第2話

「秀至のヤロー……」

 数分後、僕は控室のシャワー室に隠れて、声にならない声で悪友に毒づいていた。

 今、楽屋の中では着替えを始めた参加校の文芸部女子たちが嬌声を上げている。

「ねえ、さっきの誰?」

「え……?」

 女子たちの声が聞こえて、とっさにここへ駆け込んだからわからなかったけど、どうやらこの女子更衣室には拝田さんもいるらしい。 

「ほら、江蓮の……」

「あ、ああ、あれは……」

「メアド交換してたじゃない。誰? 誰?」

 それは僕のスマホにも転送されてきた。恩には着るけど、何だか許せない。

 何で秀至ばかりが、と思ったけど、そのとき拝田さんの口から出たのは、別の名前だった。

「まや……けいら君」

 その瞬間、頭の中は真っ白になった。だが、スマホを掴んだ指は無意識のうちに、四方に対して抗議のメールを送っていたらしい。やがて、手の中に感じた感動が、まず聴覚を呼び覚ました。

「あれ? 誰かの鳴ってるよ?」

「え? 誰の?」

 たぶん下着一枚であろう女子たちが、自分たちの荷物をひっくり返し始める。

 危なかった……。

 その隙に、僕は秀至の弁解を確認した。

 スマホの画面に曰く。

(作業中にメールしてくんな知らねえよ、凌霜の女子が拝田さんに紹介してくれたんだよ名前も聞かずに!)

 その後には、僕が打ったのらしい文面が引用されている。

(どういうことだアア? 何でお前が拝田さんにオレの名前騙ってんだオイ!)

 だが、問題はそこじゃない。

「変ねえ? 御調ちゃんのじゃない?」

「え、何で?」

 怪訝そうな拝田さんを、他の女子がからかう。

「ほら、真矢くんからとか」

「あ、ちょっと、私、その、シャワー浴びてくるね」

 拝田さんは明らかにその場しのぎの言い訳でしかない行動に出た。 

 待て! 待て! ちょっと待てえええ!

 危機と言えばまさに、さっき予測された絶体絶命の危機だった。拝田さんの華奢な指がカーテンを掴んで引き開けた。今、まさにシャワーを浴びようとしていたわけだから、その姿は推して知るべし。

 終わった……人生終わった……。

 だが、予想した悲鳴は聞こえなかった。

「どうしたの御調?」

「ううん、何でもない。時間ないからシャワー、やめとく」

 再びカーテンの閉まる音に目を開けると、その横顔がちらっと見えた。何となく、無理に背けたような感じがしたけど、気のせいだろう。

 ……とりあえず、助かった。

 と、思ったのが甘かった。

「じゃあ、私使うね」

 いきなりサッと引き開けられたカーテンの向こうに……。

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