ラコニア争奪戦:新たなる時代の予感【ちょっぴり改稿】
「――アム、ウィリアム、ウィリアム!」
「……ん」
ウィリアムが目を開けると、目の前にはカールの泣き顔があった。周囲にはウィリアムの所属する十人隊の姿。天井があるということは、陣幕の中ということになる。
「俺は……どうなって?」
「どうもこうもないよ! いきなり君が勝手に走っていって、壁の上まで行っちゃって、僕らは必死で追いかけたけど人が多くて、外壁の上から君が降ってきた時は、わけわからなくてパニックになっちゃったんだから!」
カールの珍しい怒り顔に、ウィリアムは不思議と脱力する気分であった。さらにガンガン叫ぶカールはひとまず置いておき、状況を整理する。
(今度こそ俺は負けた。今度はうっすら記憶が残ってる。強烈に焼きついたのは黒くてでかい羊。そいつの顔はいまいち思い出せないが、最後の一撃の重さは……手に焼き付いている)
未だしびれの消えない手のひら。それが記憶を伝うヒントとなる。
(獣、まさに獣だ。相手の瞳に映った俺の姿は醜悪な獣のそれ)
ウィリアムは殺した相手の瞳に映った己が姿を思い出す。血の混じった涎を垂らし、顔はぐちゃぐちゃに歪み、目は血走っていた。どうしようもなく、ウィリアムは醜かったのだ。
(その後、俺は……ねえさんに会った。いつも語りかけているように……いや、会話して、成りきっていた? まさか、そんなこと馬鹿げている)
しかしウィリアムの手に残る痺れは、頭に残る記憶は、幼児退行したウィリアムとその姉の独白を、確かに残していた。信じがたいことだが、敵を前にしてウィリアムは完全に自身を制御できないでいたのだ。
(あの男の、纏う何かに影響されて、我を忘れて、あまつさえ自身より遥か格上に喧嘩を売る、か。……く、くく――)
ウィリアムはこみ上げてくるものを押さえ切れなかった。
「くはははははははははははははッ!」
びくりとする周囲の者達。
「ど、どうしたのウィリアム。もしかして怒っちゃった? 僕言い過ぎちゃったかな?」
「くっく、いや、カールは何も悪くないよ。ただ、俺は全然駄目だって、今更気づいたんだ。自分では思慮深いと思っていたつもりが、冷静だと思っていたつもりが、ふたを開けてみれば……このざまさ。嗤うしかない」
ウィリアムは自身への怒りに燃えていた。自信に溢れていたこの前までの自分を殴り飛ばしたい気分であった。自分は何も優れてはいない。優れていると勘違いしていただけ。本の中で得たことを全て正しいと、机上で考えていた。それらを体現した自分は優れていると、勘違いしていたのだ。
「ウィリアムは充分すごいよ。僕なんて全然だし」
カールの慰めも今のウィリアムにとってありがたい。カールという圧倒的格下から慰めを受ける。とてつもない屈辱である。しかし今はそれこそ心地よい。この怒りを、この情けなさを、今感じている全ての負の感情を、手放してはならない。
「ありがとうカール。そう言ってくれると助かるよ」
それこそウィリアムの原動力。自分への怒りが後から後から湧き出してくる。
「みんなもすまない。迷惑をかけた」
何故名前も覚えるに値しない雑魚に頭を下げねばならぬのか。それも全て己が失態、敗北したゆえに下げねばならぬのだ。負けるとはそういうこと。
(もう二度と……絶対に負けてなるものか)
それを許せぬなら勝ち続けるしかない。勝ち続け、頭を下げられる立場を掴まねばならない。誰よりも優れ、誰よりも高みへ――
(俺は負けない。勝ち続けてやる)
ウィリアムは自分に絶対の誓いを立てた。勝ち続けるという誓いを――
○
オストベルグ王国。アルカディアの南東に位置する国家である。領土はアルカディアとほぼ同じ広さを持ち、気候もアルカディアとほとんど変わらない、もしくは少し温暖なくらいである。さらに南では超大国ガリアスと接しており、その侵略を幾度も阻んでいる武国としても名高い。七王国を冠する大国である。
「ガッハッハ、おめでとうございます陛下!」
その大国に、変化が訪れていた。オストベルグの英雄、『黒金』のストラクレスが頭を下げるのは――
「いや、たいしたことじゃないよ。ストラクレスこそご苦労様。ガリアスのちょっかいから数日もせぬうちに、負け戦を英雄たる貴方にしてもらうなんて、本当に申し訳ないと思っている」
