62 モンゴルの雪原を行く


 スパイダーの展望室から見える風景は、限りなく続く雪原だった。昇り始めた太陽に照らされて輝いている。左手、西方向の遥か遠くに、雪に染まったアルタイ山脈の峰々が見える。

 桜子の一行は、百キロ先の地点にいて、北東に進んでいる。目指しているのは、シベリア共和国イルク―ツク。


 成田毅の一行は、西中国共和国の国境で足止めされていた。西中国共和国に入るのはすぐ認められたが、モンゴルへの国境を越えるのには問題があった。当初、ジュンガルへ向かう行程として、モンゴル政府に打診したのだが、拒否された経緯がある。スパイダーで進入すると、武力進入とみなされて、国交のないモンゴル軍によって阻止される可能性があった。

 西部軍団本部付准将ハオランが、国交のあるモンゴル政府と掛け合ってくれた。モンゴル政府から通行許可が下りたのは、二十時間後だった。


 成田はジャンに連絡した。応答がない。スパイダーが間もなく追いつくことを、桜子に知らせることができない。スパイダーは時速五十キロで進んでいる。後、二、三時間で追いつくだろう。

 桂木がベッドに医療器具を揃えていた。

「桜子も綾人も、きっと肉体的に限界にきている」

 桂木が言った。

「そうだな」成田は呟く。

「ジャンも、気になる……」


 太陽が天空に昇ったころ、スパイダーのレーダーが三頭の馬影を捉えた。距離三キロ先の地点だ。

 やがて肉眼で捉える地点まで近づいていく。


 グレイがなっ先に桜子の一行に追いついた。

 三頭の馬が立ち止まり、スパイダーの方向に頭を向けた。馬上の桜子の笑顔が見えた。

 五十メートほどまでに接近した地点で、成田はスパイダーを止めた。脚を折り曲げ、後部開閉口を開ける。

 成田は桜子たちに向かって走った。

 桜子も綾人もドルマーも、馬から降りていた。ドルマーが走ってきた。成田にしがみつく。

「遅いよ、タケ爺」

「ドルマー、よくやった。偉いぞ」

 成田は膝まづいてドルマーを抱いた。


「ここは寒いよ、ドルマー、馬を引いてスパイダーに入って」

 桂木がそう言って、背中を摩る。


 成田は桜子に向かって歩いた。

 桜子は立ちつくしている。

 成田を見つめて深呼吸した。

「ジャンが、死んじゃった……」

 成田は桜子を抱きしめた。桜子の体は震えている。



 桜子と綾人、ドルマーに点滴をした。死んだように眠っている。

 桂木が、三人の傍らに寄り添っている。成田は展望室の椅子から、果てしなく続く雪原を眺めていた。

 スカイが見当たらない。レッドはスクラップ状態だ。

 詳細な情報を得ることは、グレイとブルーだけでは難しい。

 成田は、一刻も早く桜子から今までの経緯を聞きたかった。そして、これからの対処策を考えたかった。


 もうすぐシベリア共和国の国境。待ち構えている者は何を考えているのか、どのような行動をとってくるのか。

 

 今日は、十一月二十日。

 タイムリミットまで、十日。




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