23 ドルマー、バートル、マイラムベックの三人を救い出す
黒崎桜子と成田は、体を屈めてテント群に近づく。モンゴル馬の群れまで二十メートルまで近づいた。
「サクラコ、まず右の男を撃て、間髪入れずに、左の男を撃つ。遅れると、反撃を食らうか、逃げられるぞ」
「二人で、手分けしてやった方が、いいと思うけど」
「これは、練習を兼ねている。初めてだろう、如意棒を人に向けるのは」
「そうだけど……」
「安心しろ。遅れたら、左の方はわたしが撃つ」
「如意棒、レベル2でいいわね」
「そうだな。十分だろう」
成田は光線銃を左の男に向けた。桜子は如意棒の電源を入れ、右の男に向けた。
「いいか、いち、に、さんで撃て」
「わかった」
「いち、に、さん」
「ダン、に」
右の兵士は緑に輝き崩れ落ちると、ほぼ同時に左の兵士も崩れ落ちた。
「いいぞ。その調子だ。柳生新陰流か」
桜子は崩れ落ちた二人の兵士から眼を離せなかった。
「心構えの方は、まだまだのようだな」
「次は、手綱で繋がれている馬がいたら、その手綱を外すんだ。いいか、静かにやれ、穏やかにだ。それが終わったら、子供たちを救いにいけ」
「わかった」
「わたしは、マイラムベックのいるテントに行く。桜子、幸運を祈る」
成田は暗闇の中へ消えて行った。
桜子は馬群の中に入り、一頭一頭手綱の状態を確認していった。手綱が繋がれていた馬は三頭しかいなかった。これらの馬はリーダー馬なのかもしれない。その三頭の馬の手綱をそっと外した。
「レッド、案内して。子供たちのテントに」
レッドがテント群の中を通りぬけて行く。桜子は身を屈めて後を追った。三張進んだ所のテントを、レッドが体を沈めてポイントした。テントが白く浮かび上がっている。中にはランタンが灯っているのだろう。桜子は身を屈めて、テントの裾を捲って中を覗いた。
兵士が二人立ち話をしている。テントの反対側の隅に二人の子供が転がっている。桜子はテントの反対側に回った。頭をテントの中に入れ、如意棒を掴んでいる手を差し入れた。目の前に二人の兵士の後ろ姿がある。一人の兵士の背中に如意棒を向ける。
「ダン、二」
そして間髪入れずに、もう一人も倒す。
二人の兵士が崩れ落ちた。
呆気なかった。
桜子はテントの中に入った。二人の子供が目を見開いて見上げている。体の大きい方の女の子、姉のドルマーに声をかける。
「ドルマーか?」
ドルマーは見上げたまま頷く。
「お母さんに頼まれて助けにきた」
次に男の子に声をかける。
「おまえは、バートルだな?」
バートルも大きく頷く。
桜子はドルマーの足と手を縛っていた縄をナイフで切った。成田が言っていたとおり、縄はきつく縛られていて桜子の手ではほどけそうもなかった。バートルの手を縛っていた縄を切り、足を縛っていた縄に手をかけたとき、大きな声がした。声の主に視線を回すと、大きな体の兵士が銃口を向けていた。
兵士は一人だけだ。
「手を上げて、立ち上がれ」
桜子が両手を上げて、その兵士に向かって立ち上がった。手にはナイフを持っている。如意棒は地面に置いたままだ。ナイフだけでは勝ち目がない。
「おまえは、何者だ」
「西に向かって、旅をしているものだ」
「女か?」
兵士はにやりと笑った。
そのとき、レッドがテントの中に頭を入れた、
「撃つな、降参する」
桜子はナイフを地面に落とし、両手を頭の後ろに回した。
桜子は自分に兵士の意識を集中させる。
レッドが兵士の背後から襲いかかった。兵士は緑色に染まって崩れ落ちる。桜子はナイフを拾うと、バートルの足の紐を切った。
「ドルマー、わたしの後についてくるんだ」
桜子はバートルを左腕で抱え、テントの外に出た。ゆっくりと、元来た道筋を戻っていく。馬群の中を通り過ぎて、ドルマーの姿を確認した。彼女がいない。
桜子は暗闇の中へ眼を凝らした。
ドルマーが馬に跨っている。
桜子は右手で降りるように促した。
「この馬は、わたしの馬だ」
桜子はもう一度、馬から降りるように手で促した。
「わたしの馬だ、連れていく」
ドルマーは手綱を引き、馬の腹に足を触れようとした。桜子は右手で制止するように手の平をドルマーに向け、大きく頷いてみせた。
「手綱はわたしが引く」
桜子は如意棒をバートルを抱えている左腕の手に持ち替え、右手で手綱を引いた。ここは、静かに、静かに行かなければならない。
元いた場所に辿りついた。
テント群は静かだった。
「ドルマー、テントが見えなくなるところまで行って、わたしとバートルを待つんだ。いいか、そこから動いてはだめだ」
「わかった」
「じゃ、行け」
ドルマーは馬を走らせて行った。
プロジェクション・マッピング映写機のレンズを、桜子はテント群の上方に向けた。
ドルマーとバートルのいたテントの異変に気付かれたり、成田が戦闘に入ったら、テント群はハチの巣を突いたように大騒ぎになるだろう。そうしたら、映写機を稼働させなければならない。何もなく、無事に戻ってきてほしい。
だが、それは突然やってきた。
松明を持った兵士たちが、テントの外に溢れてきたのだ。叫び声が聞こえてくる。桜子は、映写機を稼働させ、映写をスタートさせた。
テント群の彼方の空が明るく輝き、さらに遠くに騎馬軍団の姿が、水平に並んで現れた。何百何千という、騎馬兵が波のように打ち寄せてくる。馬のいななきと、蹄の音が響き渡る。ガルバン兵がパニックに陥った。
彼らは自分たちの馬群に向かったが、そのときは馬たちもパニックに陥り、四方に散った後だった。ガルバン兵は戦闘意欲を失い、南の方角に逃げていく。
予想外だった。
桜子は全身から力が抜け、その場に腰を落とした。
テント群からひと気が無くなった頃、二人の男が歩いてくるのが見えた。そのうちの一人が桜子に向かって両手を振った。
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