59 バイバイマーラ、医学は魔力に勝てるか




 地図情報モニターでの、スカイとグレイの位置地点が合流している。ドルマーが桜子に追いついたのだ。

 成田毅はほっと吐息をついた。


 マイラムベックが軍用バックを背負って前室に入ってきた。牢鍵を鍵穴に差し込む。

「早く着替えてください。衛兵が来るかもしれません」

 成田は前室に出ると、マイラムベックから衛兵の軍服を受け取った。素早く着替える。靴も自前のブーツから軍靴に履き替える。もう一着の軍服の入ったバックを受け取り、襠をつぶして薄くし、背中に背負った。


「衛兵が二十人ほど来ています。武器をここから庁舎に運ぶためです。彼らに紛れ込んで、庁舎に入ってください。混成チームですので、知られることはないと思います」

 マイラムベックは、成田の背中に白マントをつけた。成田は胸の上でマントをピンで留める。地図情報モニターを四つに折りに畳んで、胸のポケットに入れる。

 マイラムベックは前室のドアを開け、廊下を見た。


「衛兵が全員武器庫に入りました。廊下に出て、三つ目のドアです。急いで行って、合流してください。一番後ろにつくんです」

 成田は急ぎ足で武器庫に入った。衛兵たちが弾薬の入った木箱を選別している。成田は最後尾の兵の後ろにつけた。残っているのは手榴弾の入った木箱だった。成田は木箱から手榴弾二発を手にしてズボンのポケットに入れた。


 成田は木箱を抱えて武器庫を出、後ろからのろのろとついていく。一階への階段の所に、マイラムベックがいて、衛兵に敬礼している。成田は木箱を左手で抱え、右手でポケットから手榴弾を掴んで出し、マイラムベックに渡した。

 彼の耳元で囁く。

「一時間後に、外の安全な所で爆発させてくれ」

 もう一つの手榴弾も手渡す。


 階段を上がり、急いで衛兵たちの隊列に加わる。

 兵士待機所を出、庁舎に向かって十分ほど歩く。市民から罵声がとんでくる。カリムゴロフキンの処刑に抗議しているのだ。兵士たちは木箱を抱え、ただ黙々と歩く。


 隊列は庁舎に入る。手術室の脇を通って、さらに奥に進んでいく。手術室に白衣を着た桂木の姿があった。まだ負傷兵の治療を続けていたのだ。石造りの廊下を進み、地下への階段を下りる。松明の灯りが、廊下を照らしている。二十メートル進み、左手の大部屋に入って行く。衛兵たちが床に木箱を並べていく。搬入を終えた衛兵が、次々と無言で廊下に出ていく。

 成田は床に木箱を置いた。そして振り向く。誰もいなかった。


 成田は廊下に首を出し、周囲を見回した。衛兵たちが、一階への階段を上っていく。最後の兵が振り向いた。成田は身を引いた。

 急に暗くなった。松明を持って兵が階段を上がっていったのだ。


 成田は胸ポケットから地図情報モニターを出し、広げる。稼働させる。モニターが明るく輝いた。ジャンが入力した桂木とロボットスーツの位置を検索する。モニターが点滅する。現在位置から五メートルほど奥に進んだ所だ。桂木と綾人は地下牢に閉じ込められていたのだ。地図情報モニターの反応が鈍かったのは、石造りの地下であったことが大きな要因だったのだろう。


 モニターの灯りを頼りに廊下を先に進む。木戸の前でロボットスーツの磁気が反応した。ドアノブを回し開けようとしたが開かない。鍵がかかっている。反対側のドアを開けた。桂木が閉じ込められている部屋だ。


 成田は金属製の椅子を持って廊下に出、ドアノブに叩きつける。鈍い音が廊下に響く。息を殺して耳を澄ます。深呼吸する。もう一度椅子を持ち上げ、ドアノブに叩きつける。手応えがあった。ドアノブが歪んでいる。成田は両手でドアノブを掴み、力をこめて捩じった。ドアノブが金属の塊になって、垂れ下がった。


 階段を下りてくる足音が聞こえた。

 桂木のいた部屋のドアを閉め、壊したドアを開ける。椅子を持ち上げ、その部屋に運び込む。モニターの灯りを頼りに、ロボットスーツを捜す。棚に迷彩色のロボットスーツとヘルメットがあった。着慣れた成田のスーツだった。軍服を脱ぎ体に装着する。廊下で複数の足音が聞こえてくる。ロボットスーツの装着を終え、ヘルメットを被った。その時、爆発音が聞こえた。


「何だ」

 兵士の一人が叫んだ。

 再び爆発音が聞こえる。


 足音が遠ざかっていく。成田は桂木のロボットスーツを捜した。大量の軍服が、棚に重ねられている。それらを投げ捨てていく。棚にはなかった。床の奥にヘルメットが見えた。拾い上げる。桂木のヘルメットだった。棚の下に青い金属製の布が見えた。掴みだす。桂木のロボットスーツだ。貴重品をぞんざいに扱っていたものだ。

