第八章 黄昏に向かって走れ

60 さらば、ジュンガルの兵士たちよ





 カリムゴロフキンが部下にモンゴル馬二頭を引かせてきた。その後ろから木箱に積み込んだ飼葉を載せて荷馬車が続いてくる。


 陽が沈んでいた。

 篝火の灯りを頼りに、スパイダーの体内に、成田毅はジュンガルから贈られた食料と水の積み込みをしていた。

「ナリタタケシ、兵士たちが、あなた方の送別会をしたいと言っていますが、よろしいですか」

「お心持は嬉しいのですが、一秒でも早く、サクラコに追いつきたいので、失礼します」

 

「ララモントが、腹心の部下と共に、ジュンガルを出て行きました。アジムアカフエ、ご存じですね。彼が兵を募って追っていきました」

「ララモントは、何者なのですか」

「噂では、日本から来たとのことです。今、思えば、彼女は不死の魅力に憑りつかれていたんですね」

 

 彼女は野心家で、行動力もあり、頭も切れる。彼女が何を目指していたのかは分からないが、わたしたちに敵意を持っていたことだけは確かだ。


 馬二頭、飼葉、食料、水、防寒具をスパイダーに積み終えてから、成田はカリムゴロフキンと共に庁舎に入った。手術室で桂木がローランの手当てをしていた。

「ドクター。出発の準備ができました。できれば、手術室の電源ケーブルを外したいのですが」

 ローランが点滴を受けている。

 桂木は血液検査のデーターを空間ホログラフィーモニターで確認している。

「後、三十分待って、ローランが目覚めるかもしれない。エクソソーム、マイクロRNA26が、消滅しつつあるから」

 成田は頷いた。


 桂木のドックロボブルーが手術室に入ってきた。桂木がジュンガルの外に避難させていたのだ。新品のように真新しい。グレイとレッドは消耗して、ボロボロになっているというのに。

 桂木は膝を落とすと、ブルーの背中を撫でた。


「サクラコとアヤトが無事でほっとしたわ。ジャンもグレイも、それからレッドもスカイも無事なのね」

「多分。もうすぐ、分かると思います。みんなに会えますから」

「そうね」


 空間ホログラフィーモニターのバイタル数値が点滅を始めた。

 桂木がローランの顔を覗き込んだ。ローランが瞼を上げる。じっと桂木を見つめる。

「ローラン、わたしが、誰だかわかる?」

 ローランは瞬きせずに桂木を見つめる。

「……ドクター、カツラギ」

「お帰りなさい、ローラン」

 桂木はローランを抱きしめた。

「ローラン、ごめんなさい。いろいろあったの。詳しいことは、カリムゴロフキンに訊いて」


 成田は外に出た。

 兵士たちが松明を掲げて、広場を埋め尽くしていた。

 電源ケーブルを引き抜いた。スパイダーに入って巻き上げる。

 スパイダーから出ると、カリムゴロフキンの押す車椅子に乗って、ローランが外に出てくるところだった。後ろから、白衣の桂木とブルーがついてくる。


 成田はカリムゴロフキンに近づき囁いた。

「ケーブルの穴、修復すると約束したが、ジャンがいないので出来なくなった」

 カリムゴロフキンはにやりと笑った。

「つけにしておく」

「かたに、手術室と手術ロボットを置いていく」


「日本の友人たちは、これから日本に帰る」

 カリムゴロフキンが叫んだ。

 成田と桂木は手を振りながらスパイダーに向かった。松明が揺れ、歓声が上がった。

 カリムゴロフキンがスパイダーの後部開閉口まで送ってきた。

「これからのジュンガルのこと、頼むぞ」

 成田がカリムゴロフキンの手を握って言った。


「ナリタタケシ、わたしの任期は来月十二月三十一日で終わります。その後は新しい筆頭執政官が任命されます」

「それは、残念」

「ジュンガルは、民主国家ですから」

 そう言って、彼は満面の笑みを浮かべた。


 カリムゴロフキンは、ジュンガルのことを、国家と言った。成田も思わず笑みを浮かべ、彼の肩を叩いた。


 今日は十一月十七日。タイムリミットまで、後十三日。




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