30 折り紙工法の手術室


 成田毅はテントの中を覗きこみ、採血をしている桂木に目くばせした。

 彼女は一人の採血を終えると、成田に言った。

「スパイダーに、テミルベックが手伝いに来ている」


 成田は足早にスパイダ―に向かう。

 ジャンとテミルベック、マイラムベック兄弟が、成田が来るのを待っていた。

「ローランからあなたを手伝うよう言われてきました」

 テミルベックが言った。

「ありがとう、助かる」


「ジャン、スパイダ―の開閉口を、ドームの入り口に向けてくれ」

 ジャンはスパイダ―の体内に入っていく。やがて、スパイダ―はドームに向かって歩きだし、ドーム入口に開閉口の向きを変えた。そしてゆっくりと八脚を折り曲げて地面に伏せた。


 ジャンが食料品、日常用品の入っている木箱を、スパイダ―の開閉口に並べる。

「これらの荷物を、一旦全部外に出します。そして、医療機器と医薬品だけをドームの中に運びます。手間がかかりますが、やむを得ません」

 ジャンは開閉口から顔を出して言った。


「台車を外に出してくれ」

 成田はジャンに言って、体内にある台車を指さした。ジャンは積み込んでいた一トン用の台車を外に運びだした。成田が一箱百キロほどある食料品の木箱を、スパイダ―の体内から地面に下ろし始める。ロボットスーツを着衣していると、百二十キロまでの荷を持ち上げることができるのだ。

 テミルベックとマイラムベックは、二人で食料品木箱を地面に下ろす。四つの木箱を下ろし終え、次に日常用品五箱を運び出しにかかる。これは、一箱三十キロほどなので、テミルベックとマイラムベックに任せた。


 ジャンが医療機器の運び出しにかかった。台車に折り畳んだ手術台を載せる。それをドームの中に運び込み、入口の隅に置く。次に手術用ロボット「ヒラゲン」を運び込む。ミスは許されないので、これらの作業は、ジャンに任せることにした。


 次は、医薬品などの医療用品だ。台車への積み込みはジャンが行った。成田は台車を押して、ドームに入る。ドームの奥に、次席執政官のララモントが立っていた。成田は彼女を無視して作業を続ける。

「わたしたち、何か手伝うこと、ありますか」

「テミルベックたちが、手伝っているので、大丈夫です」

「そうですか。何かあったら、言ってください」

「ああ、一つあります。了解しておいていただきたいことです。電源ケーブルを引き込むために、ドームの壁に穴を開けます」

「穴を開ける? どこに」

「あの当たりです」成田は入口近くの壁を指さした。

「もちろん、前と同じように修復しますので」

「わかりました」


 成田はグレイを呼んだ。

「グレイ、ここの荷物の護衛を頼む」

 成田が外に向かうと、ジャンが医療用品のパッケージを抱えて、入ってきた。

「タケシ、後二つあります。一つお願いします」

「分かった」

 成田は外に出た。群衆がスパイダ―を取り巻いていた。

 テントの方角から、桜子が緋色のマントを翻してドルマーと手を繋いで歩いてくる。その後ろから、子供たちがゾロゾロとついて来る。もう子供たちを手なずけたのか。成田は苦笑した。


「サクラコ、スパイダ―に人を近づけないようにしてくれ。あ、それから、食料品と二畳用品を、スパイダーに戻してくれるか」

「わかった」

 桜子は群衆に向かって大声を出した。

「下がってください。ローランさまの、大事な作業です」

 ローランの名と緋色のマントの威力はたいしたものだ、群衆は一斉にスパイダ―から離れ始めた。

 ジャンがもう一つの医療用品のパッケージを抱えると、ドームに入っていく。成田は最後のパッケージを台車に載せると、ドームに向かった。


 最後は、折り紙工法の手術室だ。

 これはジャンに任せよう。

 ジャンは手術室をクレーンで吊るして、スパイダ―の開放口まで運んでくる。成田は開放口に台車を置いて、しっかりと両手で固定する。ジャンは手術室をクレーンで吊るしたまま、静かに台車の上に下ろした。

「タケシ、ロープのフックを台車に掛けて、固定してください」

 成田はフックを台車のかぎ穴にひっかけた。そして片側のフックもかぎ穴にひっかける。ジャンはクレーンのロープを手術室から外して、スパイダ―から降りた。

「わたしが固定しますので、タケシは台車を押してください」

 ジャンは台車の前から手術室を両手で支えた。成田はゆっくりと台車を押していく。


 折り紙工法の手術室をドーム中央の所定の場所にセットした。

 成田はララモントを捜したがいなかった。

「ジャン、電源ケーブルを通す穴をドームに開けてくれ。適当な個所に」

「わかりました」

 ジャンがドームを出てから、成田はドームの壁に寄りかかり、運びこんだ器材を見回した。疲れたからではない。本当にこれらの機材が正常に機能するのか不安になったからだ。手術室にしろ、手術ロボット「ヒラゲン」にしろ、あまりにもシンプルだ。


 金属音が上がると、ドームの壁に穴が開いた。続いて電源ケーブルが、穴から差し込まれてくる。

 ジャンがドームに入ってくると、電源ケーブルを手術室のケーブルと連結させた。

「準備完了です。タケシ」

「じゃ、始めよう」


 折り紙工法の手術室の四角いパネルが一枚跳ね上がった。すると、次から次とパネルが跳ね上がり、一面に広がっていく。手術室の広さは七十平方メートルだ。床の部分が出来上がると、次に上方にパネルが立ちあがっていく。天井の高さは六メートル。壁が立ち上がると、天井部分にパネルが広がっていく。

 手術室の外観が出来上がると、ドーム側に滅菌室が形作られていく。あっと言う間だった。


 桜子と桂木が、ドームに入ってきた。

「タケ爺、食料品と日常用品は、スパイダ―に戻しました。外の作業は完了です」

「ありがとう」

 成田は桂木を見つめた。

「次はどうします」

「そうね、お腹が空いたから、何か食べましょう」




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