22 敵はガルバン三十騎 桜子が果敢に挑む
黒崎桜子は目を閉じて自分の心臓の鼓動を聞いていた。乾いた風が頬をさすっていく。
鼻に冷たい物が触れた。
眼を開けると、レッドが見下ろしている。斥候から帰ってきたのだ。赤い瞳が瞬きする。
満天の星空だった。こんな広い空を見たのは初めてだった。
成田が岩に腰かけてタブレットを見ている。彼のグレイはまだ帰ってきていないようだ。手首のモニターを見た。十時十分だった。桜子は立ち上がると、リュックサックから水筒を二つ出して、灰色のほうを成田に渡した。
「グレイはまだ帰ってこないの?」
成田は頷くと水筒の水を口に含んだ。彼の肩にはスカイの姿もない。
スカイは千メートルも離れた獲物をみつけることができるというイヌワシの眼の仕組みを備えている。そのうえ、暗視カメラと赤外線探知機も備えた優れものだ。グレイとレッドは、犬と同じように人間の百万倍の嗅覚を持っている。犬より優れているのは、十メートル先までの匂いをかぎとれる能力を持っていること、複数の匂いを同時に追うことができることだ。
グレイには、マイラムベックのニット帽を、レッドにはドルマーのタオル、バートルの靴下の匂いを嗅がせてある。グレイがまだ戻ってきていないということは、まだマイラムベックを探しあてていないのだ。
目の前二百メートル先に、二十を超えるテント群が見える。少し離れた所に、蒙古馬が群れている。その傍に兵士の姿が二人、周囲を見回しながら歩いている。
桜子はヘルメットの上部から、暗視双眼鏡を目の位置に下ろした。二百メートル先に、焦点が合ってくる。兵士の姿が見えた。その数は五人だ、二人は向かい合って談笑している。一人が水を飲んでいる。後の二人はライフル銃を構えて歩きまわっている。ガルバンの兵士は皆私服だった。
スカイはマイラムベックを上空から捜しだせない。今はグレイに頼るしか方途がない。
「サクラコ」
成田が呼んだ。彼は自分の隣に腰かけるように手で促す。
桜子が座ると、成田は彼女にタブレットを見せた。それは、テント群を上空から捉えた見取り図だった。テントは全部で十七ある。右側の三つめのテントが赤くなっている。成田はそのテントを指さした。
「ここに、ドルマーとバートル姉弟がいる」
「マイラムベックは?」
「グレイが捜している」
「いいか、よく聞いてくれ。サクラコはドルマーとバートルを救いだす。わたしは、マイラムべックを救いだす。グレイが戻ってきたら、戦闘開始だ」
「わかった」
「まず体を屈めて馬のほうに接近する。そして手綱で繋いでいるのがあれば、それをすべて外す。逃げるときに、すべての馬を追い払う。追って来れなくするためだ。それが済んだら、わたしはマイラムベックのいるテントに走る」
「見張りはどうする」
「しばらくの間、眠らせておく」
「タケ爺がやるの?」
「サクラコ、おまえだ」
「わたしが……?」
「それが済んだら、ドルマーとバートルのテントに走るんだ。レッドが案内してくれる。テントの中に兵士が三人いる。三人とも、即座に眠らせるんだ。いいか、絶対発砲させたり、逃げられたりするな。失敗すると、命を落とすことになるぞ」
桜子は深呼吸した。
「サクラコ、助けるといったのは、おまえだ。覚悟はできているんだろう」
「はい。勿論」
「画像で見るかぎり、二人は足と手を縄で縛られている。縄を着る刃物を持っていけ」
「わかった」
「テントを出たら、おまえはバートルを抱え、ドルマーを走らせて、ここまで戻るんだ」
「わかった」
「そう緊張するな。レッドが助けてくれる」
成田が初めて笑顔を見せた。
「いいか、ここからが大事だ。ドルマーを馬に乗せて、遠くに行かせるんだ。あっちの方向だ」
成田はテント群と反対の方向を指さした。
「テントが見えなくなる所まで走ったら。そこで待つように、と言うんだ」
「わかった」
成田はリュックサックからプロジェクション・マッピング映写機を出して、テント群の方向に向けた。
「銃声が聞こえたり、大騒ぎになったら、間髪いれず映写するんだ」
成田は映写機の横についているレバーを指さす。
「このレバーを下に下ろす」
上についているボタンを指さす。
「次に、このボタンを押しこむ。それだけだ」
「わかった」
「もし、映写を始めて二十五分たっても、わたしが戻って来なかったら、おまえはバートルを抱えてドルマーの所まで走るんだ。そして、レッドに、スパイダ―の所へ連れて行けと指示するんだ」
「わかった」
「うん、それでいい」
「タケ爺はどうするんだ」
「わたしのことは、気にするな。必ず追いつく」
わたしは、その時、タケ爺がどうして救出することに反対したのか、初めてその理由がわかった。わたしは、とんでもない判断をしたのかもしれない。
グレイが猛烈な勢いで走ってきた。
「サクラコ、戦闘開始だ」
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