第4話


 全県合同公演が終わった。緞帳が再び上がれば、文芸部会の公開合評会だ。参加校の文芸誌に、ステージ上の文芸部員から、そして客席からの質問が飛び交う。

 もちろん、拝田さんの異世界ファンタジーだって。

 でも、その席は空いている。舞台上は大騒ぎになっていた。さっきのうるさいのが、一人で騒いでいる。

「あの子、今年書いたのどう答えたらいいか分かんないって、さっきまでテンパってたんです! ああ、どこ行ったんだろ」

 そこへ、一人の小柄な女子生徒が舞台袖から駆け込んできた。

「すみません!」

 間に合ったらしい、どうやら。

 公園で聞いた細い声からは想像もつかないような、凛とした響きがあった。タイムリミットが迫っていて、再点呼をする間もなく合評会が始まる。

 まず、文芸部員が槍玉に上げたのは僕の作品だった。

「ええ、江蓮高校の真矢計良君。魏晋南北朝時代を題材に取った、詩人たちの交流を描く歴史小説ですが……」

 凌霜高校の席で、さっきのうるさいのがきょとんとした顔をした。

 これで、嘘がバレた。僕は部会の違う秀至を舞台に上げるわけにはいかなかったのだ。

 正体を偽るという大噓をついた以上、僕は拝田さんに軽蔑されて終わるしかない。

 そして無情にも、司会者は当然の流れとして、作者たる僕のコメントを求めた。

「ええと、真矢計良さん、お願いします……真矢さん?」

 舞台上と客席が、騒然となった。舞台袖では、スタッフが罵り合いを始める。

「おい、全員そろったから緞帳上げたんだろ!」

「はい、確かに全員……」

 しばし、ざわめきが続いたが、司会者は何事もなかったかのようにその場を収めた。

「では、凌霜高校の拝田御調さんですが……」

 何が何だかよく分からないけど、僕はこの場にいないことになっているらしい。試しに手を挙げてみたけど、司会者は僕をスルーした。そう、受付に座った拝田さんのように。

 客席から手が上がった。担当生徒がマイクを持って走る。質問が始まった。 

「ええ、これ、よくある異世界転生ものなんだけど」

 拝田さんは広いステージの上で、僕から10m位離れたところに座っている。ただでさえ小さな身体が余計に小さく見える上に、目を伏せてすくみ上がっている。

「何か、参考にした作品はありますか?」

 それは、僕が読んでも一目で分かった。でも、その分かり切ったことを人前で答えられないのが拝田さんだ。それは、さっき公園で秀至に何一つ話しかけられなかったのを見ても見当がつく。

 一か八か。

 僕は席を立って、拝田さんに向かって歩きだす。

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