齢十五、線の細い少年であった。翡翠の髪に優しげなたれ目、全身から良い人のオーラが溢れている。しかもそれは警戒すら蕩かす代物。誰もが少年を好きになるし、誰もが警戒など抱かない。一言で言えば、人好きのする少年であった。
その少年が、ストラクレスに頭を下げると、場が騒然となる。
「……陛下。王たるもの、むやみやたらに頭を下げては皆に示しがつきませぬぞ」
ストラクレスの注意を聞き、はっとした表情になる少年。
「しかし、そうは言うがじーじ」
「ごほん!」
「そ、そうは言うがストラクレス。不本意な仕事を押し付けてしまった非はこちらにある。それを無視して背筋を伸ばすことなど僕には無理だよ」
にへらあと笑う少年。それだけで場が弛緩する。ストラクレスもため息をついて、少年に笑いかける。少年もそれに応じて笑顔を深める。それだけで場が、御前でありながら憩いの場のような空気を帯びるのだ。
「前王が崩御され、国内が不安定になるであろう時こそ気を引き締めねばなりません」
「う、ごめんねキモン。頼りなくて」
「……そんな顔をされれば、私が悪役になってしまいます」
気を引き締めようとしたストラクレスの副将、キモンであったがあっさりと篭絡される。
「まあ、不安定になるであろうことを見越して、安定せぬ要素を切り捨てたんじゃ。もとより利の薄い地域。面子以外惜しむところはなかろうよ」
ラコニアをわざと切り捨てた。この場にいる全員が共通している見解である。
本来ならば攻める必要も無かったものの、前王最後の命によりラコニア奪還を余儀なくされ、結果大きな戦になった。ラコニアを奪ったとしても、王が変わったばかりのオストベルグにお荷物を背負う余裕はない。ゆえに負けたのだ。なるべく足元を見られぬよう、不安定さが透けて見えぬよう、細心の注意を払って――
「前王は良い御方であった。しっかりと後継者を見定め、跡継ぎの問題でごたごたせぬよう注意を払われた。最後のラコニア侵攻こそ無駄手であったが、それもすべては陛下のため」
「わかってるよストラクレス。父はまだ弱い僕のために、ラコニアを奪ったという箔を付けたかったんだ。最後の父の愛、どうして僕が恨むことがあろうか」
キモンは内心寒々しい思いでこの会話を聞いていた。
前王は暗愚でこそなかったが、決して賢い者とはいえなかった。ラコニア侵攻は最後に己が名を歴史に残すため。息子に愛などなく、ストラクレスやキモンらが奔走してようやく後継者として今の少年が担ぎ上げられた。もしストラクレスが中立を保っていれば、少年が玉座に座ることなどありえなかったし、今もなお後継者争いは泥沼の様相を呈していたはずである。
「それに、父というなら君たちがいてくれる。君たち全員が僕の父代わりさ。頼りにしているよみんな。全員一丸になってオストベルグを盛り立てていこう!」
覇気とは無縁の掛け声。しかしこの場にいる全員の士気はうなぎ上りである。これも人徳のなせる業。この少年が持つ、唯一にして最高の武器。
「ところで、お菓子があるんだけど、みんなで食べる?」
人たらし。
政に参加せぬことが信条であったストラクレスが、それを曲げてまで王に推した理由がこれであった。
すでに現王に政敵はいない。否、いたが全て今の王に取り込まれたのだ。それも故意ではなく、ただただ自然と友達になる要領で政敵を吸収、全てを仲間にしてしまった。そこに打算はなく、それゆえに強力無比。
敵なし、ゆえに無敵。
第十八代オストベルグ王、エルンスト・ダー・オストベルグ。英雄の見初めた次代の名君である。その翡翠色の笑顔に敵はない。
○
「ところでキモン。あの小僧、生かしたか殺したか?」
エルンストの御前に報告を終え、王宮の通路をストラクレスとキモンは歩く。ストラクレスを尊重し、キモンは少し後ろを歩いていた。
「勝手に生き延びました」
簡潔に、結果だけ述べる。それに軽く驚くストラクレス。
「おぬしの、『黒羊』の手を逃れたか。ガッハッハッハッハ!」
報告に満足したのか、ストラクレスは笑みを浮かべ、いつか来る戦場に思いを馳せ――
「……後悔しています」
キモンが、いつもと違う雰囲気を漂わせた。キモンにしては珍しい戸惑い。
