この時間が終わるまで
兵藤晴佳
第1話
「メアド聞いといてやったぞ、
持って回った言い方で、悪友は僕の背中をぽんと叩いた。
「だって……」
岐阜県の文化系高校部活動が集う総合文化祭開会式は、あと半日しかない。
「あとは自分でなんとかしろ。あ、お前らの控室あっちな」
そう言うか言わないかのうちに、演劇部会の黒いTシャツにGパン姿の後ろ姿が駆け去っていく。全県合同公演のリハーサルが始まるのだ。
「待てよ!」
同じ開会式スタッフの僕を呼び出しておきながら、
「そんなこと言われたって……」
そりゃあ、文芸部同士の交流は今後だってないこともないけど、僕の通う岐阜市の私立江蓮学園高校からは多分、彼女の高校は遠すぎる。
「岐阜と郡上じゃ、なあ……」
羽島市の会館でようやく巡り合えただけでも、幸運だったのだ。
去年の総合文化祭は郡上市開催で、彼女と彼女の作品に触れたのも、そのときだった。わざわざ、高山本線から長良川鉄道を乗り継いで行ってみただけの価値はあった。
書いたのは誰かと思って、会場スタッフの名札を頼りにこっそり探してみると、イベント用のTシャツを着た小柄な女の子が、机の下の足を斜めに揃えて、受付に座っていた。
声をかけてみようとは思ったけど、できなかった。あのときの彼女のリアクションは、僕の心に決定的なダメージを与えたのだ。
「スルーされたし……」
さっきも、去年と同じことが起こっていた。勇気を振り絞って今年の感想こそ伝えようと思ったのに、目が合った瞬間、そっぽを向かれた。他のお客さんには、ただにっこりと笑って頭を下げるのに。
「メアドなんか聞いたって」
秀至は、要領がいい。男女問わず、すぐ気軽に打ち解けることができる。だから、こんなことも話せるのだが、やることが速すぎる。本番前の忙しい時に、いったいどうやって文芸部会の女の子に渡りをつけたのか。
「まあ、しゃあないか」
拝田さんに会えるのは今日だけだけど、男は諦めが肝心だ。全県合同公演が終わった後には、文芸部会合同合評会が控えている。演劇部会と違って、文芸部会は各校の制服で出席しなくてはならない。僕はさっさと控室に入って着替えることにした。
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