66 蜘蛛対蟻 アンドロイド激闘

 黒崎桜子は迫りくる軍用攻撃ヘリの数を数えた。およそ四十機。

「前の車両に移れ」

 成田は後ろを向いて叫んだ。

 桜子は桂木と綾人に頷いてみせた。


 ヘリ操縦席の下、両脇に機関砲が見える。機関砲で一斉射撃されたら貨物車は吹き飛ばされるかもしれない。桜子はヘルメット上部から暗視双眼鏡を目の位置に下ろした。先頭で向かってくるヘリに焦点を合わせる。

 操縦席にいる二つの顔が見えた。

 それは蟻の顔だった。

 噂では聞いたことがある。蟻頭アンドロイド。身長百八十センチ。機械だ。人間ではない。人間の心を持たない無機質の生き物。彼らは自ら意思決定し行動する。厄介なのは、死を恐れないことだ。


「サクラコ、おまえも前に行けっ」

 成田は暗視双眼鏡を覗きながら叫んだ。

 タケ爺は何を考えているのだろう。兵士は死を恐れないという。本当なのだろうか。桜子は兵士ではない。だが、戦場で戦ってきた。彼女の心の中にあるのは結果だけだった。自分が木っ端微塵になる前に、敵を攻撃不能にすることだけを考えている。死は結果にすぎない。


「サクラコ、前に行くんだ」

 成田がもう一度叫んだ。

 桜子は返事をしなかった。成田を置いて行けるはずがない。彼は戦友なのだから。

 暗視双眼鏡の焦点、蟻の複眼を見ていた。当然のことだが、複眼には表情がない。彼らがどのような指示を受けているのだろうか。貨車ごと吹き飛ばすことか、貨車に乗り込んで一人ずつ殲滅することか。


「来るぞ」

 成田が電磁波砲を構えた。

 先頭のヘリがスピードを上げ、接近してくる。

「サクラコ、前に逃げろ」

 成田が発砲した。目前のヘリが白く染まり機体を旋回させた。他のヘリは四方に展開していく。

 桜子は成田に左手を握られ、前の車両の方向に引かれた。


 激しい衝撃が車体を揺らした。桜子は床に転がった。

 車両の蓋が縦に割れた。蓋が粉々に砕けていく。天の空間が楕円形に広がり、微かに染まる朝焼けの空が現れる。その空に、電磁波砲を向けたヘリの操縦席が現れた。軍用リュックサックを背負ったまま、成田は仰向けの姿勢を保って、電磁波砲を放った。空が眩しく光る。


 車両の後部すべてが吹き飛ばされた。

 天空を埋め尽くす十数機のヘリが、電磁波砲を向けたまま、目の前に現れた。

「サクラコ、前へ逃げろ」

 成田の枯れた声が響いた。

 桜子は這いながら、前の車両に向かった。


 九両目のデッキに辿り着く。

 後ろを振り向いた。空から蟻頭アンドロイドが次から次と飛び降りてくる。成田は電磁波銃を構えていた。三体の蟻頭アンドロイドが成田に向かって銃を向けて近づいて来る。

「タケじぃぃっ」

 桜子は声を絞って叫んだ。


 空全体が赤く輝いた。

 上空で、数機のヘリが砕け、粉々になって散った。

 頭上で、爆発音が響いた。金属の破片が降り注いでくる。

 桜子はデッキの隙間から空を見上げた。白い大型軍用ヘリが頭上を通り過ぎていく。


 空でヘリ対ヘリの交戦が始まったのだ。

 寺島軍団、やっと、来た……。

 後部車両に蟻頭アンドロイドが絶え間なく飛び降りてくる。成田の電磁波銃を撃つ音が聞こえなくなった。

 上空から、蜘蛛頭の白いアンドロイドが降ってきた。

 蜘蛛対蟻の肉弾戦が始まった。


「サクラコ」

 女の声がした。

 桜子は声の主を捜してデッキの上を見上げる。

「わたしだ。黒田早紀、有村の部下の」

 内務省の役人の女。シベリア前線基地で、戸倉絵美には注意しろ、と言ったあの女だ。

「テラシマ、アヤトを連れて来い。ヘリに乗せる。急げ」

「前の車両のデッキでもいいか」

「前の車両?」

 黒田は振り返った。

「わかった。急げ」


 桜子は九両目の車両を、前方に走った。

 そして綾人に叫んだ。

「寺島軍団が来た。日本に帰るんだ。アヤトあなたから、デッキを上がって」

 桜子はドルマーを左手で抱えた。

「グレイ、ブルー。上に上がって、護衛して」

 グレイとブルーは、デッキから蓋に飛び上がっていく。

 

 蜘蛛頭アンドロイドが一体、デッキに飛び降りてきた。綾人を抱きしめると、身軽に蓋上に上がっていく。

 桂木は右手を上に上げた。蜘蛛頭アンドロイドがその手を握り、引き上げた。

 桜子もドルマーを左手で抱いて、右手を上げる。蜘蛛頭アンドロイドが手を握って引き上げる。

 

 寺島軍団ヘリが上空でホバリングしていた。

 黒田が蓋上で陣頭指揮をしている。

 蜘蛛頭アンドロイド五体が警護している。


 蜘蛛頭アンドロイドが綾人の体を抱きしめたままヘリに向かって引き上げられていく。

 次は桂木、ブルーを抱いて梯子に掴まる。

 桜子もドルマーを抱いた。


 ヘリから梯子が下りてくる

「ナリタタケシも、お願い。後ろの車両にいるの。それから、グレイも」

「わかった。後は、わたしたちに任せて」

 黒田が大声で答えた。

 桜子は梯子を掴んだ。


 グレイが後部車両に向かって走りだした。

 ドルマーを抱いた桜子はヘリに向かって上がっていく。

 

 後部車両の蓋上に、成田が軍用リュックサックを背負って上がってくるのが見えた。蜘蛛頭アンドロイドが、後部車両に向かって走り出した。

 蟻頭アンドロイドが、蓋上に上がってくる。成田は歩きながら空に向かって手を上げた。寺島軍団ヘリが近づき、梯子を下ろしてくる。蟻頭アンドロイドが成田に向かって飛びあがった。蜘蛛頭アンドロイドが、蟻頭アンドロイドに向かってぶつかっていく。二体は絡まりながら蓋上から転げ落ちていく。グレイが成田に辿りついた。グレイを抱くと、成田は梯子を掴んだ。彼はヘリに向かって上がっていく。


 桜子はヘリの機内に入るまでその光景を眺めていた。




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