8 ジャンとの再会



「爺さん、ジャンが来たよ」

 成田毅はそっと目を開けた。

 

 格納庫内は証明が灯っていた。桜子が腕を組んで見下ろしている。

 うたたねするつもりで、片隅に放置されていた簡易ベッドに横になっていたが、どうやら熟睡してしまったようだ。

「お待ちかねのジャンが来たよ」

 桜子が扉の方角を指さして言った。彼女は既に真新しいグレーのロボットスーツを装着している。


 大きな戦闘用ロボットが、扉の前でこちらを見ている。

 明らかにそれは見慣れたジャンの肢体ではなかった。銀色に輝いた新鋭機だった。成田はゆっくりと身長三メートルの巨大ロボットに近づいて行った。

「ジャンなのか、本当に」成田は声をかけた。

「新品になったのか」

「そのようです。不思議な感覚です」

 声が弾んでいる。今までの声より少し高音で、若返っている。


「桂木ドクターが、わたしの復活を願いでたそうです」

「ドクターとは知り合いだったのか?」

「亡くなった前の相棒が、桂木ドクターの知り合いだったのです。彼女とは何度も話をしました。あなたと組むことになったのも、当局へのドクターの働きかけによるものです」

 ジャンはずいぶん変わってしまった。前はこんなにお喋りではなかった。記憶導入の際、新たなプログラムが加えられたのかもしれない。


 それにしても、桂木ドクターは何者なのだろうか。自分とどのような関わりがあったのだろうか。成田は桂木を捜した。

 彼女はテーブルの脇で戸倉と立ち話をしている。既にロボットスーツを着衣していた。


「ジャン、今度の指令のこと、その情報は君に伝えられているのか」

「いえ、まだです。黒崎リーダーと桂木ドクターとの、インターフェースが完了したら。他の仲間、ロボットですけどね、情報を共有することになっています」

 他の仲間というのは、三匹の犬と一羽の小鳥のことを言っているのだ。


 成田は命を救ってくれた感謝の気持ちをジャンに伝えることを忘れていることに気づいた。だが改めて声に出すことに、ためらいを感じた。目の前にいるジャンは、二年間一緒に過ごしたジャンとは違っていた。肢体の外観が違うこともあるが、なにより顔の表情が違う。ジャンの魅力だった険しさ、厳しさが、顔の表情から消えている。


「爺さん、インターフェースを始めるよ」

 桜子の甲高い声がした。

 爺さん、確かにわたしは爺さんだが、その言い方は止めてほしい。今まで爺さんと呼ばれたことがなかった。物凄く違和感を感じる。

「兵隊さん、始めるわよ」

 戸倉が両手を上げて振っている、爺さんより、兵隊さんの方が少しはましだ。


 成田は寺島ホールディングス情報管理局の女技術者から迷彩色のロボットスーツとヘルメットを受けとった。彼女は衝立で囲んだ一角を指さした。成田は衝立の中に入り、軍服を脱ぎロボットスーツを着た。凄く軽い。軍服とさほど変わらない。左手の手の甲に操作盤が、両腕には五センチ角のモニターがついている。

 ヘルメットを被る。

 目を閉じる。心が安らかな気分になっていく。自律神経の調整機能が装備されているのだ。


 衝立から出ると、全員が腕を組んで成田を迎えた。

「爺さん、様になっているじゃない。見直したわ」

 桜子が言った。

 桂木が笑みを浮かべている。


「インターフェースを始めます」

 女技術者はテーブルの椅子に腰かけ、パソコンのキーボードに手をかけた。

「まずジャンね。黒崎桜子さんと、桂木奈津子さんとのインターフェースを行います。桜子さん、腕のモニターの文字を声を出して読んでください」

「わたしは、くろさきさくらこ、です。このプロジェクトのリーダーです」

 それだけだった。言い終えると、桜子は声を出して笑った。何? これ。彼女の呟きが聞こえる。

 桜子の声紋がジャンに入力されたのだ。

「それでは、桂木さん、同じくお願いします」

「わたしは、かつらぎなつこ、です。ドクターです」


「それでは、一分ほど目を閉じてゆっくり呼吸を続けてください。お二人同時に、有機的情報をジャンに入力します」

 桜子と桂木は目を閉じた。

「それでは始めます」


「はい、終了しました」

 桜子は目を開けると、ジャンの体に抱きついた。

「ジャン、よろしくね。頼りにしていますから」

「はい、こちらこそ。全力を挙げて、あなたを守りぬきます」

 ジャンの声が明るい。


「次は、ドックロボとバードロボです」

 三体の犬型ロボットと一体の小鳥ロボットがテーブルの前に並んだ。

「まず、全員の標準情報を、この四体に入力します。先ほどと同じことを繰りかえします。よろしいですね」

 全員が頷いた。

「まず、四体のロボットに名前をつけます。成田さんに、お考えがあるそうですね」

「はい。ドックロボは、三体それぞれ眼球の色が、赤、青、灰色をしています。それを名前にします。赤の目の犬は、レッド。青の目の犬は、ブルー。灰の目の犬はグレイです。バードロボは、スカイにします」

「皆さんの飼い犬を決めてください」


 桜子が手を上げた。

「わたしは、レッド」

 桂木が成田に視線を送る。そして弾む声で言った。

「わたしは、ブルーにしようかな」


「わたしは、残ったグレーですね」


「それでは、標準情報の入力を行います。成田毅さんから、お願いします」

 成田は腕のモニターを確認した。

「わたしは、なりたたけし、です。ごえいへい、です」

 桜子も桂木もジャンの時と同じように繰りかえした。

 淡々と有機的情報の入力も終える。


「それぞれの飼い犬に個別情報を入力します。いいですか。まず黒崎さん、レッド、わたしが桜子、とレッドに語りかけてください」

「レッド、わたしが桜子」

 レッドは、赤い目を桜子に向けて伏せる。

「次に、桂木さん、お願いします」

「ブルー、わたしが奈津子」

「成田さん、お願いします」

「グレー、わたしが、毅」


「バードもお願いします」

「スカイ、わたしが、毅」


 心が温かくなってきた。ロボットスーツが全身を揉み解しているのだ。いよいよ闘いが始まるのか。アドレナリンが体に満ちてくる。

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