第5話

 県の総合文化祭が終わった次の日、僕は文芸部の反省会の後で顧問からこっぴどく叱られた。肝心の公開合評会のとき、姿をくらましていたからだ。

 そう、僕の姿はあの大ホールにいたすべての人々の目から消えていた。

 遠く郡上市にいる、拝田さんを除いては……。

 そうとも知らずに、僕は誰にも姿が見えないのに賭けたのだった。固まってしまった拝田さんの目の前にしゃがみ込んで、声をかけたのだ。

「メール送っただろ? あの通りに答えればいいんだ」

「誰? あなた?」

「通りすがりの旅の者さ。さあ、顔を上げて!」

「ダメ! できない」

「拝田さん!」

 僕は強引に、拝田さんの肩を掴んだ。幼さを残した顔が、僕を正面から見る。

 そう、隣に座ってるうるさい女子が下着一枚で引き開けた、あのカーテンの向こうに見えた、驚きに見開かれた目で。

 後のことは、覚えていない。その場で視界がブラックアウトしたからだ。あの女子更衣室となった楽屋のシャワールームと同じことが起こったわけである。

 合評会の様子は、反省会のビデオで見られた。蒲松齢『聊斎志異』の「南柯の夢」をモチーフにした異世界転生譚について、拝田さんはかなり意地の悪い質問にも悠々と答えていた。

 それで、充分だった。意気揚々と学校の門を出ると、スマホが振動してメールの到着を告げた。

「……拝田さん?」

 文面を開けてみて、驚いた。


 知ってました、助けてくれたこと。ごめんなさい。私、最近、気になる人と目を合わせられなくなっちゃったんです。目が合うと、その人、気を失って倒れちゃうもんですから。だから、真矢さんにも、本当にひどいことをしちゃいました。

 シャワールームでのこと、全然気にしてません。何か、訳があったんですよね。たぶん、私と同じような。

 分かります。だって、あんなに人が見てるステージで、堂々と席を立って私を助けに来てくれたんですから。

 思春期症候群って、知ってますか? 私たちくらいの年になると、ときどきそんな能力が目覚めるって噂。

 同じ悩みを持つ者同士、もう一度会ってゆっくりお話ししたいんですけど、危ないから、やめたほうがよさそうです。

 では、また、いつかどこかで。


 その噂は、僕も知っていた。さしずめ僕のは、好きな相手の前では姿が消えるといったところだろう。拝田さんだけが見えたのは、同じ病を持っていたせいか。

 それなら、時を待ったほうがよさそうだ。そう……思春期が終わって、僕たちが、大人になるときまで。


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この時間が終わるまで 兵藤晴佳 @hyoudo

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