第二章 チームリーダーは、18歳の少女

7 3匹の犬と一羽の小鳥


 府中飛行場の滑走路に飛行機が着陸すると、黒崎桜子がタラップを使わずに飛び降りた。まっすぐ格納庫の開かれた扉に向かって歩いていく。

 

 軍用ヘリから梱包された荷物を、作業用ロボットが格納庫内に搬入していた。準備作業が順調に進行しているようだ。

 

 格納庫に入ると、戸倉が桂木と立ち話をしていた。  

 桜子が大声を上げた。

「成田毅を連れてきました」

「その兵隊さん、どこにいるの」

 桜子は飛行機の方向に振りかえった。成田はタラップを手すりを頼りに降りてくるところだった。桜子は彼に向かって手を振った。彼は体を揺すりながらゆっくりと歩いてくる。

「ずいぶんヨボヨボしてるわね。先生大丈夫ですか、あの兵隊さん」

 戸倉の問いかけに、桂木はタブレットから目を上げ、成田の方角に視線を回した。

「日本の兵隊さんは、皆同じ。七十を越していますから。ロボットスーツを着れば、変身するわ」


 成田は格納庫に入ると、廻りを見回した。そして徐に桂木と戸倉を見つめ軽く頭を下げた。

「成田さん、こちらは、ドクターの桂木さん、そしてこちらは総裁秘書の戸倉さん」

 桜子は成田に二人を紹介した。

「どうも」成田は二人に向かって頭をさげる。


「皆さん、こちらが成田毅さんです」

「よろしく、お願いします。こちらの申し出を承諾して頂けて、感謝しています」

 戸倉は愛想笑いを浮かべて頭を下げた。この女、さっき成田のこと、ヨボヨボって言ったことことを、もう忘れてしまったのか。

「桂木奈津子です」

 桂木は旧知の人に会ったように笑顔を浮かべ、成田に向かって両手を差し出した。成田は彼女の両手を握りしめて、桜子の顔を横目で見た。

 成田は、やはり桂木のことを知らないのだ。


「サクラコ、あなたから連絡のあったロボット、届いているわよ」

 戸倉の指さす方向に、三体のドックロボが伏せた状態で、頭部を床につけている。三体とも体長一メートルほどだ。一体のドックロボの背中に、金属製の羽を閉じた小鳥が止まっている。

「これで、いい」

 成田が満足気に頷いた。

「問題は運送用歩行機ね」

 戸倉の呟きに、成田が呟いた。

「そうだな」


「まだ問題山積だけど、全員揃ったところで打ち合わせをしませんか」

 戸倉が提案した。

 格納庫の中央に八人掛けのテーブルと椅子があり、その傍に百インチのモニターが設置されてあった。そのテーブルには、軽食と飲み物が並んでいる。

 

 桜子が真っ先にテーブルに向かった。

「サクラコ」

 戸倉が呼びとめた。

「あなたとドクターは、ロボットスーツの採寸をしなければならないわ。ロボットスーツが機能しなければ、ロボットたちとのインターフェースができないから」

 

 戸倉はが重機の並んでいる壁際を指さした。そこに高さ二メートルほどの透明な長方形の箱が見える。情報管理局の制服を着た女技術者が立っていて、桜子と視線が合うと、箱の扉を開けて頷いてみせた。

 やはり、戸倉にはかなわない。素直に従うとしよう。


 桜子は急ぎ足でその女の所に行き、透明な箱の中に入った。すぐ緑色の光線に包まれた。あっという間に採寸が終わった。

 桂木も箱の中に入る。

 

 桜子はテーブルに戻り、モニターと向かい合わせに座り、菓子パンを口に運んだ。タンブラーからジュースをガラスコップに注ぐ。腕を組んで立っている成田に、桜子がコップを差し出した。

「借りた金、今日中に返すから」

 成田は苦笑いを浮かべて、コップを受けとる。


 桂木が女技術者と共に戻ってきた。

「三人のロボットスーツは、夕暮れまでには届くわ。新品の最先端のスーツが。夕食前に、インターフェースを終えましょう」

 戸倉がモニターを起動させる。

「今までに用意した荷物を説明するわ。まず、医療機器ね。桂木ドクタ―お願いします」

 

 モニターに医療機器、医薬品などのリストが現れる。

「現地では、調達できそうもないので、移植手術が完全に遂行できるように揃えました。重量がかさばるのは、手術室です。手術室は無菌状態でなければなりません。用意したのは、折り紙式に畳まれたものです。現地で組み立てます。それから手術ロボット「ゲンナイ」です。精密AI機器ですので、梱包には苦労しました。AI手術ベッド、これもおりたたみ式です。後は手術機器、医薬品などで、量的には嵩張りません。何か質問はありますか」

 

 成田が手を上げた。

「電源はどうするんですか」

「バッテリーと発電装置は別途用意します。あなたが提案した蜘蛛型輸送歩行機に装備できる機種を選びます」

 女技術者が答えた。


「臓器移植のドナーはどうなっているの。それから、輸血用血液も」

 桜子は桂木を見上げて訊いた。

「血液は現地調達。ドナーは大丈夫と伝えてきているそうです。移植用臓器を現地で作るのは、時間的に困難ですから、相手側を信ずるしか方法がありません」


「護衛用ロボットは、まずジャン。それから犬型ロボット三体。これは、三人に一体ずつということでよろしいですね。成田さん」

 戸倉が確認する。

 成田は頷く。

「鳥型ロボット一体。これは斥候用ですね」

「そうです」


「生活用品はモニターに列記してあります。この他に必要なものがありましたら。夕食前に申し出てください」

 戸倉はそう言って、成田、桂木、桜子に視線を回した。

「問題は食糧と水です。三か月分を確保し、運ぶことは事実上困難です。できるだけ現地調達してください。それから、現地での三人の役割分担を決めてください」


「役割って?」桜子が訊いた。

「あるでしょう。これから、ずっと一緒に生活するんだから。これは総裁の命令です」

「わたしは、医療関係」

 真っ先に桂木ドクターが言った。

「それでは、わたしはチームの護衛全般」

「わたしは……」

 桜子は口を開けた。

「わたしは、生活一般」

「いい心掛けだわ、サクラコ。食事の用意も入っているのを忘れないでね」


 成田が手を上げた。

「三か月とはどういうことだ」

「このプロジェクトのタイムリミットは、十一月三十日です。早ければ早いほど、いいのですが、未知の地で、何が起きるか、分からないので……戸倉が超える。


「ドクター、そんなにかかるのか、移植手術に」

「相手しだいね。経過観察にどのくらい時間がかかるか分からないから」

「一日も早く戻ってきて。寺島綾人を連れて」

 戸倉が一方的に言い放った。


「明日、準備が整い次第出発します。いいですね。行き先は東ロシア共和国クラスノヤルスクの南西、アルタイ山脈のふもと、空軍基地。そこから、軍用ヘリでアルタイ山脈を超え、荷物を内陸の盆地に運びこみます。東ロシア共和国の空軍の協力を得て、その空軍基地にわたしたちの前線基地を置きます。わたしは、このプロジェクト終了まで、その基地に詰めます」

 

 成田が手を上げた。

「理髪師を呼んでくれないか。さっぱりしたいから」

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