6 少女が新しい任務を持ってきた

 司令官室は長い廊下の突き当たりにあった。

 成田毅は司令官と面会するのは初めてだった。何か特別な事態が待ち受けている。心に期待と不安を抱えてゆっくりと廊下を歩いていく。前室の扉を開けて中に入る、

「成田毅、参りました」

 掠れた声を張り上げる。


 二十人ほどのスタッフが机上のモニターを操作していた。

 司令官室のドア前にい兵士が立ち上がり、ドアをノックする。

「成田毅が参りました」

「入れ」

 兵士がドアを開け、成田に入室するように促す。


 司令官室は窓がなく、薄暗かった。内装は施されておらず。内壁は金属板がむき出しになっている。倉庫だったところを改装しているのだ。

 中央に会議用の大テーブルがあり、その奥に巾が五メートルもある机が見えた。その机から、軍服の男が立ち上がった。兵士待機室で見た男、司令官だった。

 

 もう一人、長い髪をポニーテールで纏め、黒の半そでシャツに黒のズボンを穿いた長身の若い女が、やや遅れて立ち上がった。


「成田毅、あなたは転属希望を提出していますね。希望先は陸軍ですね」

「はい」

「寺島軍団司令部から、あなたを受け入れたいという要請がきています。あるプロジェクトの特命です」

「はい」

「こちらの方は、寺島ホールディングスの、その使者です」

 司令官は隣の女に視線を送ってから言った。


「寺島ホールディングスの黒崎桜子です」

 女が名乗った。若い。どうみても二十歳前だろう。

 成田は不審げに司令官を見つめた。

「今朝、企業連合の総裁から直接連絡があった。使いを送るからよろしく頼むと。重要な任務だ。これから黒崎さんから説明があるから、よく聞くように」

 成田は桜子を見つめて頷いた。


「これから、私が話すことは、極秘事項です。秘密は守っていただけますね」

 桜子が念をおした。

「勿論です。わたしは寺島軍団の兵士ですから」

「寺島ホールディングスの後継者、寺島綾人が海を渡った西の地で拉致されました。相手側の解放の条件は、最高指導者の臓器移植です。あなたの任務は、救出チームの護衛をすることです」

 

 成田は小刻みに何度も頷いた。よくある話だ。五年前、まだ民間人だった頃、同じような依頼を受けて、危うく命を落としそうになったことがある。

「何故、わたしなんです?」

「移植ドクターがあなたとジャンを指名したのです。ドクターがあなたがチームに加わることを、引き受ける条件に加えたのです」

「ジャンは死にましたよ」

「大丈夫です。ジャンの記憶は死んでいません」

「なるほど、そういうことか」

 成田は唇に笑みをたたえて頷いた。


「で、そのドクターの名前は?」

「桂木奈津子です」

 女か。記憶にない名前だ。


「あなたも、何か条件がありますか。できるだけ叶うように努力します」

 海で死ぬよりましか。それにジャンともう一度会うことができる。異存はない。

「拉致した国は、どこです」

「国ではありません。中央アジアにある、ジュンガルという、自治集団です」

「集団? 国ではないのか」

「わたしにも、詳しくは、分かりません」

「救出メンバーは何人ですか」

「ジャンを入れて、四人です」

「四人、それだけか」

「ジュンガルの受け入れの条件です」

「そうすると、ドクター、ジャン、それからわたし。もう一人は?」

「わたしです。わたしが、チームリーダーです」

 

 成田は吐息をついた。

「一つ訊いてもよろしいですか」

「どうぞ」

「あなたは、何者です」

「拉致された寺島綾人の婚約者です。ジュンガルは、代表者が綾人の親族か、それと同等の者、と指示してきたのです。わたしが、婚約者としてジュンガルの最高指導者と交渉します」


