第3話

「で、お前は女子更衣室のシャワー室に倒れていたわけだな」

 金木犀の香りに満ちた公園で昼食を取った僕は、午後の本番前に残された30分ばかりを秀至と散歩して過ごした。

「悪かったよ」

「いや、俺もだな」

 狭い小道で、向かい合って頭を下げる。足下には鶏頭の花が咲き乱れ、芭蕉の句が小さなパネルで掲げてある。


  秋風や藪も畠も不破の関 


 その涼しい風の中を、許し合うのに拳などいらない文化系男子2人は歩きだした。

「でさ、秀至」

「それはできん」

 男子スタッフの点呼に僕がいないのに気付いて、とっさの機転で楽屋のカギを女子スタッフから借り出した秀至は、人知れず僕を救出してくれたのだ。僕としても、これ以上のことを頼むのは、実を言うと心苦しい。

「秀至にも責任はあるんだからな」

 拝田さんに事実を誤認させた罪は重い。

「すまん、俺も忙しかったんだ」

 だが、その弁解を聞いている余裕はなかった。曲がりくねった小道沿いに咲くフジバカマの向こうから、見覚えのある女子生徒たちが歩いてくる。

「あ、真矢計良さん……ですよね」

 はい、と返事をしそうになって、口をつぐんだ。駆け寄ってきた拝田さんは、やっぱり僕から目をそらすようにして、僕の後ろにいる背の高い秀至を見上げた。

「あの、すみません、今朝は」

 もう、真実を告げることは許されない。秀至は僕の代役を勤めるしかなかった。

「でも、どうして僕なんか?」

 一番知りたかったことを察してくれたが、それっきり、沈黙がその場を支配した。他の女子が割って入る。

「いきなり私、訪ねてっちゃってその、メアド聞いたりなんかしちゃいましたけどすみません、この子、いっつもこうなもんで」

 聞き覚えのある声だった。更衣室で引き開けられたカーテンの向こうの推して知るべき下着一枚の姿は、おぼろげながら記憶にある。その向こうで僕を見ていた、拝田さんの怯え切った目も。

「江蓮の文芸誌で、中華ファンタジー書いてますよね? あれ、大好きなんです、この子。それで……」

「あれ、ね」

 秀至は妙にきょろきょろしながら、適当に受け流す。たぶん、全然分かっていないのだろう。

「あ、次の公開合評会、ぜひ、参加してください。待ってます!」

 ナデシコの花の向こうに2人の姿が消えたとき、秀至はいきなり僕の頭を張り飛ばした。

「何すんだよ!」

「おまえこそどこ逃げてんだよ、俺じゃ全然分かんねえじゃねえか!」

 どこへも逃げようがない。僕は細い小道で、拝田さんたちと秀至に前後を挟まれていたのだから。

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