27 要塞都市ジュンガル
ジュンガルは要塞都市だった。
都市の周りを、土楼が一定の間隔を開けて取り巻いている。土楼がジュンガルの防壁となって、都市の安全を保っているのだ。
土楼の間の広い砂の道を進むと、集落群が現れた。中央アジアの移動式住居ユルトが立ち並んでいる。
ユルトの屋根はモンゴルのゲルより高く丸い。羊の毛で作られたフェルトで覆われている。
時たま吹く風に乗って、砂塵が舞い上がる。その中を、馬上のカリムゴロフキンを先頭に、スパイダ―とジャン、三頭の犬が進んでいく。
住民たちが集まってきた。彼らは好奇心に満ちた眼差しを向け、歓声を上げる。
黒崎桜子は、スパイダ―展望室の中央の椅子に座っている。
その左隣に成田が座り、右隣には桂木が座っている。桜子が真っ先に中央を占拠したので、結果的にそうなってしまったのだ。桜子は両手を振って歓迎する住民たちを見下ろしている。彼女の顔は満面の笑みを湛えている。
群衆に注意しながら進むので、スパイダ―の足取りは遅かった。
前方から黒マントの兵士たちが一列になって走ってきた。彼ら進行方向に沿って隊列を組み、群衆の整理を始めた。
三十分ほど進む。集落は石造りの建造物群に変わり、道路も石畳になった。やがて広い円形の空間が現れた。前方に白亜の石造りの巨大ドームが見える。
この空間は、ジュンガルの中心に位置する広場だった。
兵士が轡を取ると、カリムゴロフキンは馬上から降りた。群衆が広場を取り囲む、兵士が住民が広場に立ち入らないように警備する。
成田がスパイダ―から降りた。続いて桜子、桂木。三頭の犬は三人を取り囲み、ジャンが三人の傍に寄り添う。
カリムゴロフキンは両手を上げて住民の歓声に応えた。
「庁舎に入って休憩しましょう」
カリムゴロフキンが右手でドームの中に入るように促す。開かれた扉の奥は蝋燭の灯に照らされていた。床の大理石が光輝いている。真っ先にグレイとレッドが入っていく。
成田はドームに足を踏み入れるのをためらった。ブーツが汚れているのだ。
「靴を履いたまま入っていいのか」
「そのままお入りください。ここは、行政庁の庁舎ですから、どなたでも、出入り自由なのです」
成田が入り、続いて桜子と桂木が入った。最後にジャンが入り、体を入口に向け警護の態勢をとった。
「ここで、今夜あなたがたの歓迎会を行います。出席するのは、ローラン、寺島綾人さま、わたしを含め五人の執政官。それから住民の代表百名です」
「ここは、手術室として、使えますか」
桂木がドーム内を見回しながら訊いた。
「ここでなければだめですか」
「手術室の設置、資材の搬入、電源確保に理想的です」
カリムゴロフキンは戸惑いの表情を浮かべた。
「ここは、行政庁舎ですから……」
「残念です。……でも、なんとか、なりませんか」
「……わかりました。ローランに訊いてみます」
「それから、すぐにでもローランの血液型を調べたいの。手術には輸血が必要です。そのために、献血の準備をお願いします」
「そう急がなくても、よろしいのではありませんか」
「筆頭執政官」
桜子が口を挟んだ。
「わたしたちは、一分一秒を争って、ここまで来ました。休む暇なく、手術の準備に入りたいのです。私たちをもてなす気持はわかりますが、今できることは、すぐやりましょう」
一瞬、カリムゴロフキンは、桜子の勢いに押されて、彼女を見つめた。そして、ふっと笑みを浮かべると、穏やかな口調で耳元に囁きかけた。
「わかりました。ローランに伝えます」
「カリム……、ゴロフキン」
ドーム内に枯れた女の声が響き渡った。
ドームの奥の方で、頭からショールを被り、白いマントを身につけた初老の女が、杖をついて立っていた。
ローランさま……。カリムゴロフキンが呟いた。
「手術室に、ここを使って結構です。わたしの血は、歓迎会の前でよろしいですか」
「はい」桂木が答えた。
「よかった。それで、いいのね」
「もう二つ、あります。よろしいですか」
「何かしら」
「明日朝から、手術室の建設と献血を始めたいと思います」
「わかった。好きにするといいわ。日本の女性は気が短いのね」
ローランは声を潜めて言うと、笑みを浮かべた。
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