 成田は、桂木ドクターのロボットスーツとヘルメットを軍用バックに入れた。地図情報モニターを折り畳み、胸ポケットに入れる。


 白マントを付け、ピンで留める。フードを被り、ヘルメットを隠す。

 手首のモニターを見た。機能していない。バッテリー切れだ。少なくとも、五分間日光に当てなければならない。


 廊下に出、壁を頼りに階段に向かう。

 階段は一階の松明の灯りで照らされている。階段を上がる。一階の廊下に出た。廊下は衛兵たちで埋まっていた。成田はその中を入り口に向かって歩いていく。手術室には、桂木がベッドに座っている。手術室の脇を通って外に出た。


 広場は群衆で溢れていた。カリムゴロフキンの姿が見えた。衛兵が三重の隊列を組んで、庁舎を護衛している。ローランマーラからの処刑の指示を待っているのだ。成田は庁舎のドームを西側に回って、日当たりの良い場所に立ち、マントを背中に回す。軍用バックから、桂木のロボットスーツを出し、陽に当てる。


 成田のスーツが反応した。体が温かくなってくる。手首のモニターが点滅しだした。

「そこで、何をしている」

 衛兵が立っていた。

「何を着ているんだ。それは、何だ」

 衛兵は桂木のスーツを指さした。

「悪いが、少し眠っていてくれ」

 成田は衛兵の首筋に左手のモニター端末を当て、電磁波を流す。衛兵は崩れ落ちた。成田は衛兵を抱え、路上に座らせる。


 成田は桂木のスーツとヘルメットを抱え、庁舎内に入った。まっすぐ手術室に入る。衛兵が二人、成田の体を捕まえた、即座に、二人に電磁波を浴びせる。

「ドクター」

 成田は桂木に走り寄った。

「説明している時間はありません。早くスーツを着てください」

 彼女にロボットスーツとヘルメットを持たせる。衛兵の白マントをベッドに置く。軍服は必要ないようだ。

「スーツの上に、このマントを付けてください」


 成田は手術室の入り口に立った。桂木を監視する衛兵に見えるだろう。

 桂木がロボットスーツの上に白衣を着て歩いてきた。

「白マントはどうしたんです。それでは、逃げきれませんよ」

「わたしを、ひきたてていって。ローランマーラの所に」

 成田は桂木を見つめた。

「ドクター、ローランマーラのエクソソームに免疫攻撃の目印をつけても、成功するかどうか、分かりませんよ」

「こうなったのも、全部わたしの責任……。ローランからマーラに宿っていた魔物を追い出してやる。成功するかどうかは、二の次。分かって、お兄ちゃん。わたしの医師としてのプライドが許せないの」

 

 成田は頷いた。

「わかりました。わたしもお供します。一つ提案があります。成功したら、カリムゴロフキンを救いだしましょう。ジュンガルのために」

「分かった」

 桂木が笑みを浮かべた。


 成田は桂木を後ろ手にして、手術室を出、奥に進む。ローランの執務室の前に立つ。衛兵が二人、成田を止めた。

「ローランマーラさまの命令で、桂木ドクターを連れてきた」

「そんな命令は聞いていない」

「いいから取りつげ」

 成田は衛兵を電磁波で倒した。もう一人の衛兵も崩れおちる。桂木が倒したのだ。


 成田は扉を開け、ローランの執務室に入った。

 執務室の中央奥には、ローランとララモントがいた。衛兵五人が取り囲んでいる。桂木が入ってくる。ローランは立ち上がった。

「何をしている。取り押さえろ」

 衛兵に命じる。衛兵が駆け寄ってくる。


「バイバイ、マーラ五十」

 桂木が叫んだ。

 ローランが硬直した。

「衛兵を止めろ、ローランマーラ。とどめをさすぞ」

「そのままで、控えていろ……」

 衛兵は立ち止まり、ローランを見つめた。


「ドクター、何をした」

 ローランはうめき声を上げる。

「説明しても、あんたには分からない。日本の医学だから」

「もとに戻せ、ドクター」


「それなら、カリムゴロフキンに特赦を与えろ」

「わかった。特赦を与える」

「ここに、連れてこい、と言え」

「ここに連れて来い」


 衛兵が一人、執務室から出て行った。

「わたしたちを開放しろ」

「わかった。開放する」


 ローランは椅子に沈んだ。顎を上げて、桂木を見つめる。

「わたしに、何をした。説明しろ。カツラギ」

「あんたは、何年生きてきた。百年、千年、何千年。その生きてきた秘密が、分かったんだ」

「お前は、永遠の命が欲しくないのか。百年足らずの命で満足するのか」

「わたしは、百年で満足だ」

 桂木はそう言い切って微笑んだ。


 成田は腕を組んだ。

 桂木が発案し、ヒラゲンが調整し、ジャンが作った、あの抗体が力を発揮したのだ。エクソソーム、マイクロRNA26に、目印をつけることに成功したのだ。免疫の攻撃が始まり、凄まじいショックがローランの体を襲っている。


 衛兵がカリムゴロフキンを連れてきた。

「さあ、わたしは、約束を果たした。今度は、おまえの番だ」

「ローランマーラ……、わたしと、あんたの間には、約束という言葉はない」


「バイバイ、マーラ百」

 ローランが仰け反り帰った。全身を痙攣させ、床に転げ落ちた。

 床の上を転げまわる。


 ララモントが逃げ出した。

 衛兵も逃げていく。


 桂木はローランマーラを見下ろした。

「五千年以上生きてきたんだ。静かに永遠の眠りにつくがいい」




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