68 二〇七五年十一月三十日の日没を告げる鐘楼の鐘が鳴る
府中飛行場に午後四時十五分に到着した。
陽は西の空に傾き、落ちていこうとしている。
真っ先に、黒田が搭乗口から飛び降りた。
桜子もタラップの設置を待たずに搭乗口から飛び降りる。綾人と桂木もアンドロイドに抱かれて飛び降りる。成田毅はアンドロイドに支えられて右脚のみで着地し、軍用リュックサックを背負った。
黒田が、待機させている軍用ヘリに向かって走っていく。
桜子と綾人も、黒田を追って走っていく。
ヘリのメインローターは緩やかに回転している。成田は一番後ろからアンドロイドに支えられて走っていく。
日没まで、後十三分。
ヘリにたどり着いた桜子が、後ろを振り向いた。
成田は、桜子に先にいくようにと手で合図する。
「タケ爺、来い。早く」
綾人と桂木とドルマーとブルーがたどり着いた。一秒一秒が貴重だ。
「アンド、タケ爺を抱えて来い」
桜子が叫んだ。
足首がちぎれるように痛む。
アンドロイドが成田の体を持ち上げた。ヘリに向かって走る。
ヘリにたどり着くと、桜子が成田の手を取って機内に引き込んだ。グレイが飛び込んでくる。
日没まで、後十二分。
寺島ドーム前に、ヘリが着地した。
午後四時二十六分。日没まで、あと三分。
黒田がドームに向かって走った。ドームの扉が開いた。執事の北原が飛び出してくる。
桜子は綾人の手を取るとドームの開かれた大扉の中に飛び込んだ。
成田は足を引きずりながら、桜子を追った。
ドーム内に入ると、桜子の声が響いた。
「テラシマ、アヤト、ただいま戻りました」
桜子の姿が橙色の照明の中で揺らいでいる。
ホールの中央に円形のテーブルがあり、五人の人物が座っている。ドームの壁際には、各社の社員たちが、層をなして座っている。
突然、鐘楼の鐘の音が鳴り響いた。
桜子は深呼吸をして体を強張らせた。
二〇七五年、十一月三十日の、日没を告げる鐘の音だった。
桂木が隣に立って、成田に肩をぶつけた。
「わたしたち、やったのね」
「そうだな……」
綾人をダチョウ椅子に座っている寺島総裁の後ろに立たせると、桜子はドルマーの手を引いて後ろに下がった。
「後ろに立っているのが、わたしの後継者寺島綾人だ」
寺島総裁の声が静かに流れる。
「わたしは、来月末で引退する。来年一月一日に、寺島綾人が寺島ホールディングスCEОに就任する。そして五社連合政府法規により、五社連合の総裁に就任する」
「何か、ご意見ありますか」
議長役が各社の代表を見回した。
唐沢ホールディングスの、初老の男が手を上げた。
「わが社の代表が不在のため、意見は猶予させてもらいたい」
議長役が咳払いした。
「唐沢さん、ここでは、ご存じの通り、代理人の議決権は認めていません。お分かりですね」
他の五社連合のCEОたちから拍手が起こった。
「他に意見がないようですので、来年からの五社連合の総裁は寺島綾人氏と決定いたしました」
成田は安堵の吐息をついた。
これで、任務のすべてが終わった。
「皆さんに、ご報告することがあります」
声の主に視線が集まった。内務省の役人有村勇哉だった。
「内務省の有村です。寺島綾人氏が、この会場に到着するのに時間を要したのには、理由があります。三か月前、ジュンガルという集団に拉致され、救出に時間を要したためです。この件に関連して、シベリア共和国から、抗議がきています。シベリア特急とその沿線で日本企業によると思われる破壊行為があったと。その顛末の詳細な報告と弁償を求めることを要求すると」
「寺島総裁、どう思われますか」
議長役が意見を求める。
「調査委員会を立ち上げましょう。シベリア共和国は、日本の大事な隣国ですから」
「他の皆さん、いかがですか」
異議なしの声が上がる。
「内務省に、調査委員会を設置してください。寺島グループは全社を挙げて支援します」
寺島総裁は穏やかな口調で言った。
有村が成田と桂木の所に来た。
「桂木ドクター、寺島軍団兵舎宿舎に、娘さんがきています。お待ちになっていますよ。車でお送りします」
彼は成田に向き直り、厚さ二センチ五センチ角のデスクを渡した。
「今夜は軍団宿舎にお泊りください。明日、情報管理局に行き、このデスクを渡し、年金と医療保険の手続きを行ってください」
「ロボットのほうは、どうなっている」
「大丈夫です。用意してあります」
ドームを出るとき、成田は振り返った。
桜子は群衆に取り囲まれていた。彼女と会えるのも、今日が最後になるだろう。彼女は寺島綾人の配偶者として、今後厳重な警護のもとに置かれるからだ。
成田は軍用リュックサックを背負ったままジープに乗った。
空は夕闇に覆われていた。
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