31 手術用ロボットヒラゲン、ジャンの頭部を手術する
成田毅は桜子、桂木と共に、ララモントに誘われて、ドームに隣接する衛兵宿舎の食堂で昼食をとった。羊の肉、ジャガイモ、ニンジンの煮込みと。硬いパンだった。果物は量も種類も豊富だったが、米料理が無いことと、新鮮な野菜が無いことが物足りなかった。桂木が栄養の偏りを、サプリメントで補足してくれる。
「きょうは、手術環境の整備とテストを行います。ドナーとローランの検査は、明日の朝から行います。二人に伝えておいていただけますか」
食後、桂木はララモントに言った。
「わかりました。伝えておきます」
「ドナーの年はいくつですか」
「三十歳ぐらいだと、思います」
「若いんですね」
「そうですね」
「健康なんですか」
「さあ、わたしには、分かりません」
桂木がララモントに鎌をかけている。
ララモントの返事は素っ気なかった。彼女は桂木の誘いにのってくるほど単純な女ではなさそうだ。
三人がドームに戻ってくると、ジャンが手術室に手術台と手術用ロボットヒラゲンを設置し終えたところだった。桂木が滅菌室を通って手術室に入った。成田と桜子もその後に続いて入る。手術台はダブルになっている。ヒラゲンの二つのアームが、手術台の上方に伸びていて、それぞれのアームに五十本の鉗子が付いている。
「ジャン、それでは、インターフェースを始めましょうか」
桂木がヒラゲンのアーム先にある鉗子を摩りながら言った。
「その前に」
ジャンがそう言って彼女に紙片を渡した。
(これからは、筆談でお願いします。わたしの頭の中に、見知らぬデジタルチップが埋め込まれています)
メモには、そう書かれてあった。桂木は、そのメモを成田と桜子に見せる。
成田は手術室を出て、木箱の板を一枚剥がして持って来た。それに、サイン記載用のマジックペンで文字を書いた。
(そのチップは、どんな機能を持っているのか)
その文字をジャンに見せる。
(通信用チップだと思います。多分五百キロほど先まで通信可能な性能がありそうです)
ジャンが文字を書く。
桜子は成田からマジックペンを受けとって、板に書いた。
(今までのこと、すべてが、ロシアの前線基地に漏れていたということ?)
(そうです)
ロシア前線基地から何故連絡が来なかったのか。その理由の一端がこの情報漏洩にあるのかもしれない。成田は溜息をついた。ジャンにチップを埋め込んだのは、戸倉絵美かそれとも五社連合政府内務省なのか。
桂木は成田からマジックを受けとって、板に書いた。
(手術室の環境整備が終わったら、ジャンの頭から、そのチップを取り除きましょう)
全員手術室を出て、医療バックから手袋とマスクを出し身につけた。滅菌室から再び手術室に入る。
「インターフェースは、ドクターだけでよろしいですか」
ジャンが訊いた。
「万が一のため、全員やりましょう」
桂木が答えた。
「それでは、ドクターから。オペ室、ベッド、ヒラゲンを同時に行います」
「はい」
「オペ室、ベッド、ヒラゲン、わたしは桂木奈津子。そう言ってください」
ジャンが手術室、手術台、ヒラゲンのインターフェース機能を稼働させる。
「オペ室、ベッド、ヒラゲン。わたしは桂木奈津子」
続いて、成田、桜子がインターフェースを行った。
「オペ室を完全滅菌し、一時間に四十五回換気する。室内湿度は五十パーセント。室内気圧は二十の陽圧にする。照明は千ルクス。実施}
桂木が手術室に指示する。
天井から風が垂直に下りてきた。その風は四方の壁の床面近くの空気取りこみ口から排気されていく。室内はより明るくなった。
(手術は、わたしとヒラゲンの相互協力で行います)
ジャンは板に書いて、桂木に見せた。
ジャンは手術台に仰向けに横たわった。手術台の長さは二百五十センチメートル。ジャンの体長は三メートル。脚を折り曲げて床に付け、体を固定する。
ジャンとヒラゲンの無言の会話が始まる。
ヒラゲンのアームが下りてきて、三本の鉗子がジャンの頭部を固定する。さらに三本の鉗子が頭部の外皮を剥がし始める。前面の外皮と後部の外皮が剥がれていく。大きな二つの眼球と細かくこみいった配線とデジタルチップの無数のかたまりが現れた。次に、デジタルチップのかたまりを覆っている皮膜を、ヒラゲンはゆっくりと慎重に剥がしていく。
手術台の後方上部に、ジャンの頭部内部構造が、空間ホログラフィーモニターに、立体画像となって浮かび上がる。デジタルチップが点滅を始める。やがて、その一部分が赤く染まった。ヒラゲンの鉗子三本が、その部位に伸びていき、ゆっくりと摘まみだした。直径十ミリほどのデジタルチップだった。
ヒラゲンは皮膜を修復し、外皮をかぶせていく。
ヒラゲンのアームが上がった。
ジャンが起きあがる。
ヒラゲンは、鉗子が摘まんでいるデジタルチップを、ジャンの目の前に差しだした。ジャンはそれを受けとると、手の中で握り潰した。
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