1年目春 花と鬼

 校門を出たところで、変な人間に出くわした。

 人様を『変』と称するのはどうかと思うが、そうとしか表現のしようのない人間であった。

 何せ薔薇の花束を抱えていたのだから。

 男子高の前に、薔薇の花束を抱えて待っているよその制服の男子がいたら、それは間違いなく変な人間であろう。百歩譲って、共学なり女子高なりであれば、ああ変な方向に頑張りすぎたんだな、と思えなくもないのだが。

 しかもその変な人間は、自分こと幸岡まことを待っていたらしい。

「……えっと、何で薔薇の花束?」

「ああ? 貴様、花が好きだと聞いたぞ」

 初対面に向かって『貴様』。

 しかしそれを極普通の口調で言ってのけ、かつ、この人なら仕方が無いのかなと思わせる風貌と態度。

 ここまで印象的ならばあまり人を覚えられないまことでも覚えていないはずが無いのだが。

「あー、うん。間違ってはいないんだけど。って、誰に?」

「薫から聞いてないのか?」

「あ、じゃあ。大小森くん?」

 『典型的なおぼっちゃん』と言っていた理由が納得出来るタイプである。薔薇の花束を抱えることに躊躇がないのは一般人と基準が違うからであろう。

「家にあるものを適当に切ってきたが」

「…まあ、薔薇の季節だし」

 分るのだが、持ってくるだろうか普通。しかも白薔薇の花束。

「練習試合の話だよね。部室でいいかな」

「何だ、この学校はロビーやカフェテリアはないのか」

「食堂ならあるけど」

 むしろそんなものが当たり前にある高校の方が珍しい。

「なら外でいい。適当なところに入れ」

 それだけ言い放つと大小森は校門に背を向けた。

 行き先が繁華街と逆に向かっているところを見ると、適当なところに思い当たる場所でもあるのだろう。

 まことは薔薇の花束を抱えて困惑しながらも、その背を呼びとめた。

「あ、待って。ちょっと家に連絡するから。遅くなるの伝えておかないと」

「そんなに時間は取らせないぞ」

「あ、うん。でも10分以上ずれちゃうと心配するから」

「…どんな過保護な親だ」

 呆れたような溜息は、実際呆れるに十分な内容だったが、それでもきちんと足を止める辺りは変な人間であっても育ちは良いらしい。

「親はいないよ。叔父が心配するの」

「…そうなのか。ん? 確か幼馴染がやたら心配症だと薫が言っていたが」

「うん、それ」

「は?」


「だから、その部活にいる幼馴染。僕の、叔父」


「……は?」

「僕のおじいちゃんが、迷路のお父さんなの」

「…………………変な人間はどっちだ」

 長い長い沈黙の後、ようやく大小森が口を開いた。

 それでも、家庭の事情に深く突っ込もうとしたり、退いたりしないところはさすがというところだろう。薫も相当なマイペースであり、その薫が評価していたのだから通常よりは一段どこか飛んだところがあるようだ。

「あ、それは僕も思う」

 大小森の当然の感想にまことは苦笑を返すと、携帯電話を取り出して連絡をした。

 最初の短縮コードに入っている迷路の電話はすぐ反応をした。

 そもそも、迷路の携帯電話に自宅とまことの番号以外が着信出来るようになっているのか。さすがのまことも尋ねたことはない。




*




 大小森が選んだのは森林公園の脇にある紅茶専門店であった。

 学校から近いが高校生が使うことはほぼないと言え、静かに本を読んでいる客が半数ほど座っている。

 まことは少し興味深そうに辺りを見回した。金銭的な問題と周囲に向かって気を抜けない体質のため、基本的に外食はしないのである。

「で、えーと。大小森、なに君だっけ」

 ウェイターがポットとスフレを運び終えたところで、まことはようやく落ち着いたように口を開いた。

 それまでお互い無言だったのだが、不思議に息苦しい雰囲気はなかった。

桔斗きつとだ」

「あ、そうそう。何か苗字が印象的で忘れてた。綺麗な名前だね」

「当然だ」

「……そう返されるとは思わなかった」

 自信たっぷりと言うわけでもなく、至極当然にそれ以外にどんな返答があるのかとあっさりと言い放たれた言葉にまことは一瞬周囲に目を巡らせた。

 落ち着いた調度品の喫茶店には、花は飾られていなかった。

「美しい鬼の名前だからな」

「へー。それは、本当に綺麗だね」

「…ほお」

 まことの本当にそう思っているだろう態度に桔斗は楽しげに笑みを浮かべた。

「あ、そうだ。知ってるみたいだけど、僕…俺は幸岡まことね」

「さっきから何度も僕って言ってるぞ」

「う…! 直そうとしてるんだから突っ込まないで」

 中学生の頃ならともかく、さすがに高校生では幼い口調であることは自覚があるため、一人称だけでも直そうとしているのである。

 あまりその努力は報われていないが。

「そんなガキだか女だかわかんねー口調で呼び方だけ『俺』にしたって仕方ねーだろ」

「んー…」

 確かに不自然ではあるのだが、ただでさえ不自然に感情を抑制している以上、口調を気にしてばかりはいられない。

 

 お互いにスケジュール帳を取り出し大体の日程を話しあったところで、ふと桔斗は思い出したように顔を上げた。

「そう言えば、お前どこ中だ」

「え」

「さっき部活を見てたが、かなり上手いじゃねーか」

 必要以上に人を褒めるタイプではないことは話していた分かったため、まことは嬉しそうに目を細めた。

 力があればあっさりと相手を認めるのはタイプは違うがお互いに同じようである。

「それはありがとう。強豪校のレギュラー候補にそう言ってもらえるのは嬉しいな。でも、中学での部活は途中で辞めちゃって。テニススクールって言っても、コートを借りてただけって感じだから」

「コーチはいないのか」

「いないよ。あ、いるか」

 即答した後、ふとまことは言葉を止めた。

 コーチと呼べる人間はいないが、すべての調整を行える人間ならばいる。

「どっちだ」

「その、正式な専門家としてのコーチじゃなくて。迷路がね、強いんだそういうの」

「薫タイプか」

「そうなの? そうかなあ。ちょっと薫くんはまた違うような気がするけど」

 確かに薫は冷静沈着であるが、データよりも感覚的なところが強いであろうし、周りの人間にこうなるようにと望むよりもこうなのだろうと受け入れるタイプである。

「あ、やだ。もう30分経ってる。ぼ、俺帰るね。えっと」

「会計なら済ませてある。外に時間とったのは俺だからな」

 やはり当然に言い放つ桔斗にまことはぽかんと口を開けた。

「…わー。格好いいー」

「おい」

「あはは。じゃあ、有り難く。今度また連絡するから」

 声だけで笑い、まことは隣の椅子に置いていた花束を抱えあげた。

 それを持ち帰ることに特に躊躇いはない。



「…ん?」

 その後ろ姿を見送りながら、ふと桔斗は目を細めた。

 白い薔薇だけを束ねたはずの花束の間に、一輪だけ赤い薔薇が咲いていた。




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花笑いの少年 鷹野 @_distance

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