「もしかすれば、いずれ、陛下にとって、閣下にとって毒になる。そんな気がするのです。それも、日に日に膨れ上がる、確信にも似た何かが」
普段簡潔に答えるキモンにしてはやはり珍しいふわりとした言葉。
「堪らんなァ。堪らんぞ! この年になって……新しいモノを味わえるとはなァ! だから戦争はやめられんのじゃ! ぐはは、まっこと堪らんなァ!」
キモンの懸念は一瞬で払拭された。目の前の怪物を、戦場が生み出した化け物を、あの未熟者がどうこう出来ることはない。少なくとも、ストラクレスが健在である間は、間に合うはずも無い。それが確信となってキモンの胸に沁みる。
「ガリアスの黒い小僧とアルカディアの白い小僧、そして陛下。新鋭たるアークランドの騎士どもも隆盛を極め、七王国健在なれど、世情はまるで読めん。ゆえに良い。大変良い!」
重き、あまりに重き男の存在。揺れる世界とて、この男を揺らせるか――
「わしに喰われるか、わしを喰うか……ぐはぁ、面白くなってきたわい!」
英雄、老いてなお君臨す。
○
雪が降り積もる。しんしんと降り注ぐそれは、風を通さず暖炉の灯が絶えぬ家屋から見れば、美しい景色かもしれない。だが、少年たちにとってそれは白い死神。徐々に、じわじわと体力を、熱を奪っていき、やがて死を招く。
「お兄ちゃん。ニーカちゃんがくれた毛布、あったかいね」
「おう。金持ちもたまには役に立つんだな」
「もう、絶対言っちゃだめだからね。ニーカちゃんお兄ちゃんのこと」
「金持ちは嫌いだ。お前の友達だから遊んでやってるだけだぞ」
「……素直じゃないんだから」
綺麗な毛布にくるまる薄汚れた兄妹。特に兄の方は雪を、外から見える温かな灯を、世界を憎んでいるように見えた。
「冬、早く終わると良いなあ」
「兄ちゃんにくっついて寝ろ。寝てりゃいつか春が来る」
「うん」
何故自分たちには親が、家が、お金がないのか。何故他の者には親がいて、家があって、お金があるのか。何故世界はこんなにも理不尽で不平等なのか。
「なあリーリャ、いつか、絶対兄ちゃんが腹いっぱい食わせてやるからな。肉も魚も、何でもだ。塩なんて山もりだぜ。だから、もうちょっと待ってくれよ。俺が大人に成ったらバンバン稼いで、城建てて、王様になるからな、俺は」
「……わたしはお兄ちゃんが一緒ならそれで良いよ」
「もちろん一緒だ。ずっと、ずーっと、兄ちゃんがお前を守ってやる」
「ありがと、お兄ちゃん。大好き」
「……お、おう。も、もう寝ろよ。兄ちゃんが一緒なら大丈夫だから、な」
「うん」
彼らの周囲には連日の寒さで凍死し、そのまま打ち捨てられている屍があった。裏通りを歩けばそこかしこで見つかる貧民の屍。世界は貧しき者に対しあまりにも冷たくその吐息を吐きかける。
少年は奪われてたまるかと妹を強く抱いた。安堵してすうっと眠りにつく少女。その安らかな寝顔を見て少年は微笑む。朝まで少年は眠る気などない。太陽が昇り、明日が来るまでは、安心など出来ないからだ。
必ず守り抜く。妹に牙を剥くすべてを殺してでも生き延びてみせる。
「ごほ」
その小さな咳音から全てが――
「おーいヴォルフ酒だぞ酒、寝てんのか?」
「……寝てねえよ。飲み足りねえからもっともってこい」
「あいよ団長」
嫌な記憶であった。色々あって普段なら酔わない量で酔い潰れ、そのまま寝てしまったらしい。背中に嫌な汗が浮かんでいる。
「ほい団長」
「おう、って水じゃねえか!?」
「水割りだよ。水の」
くだらない冗談でも酒の入った連中にとっては爆笑の種。腹を抱えて笑う連中の馬鹿面を見てヴォルフもまた笑う。そのままワイワイ軽く皆で騒いだ後――
「なーヴォルフ。次は何処に行くんだ?」
重要な問いに全員がほんのわずかな間、静まり返る。
北にオストベルグ、南は交易の要である真央海、東は山脈に面しており、西側は多くの小国群が軒を連ねる、この時代、この世界最大の国家、超大国ガリアス。
その西側国境付近に黒ずくめの一団があった。百人規模の夜営地。夜を焚き火の茜が照らす。
「あーっと……とりあえずこの前の戦で手に入れた金で綺麗なねーちゃん買って、真央海に浮かぶ南の島で楽園パラダイスかな?」
ほぼ全員が歓声を上げる中、問いを投げかけた男か女か見分けのつかない者が、ヴォルフの頭をすぱーんと叩く。
