54 桜子絶対絶命


 ゲルの中は温かった。

 薪ストーブの炎が揺らいでいる。

 黒崎桜子と綾人は両腕と両足を革紐で縛られて、絨毯の上に転がっている。ゲル内には、戦闘用ロボット二体と、ドックロボ五体が、二人を監視している。


 黒色の軍事用ロボットスーツを身に着けた女二人が入ってきた。

「戸倉絵美……」

 桜子が呟いた。

「久しぶりだね、サクラコ。元気そうで何よりだ」

 戸倉はそう言うと、桜子の顔を覗き込んだ。


「何で、わたしたちを捉える。説明しろ」

「相変わらず、元気がいいな。元気だけが、お前の取り得だけど」


 戸倉は木椅子を持ってきて、桜子の前で腰を落とした。

「相変わらず愚かだね、サクラコ。お前たち二人で、日本をまとめ、発展させていけると思っていたのか」

「あなたは、唐沢の回し者だったの。スパイだったの」

「そんなことはない。ただ、おまえたちに仕えているうちに、うんざりしてきたんだ。こんな愚かな者どもの下で働きたくない、と。口の悪い婆さんにも、嫌気がさしていたし」

「それだけのことで、唐沢に寝返ったのか」

「そうだ。わたしは、唐沢ホールディングスで、重要な地位につく。やりがいのある仕事だ」

「人でなし」

 桜子は、戸倉に向かって言葉を吐き捨てた。


「如意棒を出せ」

「如意棒?」

「婆さんから貰ったろう。如意棒」

「無くした。ガルバンとの戦いで、無くしてしまった」

「調べろ」

 戸倉は女兵士に命じた。女兵士は電磁波感知パネルを桜子の頭に当て、首、胸、胴体、脚へと動かしていく。最後に床に転がっていたヘルメットに、電磁波感知パネルを当てた。

「見当たりません」

「持ち物も全部調べろ」


 女兵士は桜子のリュックサックから食料、水筒を放り出した。折り紙テントを広げる。電磁波感知パネルを当てていく。

「ありません」

「綾人のも、調べろ」

 持ち物をすべて調べ終えた女兵士は、戸倉に首を横に振った。


「二人の、スーツを機能停止にしろ」

 戸倉は女兵士に命じた。

 女兵士は、磁気装置を抱えて綾人に近づいた。

「アヤトは止めて。アンダースーツを着ているけど、健康維持のためには、絶対必要なの」

 女兵士は戸倉を見つめた。

 戸倉は桜子を見つめたまま言った。

「機能停止にしろ」

 女兵士は、綾人の肩に端末を張り付け電源を入れた。

 続いて、桜子にヘルメットをかぶせ、スーツに端末を張り付ける。電源を入れる。一瞬だったが、全身が痺れた。


「わたしたちは、これからどうなるの」

「さあね、わたしには、わからない。それは唐沢が決めることだ」

 戸倉は立ち上がった。

「後、何日かしたら、日本から唐沢ホールディングスの会長が来る。楽しみにしているんだ」


 戸倉はゲルの入り口で振り返った。

「確かなことは、寺島ホールディングスは、今月の三十日で消えてなくなる、ということだ。おまえに一つ、忠告しておく。このゲルから外に出ないことだ。夜になると、凍え死ぬぞ。遭難死だ。それこそが、唐沢の思うつぼだが」


 女兵士がゲルの扉を開けた。

「紐をほどいてやれ」

 戸倉がゲルから出て行った。



 目覚めた。隣に綾人が眠っている。時間が分からない。

 ゲルの中には、監視役のロボットもドックロボもいなかった。

 桜子は立ち上がると、ドアを開け外を見た。夜だった。凍えるほど寒い。月光がぼんやりと周囲を照らしている。十メートルほど離れた所に、ゲルがもう一棟立っている。その周りに戦闘用ロボットの巨体が、十体以上が取り巻いている。遠くに戦闘用蟻型輸送歩行機が何体も見えた。

 ジャンの姿が確認できない。

 一頭のドックロボと視線が合った。

 桜子はゲルに身を隠した。



 三日が経過した。

 二日間、真夜中に起きて、桜子はゲルの周囲を歩き回った。外での探索は寒さで四十分が限界だった。ジャンを見つけることができなかった。

 明日には、唐沢の会長が来るかもしれない。行動を起こすのは今夜限りかもしれない。最初から気になっている場所があった。遠くに見えた戦闘用蟻型輸送歩行機が数体うずくまっているところだ。桜子の動物的な勘が、近寄ることを躊躇させていた場所だ。


 今夜、ジャンを捜しださなければ、もう二度と会えなくなる。そして桜子と綾人の命がどうなるか分からないのだ。桜子は決意した。

 防寒シートに包まって外に出た。体を丸めてもう一棟のゲルの方角に歩く。二十メートルほどに近づいた地点で、大きく左に迂回した。這いつくばるようにして、蟻型輸送歩行機に向かって進む。


 目の前に蟻型輸送歩行機が立ち塞がった。全部で三体。六本の脚を折り曲げて伏せている。それでも高さは二メートルほどあった。三体を一体ずつ見ていく。その内の一体の荷台からロボットの足が飛び出していた。

 桜子は背伸びをして、両手を荷台の縁に掛けた。両手に力をこめ体を持ち上げ、荷台を覗き込む。手が痺れて火傷のように痛む。目を凝らす。数体のスクラップ化したロボットが見えた。


 輸送歩行機の脚部に足を掛けて、体を荷台の中に入れる。荷台の中を這いながらロボットを一体ずつ見ていく。

 ジャンがいた。仰向けになって転がっている。左腕が肘のところから欠損している。顔面左側が縦に割れており、眼球が飛び出している。

 桜子はジャンを抱きしめた。

「死んでいないよね、ジャン」

 耳元に囁きかける。反応がなかった。


 胸部を擦り、ポケットを捜す。

 ポケットの窪みを捜し当てた。押し込む。ポケットの蓋が開いた。指を入れ、如意棒を探る。小さな金属の破片に指が当たる。その破片を摘まみだす。如意棒だった。

「お願い、ダン。ジャンを助けて」


 桜子は如意棒を唇に当て、祈った。そして叫んだ。

「ダン、ひやく」

 手のひらで、破片が震えた。

 今までのように即座に反応しない。

 桜子は目を閉じて祈った。目覚めて、ダン。

 如意棒が徐々に大きくなっていく。両手で支える。やがて一メートルの長さになった。


 桜子は立ち上がった。

 如意棒の手元を手前に引く。赤いボタンが現れた。

 寒さで、体の自由が利かない。脇を固めて、如意棒の先端をジャンに向ける。

 赤いボタンを押し込む。

「ダン、修復」

 腹の底から声を絞りだした。

 ジャンの体が緑色に染まった。だが、すぐ消えた。

 桜子は膝を落として、ジャンの顔を擦った。

「目を開けて、ジャン。お願いだから」

 冷たいジャンの体を抱きしめる。


「サクラコ……」

 ジャンの声がした。

 顔を覗き込む。右目が微かに開いている。

「よかった。生きていたのね。大丈夫、痛くない?」

「サクラコ、わたしに、そのような感覚はありません。それより、自分のスーツを修復してください。体が限界にきています」


 桜子は自分に如意棒を向け、赤いボタンを押し込む。そして呟く。

「ダン、修復」

 体が痺れ、そして温かくなっていく。


「サクラコ、戦闘開始です」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る