41 砂塵と幻の戦車軍団
午前五時に、ジュンガル軍はガルバン軍野営地の西方二キロの地点に布陣した。大砂塵は現在カザフスタンとの国境にあり、東に向かっている。ジュンガル軍は砂塵を前方に見てガルバン軍と対峙することになる。作戦の重要なポイントだった。
黒崎桜子はヘルメットのシェルターを上げた。
ジュンガル軍は三列横隊になって体を西に向けている。砂漠での戦いの厳しさは兵士たちは一番知っているだろう。今、ジュンガル軍は窮地に立たされている。兵士は皆、尋常な戦法で戦えるとは思ってはいないはずだ。
砂塵の厳しさを知る者たちはすべて、戦いは砂塵が去った後と考えている。桜子は作戦会議でそう語った成田の言葉を思いだしていた。
スパイダーが八本の脚を折り曲げて伏せている。その隣にジャンが立っている。グレイとレッドは斥候に出ていた。スカイは空からガルバンの陣営を監視している。
ガルバンの物見の兵が、前方に姿を現した。本隊は後方で歩みを止めている。まだガルバンの陣営に変化は見られない。
ジュンガル軍の後方で、成田はホログラフィ・プロジェクション・マッピング映写機を、金属盤に固定した。金属盤の四方の端に、長さ一メートルの金属棒を砂に打ち込む。スパイダーのバッテリーからコードを引き、映写機に接続する。
「サクラコ、おまえの任務は、この映写機の操作と保全だ。やり方は覚えているね」
「はい」
「この映写機に近ずく者は、敵味方なく排除しろ。この映写機を死守するんだ」
「わかった」
「前と同じでは、気づかれてしまう。今度は戦車軍団だ。数は百、歩兵は一万。奴らの後方、東側の砂嵐の中から現れる。そういう想定だ。奥行二キロ、幅五百メートル。凄まじい音響と光の渦。驚くぞ。砂嵐の時間は二時間。映写時間もそれに合わせてプログラムを変更した。反復映像を四度繰り返す。その間に決着をつける」
成田が笑みを浮かべる。
「サクラコ、おまえならできる。砂嵐がガルバン軍の頭上まで覆ってきたら、映写機を稼働させる。分かったな」
「分かった」
ジュンガル軍の後方、東の空に陽が昇ってきた。
ガルバン軍の背後、西の空に、大砂塵の壁が波打ち、うねりとなって打ち寄せてくる。それは巨大なスクリーンに変貌していく。
ジャンガル軍は、陽の光を背後から浴びながらガルバン陣営に向かって前進を開始する。
ジャンが電磁波砲を抱えて進む。成田は光線銃を持ってゆっくりと後に続いていく。桜子だけが取り残された。この戦いの勝敗を決めるのは自分だと分かっている。体が小刻みに震える。腕を組んで自分の体を締め付けた。
レッドが戻ってきた。サクラコは膝を落とし、レッドの体を抱いた。
ガルバン軍の背後、西の空に大砂塵の波が打ち寄せてくる。
桜子は砂上に這いつくばり、流されるないように身構える。やがて、桜子の体は砂塵に包まれた。
砂塵を背にして戦うことが有利と考えたのか、ガルバン軍が発砲を始めた。ジュンガル軍は砂上に伏せ身構える。
戦場は大砂塵の中に埋もれていく。
桜子は映写機の固定金属板にしがみつき、レバーを下ろた。そしてボタンを押し込む。
大砂塵の中に雷鳴が響き渡り、稲妻が光った。
砂塵の中に戦車が現れた。一台、二台、三台。無数の戦車が砂塵の中から溢れてくる。
ジュンガル兵が隊列を組んでほふく前進していく。ガルバン兵の投げた手榴弾が数発、ジュンガル兵の隊列の中に落ちた。飛ばされる兵が影絵のように見える。
砂嵐が戦場を覆いつくしている。
戦車軍団の映像だけが、前進を続けてくる。
その他は何も見えない。
ライフル銃の射撃音とガルバン兵の怒号が重なりあい、鳴り響く。
砂塵の中を、成田とジャンの放つ光線銃の光が帯となって、何度も、何度も、左右に往復した。
やがて、砂塵が桜子の上空を通り過ぎた。
桜子は立ち上がった。
如意棒を持ち、一メートルに伸ばす。近づいてくる者は、敵味方関係なく、レベル二で倒すことにしている。手に負えなくなったら、レッドが加勢してくれるだろう。
大砂塵が去って行く。
それに併せて、視界が広がっていく。映像が消えていく。静寂が戻ってくる。桜子は映写機のレバーを上げた。
ジャンの大きな体が見えた。次に成田が立ち上がった。ややして緋色のマントの兵士が立ち上がる。ジュンガル兵はまだ砂上に伏せている。
砂塵がガルバン陣営の上空を少しずつ、少しずつ退いていく。
ガルバン兵が横たわっていた。
十、百人、二百人、三百。いやその数は千を超えているかもしれない。
「こんなに、殺してしまったのか……」
白い天幕が何枚も砂塵に乗って舞い上がっていく。
視界が広がり、逃げていく無数のガルバン兵の後ろ姿が見えてくる。馬が群れになって遠ざかっていく。
桜子は茫然と佇んだ。
ジャンが電磁波砲と光線銃を持って歩いてきた。
「サクラコ、大勝利です」
桜子は何も言わなかった。
ジャンは電磁波砲と光線銃をスパイダーに収納すると戻ってきた。
「映写機を片付けます。これはもう、二度と使えません」
バッテリーコードを映写機から引き抜き、金属盤から映写機を外した。金属盤を固定している棒を引き抜いていく。
桜子は無言でガルバン陣営に向かった。
「サクラコ」
ジャンが声をかけた。
「彼らのほとんどは、死んでいませんよ。光線銃のレベル三で眠っているだけです」
桜子はジャンに背を向けたまま大きく頷いた。
「よくやった、サクラコ」
成田が声をかけた。
「これから救護所のテントを張る。兵たちに手を貸してやってくれ」
ガルバン兵は、一人、二人と立ち上がっていく。負傷の程度が重く立ち上がれない者もいる。桜子はガルバン兵の状態を確認するため、ガルバン陣営に足を踏み入れた。
戦車が二台、煙を上げて立ち往生している。無数の小銃が砂の上に転がっている。
ガルバン陣営の後方から、数百人の鎖に繋がれた一群が歩いてくる。傍にいたジュンガル兵が言った。
「ガルバンの荷役用の奴隷です」
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