第六章 ガルバン戦記

39 ガルバンの奴隷になるか。それともガルバンと戦うか

 


 成田毅は毎日ベッドの中から天井を見上げて過ごした。

 牢獄には窓がなかった。監視用の小窓から淡い光が差し込んでいる。

 投獄されて何日経っただろう。三日まで土壁に印をつけたが、今はやめてしまった。一週間経ったかもしれない。髭がかなり長く伸びた。十月に入っているかもしれない。

 徐々に無気力になっていく自分が情けない。


 夜は凍えるほど寒い。夜は羊のロングコートを二枚重ねして寝ているが、それでも寒さで目が覚めてしまう。食事は羊肉と、山羊のミルク、それから固いパン一切れだ。食傷気味だ。

 体が重い。十も二十も歳をとった感じがする。きっと中性脂肪とコレストロールの数値が上がっているに違いない。高脂血症になって、血圧も上がっているに違いない。これまでの努力が無駄になる。


 昼食をとっていると、ララモントが兵士二人を引き連れて現れた。

「ナリタタケシ、ローランマーラ様がお呼びだ」

 日本語だった。

 成田は牢獄から出された。

「こんな体裁で、最高指導者に会って失礼に当たらないのかな」

 髭を撫でながら言う。

 ララモントは答えなかった。

「あんたが、日本語を話せるとは、知らなかった。どこで、覚えた?」

 彼女は答えなかった。

「今日は、何月何日だ」

「九月三十日」

 初めて成田の問いに、面倒くさそうに答えた。


 ローランの執務室に連れていかれた。

 ローランは椅子に座って紙面を見ていたが、成田が顔を見せると気難しそうな眼差しを向けた。

「ガルバンの使者が来た」

 彼女はぽつんと言った。

「わたしの仲間はどうしている」

 ローランは答えなかった。


 桜子が執務室に入ってきた。少しやつれたように見える。彼女は成田の顔を見て微かに微笑んだ。

「ガルバンが、おまえたち二人を引き渡せと言ってきた。おまえたちが、余計なことをしたからだ。三万の兵がこちらに向かっているそうだ」

 ローランはそう言って、眉間に皺を寄せた。

「お前たちを、ガルバンに引き渡せば、奴隷か、悪ければ処刑されるだろう。それでは、あまりにも忍びない。考えのしどころだ」


 成田は腕を組んでローランを見つめた。

「選択肢は二つしかない。ガルバンと戦うか、ガルバンにおまえたちを引き渡すかだ。ガルバンと戦うことになったら、おまえたちは絶対負けられない。負けたら、おまえたちは、首を切り落とされる」

「ひとつ訊いていいか」

「何だ」

「ジュンガルの兵力は、何人だ」

「およそ四千人、千人は守備要員だから、戦えるのは、三千人」

「三万対三千か}

「おまえたちには、近代兵器がある。二十世紀と二十一世紀の戦いだ」

 

 成田はローランの話を聞いた時から戦うしか道はないと考えていた。だがその前に確認しておかなければならないことがある。

「ガルバンに勝ったら、我々を開放してくれるのか」

「寺島綾人とサクラコは、解放しよう。約束だからな。おまえと、ドクターはこれから考える」


「ロボットスーツは返してもらえるのだろうね。あれがなければ、我々は戦えない」

「いいだろう。だが、余計なことは考えるな。綾人とドクターの命を、わたしが握っていることを忘れるな」

「ドクターと綾人に会わせてくれ。念のためだ」

「いいだろう」

 ローランは、ララモントに目配せした。


 五分ほど経った。

 桂木と綾人が兵士に拘束されて入ってきた。桂木は成田と桜子を見て、安堵の吐息をついた。成田は二人に向かって大きく頷いて見せる。桂木も微かに微笑みを浮かべた。すぐ二人は隣室に戻された。


「指揮は誰がとる?」

「ララモントをガルバン征討軍の最高司令官に任命する。おまえたちは、ララモントに協力し、命じられた通りに動くんだ」

「ララモントは、軍の経験があるのか」

「心配するな。彼女は日本の軍団で働いていた」

 成田は桜子と顔を見合わせた。

「ロボットは、サクラコの護衛に当たる。運送用歩行器は、物資の輸送に当てることにする。それで、いいな」

「いいだろう。肝に銘じておけ、おまえたちにとって、負けられない戦争だ。勝つためには手段を選ぶな」


 兵士が成田と桜子のヘルメットとロボットスーツを持ってきた。

「ナリタ、サクラコ、午後三時から、作戦会議だ。ドーム前に来てくれ」

 ララモントが言った。




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