「この前それしたせいで、俺たちはガリアスくんだりまで来て小金稼ぎしに来たんだぞ! し、しかも、団の金を勝手に持ち出してさあ!」
頭を叩かれたヴォルフは、「いたた」と言いながら別のほうを見る。
「……その奴隷女からは逃げられるしさ」
「……俺の魅力が伝わらないなんてセンスがねーのさ、うん」
「ヴォルフはがっつき過ぎだっての。あと女に対しても甘すぎ。俺がいたらその奴隷女斬り捨ててたぜ」
「だーから、一人でやったんだっちゅーに。あぶねえ奴だなお前」
「そーいうところが甘いって言ってんだよ!」
口論している二人を、周囲の者たちは「いつものね」「はいはい飲もう飲もう」などといつも通りの風景として受け入れていた。実際、注視している者はあまりおらず、各々好きなようにくつろいでいる。
「別に女に甘いのと脇が甘いのは許す。……けどよ、死に掛けるのはナシだぜ」
急にトーンが下がり、しょぼんとする男女。ヴォルフの顔も曇る。
「……悪かった。正直天狗になってたよ。世の中にあれほどの化け物がいるなんて、知らなかったんだ」
思い返すのはついひと月前、ガリアスとオストベルグの小競り合い。何故このタイミングなのかわからなかったが、突如起きた戦争にヴォルフたちは傭兵として雇われる形で参戦した。結果、多くの戦果を上げたが一度、たった一度だけ手痛い敗北を喫した。
「『黒金』のストラクレス、ありゃ化けもんだ。今まであった誰よりも強い。戦も、個人技も、まるで歯が立たなかった。あまつさえ、この俺を見逃しやがった!」
先ほどまでこの場を見ていなかったはずの全員の視線が一点に集まる。
「天才で強くてかっこよくて最高にイケメンなこの俺を、だ!」
いつもなら何処かからツッコミが入るような発言だが、ヴォルフの形相、そして見えるものには見える黒い影がヴォルフの全身からあふれ出し、それが周囲を威圧していた。
「天才で強いまでは同意するけど、かっこいいとイケメンは……しかも意味が被ってる」
そんな中、一人だけ平然としている者、
「うっせーニーカ。とにかく俺は大変ご立腹なのだ。俺より現状優れた人間がいるってのでも驚きなのに、あの副将の羊野郎まで俺より強い。まーじへこむ。ガチへこみだっての」
ニーカと呼ばれた男女は頭を乱暴に掻く。もう一人隅っこで気に留めずちびちびと酒を飲んでいる者もいたが割愛。
「だーかーらー、相手は一国の、しかも七王国の筆頭将軍とその副将だぞ。勝てる方がおかしいって。何度言わせるんだよ」
呆れた風に責めるニーカの言葉に、ぐすんと泣き出しそうになるヴォルフ。
「だって……絶対負けないって約束したもん」
「リーリャに、だろ? んなことわかってんよ。それでも、死んだら終わりだってのもわかってるよな? 生きなきゃリベンジの機会もない。死なれちゃ、俺は一人になる。それはさ、すげーさびしーんだって」
ヴォルフの胸元には小さなロケットが揺れる。この中に描かれた者は、世界でこの二人しか覚えていないだろう。この二人にとってかけがえのない存在である。
「わかってる。わかってるよ。俺は負けない。そして俺は死なない。無茶はするが、無理はしない。それでいいな、ニーカ?」
ヴォルフは静かにロケットを開き、その中で笑う少女の絵を見る。それは死する前、遥か北方の小国で生きてきたヴォルフらの記憶、その残滓。何も出来なかった、救うことも、楽しませてあげることも。こうやって残すことしか出来なかった。無力であった己を戒めるモノ。
「……おう。んじゃ次の戦場を決めるぞ。俺たちはもう弱くない。だけど油断していいほど強くも無い。強くなるために……場数をこなさなきゃ、な! 南国でパラダイスなんて十年はえーよ」
ガーンとはめられたような顔をして崩れ落ちるヴォルフ。対照的にしてやったりと笑みを浮かべるニーカは、満面の笑みでヴォルフの傍を離れた。
ニーカは大勢が集まる夜営地の中心のでかい焚き火のある場に座り込む。
「夫婦漫才お疲れ様」
「なっ!?」
周囲から「ヒューヒュー!」「御暑いねえ!」「男女でもいい、やらせてくれ!」という歓声が飛ぶ。ニーカは男女と言った相手に向かって、袖口から滑らせて手に取ったナイフをぶん投げる。「ひえっ!?」と驚き転げる男。
「夫婦じゃねーし、男女でもねえ! れっきとした乙女だ馬鹿野郎!」
