38 桜子、成田、桂木、全員囚人になる
黒崎桜子は乗馬の訓練を終えて、師匠のドルマーと共にドーム前の広場に戻ってきた。昨日の雨の痕跡は、広場の石畳に残っていなかった。空は高く、抜けるように青い。ローランが自分の名をローランマーラと名乗った昨夜の光景が幻のように思える。
ララモントがドームの大扉を開け、姿を現した。
「サクラコ、ローランマーラ様がお呼びだ」
桜子は下馬して、手綱をドルマーに渡した。
「ドルマー、明日また、教えてくれ」
ドルマーは笑みを浮かべて頷く。桜子はドルマーの馬の首筋を撫でて、去って行く彼女を見送った。
桜子はララモントの後をついていく。桜子の後ろから、大柄の兵士二人が歩いてくる。ララモントはドームの治療室の脇を通って、奥に進む。突き当たりのドアを開け、ローランの執務室に入る。
執務室には誰もいなかった。ララモントはさらに進み、続き部屋のドアを開けた。桜子はその部屋を覗きこんだ。広い会議室だった。
中央奥に、ローランが椅子に座っていた。その右隣に、桂木と綾人がそれぞれ二人の兵士に拘束されて、頭に拳銃の銃口を当てられている。桂木はロボットスーツを着ていなかった。
桜子は横を向いた。
成田が腕を組んで立っていた。彼もロボットスーツを着ていない。
「サクラコ、動くな。動けば、おまえの大事な人は、死んでしまうぞ」
ローランは杖をついて立ち上がった。
「おまえも身につけている、その不細工な武具を外すんだ。すぐに」
「このスーツを脱ぐと、あなたと話ができなくなる。それでもいいんですか」
「心配するな、サクラコ。わたしは日本語を理解し、話すことができるんだ。百年ほどまえに、日本の女に棲みついたことがある。つまらない女だった」
桜子は成田を見つめた。彼は口を強く結んで頷いた。
ララモントが桜子の緋色のマントの紐をほどいて無表情に奪った。桜子はヘルメットを外し、スーツの着脱ボタンを押した。ロボットスーツは桜子の体から離れ、床に落ちた。
「それでいい。これからおまえたちは、わたしの囚人だ。悪く思わないでくれ。わたしが生き延びていくためには、これしか方法がないんだ。おまえたちのことは、これからじっくりと考えることにする」
「あなたは、わたしとの約束を破るのですか」
ローランは椅子に腰を落とした。ゆっくりと、桜子を見上げる。
「わたしは、おまえと約束をした覚えがない」
「あなたは、ローランなの、それとも、マーラなの」
「わたしには、名前がない。あえて言えばローランマーラだ」
「マーラ、あなたが言った夫への愛は、作り事だったの?」
ローランは俯き、笑みを浮かべた。
「人でなし」
桜子が叫んだ。
ララモントが桜子の頬を叩いた。桜子は唇をかみしめて、ローランを睨みつける。
「目ざわりだ。その女を、囚人部屋に連れて行け」
ローランは笑み浮かべたままララモントに指示した。
兵士が桜子を後ろ手にして体を持ち上げた。ロボットスーツを着衣していない体は無防備だ。痛くて悲鳴を上げそうになる。
「乱暴に扱うな。若い女の子だ」
ローランの笑い声がした。
桜子は兵士に押されて会議室を出た。
桜子はドームから外に押し出された。
広場の片隅の石柱に、ジャンが鉄製の鎖で縛りつけられていた。ジャンの視線が桜子に向いている。
「ララモントさま、あのロボットに別れの言葉を伝えたいの。友達なの。もう二度と会えなくなるかもしれないから」
日本語が分からないと思うけど、桜子はジェスチャーを入れてララモントに哀願した。
「だめだ。おまえは、何か企んでいるんだろう」
驚いた。日本語だった。
「今のわたしには、何もできない。ロボットスーツを着ていなければ、何もできない」
「一分だけだ」
桜子は石畳の上を走った。ロボットスーツを着ていないのでいつもと違う。足取りがもつれる。
ジャンを見上げた。
「サクラコ、ロボットスーツを奪われましたね」
「うん……」
「今まで通り、外国人と話せる方法があります。如意棒を耳から出してください。
桜子は耳から如意棒を取り出した。
「十センチに伸ばします。サクラコ、ダン十と言ってください」
「ダン十」
如意棒は十センチに伸びた。
「ダン通訳、と言ってください」
「ダン通訳」
如意棒の先端が青く点滅した。
「サクラコ」
ララモントの金切り声が聞こえた。
「サクラコ、如意棒を耳に隠して」
如意棒縮めて耳に入れ、桜子は呟いた。
「ジャン、わたしたち、大丈夫かな……」
「大丈夫ですよ。サクラコ」
黒マントの兵士が二人歩いてくる。
「ジャン、大好き」
桜子はジャンの体に抱きついた。兵士が桜子をジャンから引き離した。
「ララモントが、時間だと言っている」
彼の言った言葉がわかる。耳の中の如意棒が通訳しているのだ。
桜子は兵士の手を振り払ってララモントに向かって歩いた。
途中で振り返った。
ジャンは目を閉じていた。
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