51 桂木ドクターとの再会

 最後まで広場に残ったのは五人だった。

 モンゴルの父と娘ドルマー、キルギスの兄弟テミルベック、マイラムベック、それから桜子によって解放され、共に戦ったアジムアカフエ。

 

 成田毅は、スパイダーにいる負傷兵たちを行政庁ドームの中の手術室に運びこむことを、ジェスチャーで彼らに頼んだ。負傷兵に残された時間の余裕はなかった。一刻も早く点滴を打たなければならない負傷兵もいたからだ。

 テミルベックとマイラムベックが担架を二つ運んで来てくれた。


 手術室には、ベッドがないので床に寝かせておくしか方法がない。二十八人の負傷兵がびっしりと手術室の床に横たわる。

「ローランに、ドクターを開放するように言ってくれ」

 成田は衛兵の一人に日本語で言った。通訳機能を使わなかった。成田がロボットスーツ無しで、現地語のやり取りができることを、衛兵に知られたくなかった。そのことが。ローランに伝わったら、新たな問題が起きるかもしれない。

 衛兵は答えなかった。日本語を理解できないのだ。

 

「ララモント筆頭執政官を呼んできてくれ」

 テミルベックが、成田の代わりに現地語で衛兵に言った。

 衛兵は頷くと、手術室を出ていった。


 十分ほど待たされた。

 ララモントが気だるそうに現れた。

「ドクターを開放してくれ。早急にだ」

 成田は間髪入れずに言った。

 ララモントは床に横たわる負傷兵を見回した後、重い口を開いた。

「ローランマーラさまが、執務室まで来るようにとのことです」



 成田は衛兵に先導されて執務室に入った。

 すでに桂木がローランの隣に立っていた。

「ローラン、準備は整った。負傷兵の手術のためにドクターを開放してくれ」

「ドクター、手術室に行っていい」

 ローランは表情を変えずに言った。


「ローラン、頼みがある。病室を用意してくれ。二十八人いる。それからドクターに防具を返してほしい。手術には絶対必要だから」

「病室は用意させよう。ドクターの防具は認められない。手術器具を使ってやるといい」

 成田は腰に両手を当て、天を仰いだ。

「それなら、助手が必要だ。わたしが、助手を担当していいか」


 ローランは成田を見つめたまま、思案気に眉を細めた。

「いいだろう。ドクターとの打ち合わせが終わったら、ここにもう一度来てくれ。相談したいことがある」

「分かった」


 手術室に戻ると、モンゴルの親子、キルギスの兄弟、アジムアカフエがいなかった。

 衛兵が五人に増えていた。

 桂木は負傷兵を一人一人診ていった。そのうちの七人を指さして言った。

「この七人を最初に手術します。成田さん、スパイダーに手術器具を取りにいきましょう」

 桂木が手術室を出ようとした。ララモントが遮った。

「ドクターは、ここから出れません。成田、あなた一人で行きなさい。衛兵を二人付けます」

 

 成田は外に出て、スパイダーに向かった。ぴったりと衛兵二人が付いてくる。

 スパイダーに入ると、衛兵も入ってきた。七十センチ角の金属製の箱を開ける。手術器具が詰め込まれてある。成田は器具リストと照合していく。もう一つのケースを開けた。医療用材、薬品が入っている。成田はリストを取り出し目を通した。


 展望スペースに行き、紙にペンで文字を書いた。桜子と綾人、日本に戻った。桂木に見せれば、少しは安心するだろう。

 衛兵が入ってきて、覗き込んだ。

「日本の文字がわかるのか」

 成田が訊いた。

 衛兵は苦笑した。彼は日本語が分からないし、文字も読めない。

 成田はその紙を折りたたんで胸のポケットに入れた。

 成田は二つの金属製ケースに蓋をし、そのケースを運ぶように、身振り手振りで衛兵に伝える。


 成田が手術室に戻ると、負傷者は七人になっていた。他は病室に移されたのだろう。桂木は白衣を着て、手術台の負傷兵を診ていた。

 成田は二つの金属製箱を桂木のいる手術台の向こう側に置き、蓋を開けた。桂木が屈みこんで、箱の中を確認する。

「ドクター、どこにいました?」

 成田は屈みこむと、声を潜めて桂木の耳元で囁いた。


「このドームの地下」

「アヤトは?」

「隣の部屋」

「スーツは?」

「部屋の前」

 成田は胸の紙を桂木に渡した。彼女は白衣のポケットに紙を入れると立ち上がった。


「器具、薬の状態は、問題ありません」桂木は成田に笑顔を見せた。

「よかったわ。戦場で使っていたので、少し心配だったの」



「ナリタ、ローランマーラさまが、お待ちだ」

 ララモントが腕を組んで成田を睨みつけて怒鳴った。




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