第四章 最高指導者ローランと臓器提供者マ―ラ

24 辿りついた先は土楼の砦


 夕闇が視界を閉じこめつつあった。

 前方に、円形の大きな建築物が、影絵のように見える。成田毅はヘルメットの双眼鏡を下ろして、その建築物を拡大して見た。土楼だった。若いころ、写真で見たことがある。中国の福建土楼である。多分この建築物は三階建か四階建だろう。

 最上階に狭間が見える。その狭間から灯が漏れている。


 地上にジャンが立っていた。

 その周囲にいくつもの松明の灯が揺らいでいる。椅子に座っていた女が立ち上がった。ドクターの桂木だった。彼女の後ろに立っていた男女が駆けだしてくる。モンゴルの夫妻だ。その後にテミルベックがゆっくりとした足取りで続いてくる。


 ドルマーが馬から降りて、両親に向かって走りだした。マイラムベックがバートルを抱えて馬から降り、バートルを地上に立たせる。バートルもドルマーを追って走りだした。

 ドルマーが母親に飛びつく。母親が跪いて抱きしめる。バートルも母親にしがみつく。父親がドルマーを抱き上げる。

 テミルベックが弟マイラムベックを抱きしめる。

 成田は立ちどまってその光景を眺めていた。

 全身から力が抜けていく。


 夜通し歩き、陽が昇ってから数時間睡眠をとり、ここまで歩き続けてきた。水と食料は子供たちに与えた。黒崎桜子にはパンを与えた。彼女は空腹になると不機嫌になるからだ。成田とマイラムベックは水も食べ物もとっていない。

 喉が渇き、空腹だった。


 桂木が歩いてきた。水筒を成田に渡し、微笑んだ。

「ご苦労さま」

 最後尾からついてきた桜子が成田から水筒を取ると、勢いよく飲みだした。飲み終えると、大きな吐息を洩らし、水筒を成田に返した。成田は水を口に含む。そしてゆっくりと胃の中に落としていく。

「わたしたち、昼ごろ、着いたの。これで全員期限に間にあったわ」

「そうだな」

 成田はやっと微笑んだ。


 成田は桜子と共に反対側にある入り口に向かって歩いた。入口の周りには、黒いマントを羽織った多くの兵士たちが集まっている。スパイダーが入口を背にして立ちあがっている。入口の高さは二メートルしかないので、スパイダ―が土楼の中に入ることはできないのだ。


 兵士に案内されて、成田と桜子は土楼の中に入った。

 中は広大な円形の中庭だった、直径は四十メートルはあるだろう、その廻りには四階建ての回廊がそびえている。居住区なのか、回廊にはそれぞれの部屋単位に扉が見える。

 兵士に促されまま、成田と桜子は丸テーブルの椅子に腰かけた。

 兵士は二人の目の前に、白濁色のミルクの入ったどんぶり状の器を無造作に置いた。

「山羊のミルクです」

 桂木が椅子に座りながら言った。


 初老の兵士が、成田の前の椅子に座った。

「ここの守備隊長です」

 その男は役職名で名乗った。

「明日の午後、筆頭執政官がまいります。それまでは、ゆっくりお休みください」

「ありがとうございます」

 成田が礼を言った。

「代表者は、どなたですか」

「わたしです。黒崎桜子と申します」

「寺島綾人との関係は?」

「綾人はわたしの婚約者です」

「今夜の宿泊所は、この土楼の中でよろしいですか」

「今夜は、入口のところにいる、輸送機の中で眠ります」


「あなたは?」

 成田に尋ねた。

「わたしは、ここで泊ります」

「わかりました、早速用意させます」

 守備隊長は立ち上がると頭を下げ、回廊の階段に向かって歩いていった。


 テーブルに料理が運ばれてくる。野菜と肉料理だった。成田は羊のミルクを飲み干した。喉が渇きが続いていたからだ。

「ジャン」

 成田はジャンを呼んだ。

「君は、わたしの部屋に来てくれ」

「わたしは、この場所で待機するよう言われました」

「そうか」

「念のため、武器は持っていたほうがいいと思います」

「そうだな」


 モンゴルの家族とキルギスの兄弟が歩いてきた。

 六人は成田と桜子に深く頭を下げた。

「このご恩は一生忘れません」

 モンゴルの父親が言った。

 テミルベックとマイラムベックは成田に握手を求めてきた。成田は二人と握手を交わした。マイラムベックが成田を抱きしめた。ドルマーが桜子に抱きついた。

 ドルマーが桜子の耳元で囁いた。

「ありがとう、お姉ちゃん」


「よかったね、ドルマー」

 桜子はドルマーの背中を摩った。


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