シーンと静まり返るどころか、ぎゃははと笑う連中は、やはり頭が一回り振り切れていた。ニーカはふんと鼻を鳴らしてその場にもう一度座り込む。
「十年、ねえ。十年で追いつけるかね? あの怪物に」
ニーカの隣で先ほど声をかけた男が、ため息をつきながら彼女に声をかけた。
「追いつけるさ。あいつはあんなのだけど天才で、強くて、努力家だからな。あいつ以上の頑張り屋なんていっこない。だからあいつは追い越すだけ。追い越したら、誰にも追いつけない。ヴォルフは、すごい奴なんだ、うん」
ニーカの頬がほんのり赤いのは、焚き火のせいか、それとも――
「まあ、ヴォルフは『速い』からねえ。俺たちは必死で置いてかれないように走るだけ。あいつの背中追ってきゃ、とりあえずは及第点でしょ。必死に走ってるうちに、意外と全部追い抜いてたりするかもね。そしたら……『黒の傭兵団(ノワール・ガルー)』は、最強さ」
黒の傭兵団(ノワール・ガルー)。この場全員が所属する傭兵団の名前。リーダーはヴォルフ。そして副団長はニーカともう一人、それが今話している優男。
「狼は群れるものさ。群れた狼に、勝てる生き物なんていないよ」
黒き狼たちは、静かに牙を、爪を研ぐ。今はまだ小さな群れだが、いずれ世界に牙を剥くため、彼らは戦場を駆け、研鑽を積む。
「おーい、やっぱ一人だけ買っちゃだめ?」
「駄目に決まってんだろおたんこなす! テメー百回ロケットに土下座しろオラァ!」
星空の下、漆黒の狼が胎動する。
○
遥か西方、海を渡った先に大きな島がある。一昔前はガルニアと呼ばれたその大地には、現在無数の小国があり、滅びては生まれ滅びては生まれを繰り返していた。戦渦渦巻く戦国時代の様相を呈していたのだ。
その中で燦然と綺羅星のごとく輝く国。それが、アークランド。
「姫様、夜風は身体に毒です」
「ああ、しばし待て」
建国してからまだ五年、アークランドと名を変えてからまだ三年も経っていない。しかし、たった二年でガルニア中に名を知らしめ、代替わりを経て三年、ガルニアどころか海を渡った先、七王国にさえ名を轟かすに至った。
「あの山の向こう、海を渡った先に、ガルニアより大きな戦場があるのだ。滾らぬか? サー・ベイリン。私は……滾って滾って仕方が無い」
ベイリンと呼ばれた男は、その年端も行かない少女に、燃え盛る大炎を見た。
「私は戦争が大好きだ。血も、鉄も、全てが愛おしい。私は狂っているのだろうか? 我が身を焼いている炎は、呪いの証左か否か?」
美しい赤毛の少女は腰に刺してある剣を愛おしそうに撫でた。
「狂えばよろしい。姫様の、我らが戦乙女アポロニア・オブ・アークランドの御心のままに。我らアークナイツ一同、姫様の向かう先なればすべてを受け入れ、全ての敵を断ち切って御覧に入れましょう」
アポロニアと呼ばれた少女は、答えに満足したのか、視線こそ夜空の星星を、山向こうの大地に向いているが、ふわりとした笑みを浮かべる。
「私の斬る分、残しておけよ」
「御意」
まだ齢十七にも満たぬ少女、アポロニア・オブ・アークランド。この少女こそアークランド躍進の要にして、この国を司るまごうことなき王である。
「あと、私はもう姫ではない。姫と呼ぶのはやめよ、サー・ベイリン」
「はっ、失礼しましたアポロニア女王陛下」
「……むず痒いな」
「はっ」
三年前、弱冠十四で王位を継いだアポロニア。王自らが玉座を退き、アポロニアへ王冠を与えた。全てはアークランド隆盛のため、より強き者が王でなければならない。ゆえにアポロニアは王となった。誰よりも強く、誰よりも王たる器を備えていたがゆえに――
「しばしは姫でよい。さて、明日も戦だ。今日は休み、明日は蹂躙とする!」
「御意!」
ガルニアの大地は、アークランドという大炎に燃えていた。その炎は、今でこそガルニアの中に収まっている。しかし、一たびあふれ出せば、七王国ですら止められるかわからない。それほどの熱を、アークランドという国は、アポロニアという王は、持っているのだ。
「嗚呼、胸躍る戦場は何処ぞ」
アポロニアという炎は、火勢を増し、大地を焼く。
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