21 多数決で決めたら、と桂木ドクターが提案した



「サクラコ、やめとけ」

「いや、わたしはやる。絶対助ける」

「失敗したらどうなるのか、分かっているのか」

「わたしは、失敗しない」

「子供たちの命も、おまえの命も、なくなるのかもしれないのだぞ」

 タケ爺はわたしのこと、おまえと言った。ここは絶対譲れない。

「わたしは、失敗しない」

 黒崎桜子は断固として言い放った。


「やれ、やれ」

 成田は両手を上げた。

「それなら、どうかしら、多数決で決めたら」

 桂木が提案する。

「多数決って?」

 桜子が訊き返す。

「成田さんと、サクラコさんと、わたしとの三人で」

 ということは、ドクターが決定権を持つということではないか。まずい。ドクターはタケ爺と特別な間柄なのだ。わたしは負ける。それでも、わたしが単独行動をとったら、このチームはばらばらになってしまう。

 わたしは、モンゴル人の切ない願いを見捨てなければならないのか。


「成田さん、どうかしら?」

 桂木が声を掛ける。

 桜子は成田の表情を窺った。彼は腕を組んで桂木を見つめている。

「どうしても、駄目?」

「仕方がない。いいでしょう」

「サクラコさんは?」

「いやだけど、わたしも仕方がない」

「じゃ、いいわね、いくわよ。助けることに賛成の人、手を上げて」


 同時に、桜子と桂木が手を上げた。

 成田は苦笑して天を仰ぐと、ゆっくりと右手を上げた。

「ドクターありがとう」

 桜子は桂木の体に抱きついた。

 わたし、坊主と医者は苦手だったけど、これからは医者は好きになれそうだ。


 スカイが戻ってきて、天空で舞い、送信してきた。腕のモニターに移動するガルバン兵士たちの姿が映っている。ここから約九キロの地点だ。

 

 ジャンはテーブルを組み立て、椅子で囲んだ。桂木がモンゴルの夫婦を呼んで、テーブルの椅子に座らせた。桜子がマグカップにジュースを注ぐ。

「あなたがたの子供たちを助けにいきます」

 桜子はマグカップを差し出しながら笑顔で言った。モンゴルの夫婦も笑顔になって、交互に桜子の手を握った。


「テミルベック、心配するな、君の弟も救出するから」

 テミルバックは満面の笑顔を浮かべた。

「ここから、ジュンガルまで、どれくらいで行ける?」

「妨害がなければ、二日ほどです」

「君は、あの蜘蛛の形をした歩行機に乗って、昼夜兼行でジュンガルに行ってくれ。分からないことがあったら、桂木ドクターに訊く。できるか?」

「はい」


「君の弟の名を、教えてくれ」

「マイラムベックです」

「マイラムベック?」

「そうです」

「歳は?」

「二十四です」

「身長は?」

「百七十センチです」

「服装は?」

「青いシャツに革製の茶色いベストを着ています」

「身につけていた物があるか?」

 テミルベックはショルダーバックからニット帽を出した。

「これは、預かる。いいね」

「はい」

「それから、君の馬を連れて行きたいが、いいか」

「はい。使ってください」


 成田はモンゴルの夫婦の前に座った。

「子供さんたちのことを訊きます。まず姉のほうですが、歳は十一歳ですね」

「はい」父親が答えた。

「名前は?」

「ドルマーです」

「身長は?」

「百五十センチです」

「着ている物は?」

「赤いジャケットに灰色のズボンです」


「弟のほうは、歳が八歳だったね」

「はい」

「名前は?」

「バートルです」

「服装は?」

「青いジャケットに灰色のズボンです」


「二人が身につけていた物、何かあるか?」

 母親が抱いていた布袋の中からタオルとニットの靴下を出した。

「このタオルが、ドルマーの物です。それからこの靴下はバートルのものです」

 成田はタオルと靴下を受けとった。

「ドルマーは裸馬に乗れるか」

「大丈夫です。モンゴルでは、乗っていました」


 成田は一人で淡々と準備を進めていく。桜子が口を出す隙もなかった。

「ドクター、わたしは桜子と三人の救出に向かいます。あなたは、スパイダ―に乗ってジュンガルに向かってください。行き先はテミルベックに訊いて、ジャンに指示してください。できますか」

「ジャンを連れていかないのですか」

「ジャンはあなたの護衛ですから。それに、もしジャンを傷つけたら、この任務は破綻してしまいます」

「わかりました。わたしの方は、ジャンがいれば、大丈夫です」


「タケシ、いいものを用意してきました。ジュンガルへの娯楽の贈り物として、わたしが用意したものです。ホログラフィ・プロジェクション・マッピングです」

「映像機を使って空間に立体の映像を映し出す、あれか?」

「そうです。騎馬軍団の攻撃の映像があります。」

「ガルバンを驚かすに十分だな。ジャン、ありがとう、使ってみよう」

 ジャンはスパイダ―に入り、四十センチ角の金属製の箱とリュックサックを持って出てきた。その箱から、映写機を出して、テーブルの上に置く。


「このレバーを下に押してください。そうすれば、映写機が稼働します」

 ジャンは横についてあるレバーを指さした。成田が覗きこんで頷く。

「このボタンを下に押し込んでください。そうすれば、映像が夜空の空間に映しだされます」

 ジャンは上部についているボタンを指さして言った。

「蹄の音といななきが響き渡り、数千の騎馬隊が突き進んできます。普通の人間なら、度肝をぬかれますよ」

「面白い」

 成田が笑みを浮かべた。

「気をつけてください。映写時間は三十分です」

 ジャンが映写機をリュックサックに入れながら言った。

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