋である。そして気分を害したものに対しては理不尽であろうと鉄槌を下す、それだけの権限を持っているのだ。ハースブルク家の七光り、そしてそれだけではなく、ルドルフ自体王家から絶大な信頼を寄せられている。

「しかし僕と対等かァ。大きく出たね、『黒狼』のヴォルフ。それなりの戦果を上げてもらわないと釣り合わないよ。この僕と対等であるということはさ」

「心得ていますよ、『青貴子』ルドルフ・レ・ハースブルク閣下。俺たちもプロなんでね、結果はちゃーんと残しちゃいますよっと。あとそこのおっぱい分けてくれません? 出来ればおっきいのがいいなあ」

 ルドルフは苦笑する。ラインベルカはぷるぷると震えていた。

「ダーメ。これはぜーんぶ僕のものさ。まあでも……ひとつだけ。一人、確実に今、殺して欲しい男がいる。それを殺したら好きなおっぱいをあげるよ」

 ヴォルフは意外そうな顔をした。ルドルフにとって己が物を渡すということはありえない。そういう性質だと踏んでいた。ヴォルフにとっても今回のは営業トークに近く、本気で言った訳ではなかったのだが。

 そのルドルフが己がモノを分け与えても良いと言っているのだ。おそらくこの戦、そのために用意された舞台――

「あの男、『白仮面』のウィリアム・リウィウス。彼を討ったらおっぱいをひとつあげよう。嗚呼、僕はなんて心が広いんだろう!? 僕の寛容さは神を超えた気がするよ」

 『白仮面』、ここでもその名が出てきたかとヴォルフは微笑む。最近名を上げてきた謎の男。白髪で仮面というへんてこな格好をしている男は、未だ戦場では無敗を誇っているという。もちろん負け戦を察知して負ける前に退くという嗅覚込みで、ヴォルフもまた『白仮面』が気になっていた。

「じゃあお言葉に甘えて……討ち取ったならばそのおっぱいをもらいます」

 ヴォルフが指差した女性。それは、

「なっ!? ふざけるのも大概にしろ! よりにもよってこの私をおっぱい呼ばわりなど」

 ラインベルカ・リ・パリツィーダ。ネーデルクスが誇る三貴士の一人である。三貴士とは他国でいう将軍、もしくは大将軍の位置づけ。それを貰い受けようというのだ。

「へえ。ラインベルカの指名料は高いよ。期待していいんだね、ヴォルフっち」

「勿論。戦場で負けなしなのは俺も変わらないんでね」

「……あれ、聞いた話によるとオストベルグで君――」

「それはノーカウントでっす。それに戦場全体では勝ちましたし。そんじゃあ準備があるので……待っててね俺のおっぱいちゃん」

 言い切るとヴォルフたちは大馬車の中から出て行く。残されたのは激昂寸前のラインベルカとおっぱいに囲まれたルドルフだけ。

「本当にこの私を差し出すつもりですか、坊ちゃま」

「うん。討ち取ったらね」

 激昂から反転、しょんぼりするラインベルカ。ルドルフは至って平然とおっぱいをもんでいた。あいも変わらずに。

「それだけの価値があるんだよ。今、アルカディアに勢いを与えているのは間違いなく彼だ。彼が出てきてからアルカディアの空気が変わった。おそらくカール・フォン・テイラーは傀儡。だって彼が部下につくまで名前すら聞いたことがなかったからね。ギルベルトやヒルダ辺りとは格が違う。だが、今一番勢いのある百人隊はカール百人隊だ」

 おっぱいをもむ手が止まり、ルドルフは己が爪を噛む。ラインベルカら側近は知っている。このときのルドルフは使いたくない頭を使い、誰よりも聡明に先を見据えているのだと。

「今ならまだ討てる。でも彼が百人隊長になったら、軍団長になったら、将軍になったならば……その頃に隣国であるネーデルクスが残っているとは思えないね」

 ルドルフがおもむろに隣にいた褐色のおっぱいちゃんの首を握り締めた。呻き、足を痙攣させ醜い形相をあらわにする女性。

「だから今殺すんだ。どんな手を使っても……ね」

 首を手折るルドルフの顔にはひとつの温かみすらない。崩れ落ち、死に絶えた女性を見ても何も思わない。彼にとって女性は装飾品の一部。価値があるのは己ただ一人。それゆえ己が場所を脅かす可能性は早々に摘み滅ぼす必要がある。

「さーて、僕はおっぱい祭りの最中だから後は任せた。ついでにおっぱいの補充もよろしくね」

 ルドルフがおっぱいに顔をうずめている姿を見て、ラインベルカは恐ろしい気分になる。いつも通りのこととはいえ――

「御意」

 こう答えるしかない。ルドルフに逆らえるものなど、この国にはいないのだから。

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