26 筆頭執政官カリム・ゴロフキン

 昨夜から今朝までの食事は脂たっぷりの羊肉だった。羊の肉は食傷気味である。成田毅は桜子に日本の味のする昼食パッケージを頼んだ。


 中庭のテーブルを囲んで成田は桜子と桂木と共に昼食をとった。

 マ―ラが立ち去った後も、ずっと桂木は寡黙だった。時々、小さな溜息をつく。桜子もマ―ラの話をしなかった。マ―ラのことは、彼女の精密検査を終えてから話そうと、成田は考えていた。記憶移植に関わることを、桂木は予見していたはずだ。そう心配することもない、と成田は自分に言い聞かせた。


 白いマントを羽織った青年が入口から入ってきた。兵士と言葉を交わして成田たちのいるテーブルに歩いてくる。

「日本から来た方々ですね。わたしは筆頭執政官のカリムゴロフキンです」

 その青年は優しい声で語りかけてきた。

 どうみても歳は三十前後だろう。執政官の肩書きには馴染まない若さだった。


「黒崎桜子さん、よろしくお願いします。ジュンガルを代表しまして、お礼申し上げます」

 カリムゴロフキンは、桜子に握手を求めてきた。桜子は立ち上がり、若き執政官の手を握った。

「こちらが、ドクターの桂木先生です。それから、わたしたちを護衛しています成田兵士です」

 成田は桂木と共に立ちあがり、彼と握手を交わした。

 彼は成田たちに椅子に座るように促して、自分も桜子の前の椅子に腰かけた。


「指導者ローランは、集落の中心部にある行政庁に住んでいます。馬の脚で一時間ほどのところです。話が済みしだい、ご案内いたします」

 兵士がワインの入ったグラスを持ってきて、彼の前に置いた。彼は一気に半分ほど飲みほした。

「馬を飛ばしてきましたので、喉が渇きました」

 彼はそう言って笑顔を見せた。

「ローランから、ジュンガルから出していた条件が満たされているか、確認するように指示されてきました。よろしいですね」


「その前に、一つ、お訊きしたいことがあります」

 桜子が口を挟んだ。

「どうぞ、何ですか」

「寺島綾人は、元気にしていますか」

「もちろん、ローランの客人として快適な生活をされています。今夜の歓迎会で、ローランは寺島綾人さまと同席されます」

 カリムゴロフキンは笑みを浮かべた。


 カリムゴロフキンは胸ポケットから手帳を出して、徐に開いた。

「寺島ホールディングスの代表者、臓器移植ドクター、警護の兵士一名、警護用付属機器数体、作業用ロボット一体、装備等資材運搬用車両一台、臓器移植用資材、設備等一式、それから食糧、生活用品一式」

 彼は、すらすらと読み上げた。

 

 成田が気になったのは、「臓器移植用資材、設備一式」だった。たしかジュンガルの条件には、臓器・記憶移植用器材になっていたはずだ。すっぽりと「記憶」が抜けている。

 桂木もそのことに気づいたようだ。彼女は成田に向かって唇を両手で押さえたまま頷いて見せた。成田も彼女を見つめたまま頷く。


「作業用ロボットというのは、あのロボットですね」

 カリムゴロフキンはジャンを指さした。

「警護用付属機器というのは、どれです」

 周囲を見回した。彼は警護用付属用機器の意味を知らないようだ。多分ジュンガルにいる何者かが提案したのだろう。

「今呼びます。少し待っていただきます」

 成田はそう言うと、ジャンに合図を送った。


 成田が泊った二階の階段を、グレイが駆け下りてくる。入口からレッドとブルーが駆けこんできた。遅れてスカイが飛んできて、成田の肩にとまった。

「犬と鳥ですか」

「桜子と桂木ドクター、そしてわたしを警護するロボットたちです」

「あの大きなロボットは、戦闘用ロボットでは、ありませんか」

「いえ、攻撃用機能は、有していません。もっぱら作業用です」


「あなた方は、ここの現地語に堪能なんですね」

「いえ」成田は笑った。

「被っているヘルメットに、同時通訳機能が内蔵されているのです」

 カリムゴロフキンは笑みを浮かべて頷いた。


「もしよろしければ、運搬用車両と臓器移植用設備をご覧にいれますが」

「そうですか、よろしくお願いします」

 カリムゴロフキンは、ワインを飲み干すと、立ち上がった。


 外に出ると、成田はスパイダ―を指さした。

「輸送用歩行機スパイダ―です。蜘蛛のように、八つの脚で歩きます」

 カリムゴロフキンをスパイダ―の体内に案内する。

 積み上げられた荷物の間を抜けて、展望居住ブロックの壁面近く、水槽タンクを過ぎた所で立ちどまった。

「これが、バッテリーです。上外皮が太陽光発電装置になっていて、電気はこのバッテリーに蓄電されます」成田は、壁面を覆う黒い箱型の設備を指さして説明した。

「手術には、電気は絶対必要ですから」

「なるほど。残念ながらジュンガルにはまだ電気がないんです」


 続いて、水槽タンクから三十センチほど離れてた場所に、ロープで固定し、梱包された大きな箱を指さす。

「手術室です。折り紙工法で組み立てます。手術室の面積は七十平方メートルです。高さは、六メートルになります」

「こんな小さな箱で、そんなに大きくなるんですか」

「畳み込んでいますので」


 成田はスパイダ―の後部開放部に顔を向けて言った。

「あとは、医療器具、医薬品など手術に必要な器材などです。それから、私たちの生活用品、食糧などです」

「わかりました。ところで、あの壁の向こうはどうなっていますか。ドアがついていましたので」

 カリムゴロフキンは、一番奥の壁面に視線を向けて言った。

「中を見てみますか」

「はい」


 成田はドアを開けて展望居住ブロックに入るように促した。ベッドが二つ、反対側にシャワー室。その前は大きな丸い二つの窓、作りつけの椅子が三つ。ずらりと壁面を覆っているモニター。

「ハァー」

 カリムゴロフキンは溜息をついた。

「これは、戦闘にも使えますか」

「純粋に、バッテリー付きの、輸送用歩行機です」

 成田は彼を見つめて答えた。

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