 ジュンガルからの八つの要求の書かれたペーパーのコピーを、桜子は成田に渡した。

 成田はペーパーに目を通すと、すぐ口を開いた。

「少しおかしいとは思わないか?」

「どうして?」

「西の大陸の自治集団とかが、どうして、こんな緻密な条件を設定できるんだ?」

「そうなの……」

 桜子は首を傾げた。


「リーダー殿、わたしの条件は、三つあります。よろしいですか」

 また三つか……。

 桜子の呟きが聞こえた。

「どうぞ、お聞きします」


「救出隊の警護については、すべてわたしに任せること。あなたがリーダーであっても、口出しは認めません」

「いいでしょう」

「ジャンの他に、斥候用ロボットを四体用意してください」

「小型ロボットなら可能です」

「最後ですが、この任務が終わったら、わたしにジャンをいただきたい」

「分かりました」

 異常にものわかりがいい。かえって心配になる。


「それは、司令官、手続き、よろしくお願いします」

 桜子は司令官に頭を下げた。

 司令官は机上の書類を成田の前に置いた。

「転属命令書です。ここにサインをしてください」

 転属命令書には、転属先が寺島軍団秘書課と書かれてあった。

「司令官、この任務が終わったら、わたしはどうなります。ここに戻されるのですか」

「それは、寺島総裁に訊いてください。わたしには何とも」


 成田は転属命令書にサインした。

 司令官は成田に握手を求めてきた。成田も素直に応じる。

 ほっとしたのか、桜子は笑みを浮かべていた。

「詳しい内容は、これから向かう府中飛行場で説明します」


 成田は少しでも早く新しい任務の具体的な内容を知りたかった。ショルダーバックを肩に掛け、足早に出入り口に歩いた。

「爺さん」

 背中に桜子の声がした。

 ここには、爺さんはいない。

「成田の、爺さん」

 

 もう一度声がした。桜子が成田と肩を並べた、成田とほぼ同じ身長だった。百七十センチはあるだろう。それに体幹がしっかりしている。鍛えられた肉体だ。

「爺さん、耳が遠いの?」

「ああ、じじいだからね」

「ここに、何か食べることのできる所ない? レストランとか、食堂とか。真夜中からなにも食べていないんだ」


 成田はショルダーバックから紙包みを出した。牛乳パックを上着のポケットに入れ、食パンを両手で持つ。食パンを半分にちぎり、一つを桜子に渡した。

 桜子は食パンを手にして、成田を睨みつけた。

「牛乳もください」

「だめだ。年寄りには、タンパク質が必要なんだ」

「ねえ、爺さん、本当に食堂とか、ないの? お腹が空いて死にそうなの」

「食堂はないが、売店がある」

「そこに行きましょう。お金を持ってきていないの。少しでいいから貸してくれます? 今日中に倍にして返しますから」


 売店で、桜子はハンバーガー二つと牛乳五百ミリリットル瓶を手にした。成田はしゃけおにぎりを一つ買い、まとめて支払った。

 

 二人は玄関ホールのテーブルに向かい合って座った。

「爺さん、ジャンはどんなロボットだったの」

 桜子はハンバーガーを頬張りながら訊いた。

「ジャンを知っているのか」

「あなたを指名したドクターが、ジャンにこだわっていたから」

 詳細を知らないということは、不安なものだ。

「一言で言えば、優しいロボットだ。少なくとも、お嬢さんよりはな」

 桜子は大きく口を開けて、笑った。


 桜子はハンバーガーと牛乳をたいらげると、真顔になって成田を見つめた。

「爺さんの言っていた斥候用ロボットのこと、詳しく教えて。今すぐ手配するから。そのロボット、警護用付属機器ということで、いいんでしょう」

「大丈夫だ。軍では、そう分類している。ところで、お嬢さんが手配するのか、一人で」

「はい」

 成田はショルダーバックからスマートホンを出し、検索を始める。

「ドックロボ三体、機種は72LL951。そうだな、目の色は赤、青、灰色にしよう。名前を付ける時に都合がいい。それからバードロボ一体。機種は73BD642」


 桜子がタブレットを持って成田を見つめている。

「もう一度、言って、手配するから」

 成田は四体の機種名を繰りかえした。桜子はタブレットに書きこんでいく。

 書きこみを終えると、再び成田を鋭い目つきで見つめる。

「それから、現地での輸送用機だけど、荷物がたくさんあるの。なんかいい機種がありますか」

「荷物の大きさと量は、どのくらいあるの」

「正確には、わからない。わたしたち三人の生活用品、食糧、飲料水。手術用機器、医薬品、その他にもたくさんあるかもしれない」

「発電装置とバッテリーも必要だよ、お嬢さん」

「それからシャワーの設備もね、女の子が二人いるから」

「現地の風土を考えると、砂漠と岩場のことも考える必要があるね。頭に浮かぶのは、スパイダー型輸送歩行機だな。北海道で死体処理の仕事に使っていた機種だ。八つの脚を持つ蜘蛛型の形をしている。機種は65JJ674だ。いろんなサイズがある。それは、府中で専門家と相談したほうがいい」

「わかった」

 桜子はその情報をタブレレットに入力した。

「意外と手回しがいいな」

「わたし、お腹がいっぱいになると、頭が冴えてくるの」

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