40 ガルバン征討軍司令官ララモント

 



 成田毅は久しぶりにシャワーを浴び、髭を剃った。新しい下着に着替える。戦場用のグレイのシャツを着、革製のズボンを穿く。展望室から広場を見下ろした。黒マントの兵士たちが集まってきている。

 

 桜子がドアをノックした。

「どうぞ」

 成田は背を向けたまま返事をした。

「昼食パッケージの用意ができました」

「ありがとう」

 桜子が入ってきて、展望ブロックのテーブルに、昼食パッケージとスプーンを置いた。


「わたしが、モンゴルの親子とキルギスの兄弟を助けたことが、悪かったんだ」

 成田はパッケージを開いて、スープをスプーンですくいあげ。一口飲んだ。

「そんなことないよ。どちらにせよ。ガルバンとの闘いは避けられなかったと思うから」

 桜子が吐息をついた。

「気が付かなかったかい、サクラコ。ローランは、はなからガルバンとの戦争を決めていたんだ。ドクターと綾人が数分で出てきたこと。ロボットスーツを持ってくるのに時間を要しなかったこと。それから、ララモントの指揮官任命が決まっていたこと。ローランは、わたしたちを、どうしたら自主的に戦場に行かせるかを、考えていたんだ」

 サクラコはもう一つ吐息をついた。

「だから、何も気にすることはないんだ。それより、ロボットスーツの充電は済んだのかい」

「あと、五分ほど」

「ロボットスーツを付けたら、ジャンと犬たちを呼び出そう」


 成田はホログラフィーモニター装置を入れた軍用バックを背負う。肩にスカイを載せ、スパイダーを降り、桜子と共に広場に立った。

 時間は二時五十四分。


 ドームの前にジャンが立っていた。足元にグレイとレッドが伏せている。

「大丈夫でしたか」

 ジャンが言った。

「なんとか」

「サクラコも無事でなによりです」

 桜子はジャンの胸を叩き、笑顔を見せた。

 

 白マントの兵士が歩いてきた。

「会議は、第三兵舎の会議室で行います。どうぞ」

 兵士はそう言うと、足早に歩きだした。

 その兵舎は十分ほど歩いた所にあった。五階建ての大きな石造りの建築物だった。

「サクラコ、戦場では、必ずわたしの言うことを聞くんだ。必ず、お前さんを守ってやる。婆さんと約束したんでね」

「うん……」 

 桜子は笑みを浮かべる。


 兵舎に入る。大部屋だった。すぐ緋色のマントをつけたララモントと白マントをつけた六名の兵士が目についた。その他に黒マントの兵士が六人が後ろに待機している。

 彼らは大きな長方形のテーブルを囲んでいた。テーブルには大地図が広げられている。


 ララモントが成田と桜子に部隊編成表を渡した。中隊は百人構成、五中隊で大隊を構成する。六大隊で部隊総体となる。

 ここにいる白マントの兵士は大隊長クラスということか。

「ナリタタケシ」ララモントは地図を見ながら言った。

「ここから南南東約三十キロの位置にガルバンの全戦力が終結している。総兵力は約三万人だ」


 成田は地図を覗き込んだ。

 ララモントはその位置を指さした。

「明日にでも、ジュンガルに到達する」

「作戦は?」

 成田が訊いた。

「お手上げだ。敵をジュンガルに引き込んで、市街戦に持ち込むしかない」

「住民はどうする」

「明日早朝から、砂嵐がくる。攻撃は午後になるだろう。今夜中に全住民をジュンガルから避難させる」


「ガルバンの兵器は、何を装備している」

「ライフル銃が中心だが」

 ララモントが口籠った。

 筆頭格の白マントの兵士が話を続けた。

「その他に、サブマシン。問題なのは、戦車が二台」

「サブマシンの数は?」

 成田が訊いた。誰も答えなかった。ガルバンは野盗の集団だと思っていたが、これでは正規の軍隊と変わりない。


「司令官殿、一つ提案していいか」

「ああ、言ってくれ」

「これから、ガルバンの全兵力の全容を、偵察することにしたらどうだ。何か方策が見つかるかもしれない」

「それは、もう終わっている」

 先ほどの白マントの兵士が言った。

「綿密にだ。もっときめ細かくだ」

 兵士たちは沈黙した。

「その任務はわたしがやる。四時間ほど時間をくれないか」

 ララモントは周囲を見回してから成田を見つめ、頷いた。

「九時に、ここでもう一度作戦会議をやりましょう」

 成田は提案した。



 桜子指示の元、広場では兵士たちがスパイダーに食料、補給物資の積み込みをしている。

 成田はジャンの肩に乗ってガルバンが軍を展開している南南東に向かった。前方の空をスカイが飛んでいく。ジャンが走る。グレイがついてくる。速度は時速五十キロだ。

 途中でガルバンの斥候と鉢合わせしたら、即座に制圧しなければならない。彼らはきっと無線機器を持っているにちがいない。隠密にことを進めなければならない。


 二十キロほど進んだ所で、スカイから報告があった。成田は手首のモニターでその情報を確認する。右二キロの地点に、騎馬兵二名がジュンガル方向に向かっている。成田は左に迂回した。


 ガルバン軍の集団まで、二キロの地点に来た。

 成田はジャンに身を屈めさせ、砂上に降りると、折りたたみ式のタブレットを手にした。上空からのガルバン軍の全貌を映し出す。一名一名ごとの情報が記録されていく。

 戦車が二台。迫撃砲が三、馬車で運ばれている。

 全兵力は三万三千二百五名。全員砂色の迷彩色の軍服を着ている。それとは別の集団、武装していない荷役の集団が三千人ほどいる。これはもはや近代化された軍隊だ。



 作戦会議室は重苦しい雰囲気に包まれた。

 ホログラフィーモニターに、ガルバン軍の全容が映写されている。

「市街戦になる前に、ジュンガルは火の海になる」成田はぽつんと言った。

「外で戦うしかない」


 全員の視線が成田に集まった。

「司令官殿、わたしの作戦を聞いてくれるか」

「聞きましょう」

 成田は大きく息を吐いた。

「緒戦で敗北したら、ジュンガルは消滅する。我々は、砂嵐の中で戦う」




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